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第三十三話 好感度を上げたいだけなのに。

 廊下を曲がると、向こう側からミュリエとエルフリーデが歩いてくるのが見えた。


「あ、ちょうどいいや。二人とも一緒にくるかい?」


 僕がそう声を掛けると、二人はなぜか顔を見合わせる。


 そして、なにやら意を決するように頷きあうのが見えた。


「おい、こら、坊主!」


 突然、エルフリーデが片方の眉を吊り上げて、僕に指を突きつける。


「ぼ、ぼうず!?」


「俺っちについてきて欲しいんなら、頼み方ってのがあるだろうが! このボンクラ!」


「ぼんくらぁ!」


 戸惑う僕に、顎を突き出しながら一気に(まく)し立てるエルフリーデ。その隣で、ミュリエが唇を尖らせながら、腕を振り上げた。


「……え、えーと、な、なに?」


 僕が面食らっていると、背後からミチミチッ!という音が響き渡った。風景が歪んで見える程の凄まじい殺気。こめかみに青筋を浮かび上がらせたロジーさんが目を細める。


「あ゛ん?」


 途端にエルフリーデと、ミュリエは顔を蒼ざめさせて「ひっ!?」と喉の奥に声を詰めた。





 ――数分後。





「ううぇえええええええん、ごめんなさぁああい!!」


 下着姿のエルフリーデが、廊下に(うずくま)って、号泣していた。


 それはもう、ギャン泣き。


 まあ、そりゃ泣くでしょう。


 ロジーさんに、「坊ちゃまに暴言を吐く様な者は、メイド失格です」と、メイド服をはぎ取られ、腫れあがる程に尻を叩きのめされた結果である。


 尚、ミュリエも同じように号泣しているのだが、そちらにはロジーさんは何もしていない。


 彼女はエルフリーデが蹂躙(じゅうりん)されるのを見ている内に泣き出したのだ。


 ロジーさんが、エルフリーデを見下ろして問い詰める。


「エルフリーデ。あなたは、どうして坊ちゃまに暴言を吐いたのです。言ってごらんなさい」


「だ、だってぇ……ひっく、だって、お義兄(にい)さまが、ああいうのが好みのタイプだ。って、そう仰ったって、ミュリエ様が……うぇぇぇん!」


 しゃくり上げながら、エルフリーデがそういうと、ロジーさんの視線に貫かれたミュリエが、更にギャン泣き。


 もはや、地獄絵図である。


「坊ちゃま、そうなのですか?」


 困惑した表情のロジーさんに問いかけられて、僕は少し考える。


 あー……言った。言ったわ、僕。(第二十九話参照)


「うぇええええん、喜んでいただけると思ったのにぃ! ひっく、お義兄(にい)さまの、私への好感度を上げたいだけなのにぃいいい! うぇえええん」


 えーと……。眼の前で好感度上げたいと言われても、素で困るからね。


 だが、


「なるほど……納得しました」


 と、ロジーさんが大きく頷く。


 納得しちゃうの!?


「ここしばらく、兵士の皆さまから、(たず)ねられることが多くて困惑しておったのですが……」


「なにをです?」


「坊ちゃまは、男性が好きなのか? と……」


「はぁああああ!?」


 ロジーさんに詳しく話を聞いてみれば、今、兵士達の間には三つの派閥が存在しているらしい。


『大丈夫、陛下はノーマル派』


『いやいや、実はアブノーマル派』


 最後に、


『神様なんだから、きっと両方いけるはず派』


 僕は思わず頭を抱える。


 立場って恐ろしい。


 何の気なしに言った一言が、こんな混沌とした状況を引き起こしてしまうなんて……。


「なお、女性士官の間では主にアブノーマル派が主流だそうで、姫様が男装なのは、坊ちゃまの好みにあわせようと頑張っておられるのだと言われております。姫様の好感度がすごく上がってる模様です」


「僕の好感度が大変なことになってるよね、それ!?」


「尚、男性兵士の一部に、『坊ちゃまに可愛がっていただきたい派』という少数勢力も存在します」


「それは知りたくなかった!!」


「坊ちゃま、面白おかしく噂されるのも、王たる者の宿命でございます。それはともかく、マグダレナさま達をお待たせしておりますし、そろそろ参りましょう」


『それはともかく』の一言で、ここまでの話を盛大にぶった切って、ロジーさんは、僕に先にいくようにと促す。


 だが、マグダレナさん達を待たせてしまっているのも事実だ。


 僕は腑に落ちないながらも、再び歩き始めた。


 そのあとを盛大に泣き続けているミュリエと、メイド服に袖を通しながら号泣するエルフリーデがついてくる。


 これはこれで、また尾ひれがついて、おかしな噂話になるんだろうなと、深い溜め息を吐く僕がいた。



  ◇  ◇  ◇



 レナさん達が出発して、今日で二週間が経過した。


 砂狼族が姿を現すこともなく、平穏無事な日々が続いている。


 僕達が向かおうとしていたのは、城砦のすぐ外、西側の外壁沿いの一角である。


 そこには既に、マグダレナさんとパーシュさん、それに一人の女性士官がいた。


 肩までで切りそろえられたストレートの黒髪に、赤い眼鏡の大人しそうなその女性士官はシモネさん。


 マグダレナさんに、粘土のことを報告した士官である。


「お待ちしておりました、陛下」


 少し緊張した面持ちで、シモネさんが僕らを出迎えてくれた。


 城壁沿いの日陰には、粘土のブロックがずらりと並んでいる。


 レナさん達を見送った後、シモネさんを責任者に任命して、日干し煉瓦の制作に取り掛かってもらったのだ。


 わざわざ土が粘土質であることを報告するぐらいだ。僕が想像した通り、シモネさんは独学ではあるが、建築の知識があった。


 彼女は日干し煉瓦のことは知らなかったが、「大体どういうものかは想像がつきます」、そう言っていた。そして、粘土が乾燥するまでにかかる時間を二週間と見立てたのだ。


「どうですか?」


 僕がそう尋ねると、シモネさんはニコッと微笑んだ。


「成功です。何種類か試作した中で、砂とライ麦の(わら)を混ぜ込んで乾かしたものが、充分に建材として使用できる強度になりました」


 そう言って、彼女はずらりと並んでいる煉瓦の一つを指さした。


 僕はそっと触れてみる。


 表面はざらついているが、崩れたりはしない。


 最悪、ミュリエに『石化(フェアキーゼルング)』を使ってもらうことも考えていたが、おそらく一日六十個も煉瓦を石化すれば、それだけで彼女の魔力は限界だろう。


 家を一軒建てるのに、何日かかるか分かったものではない。


 これなら、その必要もなさそうだ。


「日干し煉瓦の特性上、雨には弱いのですけれど、この荒野ならその心配はありませんし……」


「ありがとう、シモネさん! これで街づくりに取り掛かれます! もっと人数を増やして、増産体制に入りましょう」


「はい。それで……陛下。実はお願いが……」


「ああ、そうですね。なにかご褒美を……」


「違うんです! そうじゃなくて、出来ればひき続き、もっと強い煉瓦を造る実験を続けさせていただければと……」


 正直、それは願っても無い。


「是非お願いします! なにか必要なものがあれば言ってください」


「はい! それではお言葉に甘えて、煉瓦の製法に地面に埋めて焼くというやり方があるのですが、それを試してみたいんです。ですので、『土竜(モールヴォルフ)』の『恩寵(ギフト)』を持つレヴォ殿に手伝っていただきたいというのが一点と、何か燃料になる物を……」


「レヴォさんについては僕からお願いするとして、燃料ですか……」


 燃料と言えば、城砦には照明用の菜種油があるぐらいで、それもかなり(とぼ)しい。


 正直、近々、バルマンさんとキップリングさんに菜種の栽培をお願いしようと思っていたところだ。


 だが、煉瓦を焼くのに、菜種油が使えるのだろうか?


 僕が助けを求めるように、ちらりとマグダレナさんの方に目を向けると、彼女はニコリと微笑んだ。


「では、我が王。麻を栽培されてはいかがでしょう?」


「麻?」


「ええ、麻の種を絞れば、揮発性(きはつせい)の高い良質な油が採れますし、繊維も採れます。これは糸にしても良いでしょうし、燃料にも使えます。そしてなにより、繊維をとった後の茎。これが良く燃えるのです」


 この二週間の間に、バルマンさんはライ麦に麦、キャベツにベリーなど、毎日、手を変え品を変え、大量に収穫してくれている。


 お陰で既に食糧庫では足らず、新たに一部屋を食糧庫として拡張しているような状態だ。


 僕は早速バルマンさん達に、麻の栽培をお願いすることにした。

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