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第二十一話 デカくても、遅ぇヤツはオレの敵じゃねぇ

 宙空を見上げながら狼狽(うろた)える兵士達。その戸惑いの声が城壁の上を(さざなみ)の様に広がっていく。


 何だ? 何だあれは? 何が起こっている?


 迷子のような顔をして情けない声を洩らす兵士達。彼らを笑う事など誰も出来はしない。僕だって何も変わらない。ただ戸惑っているだけだ。


 城壁の下、例の少年兵の方を盗み見れば、彼は、まるで買い与えられた玩具(おもちゃ)の包みを開こうとする子供のような顔で微笑んでいる。


 腹立たしい。


 とても腹立たしいとは思うけれど、今彼を口汚く罵ったところで、それは負け犬の遠吠えでしかない。


 視線を上へと上げていけば、目に映るのは複雑な図形が描かれた(くら)い空。そこには今、染みのように幾つもの黒い点が、浮かび上がり始めていた。


 僕は徐々に浮かび上がってくるその黒い点を、じっと見つめる。


「足……ですの?」


 背後でエルフリーデがぽつりと呟いた。


 それは確かに人の足のように見える。甲冑の脛当て(グリーブ)、もしくはブーツのような(はがね)の足だ。


 まるで草木が芽吹くように、もしくは寒い夜の氷柱(つらら)のように、足首、次に(すね)、やがて(もも)と、下へと向けて()()は次第にその姿を現していく。


 紛れもない人の脚。甲冑に包まれた脚部。だが人間にしては、あまりに大き過ぎる。


 僕が呆然とそれを眺めていると、ロジーさんが僕の手を掴んだ。


「坊ちゃま! 早く! ここにいては逃げ場がありません!」


 そう言って彼女は、(あらが)う暇もなく、僕の手を()いて駆け出そうとする。


「ま、待ってください! ロジーさん!」


「待ちません! エルフリーデ! あなたは姫様とそこのちびっ子を!」


「は、はい!」


 駆け出すロジーさんと僕。そのすぐ後ろを姫様とミュリエを追い立てながら、エルフリーデがついてくる。


「下に降ります!」


 言うや否やロジーさんはここへと登ってきた石段を、慌しく駆け下り始める。


「モタモタしないでくださいまし!」


「ご、ごめんなさい」


 背後からは姫様を喧嘩腰に怒鳴りつけるエルフリーデの声。こんな状況では地位も立場もあったものではない。


 そして僕らが石段の半ば辺りまで下りてきたところで、城壁の上の兵士達が一斉に声を上げた。


 宙空に現れた()()が、遂に降下し始めたのだ。


 犬のような鋭角的な頭部。黒光りする鋼の身体。城砦の上へと次々に滑り落ちてくる()()は、僕の目には全身甲冑の騎士のように見えた。


 ただ、やはりそれは人の大きさではない。目測でしかないが、八シュリット(約三メートル)程の巨体。全部で十二体。それが、僕らの上へと一斉に落ちてきたのだ。


 途端に地上には、音が溢れ出す。


 城砦の各所からは、石と鉄がぶつかる重厚な衝突音が響き渡り、尖塔が砕け、石畳が(えぐ)れて石礫(せきれき)が飛び散る。


 城壁の上からは兵士達の悲鳴。それをかき消すような硬質な破砕音が響き渡る。


 城壁の上へと舞い降りた巨体が身を起こせば、石造りの壁にはピシピシと音を立ててひびが走り、ひびの間からは土煙が立ち上る。


「グォオオオオオオオオオオオ!」

 

 背後を振り返れば、城壁の上で一体の巨大な甲冑が身を反らして、雄叫びを上げているのが見えた。


 兵士達の多くは悲鳴を上げながら逃げ惑っている。それでも幾人かは勇敢にも甲冑の周りを取り囲み、槍を突き出していた。だが、キン! キン! と甲高い音は響けど、騎士は身じろぎ一つしない。兵士達の絶望的な悲鳴と怒号の間に、マグダレナさんの必死の声が聞こえてきた。


「城壁から突き落とすのです!」


 兵士達は果敢に立ち向かう。だが騎士はそれを見据えて、剣を横なぎに一閃すると、兵士達はなすすべもなく倒れていく。そして、悲鳴の間に間に、例の少年兵の笑い声が微かに聞こえてくる。


「あははは! 魔導甲冑(アルミュール)の運用も上手くいってるし、転移の実験も上々。うーん、あと一個実験しときたいのがあるんだけど……流石に準備が終わる頃には、みんな死んじゃってそうだし、無理かな」


 僕らは背後から聞こえてくる悲鳴に耳を塞ぎ、目を背けながら石段を駆け下りて、中庭へと辿りつく。


 だが、そこも既に戦場と化していた。砕け散った石畳に、倒壊した尖塔の残骸が横たわり、地に伏した兵士の身体から流れ出た赤い血が、石畳の継ぎ目を赤く描き出している。


 見回してみれば、視界の範囲に三体。黒く巨大な甲冑が、それぞれに逃げまどう兵士達へと襲い掛かっているのが見えた。


 ーーどこへ逃げる?


 建物の中に入れば、あの甲冑のサイズでは追って来れない筈だ。


「坊ちゃま! あそこから屋内に入りましょう!」


 ロジーさんが指さしたのは、左手の兵舎の勝手口。ここから最も近い建物への入り口。


 だが、彼女が声を上げたのとほど同時に、甲冑の一体がこちらへと顔を向けた。


 ――マズい! 気付かれた!


 思わず顔が引き攣る。


 甲冑は、人の背丈ほどもある大剣で兵士達を無造作に薙ぎ払うと、こちらを向いたまま動きを止めた。


 ーー見られている。


 息をするのも忘れるほどの重苦しい殺気。僕の頬を一筋の汗が流れ落ちる。


 そして、次の瞬間、


「グォオオオオオオオオオオオ!」


 巨大な甲冑は手にした大剣を振り上げて咆哮を上げると、こちらへ向かって一直線に突進し始めた。


 一歩ごとに石礫(せきれき)を跳ね上げながら迫りくる巨大な甲冑。それは余りにも絶望的な風景だった。


 奴らの目的はあくまで姫様。


 だから、姫様をその場において逃げ出せば、逃げ切ることもできるだろう。


 無論、そんなことを出来る訳がないのだけれど。


 僕は足下に転がる兵士の死体。その腰から剣を引き抜いて身構える。


「坊ちゃま!? ダメです! お逃げください!」


 ダメなのは言われなくても分かっている。


 だけど、今はこれしか無い。


 ロジーさんや姫様の逃げる時間ぐらいは、僕がなんとかしてみせる。


「ロジーさん! 姫様を連れて逃げて! 早く! 僕もすぐに追いかけますから!」


 だが、ロジーさんに動く様子はない。


「エルフリーデ! 僕の役に立て!」


僕が声を限りに叫ぶと、エルフリーデは唇を噛み締めながら、ロジーさんを羽交い締めにして引きずり始める。


「お離しなさい! エルフリーデッ!」


「お断りします!」


 遠ざかって行くロジーさんの喚き声を背中で聞きながら、僕は迫り来る甲冑を睨みつける。


 慣れない剣。指が震える。身体が(すく)む。たぶん、今の僕は目も当てられないようなへっぴり腰なのだろう。それでも……やらなきゃならない。


 甲冑は走ってきた勢いのままに、剣を高く振り上げる。空を突き上げる切っ先。


 力任せに振り上げられた剣が、僕の上へと振り下ろされようとするその瞬間ーー



 ーー僕と大剣の間に飛び込んでくる人影があった。



 思わず目を閉じた僕の耳朶(じだ)に甲高い金属音が突き刺さり、(まぶた)の裏に火花が散る。


 恐る恐る目を開けば、剣を弾かれてよろめく甲冑の姿。そして僕の目の前には、水平に剣を構える赤い髪の女性の背中があった。


「レナ……さん?」


「おう、間に合ったみてぇで何よりだ」


「あ、ありがとうございます」


「しっかし……なんで『恩寵(ギフト)』を使わねぇ? こんな奴ぐらい一発だろう?」


「『恩寵(ギフト)』が、封じられてるんです」


「なるほどな」


 レナさんが頷いたのとほぼ同時に、態勢を立て直した甲冑が再び彼女へと襲い掛かる。


 相変わらずの力任せ。甲冑は大上段に掲げた剣をレナさんの頭上へと一気に振り下ろす。(うな)る剣。空気が震えて、風切り音が響き渡る。だが、レナさんに動く様子は無い。


 僕は何も出来ずにいる。声を上げることも出来ずに、ただ目を見開くだけ。


 だが、大剣がレナさんの上へと落ちるまさにその瞬間、彼女はスッと身体の向きを変えた。たったそれだけ。たったたそれだけで、彼女はあっさりと剣を躱し、甲冑の大剣は鈍い音を立てて、石畳を穿(うが)った。


 慌てて剣をひいて飛び退く甲冑。


 レナさんはそれを見据えたまま、背中越しに僕へと問いかけた。


「なあ、リンツ。こいつが怖いか?」


「え? あ、はい」


「まあ、そうだろうな。デケぇしな。あの剣だって当たりゃあ、まあ、大体死ぬだろうしな」


 ーーだいたいじゃなくて確実に死にますけど?


 僕の胸の内のどうでもいい思いをよそに、レナさんは剣を構える。


「でも、まあ、心配すんな」


 彼女は静かに目を閉じる。そして目を見開くと同時に、真っ直ぐに魔導甲冑の方へと踏み込んだ。

 

 それは神速の踏み込み。


 彼女は一瞬にして甲冑の(ふところ)へと潜り込むと、その喉元を剣で突き上げる。金属を穿(うが)つ鈍い音が響いて、甲冑の首の後ろに剣先が顔を覗かせた。


「デカくても、遅ぇヤツはオレの敵じゃねぇ」

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