表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/100

第三十五話 私達以外の誰かがいます

「では明朝、兵士を一同に集めて、()()を発表する。それでよろしいですね?」


「ええ、お願いします」


 念を押すような口調のマグダレナさんに、僕はニコリと微笑み返す。


 そもそも、これは僕が言い出したことなのだ。


 異論などあろうはずがない。


 あれから、更に一週間ほどが過ぎたある日の午後。


 僕らは、食堂で会議を行っていた。


 この場にいるのは、いつもの顔ぶれ。


 すなわち、僕とマグダレナさん、そして姫様とロジーさん、最後にエルフリーデとミュリエの六人である。


 尚、定例の会議ではないので、パーシュさんの姿は無い。


 思うところがあって、急遽、僕が会議を招集したのだ。


 僕は、テーブルの上に広げられた羊皮紙の上に視線を落とす。


 そこには今日、話し合った結果が記されている。


・宰 相    マグダレナ

・財務部 部長 パーシュ

・農営部 部長 キップリング

 農営部 顧問 バルマン

・資材部 部長 シモネ

・建築部 部長 レヴォ

・衣料部 部長 モルドバ


 僕は、なにも目新しいことをしようとしている訳では無い。


 これまでに仕事をお願いした人達に、ちゃんとした役職を与えて、兵士達を組織し直そうというだけの話だ。


 今さらという気もするが、これはお墨付きを与えるという意味あいが強い。


 元々、貴族であり士官であるキップリングさんとシモネさん、レヴォさんは問題無いだろうが、バルマンさんはともかく、パーシュさんとモルドバさんは庶民の出身である。


 反発もあるだろう。


 そんな彼らに、それを跳ねのけられる理由を与えてあげたいのだ。


 それに、バルマンさんはかなり自由にやってくれているが、他の真面目な人たちは、なかなかそういう訳にはいかない。


 だが、素人の僕の承認を待っているのは、無駄な足踏みをしているようなものだ。


 最終的な責任は、任命する僕が持つので、自由に頑張って欲しい。


 そういう事だ。


 最初、マグダレナさんは(かたく)なに宰相という役職に就くことを固辞(こじ)していたが、こればっかりは仕方がない。


 そもそも兵士達は皆、本来はマグダレナさんの部下なのだ。


「王と宰相は違います。宰相は民によって選ばれるべきなのです」


 マグダレナさんは、そう主張していたが、


「今、兵士の皆様がお選びになっても、やはりアナタに決まると思いますけど?」


 というロジーさんの一言に反論できず、最後には『国としての体裁が整うまで』という条件で、引き受けてくれた。


 今後は特別なことが無い限り、彼らの自由にやってもらおうと思う。相談には乗るが、僕も横やりを入れたりしないし、彼らの頭を飛び越して、指示を出すこともしないつもりだ。


 彼らは彼らなりに考えて、苦労して、何度も失敗しながら、きっと、この国を発展させてくれるはず。


 僕は、そう思っている。


 一通りの話を終えて、会議も終了。そういう雰囲気が流れたところを見計らって、僕はエルフリーデの方へと向き直った。


「エルフリーデ、頼みたいことがあるんだけど」


 僕がそう言った途端、エルフリーデは目を見開いて硬直した。そして、次の瞬間には、勢いよくテーブルの上へと身を乗り出す。


「わ、私にですの!? な、なんでも、お、お申しつけくださいませ!」


「うん、お前には僕の目に、そして耳になって欲しいんだ」


 途端に、エルフリーデは困惑と歓喜の色が、あい(なか)ばする、なんとも複雑な表情を浮かべた。


 頼りにされるのは嬉しいが、意味は分からないといったところだろうか。


「えーと……。つまり、みんなの仕事ぶりを把握して、僕に報告する役目を頼みたいんだよ」


 途端にエルフリーデが納得したとでもいうように、満面の笑みを浮かべた。


「かしこまりました! 善からぬことを企んだり、失敗したり、坊ちゃまの為にならないことをする者があれば、速やかに排除せよと、そういうことですのね!」


「ちがう、ちがう! むしろ失敗は、大きな問題になりそうでもない限り見て見ぬ振りをしていいんだ。みんながどんな風に頑張っているのか、どんなことに困っているのか。そういうことを知らせて欲しいんだ」


 途端に、エルフリーデの表情が曇る。


「他の方の手柄を私から坊ちゃまにご報告する。そういうことでしょうか?」


「うん」


 好感度を上げたいと号泣した人間に、他の人間の手柄を報告せよというのだ。それは表情も曇るだろう。


 だが僕は、彼女のそんな様子に気付かないふりをして、こう続けた。


「ただし、僕が調べさせてるということは、ここにいる六人の他には、一切気付かれないようにしてほしい。万が一、それがバレたら……」


「バ、バレたら?」


「お前には、ここを()()()()()()()()ことになる」


 エルフリーデは「ひっ!?」と、短い悲鳴のような声を上げると、顔を蒼ざめさせて項垂(うなだ)れた。


 食堂はしんと静まり返り、ミュリエがエルフリーデと僕の間に、戸惑いの視線を往復させている。


「では……本日の会議はこれで」


 マグダレナさんがそう言いかけたところで、この食堂に(わだかま)る凍てついた空気を全く無視して、ロジーさんが手を上げた。


「坊ちゃま、私からも一つ議題がございます。少々気になる事が……起こっております」




 ◇ ◇ ◇




「あの……姫様、ありがとうございます」


「リンツさまは、私の旦那さまになる方ですもの。お力になれたのでしたら、それはとても喜ばしいことですわ」


 会議が終わり、それぞれがそれぞれの仕事へと戻る中、僕と姫様は二人、城壁の上へと上がっていく。


 別に何か目的がある訳ではない。


 僕は、北の方角を眺めるのが、習慣になりつつあるのだけれど、それに姫様が付き添ってくれたというだけの話だ。


 今日の会議での決定事項。


 役職を与えることと、エルフリーデを報告役に任命すること。


 これは、いずれも姫様のアイデアだ。


 そもそも人の上に立つ者の視点や考え方、そんなものが僕にあろうはずもない。


 だから、いくつか気になっていることを、生まれながらの王族である姫様に相談したのだ。


 そして、手の付けられるところから手をつけるために、今日の会議を招集したと……まあそういう訳だ。


 それ以上の言葉もないままに、僕らは城壁にもたれ掛かって、ただ北の方角を眺めている。


 相変わらず、何かがこちらに向かってくることは無かったけれど、城砦の周りの風景には、少しばかりの変化が起こっていた。


 何人もの兵士達が行き来して、地面に描いた区画に従って、日干し煉瓦を並べている。


 そのうち一つは、既に日干し煉瓦の壁が腰の高さにまで積み上がっていて、家屋の輪郭らしきものが出来上がりつつあった。


 街づくりが始まっているのだ。


 ちなみに試作として建てられた家屋の第一号は、農地のすぐ傍。農地で作業する兵士達の詰所だ。


 泥を接着材に日干し煉瓦を積み上げて床と壁を造り、そして、屋根を造るという段になって、レヴォさんから一つの提案があった。


 せっかくなので、余った麻の(くき)で、屋根を()いてみるのはどうかと。


 結果としては、麻葺(あさぶ)きの屋根は、風通しも良く、適度に陽の光も通す、快適なものに仕上がった。


 兵士たちの評判も上々なので、今建築中の家屋も、全てこの形になるだろう。


 だが、何もかもが順風満帆という訳では無い。


 木材が無いので、木戸や扉を造ることはできず、この新たに立てた家屋については、窓と扉の部分は開けっ放し。


 麻でカーテンを作って、(ふさ)ぐことになってはいるが、あくまで風で砂が吹き込んだり、家の中が見えるのを防ぐ程度でしかない。


 この辺りの事も、近いうちになんとかしなくちゃならない。


 僕がそんなことを考えていると、姫様が静かに口を開く。


「リンツさま。ロジーの言っていたことですけれど、私には、あまりにも突飛すぎるような気がするのですが……」


「そうですね。ちょっと考えにくいことですけど……。でも、ロジーさんがああやって言うぐらいだから、きっと確信があるんだと思います」


「信じておられるのですね」


「はい!」


 僕が大きく頷くと、姫様は――。


「……少し羨ましい気がします」


 と、どこか寂しそうに微笑んだ。



  ◇  ◇  ◇



 その日の夜。


 僕とロジーさんは物陰に隠れて、裏庭の方をじっと眺めていた。


 会議の席で、ロジーさんはこう言ったのだ。


『この城砦に、私達以外の誰かがいます』


 その根拠はナツメヤシの実が、毎日少しずつ減っていること。


「誰かがつまみ食いをされたとか、鳥に(ついば)まれたとか、そういうことではありませんの?」


 姫様のその問いかけに、ロジーさんは静かに首を振った。


「鳥の姿など一羽たりとも目にしたことはございませんし、この城砦の人間は今や、坊ちゃまのお陰で、毎日の食糧を余らせてしまうような有り様です。そんな状況で、わざわざおいしくも無い、生乾きのナツメヤシの実を食べようという者などおりません」


 なんとも輪郭のぼやけた話ではある。


 だが……、ロジーさんの言う通り、侵入者がいるという事ならば、放置しておく訳にもいかない。


 そこで僕らは、今夜、裏庭を見張ることにしたのだ。


 僕自身が見張ると主張すると、当然のようにみんなに反対された。


 だが、見張る人数が多くなれば、相手に察知される可能性が高くなる。しかも相手の正体が分からないのだ。相応に対処できるだけの力が必要になるだろう。


 レナさんがこの場にいれば、迷うことなくお願いするところなのだが、居ないものは仕方が無い。


 というわけで、みんなの反対を押し切って、僕と言い出しっぺのロジーさんの二人で、裏庭を監視することにした。


 裏庭には照明はなく、夜ともなれば、わずかな星明りに照らされるだけの暗闇。


 とはいえ、見張り始めてから二時間も経てば、目も暗さに慣れてきている。


 見える範囲には、ナツメヤシの籠と、時折吹く風に揺れる、干された麻の繊維だけ。


「……なにも現れませんね」


 僕がそう口にした途端、ロジーさんが自らの唇に指を立てた。


 ――お静かに。


 目でそう言いながら、彼女は顎をしゃくって、僕にナツメヤシの籠の向こう側を指し示す。


 そちらの方へと目を向けると、暗い裏庭を取り囲む城壁。その壁面に、白い裂け目が広がり始めているのが見えた。

お読みいただいてありがとうございます!

応援してあげる! という方は是非、ブックマークしていただけるとうれしいです。励みになります! よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ