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第二十七話 リンツ陛下はお困りのご様子です。

第三章 スタートします!


※書籍版は大幅に異なってはいるものの第一章、第二章に準拠したストーリーラインです。

(出るかどうかは売れ行き次第ですが)第二巻以降は完全に書き下ろしで、WEB版とは全く違う別ルートにするということで編集部と僕との間で合意しております。

WEB版はWEB版で、書籍版は書籍版としてお楽しみいただければとても嬉しいです。

書籍版も、WEB版の読者の皆さんが一層楽しめるものにしたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

 二人の兵士が、ぽかんと口を開けたまま、空を見上げている。


 彼らの視線の先にあるのは、雲一つない晴れ渡った空。


 僕とマグダレナさんは、兵舎の食堂へと向かうために、中庭へと足を踏み入れた。


 そこで、この光景に出くわしたのだ。


「何か見えるんですか?」


「何って……へ、陛下ぁっ!?」


 僕の姿に気づくと、二人の兵士はいきなり表情を強張(こわば)らせて、直立不動の姿勢で敬礼する。


「いやいや、もっと気軽に……」


 マグダレナさんは満足そうにしているけれど、僕としてはずっと年上の人達にこんな態度をとられると、正直、申し訳ない気持ちで一杯になる。


 だが、


「そういう訳にはまいりません!」


 彼らは(かたく)なに態度を崩そうとしない。


 僕は思わず肩を竦めて、(たず)ね直した。


「……で、何が見えるんですか?」


「ハッ!! つい先程、奇妙なものが空を横切って参りました!」


「奇妙なもの?」


 僕が問い返すと、もう一人の兵士が声を上擦(うわず)らせて答える。


「ま、真っ赤なドレスが、風に吹かれて西の方角へ飛んでいったのであります!」


 真っ赤なドレス? 洗濯物でも飛ばされたのだろうか? いやいやあり得ない。ここは住む者もいない荒野のど真ん中なのだ。


 僕が(いぶか)しげな顔をすると、マグダレナさんは、


「おそらく、コンドルか何かを見間違えたのでしょう」


 そう言って、あっさりと話を流す。


 そして、なにか言いたげな兵士を気にかける様子もなく、僕の背を押して先に進めと促した。


「参りましょう。少し遅れておりますし」


「え、は、はい」


 これから僕らは食堂で会議なのだが、確かに少し遅れてる。


 東クロイデル出身のティモさんと、西クロイデル出身のレナさんを交えて、僕らが国を(おこ)したことを、どんな形で各国へ知らしめるかを、話し合うことになっているのだ。


 何か引っかかる物を感じながらも、僕は兵士達に会釈をして、促されるままに再び歩き始めた。


 ーーあの『甲冑』達の襲撃から四日。


 僕らを乗せた城砦蟲は、順調に南へと進んでいる。


 城砦蟲は、それほど足が速い訳ではないけれど、眠る必要も無い。昼夜を問わずに走り続けてくれたお陰で、僕らは既に荒野の半ば近くにまで到達していた。


 この四日間について言うと、()()()()()()()()()()、平和そのものだった。、


 窓から眺める風景にも変化は無く、渇いた赤土の大地。それが地平線の向こうまで、どこまでもどこまでも広がっている。


 荒野に住まうという『砂狼族』の襲撃も、一応警戒してはいたのだが、結局彼らが姿を見せる事は無かった。


 ――砂狼族。


 彼らの生態については、謎が多い。


 僕が知っているのはせいぜい、人と獣のハーフとでもいうような姿をしているということぐらい。


 マグダレナさんによれば、彼らの中には『恩寵(ギフト)』とは異なる奇妙な力を使う個体もいるらしく、戦闘になればかなり厄介な相手なのだそうだ。


 砂狼族の姿は見かけなかった。だがそれは、生き物の姿を全く見かけなかったという意味では無い。


 それぞれ一度ずつではあるが、サンドガゼルが跳ねるように走っていく姿や、野牛(オックス)の群れが、砂煙を上げて遠ざかって行く姿を目にしている。


 どうやらこの荒野も、全くの死の大地という訳では無いらしかった。


 兵士たちと別れてしばらく経ったところで、マグダレナさんは笑いを(こら)えるような顔をして、僕に(ささや)きかけてきた。


「我が王、()()治療は、効果てき面だったようですね」


「そんなつもりは無かったんですけど……ね」


 ーーあの治療。


 確かに、兵士達の僕を見る目が劇的に変わったのは、あの時からだ。


 建国宣言の後、僕は負傷兵達の元へと降りて、『恩寵(ギフト)』を使って、彼らに治療を施した。


 最初の内は、どんどん怪我を直していく僕を、兵士たちは興味津津といった様子で眺めていたのだが、右足を失った兵士の足を再生した途端、彼らの僕を見る目が変わった。そう感じた。


 ……まあ、確かに衝撃の光景だったとは思う。


 失ったはずの右足がズボッ! と、音を立てて生えてきたのだから。


 マグダレナさんがいくら喧伝していたところで、流石に『地上に降りた神』というのは、皆、大袈裟な比喩ぐらいに思っていたのだろう。


 だがこれ以降、彼らの中では、僕が『神様』だというのは動かしがたい事実になってしまったらしい。


 おかげで、この四日間の間に僕は、角を曲がったところでぶつかり掛けた女性兵士には泣いて詫びられ、調理担当の兵士が、神様へのお供え物として家畜の山羊を一匹潰してもいいかと、マグダレナさんに相談しているのを耳にし、僕の部屋の方に向かって熱心に祈りを捧げている兵士の姿を、幾度となく目にすることになった。


 ……なにこれ? 新手のいじめですか?


 僕の口から、意図せずに溜め息が洩れる。


「みんなも早く慣れて、僕がそんな大層なものではないと。分かってくれればいいんですけど……」


「王様らしくて良いではありませんか?」


「他人事だと思って……」


 僕は、ジトりとした目をマグダレナさんへと向ける。


 その()()()()()というのが、一番厄介なのだ。


 実際、僕は今、マグダレナさんが使っていた一番良い部屋をあてがわれて、王と王妃が別の部屋では体裁が悪いからと、姫様と同じ部屋で過ごしている。


 もう一度言う。


 ()()()()()()()()過ごしている。


 さらにはお世話係と称して、ロジーさんも部屋に居座り、事あるごとにミュリエとエルフリーデも訪ねてくる。


 羨ましいと思うよね?


 実際、嬉しくない訳ではない。


 でも、気が休まる暇もないのです……。


「我が王、おわかりだとは思いますが、姫様はまだ未成年ですからね?」


「……わかってます」


 僕が大きなため息を吐くと、マグダレナさんは苦笑しながら、あからさまに話題を変えた。


「ここまでは順調ですけれど、唯一の懸念材料は食料ですね」


「どれぐらい、もちそうなんですか?」


「節約すれば半年ほどは……」


「思ったより大丈夫そうじゃないですか」


「まあ、この城砦の者は、元々ある程度自給自足の生活をしておりましたので。裏庭の方には小さなものですが農園もありますし、家畜もおります。但し、半年というのは、あくまでこの人数ならという事です。もし千人規模の流民を受け入れるような状況にでもなれば、食糧は一瞬で底をつきます」


 この人数というのは、僕とマグダレナさん、ロジーさん、姫様、ミュリエ、エルフリーデ、レナさんとティモさんの八人を含む、百十三名。


 兵士達は百八十名いたそうなのだけれど、先の『甲冑』の襲撃でここまで減ってしまったそうだ。


 尚、兵士達のうち、十一名が貴族出身の士官で、CからEの『恩寵(ギフト)』を持っているのだそうだ。


「湖に辿り着きさえすれば解決することですけれど、水の備蓄もあと数日分といったところですわね」


 そんな話をしながら、僕らが兵舎の中に足を踏み入れると、そこには騒然とした空気が漂っていた。


「どうしたのです?」


「あ、マグダレナ様……と、陛下っ!?」


 騒然としていた空気が一瞬で凍り付いて、兵士達は廊下の左右に分かれて直立不動。一斉に敬礼を始める。


 またこのパターン……。


 思わず肩を落とす僕を眺めて、マグダレナさんが苦笑する。そして彼女は、再び兵士に問いかけた。


「で、どうしたのです?」


「はい! 我々の目指しておりました湖が見えて参った旨、見張りのものから連絡が入ったもので……」


「着いたんですか!?」


 僕が思わず声を上げると、その兵士は表情を強張らせて、びしっと背筋を伸ばした。


「ハッ! 大きな湖、その周辺には緑が広がっておることを確認いたしました! あと二時間ほどで到着するものと愚考いたします」


 僕が目を向けると、マグダレナさんは満足げに頷いて、


「それでは我が王、二時間以内に会議を終わらせましょう」


 そう言った。



  ◇  ◇  ◇



 二時間後。


「ご苦労さま、ありがとう」


 僕がそう声を掛けると、


 キシャアアアアア!


 と、甲高い咆哮(ほうこう)を上げて、城砦蟲がその場にしゃがみ込んだ。


 脚を全てしまい込んでしまうと、外から見るかぎりただの城砦にしか見えない。


 まるで、最初からそこに建造された城砦みたいに見えた。


「参りましょう」


「はい……リンツさま」


 僕が姫様の手を取ると、彼女はわずかに頬を染める。


 リンツさまという呼び方は、姫様と僕が互いに妥協しあった結果、なんとかそこに落ち付いた。


 流石に結婚もしていないのに『アナタ』などと呼ばれたら、どうにもムズムズするので、それはなんとか勘弁してもらった。


 僕と姫様は兵士達が見守る中、崩れ落ちた城壁の一面、そこから、短い草の生えた大地へと降り立つ。


「「「リンツ陛下! 万歳!」」」


 途端に、背後からそんな声が上がって、嬉しいやら、恥ずかしいやら、居心地が悪いやら。


 どんな表情になっているのかはわからないけれど、姫様は僕の顔を覗き込んで、くすくすと声をかみ殺して笑った。

お読みいただいてありがとうございます!

第三章がスタートしました。

しばらくはスローライフ的な話になる予定です。


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