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第三話 笑われ者の矜持

「まったく、お母さまったら、どういうおつもりなのかしら」


 エルフリーデの不機嫌な声が、背後のキャビンから聞こえてくる。


 雪でぬかるんだ街道。


 僕は今、王都ブライエンバッハに向かって、馬車を走らせている。


 ラッツエル領から王都までは、約半日の行程。


 雪で多少の遅れは出ているが、それでも朝に出れば、夕方には到着する見込みだ。


 今、僕が操っているのは、普段担当している荷運び用の馬車(ワゴン)ではない。


 エルフリーデ専用の高級馬車(キャリッジ)だ。


 御者とお嬢様という立場の違いはともかく、僕とエルフリーデが、同じ馬車に同乗しているという事に、僕自身、凄まじい違和感を感じている。


 もちろん、そんな状況になったのには、理由がある。


 一年の始まりである柘榴石(ガーネット)の月の七日。王宮では、国王陛下主催の新年を寿(ことほ)ぐ夜会が()り行われる。


 AとBの上位二等級の『恩寵(ギフト)』を持つ者は、この夜会への参加を義務付けられているため、国中の主要な貴族が、王宮に一同に会することになる。


 無論、等級Aの『恩寵(ギフト)』を発現させたエルフリーデは参加しなくてはならない訳だけれど、マルティナ様は従者としてロジーさんを、そして、なぜか御者として、僕を連れていくよう仰られたのだとか。


 あのお優しいマルティナ様のことだ。エルフリーデが僕を目の(かたき)にしている現状を(うれ)いて、仲良くなるきっかけを与えようとでも、お考えなのかもしれない。


 でもそれは、どう考えても無理な話だ。


 実際――


「こんな晴れの舞台に、こんな出来損ないと一緒に出掛けなくちゃいけないなんて、最悪! 最ィ悪よ! 顔も見たくないっていうのに!」


 背後のキャビンから、聞えよがしに悪態をつく、エルフリーデの声が聞こえてくる。


 もっとも、エルフリーデとロジーさんが夜会に出ている間、僕は外の馬車で待っているだけなのだ。


 気持ちは分からなくもないけど、そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか。と、いう気持ちにもなる。


 もちろん、口には出さないけれど。


 早朝から降り始めた雪は、しんしんと降り続いている。


 この辺りに降る粉雪は、粒が小さくて積もりにくい。


 とはいえ、このまま止まずに降り続けば、帰る頃には多少は積もっていそうだ。問題なく走れればいいのだけれど。


 王宮の門をくぐると、そこには既に沢山の馬車が停車していた。どれも贅を尽くした馬車ばかり。


 僕は、衛兵に誘導されるままに、臨時の停車場で馬車を止めると、慌てて御者台から降りて、キャビンの扉を開く。


 最初にロジーさんが降りて傘を開き、次に薄桃色の華やかなドレスを纏ったエルフリーデが降りてくる。


 普通なら、ご苦労様だとか、そう言った(ねぎら)いの言葉の一つもあるのだろうが、もちろん、そんなものは無い。ある訳がない。


 エルフリーデはムスッとした顔をして僕を睨みつけた後、何かを思いついたようにニタッと笑った。


 ……また何か、嫌がらせでも思いついたのかもしれない。


「リンツ! アンタは大人しく待ってなさい。そうそう、キャビンには入らないように。あなたの臭いが移ったら、臭くてかないませんもの」


 そう言い捨てると、エルフリーデはスタスタと王宮の方へと歩き出す。ロジーさんはちらりとこちらに心配そうな目を向けると、エルフリーデの後を小走りに追っていった。


 今朝から降り続いたせいで、王宮の緑の植え込みは真っ白に染まっている。


 周囲を見回せば、他の馬車の御者たちは、馬車のキャビンで寛いでいる。まあ、普通はそうだろう。でも、僕にはそれが許されていない。


 屋根の無い御者席で、身を抱えて寒さに耐える。


 寒い。馬車を操っている間はともかく、薄い野良着一つでじっとしているのは、正直厳しい。


 一時間、二時間と時間が過ぎていくにつれて、身体の感覚が鈍っていくのがわかる。


 思わずうとうとしかけたところで、


「おい、お前! どうして、キャビンに入らないんだ?」


 気の毒とでも思ったのだろう。甲冑姿の大柄な男が、声を掛けてきた。その男の身なりは他の衛兵に比べると、少し良い様に思えた。


「……キャビンには入るなと言われてるので」


「バカな! 凍死しちまうぞ!」


 彼は腹立たしげにそう言うと、近くにいた衛兵に「詰所から毛布を持ってきてやれ! あと何か温かい飲み物を!」そう命じて、僕の手を握った。


「私の名はゴドフリート。王宮守備隊の隊長だ。お前、名前は?」


「リンツ……です」


「よし、リンツ。もうしばらくの辛抱だ。人を人とも思わない貴族の連中には、すぐに天罰が下る。いつまでも、こんなことが続く訳じゃないぞ」


「あ、ありがとうございます」

 

 彼はとても善い人なんだろう。もちろん気休めでしかないのだが、それでも気にかけてくれたことが、とても嬉しかった。


 僕が、衛兵が持ってきてくれた毛布と温かいマテ茶を受け取るのを見届けると、彼は「がんばれよ!」と僕の頭を乱暴に撫でて、どこかに行ってしまった。


 温かいマテ茶をすすると、口から入ったマテ茶が身体のどこを通っているかが分かるような気がした。本当に身体中冷え切っていたのだと思う。


 ホッと一息ついて、辺りを見回す。


 それにしても、衛兵の数が多すぎるような気がする。それに、時間を追うごとに、どんどん数が増えているようにも見える。


 物々しい重装備の者や、全身甲冑を着込んでいる者達もいて、どこかピリピリとした緊張感が漂っている。


 流石は、国王陛下主催の夜会と言ったところだろうか?


 更に一時間ほども経った頃、沈んだ表情のロジーさんが、王宮の方から歩いてきた。もう夜会は終わりなのだろうか? それにしては、彼女の背後にエルフリーデの姿は無く、他に王宮から出てくる者もいない。


「おかえりなさい。夜会はもう終わりですか?」


 僕が御者台を降りて問いかけると、彼女は小さく首を振り、そして、なにやら思いつめた表情のまま俯いた。


「坊ちゃま……。私と一緒にここから逃げましょう」


「ちょ、ちょっと待ってください。ロジーさん。どうしたんです、一体?」


「こんな仕打ち……私にはもう耐えられません! お嬢様は坊ちゃまの事を、貴族皆の前で笑いものにするおつもりです」


「笑いもの? 笑いものってどういう……」


「お嬢様が国王陛下に、お話されたのです。虹彩異色(オッドアイ)であるにも関わらず、最低等級の恩寵(ギフト)を発現してしまった出来損ないがいると。すると、国王陛下は面白がられて、是非見てみたい。そう仰られたのです。そして、お嬢様は私に、坊ちゃまを連れてこいと……」


 なるほど、さっきエルフリーデがニヤついていた理由が分かったような気がした。


 僕は思わず苦笑する。いや、苦笑するしかない。


 むしろ、ここまで嫌われると可笑(おか)しくなってきて、自然と口元が緩んだ。


 逃げ出したいのは山々だけど、どこにも行く当ては無いし、何より、ロジーさんを巻き込む訳にはいかない。


 僕は、爪が食い込むほどに握りしめられたロジーさんの拳を上から握って、精一杯の微笑みを浮かべる。


「大丈夫です。ロジーさん。僕は最初から只の庶民ですから、傷つく様なプライドもありませんし……。むしろ笑われたって、全然、平気なところを見せて、エルフリーデのやつをがっかりさせてやりましょう」

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