第四十一話 メイド風呂 前編
章の初めは、例によって軽めのお話からスタートしたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いします!
「じゃあ、みんな、小っちゃな頃は語尾に「にゃ」っていう喋り方してたんだ?」
「ええ、そうです。赤ん坊の頃は」
僕は、砂猫族の輪に加わって、トウキビを齧りながら、他愛も無い話に興じていた。
砂猫族の人々も多少ぎこちないなりに、僕のことを信頼してくれているように思えた。
話をしている内に分かってきたのだが、それは、『腹一杯食わせてくれるヤツなら、きっと悪いヤツじゃない』。どうやらそういう理屈らしい。
現金といえば現金だけれど、同時に彼らが裏表の無い人達である証とも言える。
「五つを越えても「にゃ」なんて、喋り方してるのはお嬢ぐらいのもんでさぁ」
「ちげぇねぇ」
そう言って男達がはじけるように笑うと、僕のすぐ隣を陣取っていたコフィが、両手を振り回して、ぷんすかぷんと怒った。
「にゃぁぁぁん! お前達おぼえてるんだにゃ!」
「あはは、コフィはそのままでいいと思うよ。かわいいんだから」
「にゃ!? かわいい? えへへ、そうなのにゃ?」
僕は微笑みながら頷く。
だって、事実だし。
コフィを見てると、すごく癒されるような気がする。
「か、神さま! じゃ、じゃあボクも、そ、そういう喋り方にした方が良……良いにゃ?」
コフィとは逆の隣を陣取っていたクワミが、なぜか興奮気味に詰め寄ってきた。
いや、かわいいとは思うけど……。
ボーイッシュな美人のクワミに、そんな口調で甘えられたら、微笑ましさとは別の感情が沸き上がりそうな気がする。
さて、どう答えたものか……。
そう苦笑するのとほぼ同時に、背後からマグダレナさんの声がした。
「我が王、お楽しみのところ申し訳ありませんけれど、少しお話がございます。こちらにお越しいただけますか?」
「あ、はい」
不満げに唇を尖らせるクワミをその場に残し、僕はマグダレナさんの後について、賑やかな砂猫族の輪を離れる。
「話ってなんです?」
「せっかちですね。我が王は。とりあえずこちらへ」
そう言って、マグダレナさんは城壁に沿って歩き始め、城砦の裏側の方へと進んで行く。
なんだろう……。
建物の裏側に連れていかれるとなると、正直ちょっと怖い。
何かマグダレナさんを怒らせる様な事をしただろうか?
「あの……マグダレナさん? ど、どこへ?」
僕の不安げな様子が可笑しかったのだろう。彼女はクスリと笑って言った。
「我が王、そんなに怯えなくとも大丈夫です。我が王がご不在の間に出来た、新たな施設をご覧いただきたいだけですから」
「施設?」
「はい、あれです」
マグダレナさんの指さす先へと目を向けると、湖に面した一角に、日干し煉瓦で造られた建物が見えた。
城砦の外に建っていた四棟の長屋とも違う造り。
長方形で窓が無く、突き出した煙突から、なにやら黒い煙が一筋立ち昇っている。
「私の前任の城砦主が設置していた、東クロイデル製のボイラーという仕組みを、あそこに移設したのです」
「ボイラー?」
「詳しい構造は分かりませんけど、汲み上げた水を竈で温める仕組みなのだそうです。せっかくなので、我が王専用の浴場を作ってみました」
「浴場!?」
僕は、思わず目を丸くする。
噂には聞いたことがある。
普通、貴族でも屋敷に浴場なんて持っていない。お湯で身体を拭く洗い場がある程度だ。
王都には下男が引っ切り無しにお湯を入れ替える、公衆浴場という物があるらしいけれど、目玉が飛び出るぐらいのお金をとられる。そう耳にしたことがあった。
「ぼ、僕専用ってそんな贅沢な……」
「いえいえ、それほど贅沢という訳でもありません」
「そう……なんですか?」
「はい。ボイラーは使われていなかったものを活用しただけですし、水は湖から直接くみ上げ。薪の代わりに麻のオガラで代用していますから」
近寄ってみると、長方形の建物。その壁の一方に鉄製の暖炉のようなものが突き出していて、中では盛大に火が燃え盛っていた。
「では、我が王、どうぞ中へ」
「は、はい」
僕は戸惑いながら、マグダレナさんの後について、三段ほどの階段を上る。そして、城砦のどこかから移設してきたらしい木の扉を開いて、浴場の中へと足を踏み入れた。
立ち込める白い湯気と熱気。灯りがないので奥の方までは良く見えないけれど、岩で組まれた、一辺が四シュリット(三メートル)ほどの正方形の窪みの中に、なみなみとお湯が注がれているのが見えた。
「浴槽は、崩れた城壁の残骸を敷き詰めて作って貰いました。周囲の壁は日干し煉瓦ですけれど、これも麻の油を染み込ませて、多少は湿気の対策を行っています」
「はぁ」
思わず気の抜けた返事になってしまうのも仕方が無い。こんな贅沢が僕に許されるとは到底思えないのだ。
だが、マグダレナさんは、そんな僕を気にする様子も無く、口を開いた。
「では、早速ご入浴ください」
「は? いまからですか!?」
「はい。我が王、旅先では身体を拭くことも出来なかったのでしょう? 正直言って臭……多少香りが強めですので」
「今、臭いって言いかけましたよね?」
「……それが何か? 『若い男の臭い、はぁはぁ』と、息を荒げる方がお好みなら、そう致しますけれど?」
「すみませんでした!!」
宰相が、国王に息を荒げて迫るような国はイヤ過ぎる。
そうなったら、もはや神聖どころか、変態クロイデル王国の誕生だ。
「わ、わかりました。入りますから!」
「はい」
「…………」
「…………」
「あの……」
「はい?」
「服、脱ぎたいんですけど?」
「ああ、これは失礼しました。それでは、お手伝いしましょう」
マグダレナさんはニヤニヤしている。間違い無く、僕を揶揄って楽しんでいる顔だ。
「出ていってください! 命令! これは命令ですから!」
「あら、残念。まあ、我が王の勅命では、仕方ありませんね」
マグダレナさんは小さく肩を竦めると、踵を返して、浴場から出て行く。
扉が閉じられるのを見届けて、僕はホッと息を吐いた。
「まったく……もう」
でも、浴場は楽しみだ。まさか自分が体験できる機会があるとは思わなかったけど、噂では天にも昇る心地良さだと聞いている。
「えへへ……」
思わず口元が緩む。服を脱ごうと裾に手をかけて、捲り上げた途端、誰かが僕のズボンに手をかける感触があった。
「はーい、坊ちゃま、脱ぎ脱ぎしましょうね」
「ちょ!? ま、まさか! ロ、ロジーさん!?」
それは、ロジーさんの声。
慌てて短衣を脱ぎ捨てると、ズラされかけていたズボンを必死で引き上げる。
「ど、どこから入って来たんですか!?」
「は? ずっと、ここでお待ちしておりましたが?」
見れば、ロジーさんの額には玉の汗。
褐色の肌に張り付いた髪が、やけに艶めかしい。
いや、艶めかしいどころか、彼女の着ている白い貫頭衣のようなものが汗でピッタリと身体に張り付いて、胸の先端の薄桃色の突起が透けている。
艶めかしいどころの騒ぎではない。
どうやら、彼女は湯気の向こう側でずっと控えていたらしい。
「ちょ、ちょっと待って」
「待ちません。聞けば、坊ちゃま。マグダレナ様に甘やかして欲しいと仰ったとか?」
「それは、そういう意味じゃなくて……」
「どんな意味であろうと、坊ちゃまを甘やかす役目を、この私が譲るとでも? 今日は一切の容赦なく甘やかして差し上げます!」
ロジーさん、ちょ、ちょっと待って本当に目が怖い!
「さあ、坊ちゃま、脱ぎ脱ぎちまちょうね」
「ちょっ! や、やめ……!」
慌ててロジーさんの手を振りほどいたその瞬間、僕はつるりと足を滑らせた。
盛大に水飛沫を上げて浴槽へと落ちる僕。突然のことに慌てた僕は、必死にもがいて、手に当たったものを力一杯掴んだ。
その途端――
「あん……」
と、艶めかしい声が浴室に反響する。
幸いにも浴槽はそれほど深くは無かった。僕は湯の中に尻餅をついた状態で大きく息を吐く。そして、自分が鷲掴みにしているものを目にして――硬直した。
「ああ、お義兄……さま。痛い、痛いですわ。でも積極的。そんな大胆なお義兄さまもス・テ・キですわ」
鼻先が触れ合いそうな至近距離で、髪をほどいたエルフリーデが表情を蕩けさせる。
僕の手は、一糸まとわぬ彼女の胸を、捩じり上げるように掴んでいた。
「うわぁあああああああ!?」
思わず声を上げて、手を離そうとした途端、エルフリーデが僕の手を掴んで自分の胸に押し付けてきた。
「お義兄さま、私の胸は気持ちよくありませんか?」
「いや……気持ち……い……いけど……」
僕はブンブンと頭を振るう。
冷静になれ。何を興奮しているんだ。相手はエルフリーデだぞ。
元義妹で、僕を散々虐めたイヤな……まあ最近はそうでもないけど……って!? そういうことじゃなくて!
「エ、エルフリーデ、こんなところで何を!?」
「マグダレナ様に仰せつかりまして、お湯を清めておりましたの。お義兄さま専属のお風呂番を拝命いたしましたので」
「は? お風呂番?」
「はい、お義兄さまがご入浴される時には、私が一緒に入ってお湯を清めることになっておりますのよ」
お風呂は常に義妹と一緒!?
なんだ、その狂気の沙汰は。
っていうか、誰だ、あの人を宰相に任命したの!!!
分かってる、僕。
任命したの僕ですよー。
僕が思わず胸の内で毒づくと、頭上から、ロジーさんの楽しげな声が降って来た。
「さあ、エルフリーデ。坊ちゃまはお疲れです。私達で全身全霊をもって癒してさしあげますよ」
「はい、メイド長様!」
ロジーさんは湯船に足をつけると、そのまま僕の方へと迫ってきた。
「いや、ちょ、ちょっと」
「坊ちゃま、落ち着いてくださいませ。これは王としての訓練でもあるのです」
「は!? 訓練?」
「ええ、王が国を傾けるのは、古来より色欲に溺れた所為だと相場が決まっております。ですので、そうならぬように、私達で女体に慣れていただこうという親心ならぬ、メイド心です」
「どんな理屈ですか、それ!?」
「さあ、このロジーに存分に甘えてくださいませ!」
僕が声を上げた途端、ロジーさんは僕の上に勢いよく圧し掛かってくる。
薄い布一枚を挟んだ向こう側の柔らかい感触が、僕の顔面を包み込んだその瞬間、勢いよく扉が開いて、誰かが浴室に飛び込んでくる気配がした。
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