最終話・やっぱりこの異世界生活は罰ゲームではないだろうか?
「殺してくれって……どうしてそんな事を?」
「囚われの身だったとは言え、僕のせいで沢山の人を不幸にしてしまった。その罰は受けなければいけないからだよ。リョータ君」
以前ティアさんに見せてもらった映像の通りに、優男な風貌のラッセル。その憂いを秘めた様な表情に、おそらく嘘は無いだろう。
そしてこんな事をクソ真面目に口にするあたり、ラッセルはとても責任感の強い性格をしているんだと思う。だから自分に対して厳しくあろうとするのは分からないでもない。
けど、ラッセルはあの悪魔アリュスに、自分の意志とは関係無くいい様に利用されていただけだ。それを考えると、死んで詫びるというのはどうも違う気がする。
「その気持ちは分からないでもないですけど、俺はごめんですよ。あなたを殺すなんて」
「……そうだよね。変な事を頼んで悪かったよ。今のは忘れてほしい」
「ラッセルさん。色々と罪の意識が出るのは分かりますけど、あなたは生きるべきですよ? 沢山のあなたを慕う人達の為に」
「僕を慕う人達?」
「そうですよ。見えないんですか? ここにも一人居るじゃないですか。さっきから心配そうな表情であなたを見ている人が」
俺はそう言ってから近くに居たアマギリへと視線を向けた。
「君は、アマギリか? 大きくなったね……」
「ラッセル様……ラッセル様――――っ!」
アマギリは感極まったかの様にして声を上げ、ラッセルへと飛び付いた。
「ラッセル様!」
「アマギリ、君にも苦労をかけたみたいだね。ごめんね」
「そんな事はありません! ラッセル様が居てくれたから、今の私があるんです。ラッセル様が居てくれたから、私を含めた沢山の子供達が救われたんです! だから……だから、僕を殺してくれ――なんて言わないで下さいっ!」
「…………」
アマギリの言葉を聞いたラッセルは、とても意外そうな表情をしていた。
きっと、自分がそこまで必要とされていた事に気付いていなかったんだろう。見た目通りに鈍感そうな人だから。
「これで分かったでしょ? あなたは死んではいけないんです。あなたは沢山の子供達の為にも、生きなきゃいけないんですよ。これからも」
「……そうか。そうだね。アマギリを見ていると、そう思えてくるよ。ありがとう、リョータ君」
「お礼は俺じゃなくて、アマギリやティアさんに言ってあげて下さい。ずっとあなたの事を心配していたんですから」
「そっか。ティア、アマギリ、本当にありがとう。心配をかけてすまなかった」
「ご無事で本当に良かったです。ラッセル様……」
「わ、私は別に心配なんてしてないわよ。私はただ、ダーリンの行く道に付いて行っただけ。あんたの心配なんて虫の触角ほどもしてないわよ」
ティアさんはそんな事を言ってそっぽを向くが、その表情が嬉しそうなのは、俺の見間違いではないだろう。
「さあっ! これで私達の目的は終了! あとはお家に帰るだけねっ!」
大団円を迎えた俺達。そんな中で清々しくそんな言葉を口にするラビィだが、俺にはもう一つ、やっておかなければいけないと思う事があった。
「その前にラビィ。お前に一つ頼みがあるんだ」
「はっ? 頼み? いったい何よ?」
「……そろそろラビィさんのその身体を解放してやってくれないか? 白鳥麗香さん」
「…………何で私の名前を知ってるの? リョータ」
「ほんの少し前にな、本物のラビィさんに聞いたんだよ。お前の事を」
「たくっ……余計な事をしてくれちゃって……」
ラビィはそう言いながら、苦々しい表情を浮かべた。
「お前がこの世界に来て何があったとか、どんな思いでここへ来たとかは分からない。けど、そろそろラビィさんを解放してやってくれないか? ラビィさんはずっと、お前の願いを叶える為に黙ってその身体を貸してくれていたんだからさ」
「……そんなの、リョータに言われなくても分かってるわよ。だってラビィとの付き合いは、私の方が長かったんだから……」
俺達の会話に、周りのみんなはきょとんとした表情を浮かべている。
しかし、それは仕方の無い事だろう。俺だって事情を知らずにこんな会話が始まれば、宇宙から電波でも拾っているのだろうかと考えるだろうから。
「……今更だけど、お前との生活は本当に地獄だったよ。毎日毎日ろくでもない事をするし、クエストをすれば足を引っ張るし、知らない所で借金をこさえて来るし、傍若無人で我がままだし、いつもいつも俺に迷惑をかけるし。正直言って、この天使と生活をするのは何かの罰ゲームか? と思ってたくらいだ」
「あ、あんたねっ! いくら何でもそれは言い過ぎじゃ――」
「でもさ! そんなろくでもない生活だったけど、今思えば俺も、そんなありえなかった生活を楽しんでいたのかもしれない。だからある意味、お前を選んで良かったのかもしれない」
「…………分かったわよ。私も今回の冒険でそれなりに満足はしたし、ラビィにこの身体を返してあげるわよ」
そう言うとラビィはゆっくりとその瞳を閉じた。
すると瞳を閉じてから数秒後、ラビィさんの身体から一つの霊体が浮かび上がった。そしてそれと同時に、ラビィの身体が力無く地面へと倒れた。
「それが本来の、白鳥麗香の姿なのか?」
「ええ。そうよ」
「結構美人さんだったんだな、お前」
「はあっ!? そんなの当たり前でしょ! 転生する前もしてからも、私は絶世の美女だったんだからっ!」
霊体になっても変わらないその態度に、妙に安心をしてしまう。そしてそれと同時に、言い知れない寂しさの様なものも感じていた。
「……それじゃあ、その子が目覚める前に、私はとっとと退散するわ。だからリョータ、その子に言っておいて。ありがとう――って」
「ああ。分かった。ちゃんと伝えておくよ」
「うん。じゃあ、またね! リョータ!」
明るくそう言い残すと、白鳥麗香の魂は眩しい光に包まれて天へと昇って行った。
「ダーリン、今のはいったい何なの?」
「色々と複雑で難しい話ですが、ちゃんと話しますよ。みんなに。だけどまず、俺達も帰りましょう。我が家へ」
白鳥麗香が昇って行った天を仰ぎ見たあと、俺達は戦いのあったその場をあとにした。
× × × ×
あの戦いが終わってから、早くも二週間が過ぎた。
色々と大変な事が多かった今回の冒険だが、無事に我が家へと戻って来れたのは幸いだったと言えるだろう。
あれから俺達がどうしていたのかと言えば、それなりに色々とあった。その中でも特に驚いたのが、あのリュシカの事だ。
実はリュシカは、俺が異世界へ来る前に居た選択の間の女神、イリュシナさんの姉で、本名をイリュシカと言うらしい。
俺がこの事実を知ったのは、ほんの一週間前。天界へと向かった白鳥麗香の事を心配していた時に、不意にリュシカから白鳥麗香のその後の話を聞いたからだ。
最初こそそれはリュシカの冗談かと思っていた俺だったが、日本の事や地球の事をやたらと詳しく知っているので、最終的にはリュシカの言葉を信じる事になった。そんな天界の女神様が、なぜこの異世界で冒険者稼業をやっているのかを聞いたところ、この異世界で転生者が悪さをしない様に監視をする為だそうだ。
それに、リュシカが天界の女神様なら、あのアリュスとの最終戦で俺とラビィ――いや、白鳥麗香と交わしていた会話を聞き取れたり、悪魔についての知識を持っていた事にも頷ける。
色々と謎の多い人物ではあったが、女神様である事を考えれば、色々と納得がいく点も多い。ちなみにだが、リュシカが女神様である事は、天界規定とやらでラビエールさんや本物のラビィさんにも内緒らしい。
そして妹の唯は今回の事件解決の立役者として名を馳せ、近々、聖騎士の称号が送られるらしい。そしてそれを俺以上に喜んでいたのが、パートナーのラビエールさんだった。きっと彼女はこれからも、唯の良きパートナーで居てくれるだろうから、俺としてはとても安心だ。
そしてティアさんは妹のティナさんと一緒に、雑貨店ミーティルで商売を続けている。
なんでもあの冒険で仕入れたアイテムが予想外に売れているらしく、今はとても忙しいらしい。そのせいで最近はティアさんと会ってはいないが、次に会う時には交際に対する返事をする事になっている。この件に関して言えば、唯の事もあるからちょっと複雑な気分だ。
そしてラッセルとアマギリは、今回の件で孤児となってしまった子供達を救う為、二人で広い世界へと旅立った。魔王ラッセルに対する誤解はある程度世界に広まったとは思うが、それでも世間の風当たりが厳しい事は多いだろう。でも、あの二人ならきっと、それを上手く乗り越えて行けるだろうと思える。
ちなみに伝説のアデュリケータードラゴンであるミントは、『他の仲間の様子を見て来ますぅ~』と言って出かけたままだ。
「にいやーん! 準備できたー?」
「ああー! できたよー!」
大きなお屋敷の自室。
その扉の外から聞こえてくるラッティの言葉に返事をし、俺は部屋の外へと向かう。
「あれっ? ラビィさんは?」
「ラビねえやんは外で待ってるよ」
「そっか。それなら行くとするか」
「うん!」
ラッティと手を繋ぎ、屋敷の外へと向かう。
今日もいつもの様に、ギルドでクエストを受けて報酬を得る冒険者家業の始まりだ。しかし、白鳥麗香がラビィだった頃と比べ、俺の冒険者人生は180度変わった。
それは紛れも無く、本物のラビィさんが俺達のサポートをしてくれているからに他ならない。
「お待たせしました。ラビィさん」
「いえ、大丈夫ですよ。それじゃあ行きましょうか」
まさに天使の微笑と言える、慈愛に満ちた笑顔を見せるラビィさん。元々が超絶美人なだけに、その笑顔の破壊力は相当なものだ。
白鳥麗香がラビィをしていた時には色々と後悔をしていたが、今はラビィさんを選んで良かったと、心の底からそう思う。
「ところでリョータさん。例の件はもう決まりましたか?」
「実はまだ決まってないんですよね」
「そうですか。私としてはあまり焦らせたくはないのですが、できるだけ早めにお願いしますね」
「はい。分かりました」
ラビィさんの言っている『例の件』とは、選択の間で女神イリュシナさんから言われた、魔王を倒した暁には、どんな願いでも叶えてもらえる――という事についてだ。
やはりどんな願いでもと言っているんだから、そこはじっくりと考えた上で答えを出したい。だが、なぜかラビィさんはその願いを早く言ってほしいと急かしてくる。
当然、俺はその理由をラビィさんに聞いてはみた。だが、ラビィさんは女神様からそう言われているだけで、理由は教えてもらえないのだと言っていた。
女神様が何を思って急かしているのかは分からないが、とりあえず近日中に何かしらの願いを言おうとは思っている。
そんな事を思いながらギルドへ向かっていると、街にある感応石から緊急事態を伝える音が鳴り始め、続いて街中にアナウンスが鳴り響いた。
「緊急魔王警報! 緊急魔王警報! 南のフロート大陸で、新たな魔王が誕生しました! 繰り返します――」
――緊急魔王警報? 新たな魔王が誕生した? なんだそれは?
「今回は新たな魔王の出現が早かったですね」
「イ――じゃなかった。リュシカ、いったいこれはどういう事です?」
「この世界では、魔王が倒されると新しい魔王が誕生するという仕組みなんですよ。ですから、魔王と戦う冒険者は常に必要なんです」
――何その魔王討伐無限ループは……。
「それよりもリョータさん。魔王討伐のお願いはちゃんと叶えてもらいましたか?」
「えっ? いや、まだですけど」
「まだ叶えてもらってなかったんですか? それは惜しい事をしましたね……」
「はっ? どういう事です?」
「天界規定により、魔王を倒した転生者は、次の魔王が誕生するまでに願いを言わなければ、その権利が無くなるんですよ」
「はあっ!!? そんな話聞いてないんですけどっ!」
「天界規定では、特にその事を転生者に伝えなければいけないとはなっていません。それに、今までの魔王を倒した転生者達は、魔王を倒してからすぐに願いを叶えてもらう方しか居ませんでしたから」
「て事は……まさか、俺の願いはもう叶えてもらえないって事ですか!?」
「残念ながら、そういう事になりますね」
にっこりと満面の笑顔でそう答えるリュシカ。そんな今のリュシカは、俺にとって悪魔にしか見えない。
「そ、そんなのってないですよっ!!」
「相変わらず、ピーピーとやかましいわね。リョータは」
リュシカに詰め寄っていた俺の背後から、若い女性の声が聞こえてきた。そしてその口調と言動には、強烈に覚えがあった。
「し、白鳥麗香!? 何でここに!?」
「何でとはご挨拶じゃない。リョータ。私はまだ、アンタにパチパチを奢ってもらう約束も、宝石を言い値で買い取ってもらう約束も果たしてもらってないのよ?」
「俺が言ってる何ではそんな事じゃねえよっ! どうして天界へ行ったはずのお前がここに、しかも生きているんだって話をしてんだよ!」
「そんなの簡単よ。私は魔王を倒した特別功労で、願いを叶えてもらっただけ。まあ、ちょっと復活するのに時間がかかっちゃったけどね」
「マジかよ……」
「まあ、それはそれとして、約束は守ってもらうわよ? 今から浴びるほどパチパチを飲みに行くんだから」
「はあっ!? 俺達は今からクエストをやりに行くところなんだぞ!?」
「そんなのは後回しよ! 今重要なのは、私がパチパチで喉を潤す事なんだからっ! ほらっ! 行くわよっ!」
そう言って俺の手を引っ張り、歩き始める白鳥麗香。
「お、おい! 待てって!」
「待たない! それと、これからもアンタと一緒に冒険する事に決めたから、そこんところよろしく」
「はあっ!? 何で俺がお前と冒険しなきゃいけないんだよ!?」
「そんなの決まってるじゃない。仲間だからよ!」
こちらに振り向いてから、清々しいまでの笑顔を浮かべ、そんな事を言う白鳥麗香。
「れ、麗香さん! 待って下さい!」
「ラビィも早く来なさい! アンタにも話したい事が沢山あるんだから。それと、ラッティも早くおいで」
「うん! 分かったー!」
前と変わらない傍若無人で、我がままなその性格。
これではせっかくまともになり始めた俺の冒険者人生が、また奈落の底へと転がって行きそうだ。
「さあ! 今日は明日の朝になるまで飲むわよっ!」
「アホかお前は! 少しは遠慮というものを知れっ!」
「遠慮? それってどこの世界の言葉なの? 私は知らないわね。ほらっ! とっとと歩きなさい! リョータ!」
「うぐっ! こんな展開……罰ゲームだあぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」
虚しい叫びが街中に響く中、俺の新たな地獄の冒険者生活が幕を開けたのだった。
この天使と生活をするのは罰ゲームではないだろうか? ~Fin~




