第三十一話 侵入者
やらかした――!!
思わず頭を抱えていると、周囲を取り囲んでいる兵士達のざわめきの間から幾つかの言葉が、僕の耳に飛び込んできた。
「俺達の王様はすげーな……」
「ああ、この調子でいけば、すぐに西や東も追い抜いちまうぜ」
「ばーか! 陛下は『地上に降りられた神』なんだ。西も東も最初から目じゃねぇよ。陛下がいらっしゃる限り、この国は繁栄を約束されたも同然さ!」
揺れる金色の麦の穂。
大豊作の農地を前にして、最初は只のざわめきでしかなかった声が次第に大きくなって、兵士達が興奮気味に腕を高く掲げ始めた。
「リンツ陛下、万歳!」
「リンツ陛下、万歳!」
「リンツ陛下、万歳!」
確かに作物が植えた翌日に実っていれば、神の奇跡ぐらいにしか考えようがない。
戸惑いはあるけれど、僕は彼らの王様なのだ。
こういう事にも、慣れて行かなきゃならない。
僕は必死にすました顔をつくると、手を振って、兵士達の声援に応える。そして、静かにするようにと彼らに身振りで訴えた。
歓声が収まるのを待って、僕は彼らを見回す。
「では皆さん! 早速ですけど、収穫作業にかかってください! バルマンさんは、皆さんに収穫の仕方を教えてあげてください。作業の全体の指示はキップリングさん、お願いします!」
「お、おう……」
「か、かしこまりました!」
バルマンさんは戸惑っていたが、キップリングさんは任されたことで自尊心が満たされたのか、細面の顔に満面の笑みを浮かべていた。
「よし! みんな! やるぞぉ!」
「お――――!!」
兵士達は意気揚々と、置きっぱなしにしていた農具の山へと歩み寄っていく。
僕はそれを見届けて、城砦へと戻ることにした。。
キップリングさんも張り切っていることだし、後は任せてしまった方が良いだろう。そう判断したのだ。
帰り道、姫様が嬉しそうに、僕の顔を覗きこんでくる。
「……うふふっ」
「な、なんです?」
「民を飢えさせないこと。それが王にとって一番大事なことですもの、リンツさまは、もう立派な王様ですわね」
「はぁ……」
思わず生返事を返してしまう。
そうか。そうか。うわはははは――。
などと、調子に乗れたら気が楽なのだろうけれど、今日のアレもどちらかというと失敗した結果。怪我の功名とでもいうべきものだ。
でも、まあ。これは前向きにとらえるべきなのだろう。
「坊ちゃま、城砦に戻られたらどうなさいますか?」
ロジーさんにそう尋ねられて、僕は思考を巡らせる。
折角、手が空いたのだ。時間は有効に使いたい。
農地に目処が立ったのだから、次に手をつけるなら……。
「街づくり。そう、街づくりを始めたいんですけど、ここには建材にできるような石も木もないので、どうしたものかなと……」
すると、レナさんが、ロジーさんの肩に顎を乗せる様な形で顔を覗かせる。
「んじゃぁ、日干し煉瓦ってのはどうだ?」
「日干し煉瓦?」
「簡単に作れる土のブロックみたいなもんだな。いや……粘土か。それを木枠にはめて、天日で干して固めるんだ。西クロイデルの更に西側に隣接する小国で、ムルムって国があるんだが、そこの建物は、みんな日干し煉瓦で出来てるんだぜ」
するとロジーさんが、やけに淡い反応を返す。
「強度が不安ですね……」
「ああ、そう思うのも無理もねぇ。実際、見栄えするもんじゃねぇしな。だが、ムルムの家はみんなそれで出来てたぞ。王城もそれで出来てたぐらいだし、たぶん大丈夫なんじゃねぇの?」
「我が王、ためしてみる価値はありそうですわね」
マグダレナさんがそう言って、僕は頷く。
「じゃあ、まずは粘土質の土を探すところからですね」
「我が王。それなら大丈夫です」
「心当たりでもあるんですか?」
「はい。特に重要とは思っていなかったので、報告からは外しておりましたが、一昨日、探索に出た兵士の中で、湖の畔に、粘土質の土があると申しておった者がおります」
報告を出した人間ということは士官なのだろう。
わざわざ土の質を報告するというのは、あまり普通ではない。もしかしたら、その士官は建築やそういった方面に明るいのかもしれない。
「では、マグダレナさん。その報告を出した人に命じて、樽に二杯分ぐらいの粘土を回収してきてもらってください」
「かしこまりました」
マグダレナさんは、そう言ってニコリと微笑む。
どうやら、及第点の回答だったらしい。
――だが、この後すぐ、それどころでは無くなった。
僕らが城砦へと戻ると、なにやら騒然とした空気が漂っている。
僕らの姿を見つけた兵士が、慌しく駆け寄ってきた。
「陛下! ご報告いたします! 何者かが城砦へ侵入したようです!」
「っ!? 数は?」
「不明です。姿を見た者もおりません。ただ、裏庭に干しておりましたナツメヤシが荒らされておりまして……」
「……え? ナツメヤシ? 他に被害は?」
「今のところございません!」
僕とマグダレナさんは、顔を見合わせる。
視界の端で、ロジーさんの表情がわずかに曇るのが見えた。
「ともかく、裏庭に行ってみましょう!」
ナツメヤシがどうでもいいとは言わないが、何かが侵入してきたというのは大問題だ。
この辺りには、野牛やガゼルぐらいしか動物はいないはず。
仮にそれらが侵入してきたとしても、兵士達が気付かない筈がない。
裏庭に辿り着くと、ナツメヤシを入れたあったと思われる籠が倒されて、赤い実が、辺り一面に散乱していた。
「なぁ、誰かがうっかり倒したのを誤魔化してんじゃねぇのか?」
レナさんがそう問い掛けると、マグダレナさんが静かに首を振った。
「壁際の地面、あそこに窪みがあるのが見えますか?」
「ん、ああ確かに。足跡に見えるな。人の」
「ええ、あれは城壁を乗り越えて、あそこに着地した跡でしょう」
「は!? おいおい冗談きついぜ。城壁は十四シュリット(約十二メートル)はあるぞ。そりゃ無理ってもんだ」
「そうですね。人間には無理です。でも足跡をよく見てください。指の形ははっきりとついていますけれど、踵の跡は無いでしょう?」
「ああ……確かに」
「あれはつまり、つま先だけで着地したということです。そんな着地の仕方をするのは、私の知る限り砂狼族だけですね」
「な!?」
マグダレナさんのその言葉に、僕は思わず息を呑む。
砂狼族――人と動物のあいの子のような容姿を持つ、王国の南辺を荒らし続けてきた狡猾な蛮族。
それが今、城砦の中に潜んでいるというのだ。
いや……ビビっている場合ではない。
「レナさん。みんなの警護をお願いします。僕の部屋に閉じこもって、鍵を掛けてください」
「分かった!」
「マグダレナさん、城砦に残っている兵士の皆さんを、中庭に集めてください」
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