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第十九話 挙式の日取りはお決めになられましたか? 

今回、前半は主人公ではない人物の視点になっております。

 馬車(キャリッジ)の車窓から顔を出して覗き見ると、前を走る荷馬車(ワゴン)。その荷台の上の兵士と目が合った。


 僕がにこやかに手を降ると、兵士は戸惑うような顔をして、わずかに頭を下げる。


 ――ま……そういう反応になるよね。


 僕らの馬車(キャリッジ)の前を行くのは、十二台の荷馬車(ワゴン)


 うち十台には、中央クロイデルの兵士達が乗り込んでいるが、残りの二台には、僕らの運んできた『装置』が積まれている。


「宰相閣下。()()が、城砦に辿り着いたようです」


 技術員のジョルディ君がそう言って、僕の方へと石板を差し出してくる。


 魔導紋が施された石板。


 そこに描き出された地図の上で、明滅する光点(プリップ)


 さっき見た時には、ゆっくりと移動していたそれが、今は地図上の一点で、静かに明滅を繰り返していた。


「宰相閣下はやめてくんないかな、ジョルディ君。今の僕は、只の技術員ってことになってるんだからさ」


「失礼しました!」


「ほらぁ、それだよ。それ!」


「は、はぁ……」


 ジョルディ君は、困った様な顔をして固まっている。


 いやぁ……ほんと、真面目。典型的な東クロイデル軍人と言ってもいい。理屈っぽくてクソ真面目な連中ばっかりだ。


「まぁ……いいや」


 僕は苦笑しながら、隣の女性士官に問い掛ける。


「ねぇ、コゼット。中央の兵士くん達に、例のアレ。設置してもらえるよう話はついてるんだよね」


「当然です」


 コゼットは銀縁の眼鏡をくいと押し上げて、小さく肩を竦める。


 うん、いつもどおりだけど、その短い言葉に、「馬鹿じゃないの?」っていう、ニュアンスを乗せてくんのやめてくんない?


「中央の連中が、指示どおりに動いてくれれば良いのですが……」


 ジョルディ君が、僕とコゼットのやり取りを見て、不安げな声を洩らす。


「ま、大丈夫でしょ。今は味方同士なんだからさ」


 互いに、いずれ敵同士になることを理解している寒々しい関係ではあるけどね。


「とにかく、そのなんとかいう砦を陥落させれば、それでチェックメイト。あとは僕らの偉大な女王陛下の前に、その『妖精姫(ニンフェ)』ってのを引っ張り出して、鏡の在処(ありか)を教えてもらえばそれで終わり。簡単なお仕事さ」


 コゼットはちらりと僕の方へと視線を向けてくる。


 ――お前は指示するだけだから楽だろうけどな。


 絶対にそう思ってる目だ。


 やめてよ。結構傷ついてるんだからさ。


「まあ、いいや。ジョルディ君、技術班に連絡入れて、城砦には明日の午後には仕掛けることになるから、それまでにヘクターを整備させといて、それと一応、僕のサラバンドも……準備だけはね」


「ハッ!」


 僕は静かに馬車の天井を見上げる。


 うん、まさかあの夜会から『妖精姫(ニンフェ)』を取り逃がすとは思ってなかったけど、出張って来た甲斐はあった。良いテストが出来そうだ。



  ◇  ◇  ◇



 ノイシュバイン城砦は、やけに複雑な形をしていた。


 時代ごとに異なる建築様式で増築されていった結果なのだろうけど、まるで子どもが積み上げた積み木のような、脈絡のない形をしていた。


 その複雑な形の城砦の東側。


 兵士達の食堂と思しき一角で、僕らは長テーブルを囲んで、腰を下ろしていた。


 ちなみに、この場にティモさんはいない。


 馬車を降りるなり、彼は『いやぁ、美しい。どうです、僕と大人の時間を楽しんでみませんか?』と、いきなりマグダレナさんを口説こうとして、レナさんと周囲の兵士達にボコボコにされたのだ。


 今はたぶん……牢屋にでも放り込まれているんだと思う。


「こんなところで申し訳ありませんね。そもそも王家の方をお迎えするような事がありませんから、貴賓室もありませんの」


 僕の正面に腰を下ろしたマグダレナさんが、あまり申し訳ないとは思っていなさそうな口調でそう言うと、その隣の姫様が小さく首を振る。


 そして、マグダレナさんは、僕の方へと向き直って言った。


「大体の状況は、王都から戻った者から聞いておりますわ。副官のクリューガーを失ったのは痛手ですけど、私とあなた、等級Aの者が二人いれば、それなりに(あらが)える筈です」


「三人ですわ」


 僕が頷くより前に、唐突に話に割り込んで来たのはエルフリーデ。


 席に着かずに背後に控えていた彼女は、僕の隣に座っているロジーさんを指し示した。


「メイド長さまも、等級Aとなっておられます」


「そうなのですか!?」


 途端に姫様とレナさんが驚いて目を見開き、マグダレナさんは、「まあ」と口元に手を当てる。


 ロジーさんは要らない事をいうなとばかりに、エルフリーデを睨みつけた後、「非常に使い勝手の悪い『恩寵(ギフト)』ですので……」と、言いにくげに口籠った。


「それは朗報ですわね。私と次代の王、メイド嬢。等級Aの者が三人もいるとなれば、戦略の幅が広がります」


「戦略?」


「もちろん、この国を取り戻すための戦略ですわ。反乱を起こしたお馬鹿さん達を救い、()つ東を駆逐して、西にも手を出させないための」


 ――そんなことが出来るのだろうか?


 僕が疑わしげな顔をしたことに気付いたのだろう。マグダレナさんは、僕の方へにこりと微笑みかけると、改めて言葉を紡いだ。


「信じていただけませんか? ですが、それでも信じていただきたいのです。私も今回ばかりは全力を尽くさねばなりません。この状況の責任の一端は、私にもありますので……」


「責任……ですか?」


「ええ、反乱を起こした者の大半は、私が教えた思想を曲解した、お馬鹿さん達です。それが、ゴドフリートのような脳筋男と一緒になって、実行に移した訳ですから」


「脳筋って……ゴドフリートさんは、その……善い人ですよ」


「存じておりますよ。ですが、それがマズいのです。非常にマズいのです。金や地位に目が(くら)んだ者のやることなら、たかが知れてるのですけど、善い者が暴走した時の方がどうしようもないのです」


 マグダレナさんは、どこか芝居がかった調子で話を続ける。


「特にその理想が間違っている時には、目も当てられません。階級の無い理想の国? 庶民が幸せではない国は間違っていますが、王の居ない国は、頭の無い生き物のようなもの。彼らがやろうとしているのは、自分達の首を、斬り落とすような行為でしかありません。お分かりになるでしょ? 次代の王」


「その……次代の王というのは、何なんです?」


 僕はずっと気になっていたのだ。


 彼女が、僕のことをなぜ次代の王などと呼んだのか?


 姫様の例の求婚(?)のことを知っているのはそれこそ、僕と姫様だけ。誤解を誤解のままにしているのは気になってはいたが、訂正する暇もなかった。


 気になっていたのは姫様も同じの様で、彼女も、ちらちらとこちらを見ている。


 僕らのその様子を眺めて、マグダレナさんは何か微笑ましい物でもみるかのように、目を細めた。


「とぼけなくても結構ですわよ。ディート。もう求婚は済んでいるのでしょう? 挙式の日取りはお決めになられましたか? 戦略的には、一日でも早い方が良いかと思いますけれど」


「ちょ!? 先生!?」」


 姫様が慌てて立ち上がると、途端に場が騒然とする。


 ロジーさんは目を見開いたまま凍り付き、「ど、どういうことですの!!」と、エルフリーデは今にも襲い掛かりそうな物騒な表情で姫様に詰め寄る。ミュリエは「浮気ダメ!」。そう言いながら僕の首にしがみつき、レナさんはニヤニヤしながら周囲を見回していた。


「な、なんで先生がそれを?」


 詰め寄るエルフリーデから、必死に顔を逸らしながら姫様がマグダレナさんに問いかける。


「なんで? 国王陛下が亡くなられて、あなたが生き残り、等級Aを越える恩寵所持者(ギフトホルダー)が傍にいるのでしょう? どう考えたって、あなたの伴侶として迎え入れて権威付けし、次の王に据えるのが最善策ではありませんか? まさかそんなことを思いつかないような、情けない教え子をもった覚えはありませんけど? 違うのですか?」


「そう……ですけれど」


 姫様が口籠ると、エルフリーデが只でさえ釣り目がちの目をさらに吊り上げて声を荒げた。


「打算で坊ちゃまを(たぶら)かそうと……そういうことですのね!」


「ち、違います!」


「何が違うのです! たとえ姫様であろうと、お義兄(にい)……坊ちゃまを(たぶら)かそうというのなら、排除いたしますわよ!」


「違います……違うのです」


 姫様は(うつむ)いたまま、弱弱しい声を洩らす。


 それはそうだろう。違わなくなんてないのだ。打算でしかない。


 ところが、そんな姫様の様子を眺めて、マグダレナさんが突然、「あははははははははは!」とけたたましい声を上げて笑った。


 そして彼女は、あらためて僕の方へ向き直ると、こう言ったのだ。


「おもしろい! これはまた、ひどく惚れられたものですわね。次代の王。私、ディートのこんな顔、初めてみましたわよ。結婚するフリだけでも良いと思っていたのですけれど、気が変わりました。どんな手を使ってでも結婚していただきますわ」

お読みいただいてありがとうございます!

さて第二章のクライマックスも近くなって参りました。

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