第三十七話 太陽に灼かれた娘
「つまり、お父さまが亡くなって、コフィさんが継承するはずだった族長の地位を、叔父のジャミロという方が奪い取った。と、そういうことですね」
マグダレナさんが念を押すように問い掛けると、クワミがコクコクと頷いた。
やたらに枝葉が多くて分かりにくかったクワミの話も、まとめてしまえばとても単純。
コフィは跡目争いに敗れて、追い出された。
つまりは、そういうことだ。
「簒奪が成功するということは、そのジャミロという方に、人望があったということでしょうか?」
姫様が首を傾げると、クワミが不愉快さを丸出しにして、ブンブンと首を振る。
「とんでもない! ジャミロはただのならず者です! 族長の弟という立場をかさにきて、乱暴狼藉の繰り返し。族長からは幾度となく叱責されていました」
「でも、それなら他の方々は、反対なさられなかったんですの?」
「無論、反対しましたとも。ですが、語り部のオモンディが、族長はジャミロを次の族長として指名していたと、そう言ったのです!」
「語り部?」
「族長の次に偉いんだにゃ」
尻尾にじゃれつくミュリエを、鬱陶しげにあしらいながら、コフィが口を開いた。
「お嬢の仰る通りで、部族の歴史を伝える役目を負う者です。ヤツは、ジャミロに篭絡されていたに違いありません」
「それはどうかしら? 跡目を継がせるには、その猫娘は幼過ぎる。お父さまは、そう思われたのかもしれませんわよ?」
エルフリーデが口を挟むと、クワミが興奮気味に席を蹴って立ち上がった。
「ありえません! お嬢は三つの呪言を使いこなす、偉大なる呪言術師! お嬢をおいて他の者が族長を継ぐ事など、あって良い訳がありません!」
「クワミ! 落ち着くにゃ! 神様の前にゃ!」
「はっ……し、失礼しました!」
クワミはあわてて椅子に腰を下ろすと、バツが悪そうに身を縮ませた。
呪言というのは、マグダレナさんが言ってた『恩寵』とも違う特殊な力のことなのだろう。
「跡目をその叔父さんが継いだというのはともかく、跡目争いに負けたら、部族を追放されるような決まりでもあるのかい?」
僕のその問いかけに、コフィがさみしげに首を振る。
「コフィは争ったつもりなんてないにゃ。だって、族長になんてなりたくなかったにゃ。だから、ジャミロが族長に決まった時には、嬉しかったんだにゃ」
「なっ!? お嬢! またそんなバカなことを!」
「だって、めんどくさいにゃ。父さまだって、いつも大変そうだったにゃ」
マグダレナさんがそんな二人を眺めて、「ふっ」と口元を歪める。
「祝福したつもりでも、簒奪した方から見れば、コフィさんは自分の地位を脅かす存在でしかありません。放っておいてくれる訳ありませんわよね」
「にゃぁ……」
途端にコフィとクワミは、二人して項垂れた。
「でも、コフィは血のつながった姪なんですよ?」
「我が王、権力に目が眩めば、そんなものは関係ない。つまりそういうことでしょう。ね、クワミさん」
マグダレナさんがそう言うと、クワミはギリリと奥歯を噛みしめて、喉の奥から絞り出すように答えた。
「はい……ジャミロが族長を襲名したその日の夜中、寝込みを襲われたボクとお嬢は、ジャミロの呪言の餌食にされ、追放されたのです」
「そこが不思議です。なぜ『追放』なのですか? お二人をその場で殺してしまえば、後腐れが無いように思えますけれど?」
ロジーさんが表情を崩すこともなくそう言うと、想像してしまったのだろう。コフィがビクリと身体を跳ねさせた。
だが、マグダレナさんは首を振る。
「コフィさんが殺されたとなれば、コフィさんを支持する人達は当然、反発します。ですが、コフィさん達が、皆を見捨てて逃げたということにすれば、怒りの矛先はどうなりますか?」
決まっている。当然、コフィ達へと向かうのだ。
クワミは悔しげに顔を歪めながら、話を続ける。
「ジャミロの呪言は、『接触禁止』。呪印を刻まれた者が、術者の指定したものと接触することを禁じる力です。禁を破ればその身を焼かれるのです」
「よくわからないけれど……何との接触を禁じられたんだい?」
「……太陽です」
僕は思わず息を呑んだ。
「ボクとお嬢は、夜のうちに遠く離れた荒野に運ばれて、そこに捨てられました。朝が来た途端、陽光は身を焼き始め、ボクはなんとか自らの身でお嬢を隠しながら走り続けて、そして、この城砦を見つけて飛び込んだのです」
「「ひどい……」」
エルフリーデと姫様が同じ言葉を発して、同じように口元を押さえる。
クワミが、あれだけの火傷を負っていた理由がよく分かった。
それは、もはや追放などではない。処刑だ。
呆然とする僕に、クワミが縋るような目を向けた。
「神よ! ジャミロに罰をお与えください。そしてお嬢を正統なる地位に!」
「クワミ! やめるにゃ! コフィは族長になんてなりたくないんだにゃ。クワミと一緒にのんびり暮らせたら、それでいいんにゃ! 神様、コフィ達はずっとここにいてもいいにゃ?」
「お嬢!! 何をバカなことを!」
二人は他の人の目を忘れたかのように、言い争い始める。それを横目に眺めながら、マグダレナさんは席を立った。
「我が王、少しこちらへ」
マグダレナさんに手招きされて、僕は彼女と一緒に廊下へ出た。
「どうするおつもりですか? 我が王」
「どうするって……コフィがあんなに嫌がってるんですから、二人には、このままこの国に住んで貰えばいいかなと」
クワミの気持ちは分かるが、僕はあんな小さな子を、これ以上跡目争いに放り込むのは、間違えているような気がしたのだ。
だが、マグダレナさんは大きなため息をついて、僕にじとりとした目を向けた。
「少しはマシになったかと思っていたのですけど……。その回答は落第点です。今、あなたは、あの二人のことだけを考えて判断しましたね?」
「そ、そうですけど……」
「ここから徒歩で何日かの位置に、それだけの野心を持った男に率いられた部族が存在するのですよ? ここはあなたの国、あなたの国に住まう民の安寧を最優先すべきでしょう」
「じゃ、じゃあ、コフィの部族を滅ぼせと?」
「マイナスニ十点。この国が必要としているのはなんですか? 私達が打ち破るべき垣根があるのは、貴族と平民の間だけではないのではありませんか?」
「彼女達の部族を、この国に迎え入れる……ということですか?」
「ええ、そのジャミロという方を排除した上で、ですけれど……。コフィさんが族長になりたくないと仰るのなら、アナタが君臨すれば良いのです。神として、王として」
「気軽に言ってくれますね……もっと僕を甘やかしてくれてもいいと思うんですけど。一応、王様なんだし」
僕が冗談めかしてそう言うと、マグダレナさんは僕の耳元に唇を寄せて、吐息を吹き掛けた。
「私が甘やかすのは、見込みの無い方だけです。ですが……まあ、良いでしょう。我が王がお望みであれば、これが終わったら、少し甘やかしてさしあげます」
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