戦いの果てに
「フハハハハハハッ! さっきまでの威勢はどうした? 遠慮無く戦ってくれてかまわんのだぞ?」
ラッセルの身体を乗っ取った悪魔アリュスが、その力を余す事なく使いながら俺達を攻め立てていた。
さっきまではティアさんや唯のおかげで大した事がない様に感じていたアリュスだったが、ラッセルの身体を乗っ取ったアリュスの猛攻は洒落にならないくらいに凄まじい。なにせあのティアさんや唯、ラビエールさんがいい様にあしらわれているからだ。
ちなみにだが、ミアさんにはロマリアの住民が巻き添えを受けない様に避難誘導に向かってもらった。本人は俺達と一緒に戦いたがっていたが、俺達の中でロマリアの事を一番よく知っているのはミアさんだからと説得をし、なんとか住民の避難にあたってもらったわけだ。
「ティ、ティアさん! ラッセルに何か弱点は無いんでしょうか!?」
「悔しいけど、アイツはバカでアホなところ意外にこれと言った弱点は無いわ。それに今はアリュスが遠慮無くラッセルの力を使ってるから厄介よね」
「それよりもお兄ちゃん。まずはアイツの攻撃を止めないと」
ラッセルを乗っ取ったアリュスは、先ほどから色々な魔法を使ってこちらを攻撃してきている。
しかし、その魔法攻撃がまともに当たる様に飛んで来ないのを考えると、おそらく俺達をおちょくって遊んでいるんだろう。そんなところはなんとも悪魔らしい。
「ちょっとリョータ! アンタなんとかしなさいよねっ!」
「お前なあ、あんな強烈な魔法を放つ奴を、俺がまともに相手できると思ってんのか?」
「だったらリョータが囮になってアイツを引き付ければいいじゃない。その間にアンタの妹や生意気女が攻撃すればいいし」
コイツには自分が戦うという選択肢や発想、気持ちは一ミクロンも無い様子だ。
まあ、本当のラビィさんの中に居る白鳥麗香がこんな性格なのは既に承知しているから、今更それについてどうこう言うつもりはない。それに、今のラビィが言ってる事は無茶苦茶だが、その作戦自体は悪いものではないと思う。要は誰がそれをやるかが問題なだけで。
「よし。それじゃあラビィ、お前が囮になって俺達に攻撃の隙を作るんだ!」
「はあっ!? ど、どうして私が囮役になるのよ!?」
「いいか? お前にははっきり言って攻撃能力が無い。だが、お前には俺達には無い絶対防御がある。つまり盾役や囮役はお前の専売特許ってわけだ」
「せ、専売特許……」
「そうだ。これはこの世界でお前だけにしか出来ない特別な事なんだよっ! ラビィ!」
俺はラビィの両肩を両手でグッと掴み、迫真の演技でそう言い迫った。
「私にしかできない……わ、分かったわよ。リョータがそこまで言うなら、この私が見事なまでに囮になって隙を作ってあげるわよ! 見てなさいっ!」
ラビィは自信に満ちた表情を浮かべると、アリュスの方へと向かって歩き始めた。
「ちょっとそこのへっぽこ悪魔! 勿体なくもこの大天使である私が相手をしてやるから、ありがたく思いなさい!」
「ほほお。大天使様が相手とは恐れ入る。少しは楽しませてもらえそうかな?」
ラビィの煽りスキルは大したもので、完全にアリュスの標的はラビィへと向いた。あとはアリュスの意識がラビィへと向いている内に、アリュスをどうにかする方法を考えなければいけない。
「さて、今の内に何か対策を考えましょう」
「そうだね。でもお兄ちゃん、アリュスがラッセルさんの身体を使っている以上、下手な攻撃はできないよね?」
「そうだな……」
「そこは心配しなくてもいいわ、ダーリン。攻撃はラッセルを殺すつもりでやってくれて構わないわ」
「えっ!? でも、せっかく助け出したティアさんの仲間なのに」
「いいのよ。乗っ取られたのはあのバカが悪いんだから。それに今のアイツに手加減をしてたら、動きを止める事なんてできないわ。半端な攻撃はするだけ無駄だと思っていいから」
「確かにあの力、手加減をして勝てる相手ではないでしょうね。ですから、私は全力で皆さんのサポートをします」
「私も頑張りますよぉ~」
俺以外の者は既に全力で戦う意志を決めた様だ。こうなると、俺も賛同しないわけにはいかないだろう。
だが、一つ不安があるとすれば、俺には大した事ができなさそうな事だ。ラビィよりは間違い無く戦力になるとは思うけど、それでも俺とラビィの戦力差など、ティアさん達にとってはあってない様なものだ。
「みんなはこう言ってるけど、どうする? ダーリン?」
「他に手は無さそうですね。それでいきましょう」
「決まったわね。それじゃあ、それぞれに全力の攻撃を準備しましょう。あとは隙を狙って攻撃を仕掛ける。みんなそれでいいかしら?」
ティアさんの言葉に俺を含めた全員が頷く。そして俺達は、それぞれに最強の攻撃手段を準備し始めた。
「ああーん!!」
こちらの話がまとまると、遠くからアリュスの攻撃を受けたラビィのエロ声が聞こえ始めた。どうやらちゃんと囮役をこなしている様子だ。
「ハハハハッ! さっきの威勢はどうした? 大天使様は戦わずに逃げ回るだけか?」
「う、うっさいわねっ! 今に見てなさいっ! 私にそんな口を聞いた事を死ぬほど後悔させてやるんだからっ!!」
「ほー、それは楽しみだな!」
「ああ――――ん!!」
見事なまでにアリュスを煽りながら、その攻撃の矛先を自分へと向けさせるラビィ。普段は色々と面倒しい奴ではあるが、今日だけは褒めてやってもいいだろう。
「皆さん。私が最初に攻撃をして動きを止めますから、私が合図をしたらその後に続いて攻撃をして下さい」
「分かったわ」
「了解ですぅ」
「唯さんに続きます」
「唯、気を付けてな!」
俺の言葉にコクンと頷くと、唯は視線を鋭くしてアリュスの動きに集中し始めた。
「ああーん!」
「思っていたよりもしぶといじゃないか。どーれ、少しだけ本気を出してやるか」
そう言うとアリュスは両手を天へと高く掲げた。するとそこには、ラッティにも負けないくらいの巨大な多重魔法陣が現れた。
それを見た俺は、これは流石のラビィでもヤバイかもしれないと思った。しかし、今更それをどうにかする術は俺には無い。俺は歯痒い思いを感じつつも、成り行きを見守る事になった。
そして今まさに、アリュスの恐ろしく強力そうな魔法攻撃がラビィに向かって放たれようとした瞬間、唯が凄まじいスピードでその場から飛び出し、アリュスとの距離を詰め始めた。
「せいっ!!」
「なにっ!? ぐあっ!!」
アリュスとの距離を一気に詰めた唯は素早く剣を抜き放ち、その身体に剣の一撃を加えた。そして剣の一撃を与えてアリュスの横を通り抜けた後、唯はそのまま体勢を変えてアリュスの方へと振り向き、剣を鞘に収めてから右手をアリュスの方へと向けた。
「ライトニングボルト!!」
「なんだとっ!? ぐあああああ――――っ!!」
唯の一撃によって体勢を崩したアリュス。
そのアリュスが放とうとしていた魔法に向けて唯が魔法を放った事で干渉爆発を起こし、アリュスがあっと言う間に爆炎に包まれた。
「今ですっ!!」
「ラッキースティ――――ル!!」
「アルティメットバースト!!」
「セイクリッド・ホーリーレイ!!」
「こんびくしょんぼるとぉ~」
ティアさんの言葉に従い、みんな一切の手加減を感じさせない一撃を放った。
俺以外は間違い無く、最強クラスに属する実力の持ち主達。そんな人達が一斉に放った攻撃を受ければ、通常なら消し飛んでその姿すらこの世界に残らないだろう。
現にアリュスが居た場所はみんなの攻撃によって更なる大爆発を起こし、もはやそこに何があったのかを第三者が窺い知る事は不可能なくらいだ。
――もしもこれでアリュスにダメージすら無かったら、俺達に打つ手は無いが……。
そんな事を思いながら爆煙が晴れるのを待っていたんだが、俺は自分の能力がラッキースティールによって高まっているのを感じていた。
ラッキースティールは対象者の運を奪い取る特殊能力だが、相手がやられた場合、こちらが戦闘を放棄した場合は奪い取った運が元に戻ってしまう。つまり、今の俺がラッキースティールによる能力の高まりを感じているという事は、アリュスが倒されていない事を意味する。
爆煙が風に流され、徐々に晴れてくると、そこにしっかりと立っている人影が見え始めた。
「くくくっ……本当に楽しませてくれるじゃねえか。こんなに面白いのは初めてかもしれねえ」
小刻みに両肩が上下するのが影でも分かる。その姿は未だはっきりとは見えないが、あの攻撃でアリュスが倒されていない事だけは誰の目にも明らかだ。
「さあ。次はどんな事をして俺を楽しませてくれるんだ?」
吹いて来る風によって爆煙が完全に晴れると、そこにはアリュスを中心にして円形状の大きなクレーターができていた。
だが、アリュスの立っている地面だけは何事も無かったかの様にして抉れておらず、何かしらの方法であの攻撃を防ぎきった事を物語っている。
「こうなったら下手な小細工は無用みたいよ。ダーリン」
「あれで駄目ならもう、どちらかが倒れるまで戦うしかないよ。お兄ちゃん」
「いや、でもさ、あの攻撃で駄目だったなら、もう俺達に倒す手段は無いんじゃないか?」
「あながち無理では無いと思いますよぉ? だってリョータ君はぁ、ラッキースティールでアリュスの運を奪い取っているんですからぁ」
「確かにラッキースティールは成功したけど、それだけでアイツに勝てるとは思えないんだが?」
「そんな事は無いですよぉ。だってぇ、リョータ君に運を奪われたという事はぁ、実質アリュスの能力が全体的に減退しているという事なんですからぁ。つまりぃ、さっきよりも闘いやすくなっているはずなのですよぉ」
「なるほど。言われてみればそうかも……」
いったいどれくらいアリュスの能力が減退したかは分からないが、多少なりアリュスの能力が落ちているのは間違い無い。
加えて俺は、アリュスから奪った運により能力は向上している。これなら少しは足掻く事が可能かもしれない――と、最初こそそんな風に俺は思っていたが、確実に能力が減退しているにもかかわらず、さっきまでとほとんど変わらない様な攻撃を繰り出してくるアリュスを前に、俺達は徐々に追い詰められていった。
相手にも疲れが見えるならいい勝負にもなりそうだが、そこは流石に不死身と言われた存在である悪魔。ティアさんや唯、ミントやラビエールさんといった兵を相手にしているのに、大きな傷の一つも負わせられない。まあ、それだけ乗っ取られているラッセルの能力が高いって事なのかもしれない。
こうしておちょくられる様にして徐々に追い詰められていった俺達は、いよいよ打つ手が無くなり、悪魔アリュスを前にして敗北を迎えようとしていた。
「くくくっ。なかなか面白かったぜ、お前ら。褒美にお前達の魂は俺が美味しく喰らってやる! 光栄に思えっ!」
そう言うとアリュスは今までに無い巨大な多重魔法陣を出し、魔法の詠唱を開始した。
絶対防御があるラビィならともかく、俺達がアレを食らって生き延びる事はまず不可能だろう。まさに絶体絶命のピンチってやつだ。
もちろん簡単に命をくれてやるつもりが無い俺は、必死に状況の打開策を考えていた。しかし、そうそういつも都合良く名案や妙案が思いつくわけもなく、俺達の冒険は今ここでバッドエンドを迎えようとしていた。
「ルーデカニナ!!」
「うぐあああっ!?」
まさに今、アリュスの巨大魔法が放たれ様としていたその時、聞き覚えのある声と共にアリュスの身体が獄炎に包まれた。
「にいやん!!」
「ラッティ!? どうやってここに!?」
「アマりんのテレポートでロマリアの近くまで送ってもらったの!」
「アマギリのテレポートか。とりあえず助かったよ。ありがとう、ラッティ」
「えへへっ♪ ウチ、にいやんに褒められた♪」
嬉しそうな笑顔を浮かべるラッティに癒しを感じるが、今は悠長に癒されている場合ではない。
「ところでラッティ。どうしてラッティだけここに来たんだ?」
「あっ、えっとね、ジェシカねえに伝言を頼まれたの。悪魔の弱点が分かった――って!」
「本当か!? それって何だ!?」
「えっとね、ジェシカねえはね、『赤の宝玉が悪魔の心臓だ』って言ってたよ。だからそれを急いで洞窟から探して来るって言ってた」
「赤の宝玉……悪魔の心臓……」
それがどういうものかは分からないが、ジェシカさん達がそれを持って来れば、俺達にも逆転の目が出てくる。だったらその間、なんとかアリュスの攻撃を凌ぎ続けるしかない。
「みんなっ! ジェシカさん達が来るまでの間、なんとかアリュスの攻撃に耐えてくれっ!」
「はあっ!? いったいどういう事よリョータ?」
「今は詳しい説明をしてる暇は無い! とにかく時間を稼いでくれっ! 頼む!」
「わ、分かったわよ。天使が悪魔に倒されるなんて、絶対にあってはいけないからね」
「ダーリンがそう言うなら、私も頑張るわ」
「唯も!」
「私もです!」
「私も頑張りますよぉ~」
全員が俺の言葉に答える中、俺達はそこからジェシカさん達がやって来るまでの時間稼ぎを始めた。
そしてそこからしばらくした後、ついにジェシカさん達が俺達の前へと現れたのだ。
「リョータく――――ん!!」
「あっ! ジェシカさん!」
遠くからやって来るジェシカさん達の姿を見た俺は、急いでその方向へと駆けた。
「待ってましたよ! ジェシカさん! それで、悪魔の心臓はどこですか?」
「そ、それが、無かったんです……」
「えっ?」
「無かったんですよ! 赤の宝玉、悪魔の心臓が、あの洞窟に無かったんです!」
「そ、そんな!?」
頼みの綱だったジェシカさんの放った言葉に、俺は絶望の色を隠せなかった。
「んん? 貴様は……除名した兵士長の娘だったか。確か別の街で図書館司書をしていたと思うが、まさかこの俺様の心臓を探していたとは思わなかったな。だが! 例え俺の心臓を見つけても、人間如きに俺の心臓を壊す事など不可能だ! 俺達悪魔の心臓は闇の力に被われていて、人間では掴むどころか、触れる事すら叶わんからなっ! ハッハッハッ!!」
アリュスの言っている事が事実だとしたら、俺達にはもう、アイツを止める術は無い。
「ジェシカさん。その赤の宝玉って、いったいどんな物なんですか?」
「え? あ、えっと、その名のとおりに真紅色をした宝石の様な物で、妙に生暖かい熱を発していると、文献の解読をして分かりました」
「それはあの悪魔のミイラがあった洞窟にあったはずなんですよね?」
「はい。悪魔は赤の宝玉を自らの身体から分離する事が可能らしく、それを人目につかない場所へ隠す習性があると、文献には載っていました。ですから、記憶の扉があるあの洞窟は、ある意味で最適だったと言えるはずです」
ジェシカさんの話に間違いが無いとしたら、あの洞窟に悪魔の心臓が無いのはおかしい。
可能性としては誰かが持ち去ったと考えるのが普通だろうけど、アリュスは闇の力によって人間には触れる事も叶わないと言っていたから、誰かに持ち去られた線は薄い。だが、それだと悪魔の心臓が無かった事の説明がつかない。
――考えろ……何か見落としてないか? あの洞窟に行った時、俺は何かを見なかったか?
「それ以上の無駄話は止めてもらおうか!」
そう言うとアリュスは連続で初級魔法を放ち、俺達を分断した。
それによって、俺達の距離は離れ、バラバラの状態になってしまった。
しかしそんな中、ラビィは逃げる最中に俺の方へと無意識に逃げていたらしく、他の者に比べてかなり近い位置で倒れていた。
「お、おいっ! 大丈夫かラビィ?」
「だ、大丈夫よ……あっ! 私の道具袋に穴が開いてる! あんの悪魔め、絶対にしばき倒してやるんだからっ!」
お前にそれが出来るなら、とうにやってもらってるよと思いつつ、ラビィの穴の開いた道具袋から出たアイテムの数々に視線を送った。
――ん? あれって確か……。
地面に散乱しているアイテムの数々を見ていたその時、俺の目に一つの赤い物が映った。
「おいラビィ! あの赤い宝石は何だ!?」
「あ、あれは私が見つけたお宝よ!? リョータにはあげないんだからね!?」
「そんな事はどうでもいい! あれはどこで見つけたんだ!?」
「えっ?」
「早く答えろっ!」
「あ、あの不気味なミイラがあった洞窟よ」
どこかで見た覚えがあると思ってはいたが、確かにあの洞窟でミイラの側からラビィがあの宝石を拾っているのを俺は見た。そしてあれは、ジェシカさんの言っていた悪魔の心臓に間違い無い。
「さあて。お前達の相手をするのも、そろそろ飽きてきたな。次で本当に終わりにしてやる!」
そう言うとアリュスは、本気で俺達に止めを刺そうと魔力を両手に集め始めた。
今までも十分にやばかったが、あの一撃はマジで洒落になっていない。
「ラビィ! あの赤い宝石を叩き潰せっ!」
「はあっ!? あんた何言ってんの!? どこの世界に宝石を叩き潰す馬鹿が居るってのよっ!」
「いいからやれっ! その宝石は、俺が言い値で引き取るからっ!」
「ま、まじで? 本当に?」
「マジだっ! だから早くあの宝石を叩き壊せっ!」
「ぜ、絶対に今の約束は守ってもらうんだからねっ!」
「分かったから早くしろっ!」
そう言うとラビィはニヤリと笑みを浮かべて立ち上がり、悪魔の心臓が落ちている場所へと向かった。
「ええ――――いっ!!」
悪魔の心臓を見据えたラビィは、右足を思いっきり上げてからそれを踏み潰した。するとまるで、ガラスが砕ける様な音が俺の耳に聞こえてきた。
「なっ!? なんだ!? いったいどうした!? ぐああああああああっ!!」
ラビィが悪魔の心臓を踏み砕いた瞬間、アリュスが今までに無い苦しみの声を上げ始めた。
そしてラッセルの身体から凄まじい蒸気が立ち上り始めると、途端に糸が切れたマリオネットの様に、ラッセルが地面へと倒れた。
「キ、キサマラ……ドコデオレノシンゾウヲ……ユルサン……ユルサンゾー!」
地面に倒れていたラッセルから出ていた蒸気が消えると、そこから霊体の様な何かが浮かび上がって言葉を発した。
「コウナッタラ、テキトウニカラダヲノットッテヤルゾ!」
ラッセルの身体から出た霊体の様な者は、近くに居たラビィへ一直線に向かい始めた。
「リョータさん! 悪魔の心臓が無くなった今、その悪魔は不死身ではありません! 今なら浄化の力で消し滅ぼす事ができるはずです!」
そんなアドバイスを俺に送ってきたのは、意外な事にリュシカだった。
あの位置で俺とラビィの会話が聞こえていたかどうかは疑問だが、この際それはどうでもいいだろう。
「ラビィ! ピュリフィケーションを使えっ!」
「えっ? えっ?」
「アリュスをしばき倒したいんだろっ! だったらピュリフィケーションを使って消し飛ばしてやれっ!」
「な、なるほど。分かったわ! 見てなさい! この大天使ラビィ様が悪魔を打ち滅ぼすところを! ピュリフィケーション!!」
「グオアアアアアアアッ!! マ、マダマダアアアアアアアア――――ッ!!」
ラビィの放ったピュリフィケーションは、悪魔アリュスを捕らえた。だが、アリュスはその攻撃に耐えながら、尚も標的であるラビィに取り憑こうとしている。
「うぐぐっ!!」
ラビィも今までに無く頑張っている様子ではあるが、状況は良くない様に見える。まあ、ステータス的に偏りが激しい事を考えれば、押されても仕方がないとは思える。
「頑張れラビィ! なんとしても押し返せっ!」
「言われなくてもやってんのよっ! そんな事よりもリョータ! アンタも少しは手伝いなさいよっ!」
「手伝えって言ってもなあ……」
相手はほぼ間違い無く霊体。だとすれば、物理攻撃はほぼ無効。魔法も一部を除いては無効化されるだろう。となれば、俺に霊体を攻撃する手段は無い。
だが、このままでは千載一遇のチャンスを逃すかもしれないのも確かだ。
――何か方法は無いか……あっ!
唯一にして最適な方法がある事を思い出した俺は、悪魔アリュスに向かって右手を突き出した。
「ラッキースティ――――ル!!」
「ウグオオオオオッ!?」
俺のラッキースティールで運を奪われ、能力が減退したアリュスは、明らかにラビィのピュリフィケーションに押され始めた。
「これで最後だっ! ラッキーギフト――――ッ!」
俺はラッキースティールの併用スキルである、ラッキーギフトをラビィへ向けて放った。これでラビィには、アリュスの運と俺の運が加わったはずだ。
「いっけー!! ラビィ――――ッ!!」
「ピュリフィケーショ――――――――ン!!」
ラビィの放つ神聖な光が、ゆっくりと悪魔アリュスを包み込んでいく。
「マ、マサカ!? コノオレサマガ、コンナトコロデホロボサレルダトッ!? グアアアアアアアアアア――――ッ!!」
ピュリフィケーションの眩しい光が消え去った後に悪魔アリュスの姿は無く、悪魔独特の嫌な気配も消え去っていた。
「や、やった――――っ!!」
俺は思わず大声で叫んだ。何はともあれ、俺達は悪魔アリュスを打ち滅ぼす事に成功したのだから。
「ダーリーン!」
「お兄ちゃーん!」
「おわっ!?」
「やったわね! ダーリン!」
「凄かったよ! お兄ちゃん!」
右に左にと飛びついて来たティアさんと唯が、俺に賞賛の言葉を送ってくれる。
その事はとても嬉しいのだけど、左右から揉みくちゃにされるのは正直キツイ。
「ちょ、ちょっと! アイツを倒したのは私なんですけどっ!?」
「流石は私のダーリンね!」
「ちょっとティアさん! お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなんですよ!」
「私を無視するな――――っ!!」
そんなラビィの怒号が響く中、俺は一つの場所に視線を向けた。
その場所に居た人物は地面から起き上がると、小さな微笑を浮かべながら俺達の居る方へと向かって来ていた。
「久しぶりだね。ティア」
「そうね。まさかこんな形で再会するとは思ってもいなかったけど」
「そうだね……えっと、君がリョータ君かい?」
「はい。そうです」
「初めまして。僕はラッセル。ティアは昔の仲間なんだ」
「知っていますよ。ラッセルさん」
「そうか……リョータ君、君に頼みがある」
「何でしょうか?」
「僕を殺してほしい」
「はあっ!?」
唐突に自分を殺してほしいと言ったラッセルを前に、俺はかつて無い程の驚きを感じて立ち尽くしてしまった。




