表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/100

第十三話 義妹の聖水

さて、第二章スタートです。

章題に若干のネタバレ感がありますが、それはともかく、まずは、息抜き程度の軽いお話から、始めさせていただこうと思います。

どうぞ、よろしくお願いします!

 エルフリーデは木製のカップに水をすくうと、そこへ人差し指をつっこんだ。


 そして、待つこと三分。


「さあ、お召し上がりください! 坊ちゃま!」


 その木製のカップを、おもむろに僕の方へと差し出した。


 お前が指つっこんだ水を飲めと!?


 なにこれ? 新手の嫌がらせ?


 思わず頬を引き()らせる僕に、エルフリーデが微笑みかける。


「ご心配はいりません。坊ちゃま。私の『恩寵(ギフト)』――『雫一滴(ゲリンゼル)』は、触れた水を浄化する力がございます」


 エルフリーデの『恩寵(ギフト)』は確か、『大瀑布(ヴァッサーファル)』という、宙空に巨大な滝を出現させて、相手を水圧で押しつぶす。そんな超凶悪な物だったはずだが、等級Eへと落ちた今、そんな風に変わったらしい。


 僕は思わず、救いを求めてロジーさんの方を見る。


 そもそも、僕の方は、エルフリーデに対してわだかまりが消えた訳じゃない。いじめようという気は無いにしろ、できるだけ近づきたくない相手なのだ。


 しかし、


「坊ちゃま。エルフリーデは坊ちゃまのお役に立ちたいのです。そこは、(あるじ)として、一気に飲み干すぐらいの度量を見せてくださいませ」


 ロジーさんは(たしな)めるように、そう言った。


 っていうか、いつのまに(あるじ)になったんだ僕は……。



  ◇  ◇  ◇



 屋敷を出発して以降、僕達の旅路は順調だった。


 風は冷たいが、雪が降るまでには至らず、すれ違う者もいなければ、それ以前に、生き物の姿を見かけることも無かった。


 御者を交代しながら夜通し走り続け、二日目の夕刻。


 街道を外れた川辺に馬車を止めた僕らは、『暗くなる前に夜営の準備を始めましょう』というロジーさんの提案に従って、ふた張りのテントを設営し、夕食の準備を始めた。


 そして、いざ食事をとろうという段になって、エルフリーデが水を差しだしてきたのである。


「さあ、坊ちゃま。ぐいっとお飲みください。ぐいっと!」


「あ、ああ」


 もはや逃げ場もない。


 僕はエルフリーデの手からカップを受け取ると、意を決して、その水を口の中へと流し込む。


「いかがですか?」


「え……あ、うん」


 いかがですかと言われても、水は水だ。頷くより他にない。


 だが、僕が頷くと、エルフリーデは頬を紅潮させて、(とろ)けるような微笑みを浮かべた。


「エルフリーデ・ラッツエル。水に触れるのは、指ではなくとも良いのですか?」


 興味津々といった様子で見ていた姫様が、エルフリーデへと問い掛ける。


「はい。身体のどこでも大丈夫でございます」


 エルフリーデがそう答えると、ロジーさんがキラリと目を光らせた。


「では、あなたを樽の中に漬けておけば、いつでも綺麗な水を坊ちゃまにご提供できるということですね」


「坊ちゃまがお望みでしたら……喜んで!」


 二人とも、正気に戻って!?  それ、只の水責めの拷問だから!


 僕はレナさんの方へと救いを求めるような目を向ける。すると、レナさんは頭を掻きながら、めんどくさそうに口を開いた。


「なぁ、おまえらリンツにそんなもん飲ませんじゃねぇよ……ちっとは考えてみろ」


 ありがとう! レナさん! がつんと言ってやって下さい!


「こいつに飲ませるにゃーもったいねぇだろ! 売れるぞ、それ!」


 …………はい? 何をおっしゃってるんです?


「大きな町に行ってだなぁ、皆の目の前で、たらいの水にそいつの足をつけさせて、その水をボトルに詰めて売るのさ!」


「実演販売!?」


 ロジーさんが「その発想は無かった!」みたいな顔をした。


「ごくり……メ、メイド印の義妹の清水…もとい義妹の聖水として売れば、きっと飛ぶように売れます」


 売れないよ!? 売れない……よね?


 だが、テンションを上げるレナさんとロジーさんを見据えて、エルフリーデが、はっきりと言った。


「イヤです」


 うん、そりゃイヤでしょう。


 だが、


「私の聖水は、お義兄(にい)さ……坊ちゃまのものです! 坊ちゃま以外には一滴たりとも飲ませません!」


 何、言っちゃってんの!? っていうか自分で聖水って言っちゃってるよ!?


 そして、エルフリーデは僕の方へと向き直ると、花のような笑顔を浮かべてこう言った。


「これから先、坊ちゃまの飲み水は、全て! 私が浄化してさしあげますので、ご安心を!」



  ◇  ◇  ◇



 カンテラの灯りだけが、深い闇を照らしている。


 絶望しかない夕食が終わると、僕らはさっさとテントに入ることにした。


 だが、テントは二張り。


 当然、誰が、どちらのテントで寝るかは問題となるわけで……。


「では、坊ちゃまと私で、こちらのテントを使わせていただきます」


 半ば予想していたことだが、ロジーさんが、一方的にそう宣言すると、どういう訳か、「まあ、仕方ないよね」みたいな空気が流れた。


 みんな! おかしいことに気付け!?


 いやいや、落ち着け、リンツ。このままじゃいけない。


 僕もたまには言うべきことは、ちゃんと言わねばならない。


「ロジーさん。テントは四人用ですから、女性のみなさんでひと張り。で、申し訳ないですけど、僕一人でひと張りを使わせて貰いたいんですけど?」


「な!?」


 ロジーさんが、愕然とした表情を浮かべる。


 だが、彼女はすぐにいつもの無表情な顔に戻って、僕の鼻先へと顔を突きつけてきた。


「……坊ちゃま、今夜は冷えます」


「だから?」


「私が添い寝して、温めてさしあげます」


生命の樹(レーベンバウム)で、毛布を人肌にしますから大丈夫です」


 途端に、ロジーさんは膝から地面へと崩れ落ちた。


 勝った。大勝利である。


 僕は打ちひしがれるロジーさんを尻目に、さっさとテントに入ると、宣言した通りに、毛布に対して『恩寵(ギフト)』を行使する。


 人肌の温かさの毛布。


 ……うん。自分でやっといてなんだけど、かなり不気味な代物だ。


 さて、言うべきことは言った。


 でも、まあ……分かっている。


 朝起きたら、きっと僕の隣には、ロジーさんが眠っている事だろう。


 まったく……仕方のない人だ。


 思わず苦笑して、僕は眠りにつく。


 だが、翌朝目を覚ました時、僕の隣にロジーさんの姿は無かった。


「あ、あれ?」


 僕は慌てて跳ね起きると、テントを出てロジーさんの姿を探す。


 すると、彼女は何事もなかったかのように、朝食を作っていた。


「おはようございます。坊ちゃま。昨晩はよく眠れましたか?」


「あ……うん」


 当たり前の筈なのに、普通の筈なのに。


 僕は、なぜかモヤモヤした。

お読みいただいてありがとうございます!

応援してやんよ! という方は是非、ブックマークしていただけるとうれしいです。励みになります! よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ