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第三十二話 ヘドロみたいな男に純粋を語られてもな。

 結局、僕らはその日、何も発見できなかった。


 農地から帰って来たばかりの兵士達も総動員して、城砦の中を隅から隅まで探し回ったにも関わらず、何も見つからなかった。


 いくつか見つかった足跡も、全て裏庭のナツメヤシを干していた一隅。


 砂狼族は干していたナツメヤシを荒らしただけで、すぐに出て行った。


 そんな、どうにも納得のいかない結論に落ち着かざるを得なかった。


 だが、仮にそれが事実だったとしても、安心などできる訳が無い。


 マグダレナさんによると、これまでに砂狼族が城壁を乗り越えて侵入してくるようなことはなかったとのこと。


 だが、今回のことで、城壁を乗り越える個体がいることが分かったからには、これまで以上に警戒を厳重にせざるを得ない。


 兵士達には二人一組での行動を厳命し、見回りは三交代。崩れ落ちた城壁部分だけでは無く、どこからでも侵入してくるという前提で、城砦全体を見回ってもらうことにした。


 更にはマグダレナさんの提案で、しばらくの間、ミュリエとエルフリーデも僕の部屋で寝起きすることになった。


 警戒するべき場所を集中させるいうのがその理由だが、他の部屋より随分広いこの部屋でも、流石に五人で生活するとなると、圧迫感がすごい。


 すでに僕、姫様、ロジーさんのベッドがあるので、新たにベッドを運び入れるのは無理がある。そこでミュリエは姫様と、エルフリーデはロジーさんと、一緒に寝てもらうことになった。


 こんな状況ではあったが、


「みんな一緒……たのしい」


 と、やけに楽しそうなミュリエの姿に、僕らはほっこりしながら眠りに就いた。 


 だが翌朝、僕は寝苦しさを覚えて目を覚ました。


 部屋の中は薄暗い。おそらくまだ夜明け前。


 左右に眼を向けると、僕の右腕にはロジーさんが、左腕には姫様がしがみついていた。


 侵入者が怖かったのかもしれない。


 二人はいつの間にか、僕のベッドへともぐりこんでいた。


 姫様のかわいらしい寝顔の向こうに、エルフリーデがいるはずのベッドが見える。


 そこに、彼女の姿はない。


 恐る恐る足元の方へと目を向けると、右足にはミュリエが、左足にはエルフリーデが、それぞれに身体を丸めるようにして、しがみついていた。


 うん…………暑い。暑いよね、そりゃ。


 ……わかってる。


『むにょん』とか『もにゅん』とか、姫様だけちょっと感触が違うだとか、もっと語るべきことがあるのは、よーく分かっている。


 でも、察してほしい。


 僕だって、いっぱいいっぱいなのだ。



  ◇  ◇  ◇



 数時間後、僕らは中央に向けて出発するティモさんとレナさん、それに八人の兵士達を見送るために、城砦の前へと集まっていた。


 僕らが城砦まで乗って来た二頭立ての大型の荷馬車(ワゴン)。それに兵士達が、水や食料などを運び込んでいる。


 その光景を眺めながら、レナさんが心配そうに口を開いた


「なあ、リンツよぉ、出発伸ばした方が良くねぇか? 侵入者も見つかってないんだし……」


「大丈夫ですよ。それに……絶対大丈夫って言い切れるまで待ってたら、いつ出発できるかも分かりませんし」


「ははっ、そりゃそうだな」


 レナさんが苦笑すると、ティモさんが話に割り込んできた。


「それはそうとリンちゃん、流石に酷くねぇか? もっと早く牢屋から出してくれても良いじゃんよぉ。ベッドが固くてさぁ……身体ガチガチだし、牢屋からそのまま旅に出るって、いくらなんでも過酷すぎるでしょうよ?」


「ティモさんには、ちょっと反省してもらった方が良いかなと思って」


「反省? した。した。ちゃんとしたさ。もっとうまくやれば良かったってね」


 そう言って、彼はニカッ! と、白い歯を見せて笑った。



 ◇ ◇ ◇



 ガタガタと揺れる車体。


 馬車の最後尾から、遠ざかって行く城砦を眺めていたら、何を思ったのか知らないが、レナちゃんが俺の傍へと近づいてきた。


 彼女は少し距離をとって隣に座り込むと、不機嫌そうに俺を睨みつける。


「ったく、しばらくテメェと行動しなきゃならないと思うと、気分が悪いぜ」


「気分が悪いなら、馬車酔いだろ。結構揺れてるからねー。レナちゃんはきっと俺と旅が出来て嬉しいハズさ」


「アホか。オレでなくとも、姫様やメイド嬢に手ェ出そうとするようなアホに、惚れる奴はいねぇだろうよ」


「姫様? メイドさん? いやいや、そりゃあ誤解ってもんだ」


「なにが?」


「女性士官でさー。いたのよ、一人。昔のレナちゃんみたいな。俺好みの純情っぽい娘がさ」


「だから……何がどう誤解なのかさっぱり分かんねぇ」


「いやいや、わかるでしょ? 彼女を口説くのにお酒を勧めるじゃない。でもその娘ばっかり相手してると、他の女の子に悪いと思う訳よ。ちゃんと口説いてあげないとさ。そうじゃないと、おまえにゃ口説く価値なんてねぇって言ってるようなもんでしょ? その点、俺ってば紳士だから、地位や立場に関係なく、みーんな平等に口説く訳よ」


「まず、酒を飲ませて、部屋に連れ込むのを口説くとは言わねぇ。それと、オレんとこには来なかったってのは、口説く価値もねぇってことだな?」


「だって、殴るじゃん。レナちゃん」


「ああ、間違いなく殴るな。二度と女を口説けねぇような顔になるぐらい殴る」


 俺は思いっきり顔を引き攣らせる。


 彼女が本気でそう言っていることが、なんとなくわかったからだ。だが、彼女はそのまま俺を睨みつけた。


「それはそうと、テメェ何を(たくら)んでやがる」


「なにが?」


「しらばっくれんじゃねぇよ。東への『使い』なんて割に合わねぇことをなんで引き受けた? テメェ、絶対(ロク)なこと考えてねぇだろう。まさか東の連中を手引きしようなんて魂胆じゃねぇだろうな」


 俺は思わず苦笑する。


 東の連中を手引きする? 


 馬鹿げてる。


 レナちゃんってば、俺が何でもかんでも裏切るって、そう思ってるでしょ?


 裏切るってのは、結構難しいんだぜ。


 裏切って味方についたヤツを、信頼できるヤツなんて居ないんだからさ。


 後の事は考えずに、一回の裏切りで莫大な利益がなけりゃ割にあわないんだよね。


 レナちゃんには、それが分かってない。


「レナちゃん。俺はリンちゃんって、『当たり』だと思うんだよねー」


「当たり?」


「そう、賭け事でも『こりゃー勝つな』って、手札が回ってくることがあるじゃない。アレだよアレ。勝ち馬には乗らねぇと。リンちゃんに恩を売っときゃ、最後にはオレも大儲けって訳だ。(つまづ)く事があるとすりゃ、東がおかしなことを仕掛けてきた時ぐらいのもんだ。そこさえ把握しときゃ、リンちゃんの勝ちは揺るがないからねー」


 レナちゃんは肩を竦める。


「呆れた。東はおめぇの祖国だろうよ」


「東の連中には貸しはあっても借りはないんだよね、ほんと。あの国は一度完全に滅んだ方がいいと思うぐらい。っていうか、そう言うレナちゃんはどうなのよ? 西とリンちゃん達が事を構える事になったら、どっちにつくのさ?」


「そりゃぁ……そん時になってみねぇと分かんねぇな」


「ほらぁ、俺の方が、純粋にリンちゃんの力になろうとしてるって事じゃん」


「ヘドロみたいな男に『純粋』を語られてもな……。純粋って言葉が、今汚染されたぞ」


「そりゃー大変だ」


 馬鹿馬鹿しいやりとりには違いないが、なんだかこういうのも久しぶりで、それなりに心地いい。


「そうそう、何を企んでるって話だったよね。牢屋に入ってる間にも、情報は続々と入ってきてた訳なんだけど。そん中に東の宰相が女王に呼び出されたってのがあったのよ」


「は? 宰相なら女王に呼び出されるぐらいは日常だろう?」


「いや、それがさ。城砦を襲って来た東の連中、その中にいたらしいのよね」


「は? 東の宰相がか? 宰相だろ? そんなヤツが何で前線に出て来てんだよ!」


「まあ、そこまでは分かんないんだけどさ。生き残ってるらしいんだよね。あのバカげた『恩寵(ギフト)』食らっておいて」


「そりゃぁ……信じられねぇな」


 レナちゃんが頬をヒクつかせた。


 うん、気持ちはわかる。


「とにかく、女王陛下はカンカンでさ。今すぐ戻ってこいってその宰相を呼び出したそうだ。情報じゃ、王都で使った『反転』ってヤツと、城砦責めでバカスカ魔導技術を使いまくった結果、東の年間の戦費の八割方使い切っちまったらしい」


「おいおい、八割って……」


「『反転』ってのはどういう技術か分かんないけど、魔導甲冑(アミュール)一体でも相当なもんだ。それが十二体とあの人工太陽、その他もろもろ考えたら、まあそんなもんだろうね」


「ひぇー」


「まあ死刑にゃならないだろうけど、左遷は間違いないって噂だよね。でも、俺は、そうあっさり左遷されて消えていくようなタマじゃないと思うね。うん、コイツがやっぱり、リンちゃん達の一番でっかい障害になるような気がしてる」


「なるほど……で、そいつを探るつもりか?」


「そう。で、やっぱりコイツぁヤバいって思ったら、暗殺者(アサッシン)でも雇って消しちゃうかもね」

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