第二十二話 君は小さい頃、ママにこう教えられなかったのかい?
「いやー、良い表情だったなぁ……」
おばさんの、怒りに満ち満ちた表情を思い出しながら、僕が弾むような足取りで馬車のところまで戻ってくると、技術員のジョルディ君が慌しく駆け寄って来た。
「大変です! 魔導甲冑が一体、破壊されました!」
「あはは、いいねぇ! ジョルディ君。キミが冗談を言えるタイプだとは思ってなかったよ」
「そうじゃありません。これをご覧ください!」
彼が差し出してくる魔導紋が施された石板を覗き込むと、単純な線で描かれた城砦の見取り図の上に、幾つもの緑色の光点が動いている。その数全部で十一。
……十一?
「ご存じのとおり、送り込んだ魔導甲冑は十二体です。つい先ほど中庭付近で、一体の反応が消失しました!」
「おいおい、馬鹿言っちゃいけないよ。ジョルディ君。セクターは確かに量産型の魔導甲冑だけど、剣や槍でどうこうできるものでは無いって。故障じゃないのかい?」
そう言って僕が再び石板を覗き込んだ瞬間、もう一つ光点が消失した。
「…………な、なんだい、これは?」
消えた光点の位置はやはり中庭。どうやらそこで何かが起こっているらしい。
中庭にいる魔導甲冑は、あと一体。
そちらに目を向けると、光点が消失した直後から、その一体が激しく動き始めている。どう見ても、何かと交戦しているようにしか見えない。
「ねぇ、コゼット! 魔力増幅装置はちゃんと動いてる? 彼らが『恩寵』を使えるようになったってことは無いよね」
「ありません」
コゼットは銀縁眼鏡を押し上げて、わずかに唇を尖らせる。
ありませんのたった五文字に「なんだ? やんのか、コラ!」と威嚇めいたニュアンスを載せてくるのは、ほんとやめて欲しい。
「わかってる、コゼットはちゃんとやってくれてるって分かってるよ。念のためさ」
僕が首を竦めた途端、ジョルディ君が再び声を上げた。
「ま、また一つ消えました! 建物の中に突っ込んだ後、そこで消失しました!」
「なんだって!?」
これはもう決まりだろう。
『恩寵所持者』の他に、何か異常に戦闘力の高い奴がいるということだ。
「ジョルディ君、『妖精姫』の居場所は分かるかい?」
「はい、大丈夫です。『追跡』は機能しています」
ジョルディ君がそう言って石板を操作すると、画面上に赤い光点が現れた。
「この、一番近くにいるヘクターは誰だい?」
「恐らく、サルファ伍長ではないかと……」
「じゃあさ、ジョルディ君。サルファ君に詳細にナビゲートして、姫様を捕らえさせてよ。で、他は全員、即時脱出。そう通達して」
「は? よろしいので?」
「うん、実験の結果は良好。認識阻害幕も機能したし、魔導甲冑の転移実験も成功。魔力増幅装置で『恩寵』を抑え込めるって仮説も実証できたし、あとは……」
コゼットが眉を顰めるのが見えた。
でもごめんよ。正直、僕はニヤけるのを止められない。
「……最後の実験だけだね」
「ま、まさか、本気でアレを試すおつもりですか?」
「うん、こんなこと冗談じゃ言えないよね? サルファ君への指示が終わったら、キミも中央の兵士くんたちと一緒に、出来るだけ遠くに離れなよ。あーそうそう、それと僕のサラバンドは?」
「はい、あちらに」
ジョルディ君のさし示した先には、僕の専用魔導甲冑『サラバンド』が鎮座している。
モスグリーンの個体塗装。下半身が蜘蛛のような六本足の重装甲型の魔導甲冑だ。
僕とコゼットの複座式である為、背中には巨大なコンテナを背負った様な形になっている。
ちらりとコゼットの方を盗み見ると、嘲笑するように口の端を歪めているのが見えた。
――専用機? はっ、どうせ前線に出ないんだから、お前にはいらねぇだろ。
あの顔は、絶対そう思ってる。
……まあ、いいや。
「実験の最終起動はこっちでやるから、すぐに準備はじめちゃってよ」
僕がそう言うと、ジョルディ君は表情を曇らせる。
「で、ですが。魔力増幅装置を守備している中央の兵士も巻き込まれてしまいますし、何もそこまで……」
「おいおい、ジョルディ君。君は小さい頃、ママに教えられなかったのかい?」
「は?」
「遊んだ後は、ちゃんとおかたづけしなさいってさ」
ジョルディ君が身を仰け反らせる。
自分では分からないけど、この時僕は、たぶん……かなり悪い顔をしてたんだろうなと思う。
◇ ◇ ◇
「びろーーーーん」
俺は白い布を指先で左右に引っ張りながら、声に出して言ってみる。
うん、パンツ。純白の女性もの。
あんまり飾りのついてない木綿のやつ。
「うーん、わっかんないね。こんな布っ切れだけで興奮できるヤツって、頭がおかしいと思うね、俺は」
そう言いながらも、一応そいつをポケットにしまい込む。
「『妖精姫』のパンツだって言えば、好事家がそれなりに金を出すだろうしな」
鏡に映った俺が、白い歯をキラリと光らせる。
うん、今日も男前だわ。
昨日、ここに到着するなり牢屋に放り込まれた俺は、大人しくタイミングを待つことにした。
何のタイミングかって?
もちろん、この城砦が大混乱に陥るタイミングに決まってる。
リンちゃんたちにゃ悪いが、大儲けのチャンスなのだ。
情報提供者から齎された情報を総合すれば、東の連中がしようとしている事は、大体想像がつく。
しっかし、考えたもんだね。
『恩寵』の力を封じるってのは、連中がずっと研究してたテーマだけれども、逆転の発想っての? 魔力を高めて暴走させるってのには、正直驚いた。
荒野の方に何台か魔力増幅装置が設置してあるんだろう。
もちろんそいつを叩き壊せば、『恩寵』も使えるようになるんだろうが、わざわざ俺の方から、そこまで教えてやるのはお節介が過ぎるってもんだ。
というわけで。
俺は混乱に乗じて、お姫様の部屋を物色していた。
目的はもちろん、『イラストリアスの魔鏡』だ。
ここで魔鏡を手に入れれば、西に売ろうが東に売ろうが、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る。
王宮は、反乱軍の連中がくまなく探し終えている。それにもかかわらず魔鏡が見つからないのは、絶対、姫様が持ってるからだ。そう思ってたんだが……。
「……見当たんねぇなぁ」
なにせ、姫様の私物は小さな背嚢が一つだけ。
それも何だかボロっちいし、どう見ても王宮から持ち出したものじゃない。
中身は替えの下着が数着分。
逆さに振っても、他にはなにも出てこない。
俺は思わず首を竦める。
「しゃーねぇな。この城砦の金庫ってどこだろうな?」
迷わずターゲットを変更する俺。
デキる男ってのは、切り替えが早いもんなのさ。
だが、俺が部屋の出口へと向かって、一歩を踏み出したその瞬間――。
部屋の石壁が、音を立ててはじけ飛んだ。
「うひゃぁ! な、な、な、なんだってんだよ!」
正直にいう……腰が抜けた。
ひっくり返された虫みたいに、必死に床を蹴って後ずさる俺。
かっこ悪いとかいうなよ。こんな状況になれば、誰だってこんなもんだ。
壁にはどでかい穴が開いていて、濛々と土煙が立ち昇っている。そして、その中には倒れ込んだ魔導甲冑を足蹴にして、刺さった剣を引き抜く赤毛の女の子の姿があった。
「よ、よぉ……レナちゃん。げ、元気そうだねぇ」
彼女はギロリと俺の方を睨みつけると、ゆっくりと歩み寄ってくる。そして、俺の鼻先に剣を突きつけて言った。
「こんなところにいやがったのか、クソ野郎! てめえ、連中の手の内は分かってるとか偉そうなこと言ってたよな? 全部唱ってもらうぞ!」
「あ、あはは、レ、レナちゃん。落ち着きなって、な。ほら、戦争反対、暴力反対!」
その時、彼女の背後に開いた壁面の穴から『虹彩異色』の少年が顔を覗かせる。
「ティモさん! お願いです。力を貸してください!」
俺は思わずため息を吐く。
やれやれ……まあ、ここで逆らったらたぶん、レナちゃんは容赦してくれないだろう。
こいつらに協力する以外の選択肢が、一気に消えた。
「分かった。とりあえず『恩寵』を使えるようにしねぇとな」
デキる男ってのは、切り替えが早いもんなのさ。
お読みいただいてありがとうございます!
あと数話で第二章完結。
第三章からはついに国造りが始まります。
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