第十一話 次に服を脱ぎます。
このぐらいなら大丈夫だと思うんですが、念のためR15タグをつけました。
『生命の樹!』
僕が『恩寵』を発動させると、木箱に脚が生えた。
創造するときに、うっかりロジーさんの事を思い浮かべてしまったせいか、やけに艶めかしい美脚。
無論、あくまで想像であって、僕がロジーさんの生足を見たことがあるという訳ではない。
いつも、ロングスカートのメイド服だし……。
ともかく、邪念が入るとこういう事になるという、いい教訓になった。
それはともかく、
「便利だなぁ……ほんと」
僕は、列をなして厩舎の方へと歩いていく美脚の木箱を眺めながら、肩を竦めた。
◇ ◇ ◇
女の子達が身体を拭いて、着替えるというので、その間に僕は僕で、旅に必要な物を揃えるために、屋敷の中を探索することにした。
まあ、それは半分、口実で。
「坊ちゃま! 身体の隅々まで、磨き上げて差し上げます!」
と、意気込むロジーさんから逃げたというのが、本当のところだ。
それはともかく、
正直、南のノイシュバイン城砦になど行ったことはないし、どれぐらいの旅路になるのかもわからない。
相応の準備が必要だとは思っていたが、幸い略奪を逃れたものを掻き集めてみれば、旅の準備としては充分なものになった。
特にありがたかったのは、使用人棟の倉庫が、まるごと略奪の手を逃れていたことだ。
お陰で、決して質が良い訳ではないが、テントが二つと、冬の旅路には必需品ともいえる外套や、毛布といった防寒具を一通り揃えることが出来た。
それらを木箱に詰めると、全部で大箱で六つになったので、『恩寵』で命を与えて、自分達で馬車まで歩いてもらう事にしたのだ。
「さて、じゃあ次は……と」
木箱の行列を見送った後、僕はマルティナ様の部屋、その隣の書庫へと向かう。
庶民上がりとしてはとても珍しいと思うのだが、マルティナ様は書物がお好きだ。お陰で書庫には結構な数の本があった。
無論、それはマルティナ様の趣味が色濃く反映されていて、多くは砂糖を吐きたくなるような、大スペクタクル恋愛ものの物語だったが、中には国内全域を網羅する地図もあった筈だ。
書庫は、さほど荒らされてはいなかった。
書物は貴重だけど、正直売りさばくのも難しいし、なにより庶民には、余り価値の分からないものだ。
それでも、革張りの百科事典などの貴重なものが、ごっそりとなくなっている辺り、価値を知る富裕層の者も略奪に加わっていたのではないかと思う。
幸いにも、地図は無事だった。
僕は文机の上に地図を広げて、指さしながら城砦の位置を探す。えーと、荒野との境の辺り……あった、これだ!
王都からこの屋敷までを基準にして距離を測ると、およそ五倍程度。大体三百マイレン(約四百六十キロメートル)ぐらいだろうか。
馬車で一日六時間~八時間走るとして、少なくとも五日は掛かる計算。実際は迂回しなければならない場所もあるだろうから、もう少し掛かるはずだ。
普通なら、替え馬を用意せずに辿り着けるような距離ではないけれど、幸いにも僕には『恩寵』がある。
馬を回復させながら進めば、問題は無いだろうし、最悪、他の物に命を与えて、馬車を牽いてもらうことも出来るだろう。
だが、ノイシュバイン城砦よりも僕の興味を引いたのは、その南側。そこは地名の表記も無く、ほぼ空白になっている。
更に南へ下って、海に面したあたりに至っては、海岸線も随分、雑に省略されていた。
「荒野……か」
そこは、足を踏み入れる者もない荒野。
姫様をノイシュバイン城砦に送り届けた後は、そちらを冒険してみるのも、良いかもしれない。
どうせ、行くあてもないのだ。
僕も男の子。やはり、冒険という言葉には強く惹かれる。
「えーと、後は馬車の準備かな」
僕は厩舎の方へと、向かった。
厩舎の前に辿り着くと、美脚の木箱が一列に整列していた。
自分でやっといてなんだけど、かなり不気味な光景である。
厩舎のすぐ隣の車庫には、エルフリーデの高級馬車の他に、マルティナ様専用の高級馬車、それと大小二台の荷馬車がある。
流石に高級馬車は目立ち過ぎるので、一番大きな荷馬車を準備する。
幌を張って、次は馬。
馬車は無事だったが、厩舎に馬は一頭も居なくなっていたので、エルフリーデの高級馬車を牽いてきた二頭を荷馬車に繋ぎ直す。
よし、これで大丈夫。
「じゃあ、乗り込んで!」
僕が声を掛けると、美脚の木箱達は、順番に荷台へと乗り込んで行った。
これで準備は万端。
見上げてみれば、太陽の位置はまだ高く、日没にはまだ随分時間がある。
「……ひと眠りできそうかな」
僕はうっすらと眠気を感じていた。
昨晩、キャビンの中でうつらうつらとはしたものの、ちゃんと眠れた訳ではない。
休める時に休んでおくのは大切だ。
なにせ、僕らの中で男は僕だけなのだ。
いざという時に、疲れ切っていて彼女達を守れないということでは、話にならない。
僕は厩舎に足を踏み入れると、本来の僕の定位置ともいえる寝藁の上に、勢いよく身を投げる。
藁クズが舞い散って、嗅ぎなれた臭いが鼻腔を擽った。
それも、最初の方こそ臭くて眠れなかったものだが、慣れ切った今となっては、逆に眠気を誘うような気さえする。
そんな訳で、僕はあっさりと眠りに落ちて行った。
◇ ◇ ◇
「ん……うぅん……」
どれぐらい眠っていたのだろう。
僕はなんとなく息苦しさを覚えて、目を覚ました。
顔を、なにか温かいものが包んでいる感触がある。
……なんだ、これ?
ぼんやりとした意識のまま、それを鷲掴みにしてみると、ふにょん。と、柔らかく押し返してくるような感触があった。
その瞬間、
「あんっ……」
頭の上から押し殺したような艶めかしい声が聞こえてきて、僕は思わず真顔になって硬直した。
「……え?」
恐る恐る顔を上げると、鼻先がこすれ合いそうなほどの至近距離に、瞳を潤ませたロジーさんの顔があった。
「坊ちゃまの……えっち」
そう言って、彼女がはにかむように微笑んだ瞬間、僕の眠気は完全に吹っ飛んだ。
「ふわぁあああああああッ! ロ、ロ、ロ、ロジーさん!? な、な、な、何を……!?」
僕は、慌てて飛び退いた。
寝藁の上で艶めかしく身を捩る彼女の姿に、僕は思わず目を丸くする。
彼女の恰好はというと、褐色の肌にとても良く映える、純白の下着姿。
細かい刺繍に飾られたそれから、更に視線を落とすと、すらりとした美脚を、レースのガーターベルトに釣られた白のタイツが包んでいるのが見えた。
「坊ちゃま……。あ、あまり見られると……流石に、その……恥ずかしいです」
「ご、ごめんなさい!」
褐色の頬をうっすらと赤く染める彼女に、僕は慌しく背を向ける。
「というか、な、なんでこんな事を!」
「いえ、坊ちゃまの姿が見えませんでしたので、探しに参ったのですが、見つけてみたら、坊ちゃまが寒そうに震えておられたので……」
「ので?」
「脱ぎました」
「はい、ソコ! ソコがおかしい!」
思わず、振り返ってしまった僕は、慌てて、再び背を向ける。
だが、彼女の胸はバッチリと目に焼き付いてしまった訳で……。
ロジーさんって、着やせするタイプだったんだな。大きい……むちゃくちゃ大きい……って、僕は何を考えているんだ!
だが、そんな僕の胸の内をよそに、ロジーさんは淡々と話を続ける。
「おかしくなどありません。冷えた身体を温めるには、人肌が一番だと聞きます」
「雪山で遭難してた訳じゃないからね!?」
「……坊ちゃま」
「なんです?」
「反抗期ですか?」
「違うわ!!」
……いけない。思わず声を荒げてしまった。
以前から、ロジーさんは多少ズレているとは思っていたけれど、あの夜会以来、輪をかけておかしいように思える。
「お気に召さなかったようで……残念です。でも、坊ちゃまの専属メイドから外れて以来、いつか再び、坊ちゃまのお世話をする。お目覚めからお休みまで、全身全霊でお世話して差し上げる。それが私の夢でございました」
だんだんと、ロジーさんの言葉に熱がこもってくる。
「それがどうして! こんな千載一遇の機会に出会っておきながら、みすみす見逃すことができましょうか! いいえ、できません!」
「いや……そんな力強く言われても……」
僕は思わず頭を抱えた。
本当に、あの夜会以来、どうにもロジーさんのタガが外れてしまったように思えて仕方が無い。
「ぼ、僕ももう目が覚めましたから! 大丈夫ですから! と、とにかく服を着てください!」
すると、背後でロジーさんが、ポン! と手を打つ音が聞こえた。
「ああ、いけません。すぐに着ます。起きたら歯を磨かねばなりませんものね。一本一本、愛情をこめて磨いて差し上げますので、しばしお待ちを……」
僕は、一目散に逃げ出した。
◇ ◇ ◇
ロジーさんとは、一度、ちゃんと話し合う必要があるかもしれない。
僕がそんなことを考えながら、厩舎の外へと飛び出すと、丁度、レナさんが門の外から、何かを引き摺りながら歩いてくるのが見えた。
「レナさん」
「おー、丁度良かった。生垣から屋敷の方を覗き込んでたヤツがいたんで、とっつかまえて来たんだ」
「ハンス……さん!?」
僕はレナさんが引き摺っている男の人を目にして、声を喉に詰める。
禿げ上がった中年の男性。顔はボコボコに腫れあがっているが、間違いない。それは、この屋敷の庭師のハンスさんだった。
「あ、なんだ。知り合いだったのか……。そりゃあ悪いことしちまったな」
「いえ……大丈夫です」
この人には、よく難癖をつけられては殴られたものだ。
僕としては、正直、あまり会いたい人では無かった。
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