第二十四話 太陽は燃える。
『生命の樹……』
『恩寵』を発動させたその瞬間、僕の指先がズブズブと、甲冑の足の裏にめりこむ。
ピタリと動きが止り、まるで泡立つように甲冑のあちこちが膨れ上がると、次の瞬間には甲冑そのものが、黒い粉になって四散した。
黒い粉は寄り集まると、そのまま天井近くに群雲のように居座る。
甲冑が抱えていた姫様の身体が、どさりと床の上へ落ちる音が響き、そして――
「え?」
どこか気の抜けたような声とともに、苔色の作業着を着た男が、座ったような姿勢のまま、どさりと床の上へと落ちた。
「え? え? え?」
何が起こったのか分からなかったのだろう。その作業着姿の男は驚愕の表情を浮かべたまま、左右を見回している。
僕は静かに立ち上がる。
身体に受けたダメージは『生命の樹』で既に修復済み。
そのまま、その男を全く無視して、僕はロジーさんとエルフリーデの方へと歩み寄った。
「お義兄さ……ま?」
「もう大丈夫だよ」
涙で汚れた顔で、ミュリエが僕を見上げ、僕は静かに微笑みかける。
そして、僕は折り重なるように倒れているロジーさんとエルフリーデの傍へと膝を落とす。
そして、両手で二人の手を握って『恩寵』を発動させた。
『生命の樹!』
二人の蒼ざめた顔に、色彩が戻ってくる。
そこらじゅうに出来た痣と擦り傷は瞬時に消えてなくなり、服の下の大きな傷は塞がる。途切れかけていた二人の鼓動が、確かなリズムを刻み始めたのが分かった。
僕は、ホッと安堵の息を洩らすと、背後で戸惑ったままの男の方へと振り返る。
「ひっ!?」
男は顔を引き攣らせると、じたばたと這うように姫様の傍に近づいて、腰に下げていたナイフを引き抜く。
そして、意識のない姫様の身体を強引に引き起こして、その首元にナイフを突きつけた。
「ちっ! 近寄るな! 化け物ォ!」
化け物。まあそうでしょうね。そう見えるでしょう。
僕は思わず苦笑しながら、その男を見据える。年の頃は二十代前半。短髪の強面の男だ。
僕は静かに目を閉じて、口を開いた。
「僕……自分でもちょっとビックリしてるんですけど……どういえばいいんだろう? ……えーと、あんな玩具で、僕の大切な人たちを傷つけて、痛い目に合わせて、怖がらせて……」
「な、なにを言ってる! 黙れ!」
この胸の中で渦巻いている感情を言葉で表現しようとしても、どうにも上手くいかない。怒っている。それは間違いないのだけど。
だから、僕はこれからしようとしていることを、そのまま口にすることにした。
「ブッ殺してやる!」
僕が右手を掲げると、宙空に群雲の様に浮かんでいた黒い粉が一斉に兵士に襲い掛かる。
黒い粉に見えた、それは鋼の羽虫。
『神の恩寵』によって命を吹き込まれた甲冑の欠片。だが、羽虫とは言っても一つ一つが鋼の欠片。一つ一つが鋼の矢のようなものだ。
姫様の身体には傷一つつけず、鋼の羽虫は男だけを的確に貫く。
「ぎゃっ!!」
上がり掛けた悲鳴は瞬時に途切れ、羽虫の群れ、黒い靄の向こう側で赤い霧が立ち昇る。
羽虫が再び舞い上がった後には、真っ赤な血の海と襤褸切れのようになった男の身体が横たわっていた。
「お義兄さまぁ!!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしたミュリエが飛びついてくる。
「おっと!」
僕が彼女の身体を受け止めると、その向こう側には涙を浮かべながら微笑むロジーさんと、どこか恥ずかしげに俯く、エルフリーデの姿があった。
「遅くなって……ごめんなさい」
「いいえ……坊ちゃまがご無事で良かった……本当に良かったです」
僕は小さく頷いて、ロジーさんに微笑みかけると、次に姫様の方へと歩み寄る。
気を失ってはいるが、幸い姫様には外傷は見当たらない。
念のために、『生命の樹』を発動させると、姫様は静かに瞼を開いた。
「う……ううん。リン……ツ?」
「もう大丈夫です、姫様」
僕が微笑みかけると、姫様は思い出したかのように目を見開き、
「うっ、うえぇぇぇぇん」
そのまま僕に抱きついて、声を上げて泣いた。
いつも気丈な姫様が泣き出したことに驚いて、僕はそのまま固まった。
正直、どうして良いのか分からなかったのだ。
◇ ◇ ◇
姫様が落ち着くのを待って、僕らは再び走り始めた。
他の甲冑を倒さなければいけない。
まずは、マグダレナさん達のいる城壁の上の甲冑を倒す。そう決めて中庭へと飛び出すと、丁度、マグダレナさん達が石段を下りてくるところだった。
「マグダレナさん!」
「ああ、次代の王。それにディートも。ご無事でしたか!」
「甲冑は? 倒したんですか?」
マグダレナさんは静かに首を振る。
「それが、急に城壁から飛び降りて撤退していったのです」
「撤退?」
僕が首を傾げると、ロジーさんが話に割り込んできた。
「再び『恩寵』が使えるようになったことに、気付いたのでは?」
「そうなのですか?」
マグダレナさんは、『恩寵』を使えるようになったことには、気づいていなかったらしい。
「ええ、実はレナさんとティモさんが……」
僕がそう言いかけた途端、突然、眩いばかりの光が僕らを照らし出した。
「な、なんです!?」
「坊ちゃま! あれを!」
眩しさに目を細めながら、ロジーさんの指さす先に目を向けると、宙空に描き出されたままの複雑な図形。その中央から眩い光を放つ球体が、ゆっくりと落ちてくるのが見えた。
「太陽みたい……」
ミュリエがそう言って僕の服の裾をギュッと握る。
それと同時に、ザザッっと耳元にノイズが走って、ティモさんの切羽詰まった声が聞こえてきた。
「あいつら! 無茶しやがる。リンちゃん! そいつは魔導で造った人工太陽だ。そいつが暴走したら、城砦……いや、その辺一体跡形もなく吹っ飛んじまうぞ!」
◇ ◇ ◇
サラバンドの狭い操縦席に座って、僕はモニターで人工太陽を眺めていた。あと一分と経たずに臨界を迎えることだろう。
既に、周囲には城砦を襲わせたセクターが戻ってきている。
全部で八体。四体やられたと言うだけでも正直、驚いている。
この辺りでも、多少は爆風も届くだろうけど、魔導甲冑の中にいれば、まず大丈夫だ。
「まさか、魔力増幅装置を壊されるとはね……」
「魔術に詳しい者でもいたのでしょう」
独り言のつもりだったのだが、後部座席のコゼットが返事をした。
「まったく……最後の最後で計算違いも甚だしいね。僕はちょっと自信を失ったよ。姫様も捕獲できなかったし……」
「そうですね」
いや、だからさ。ちょっとは労わってほしいんだけど……。
なんで「そうですね」の五文字に「ばーか! ばーか!」みたいなニュアンスを乗せられんの? ビックリするわ。
ともかく……気を取り直して。
「姫様ごと焼き払ったら、流石に女王陛下の御叱りを受けるだろうけど、仕方無いよね。彼らをこのまま放置しておく方がまずい。きっと僕らにとって脅威になるだろうから」
「でも……左遷されかねませんね」
「うん、まあ仕方ないよね。その時はコゼットも一緒に来てくれるよね」
「…………」
うん、返事ぐらい返そうよ。一応僕の副官なんだからさ。
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