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探索、地下ダンジョン

 夜が明けてすぐにキャンプ地から出発した俺達は、ミアさんが教えてくれた遺跡ダンジョンへお昼前に到着した。

 しかし辿り着いた遺跡ダンジョンの上にある遺跡部分は激しく倒壊していて、地下ダンジョンへと続く入口を探し出す頃には夕方を迎えていた。本当なら今日はここでキャンプをし、明日全員で地下ダンジョン内部へと入るのが妥当なんだろうけど、悠長にキャンプをして明日まで過ごすのもどうかと思った俺は、少人数でパーティー編成をしてから先行して少しダンジョン内の探索を行う事にした。

 ミアさんも遺跡ダンジョンの存在は知っていたものの、その内部へと立ち入った事は無いと言うし、その危険度は未知数だ。そんなダンジョンへ初見の状態でパーティー全員で入るのは無謀とも言えるだろう。なにせ初見のダンジョンにはどんなモンスターが生息していて、どんなトラップなどがあるのかが分からないから。

 そんな理由からパーティー編成は先行探索の発案者である俺と盾役のラビィ、堅実で確実な戦力として妹の唯、何かあった時の為に回復役としてラビエールさんの四人で探索に行く事になった。

 ちなみにトラブルメーカーであるラビィを先行探索のパーティーに入れた理由は、単純に盾役として使う為だけではない。

 その理由の一つはパーティー内での貢献度が低いから無理やりにでも使おうという俺の思いと、こういった未知のダンジョンには多くのアンデッド系モンスターが居る可能性が高いから、ラビィの持つ浄化スキルのピュリフィケーションが役立つかもしれないからだ。

 そう言ったわけで俺達四人は遺跡ダンジョンの先行探索を始めたわけだが、俺達はダンジョンへ入って十分と経たない内に壮大なトラブルに遭遇していた。


「いたた……くっそー。唯、ラビエールさん、大丈夫? 怪我はしてない?」


 床に転がった燃料石入りランプのジョセフィーヌが辺りを小さく明るく照らす中、俺はすぐ近くに居る唯とラビエールさんに声をかけた。


「私は大丈夫だよ、お兄ちゃん」

「私も大丈夫です。リョータさん」

「良かった。まあ、二人ならこれくらいの事で怪我はしないか。それにしてもまいったな……」

「ちょっとリョータ! 私の事も心配しなさいよねっ!」

「あっ、わりいわりい。それにしても、結構深い所まで落ちたなあ……」

「ちょっと! 『あっ、わりいわりい』じゃないわよっ! もっと心配しなさいよね!」

「お前には絶対防御があるんだから、こんな事くらいどうって事ないだろ?」

「それはそれよ! リョータはもう少し他人を労わる心を持つべきだわ!」

「ああー、悪かったよ。前向きに善処するから少し大人しくしてくれ」


 本当なら『どの口がそんな事を言いやがる』くらいの事は言いたいところだけど、今はこんな所でラビィと言い争ってる場合ではない。なにせ今の俺達は、床に開いた大穴からかなり下の階層まで落ちてしまっているのだから。


「それにしても、結構深い所まで落ちちゃったね。お兄ちゃん」

「そうだな。てか、この遺跡ダンジョンがここまで深いとは思ってなかったよ。はあっ……まだダンジョンに入ったばかりだってのに、ついてないよな……」


 俺は床に転がっているジョセフィーヌを手に取り、それを落ちて来た方へとかざしながら溜息を吐いた。


「そうですね。でも、ここでじっとしているのは危険でしょうから、なるべく早く元の出入口へと戻る道を探した方がいいでしょうね」

「ですね。ちょっとした調査のつもりだったから食料も携帯してませんし、このまま地下で迷った挙げ句に餓死とかじゃ洒落になりませんからね」

「もちろんそれもありますが、今はモンスターとの遭遇が一番怖いところですね。ここは私達にとって未知の領域ですから、どんなモンスターと遭遇するか分かりませんし」

「だね。いくら私やラビエールちゃんが居ても、それ以上のモンスターと遭遇したら手に負えないから」

「やれやれ……そんなモンスターに遭遇なんてしたくないから、早く上に戻る手段を見つけないとな。それにいつまでも戻らないと、上のみんなも心配するだろうし」


 俺達はそれぞれの装備品や持込のアイテムがちゃんとあるのかを確認した後、すぐにその場から移動を始めた。

 数メートル先がまったく見えない闇が支配するダンジョン。こんな時に頼りになるのは、小さく輝くランプのジョセフィーヌだけだ。まあ、安全も考慮して時々スキルのゴッドアイを使ってはいるけど、今のところモンスターが接近している様子は無い。

 それはとても良い事なんだけど、問題なのは上へと続く階段がことごとく壊れていて通れなくなっている事だ。古い遺跡ダンジョンだからそれなりに壊れている部分があったりするのは分かるけど、こうも見事に上へと続く階段が壊れているのを目の当たりにすると、どうしても作為的なものを感じてしまう。


「――おかしいですね」


 そんな状況を変に思いつつも上層へ向かえる場所をしばらく探していると、唐突にラビエールさんがそんな言葉を口にした。


「うん。確かにおかしいね」

「おかしいって、何がだ?」

「お兄ちゃん、気付かない? この階層に落ちてからずっと漂って来るこの嫌な気配」

「まあ、不穏な空気は感じるけど、それってダンジョン特有のものじゃないか?」

「確かにこういう雰囲気とか空気はダンジョン特有だけど、今回はそれだけじゃないよ。私達、ずっと同じ場所を歩いてるし」

「はっ!? 何だって!? どうしてそんな事が分かるんだ?」

「もう、お兄ちゃんは観察力が足りないなあ。次に見えてくる壊れた階段の横の壁を見たら分かるよ」

「壁を?」


 そう言われて左側面に見えてきた空間に視線を向けながら近付くと、見覚えのある崩れ方をした上層へと続く階段が見えた。その事に驚きつつも唯に言われた場所の壁を見ると、そこにはチョークの様な物で描かれた白の星マークがあった。


「これって唯がやったのか?」

「そうだよ。私がラビエールちゃんとダンジョンへ潜る時には、いつもこうしてるから」


 我が妹ながら抜かり無いと言うか何と言うか、昔っからこういう用心深いところは実に感心してしまう。

 いつもの様に唯が我が妹である事を誇りに思いつつも、どこか嫉妬にも似た感覚を抱いてしまう自分が嫌になる。


「なるほど。どうやら唯の言ってるとおりみたいだけど、今でループ何週目くらいだ?」

「ここでちょうど三周目かな」

「三周目か。今まで左右に分かれた道は無かったし、どうしたもんかねえ……」


 俺が今言った様に、この地下階層に落ちてから進む内に一度も左右に曲がれる道は無かった。あったのはいくつかの崩れ落ちた上層へと続く階段部分だけ。つまり俺達は、ずっと直線移動をしながらループをしていた事になる。

 こうなるとこのループが魔術的な要素でそうなっているのか、何かの仕掛けでそうなっているのか、はたまたモンスターがこんな事をしているのかと、色々な可能性が出てくる。


「一応このループを回る間に怪しい場所の検討はついたんだけど、行ってみる?」

「そうなのか?」

「うん。私も無駄にループしてるのを見てたわけじゃないから。とりあえず行ってみようよ。お兄ちゃん、ランプ借りるね」


 そう言って俺の手からジョセフィーヌを取ると、唯はさっさと前へ進み始めた。俺達はそんな唯に続き、黙って後をついて行く。

 そしてしばらく前へと進んだ頃、先頭を歩く唯がピタリとその足を止めた。


「この辺りから気味の悪い気配が流れて来るんだよね」


 唯が立ち止まった場所周辺には何も無く、両脇には俺達を挟む無機質で冷たい壁があるだけだった。


「何も無いじゃない」

「まあ待てラビィ。結論を出すのはまだ早い。とりあえずこの周辺に何かないか探してみようぜ」

「まあ、このままうろついてても仕方ないしね。いいわ。とりあえず何かないか探してみるわよ」


 ラビィにしては珍しく素直に捜索を始めてくれた。いつもこのくらい素直だと俺も助かるんだけどな――などと思いつつ、みんなと一緒になって周辺の捜索を始めた。

 しかし時間をかけて周辺の床や壁、果ては天井までもくまなく探してはみたけど、どこにも怪しい部分は無く、仕掛けらしき物も見受けられなかった。


「どこにも何も無いじゃない。本当にこの辺りに何かあるわけ?」

「おっかしいなあ。嫌な気配はこの周辺が一番強いんだけど」

「それは私も同感です。他の場所に比べてこの辺りは特に悪気あっきが強いですから」

「そう言ったって現に何も無いじゃないっ! エルの言ってる事だって本当かどうか分からないし!」

「おいラビィ! それはちょっと言い過ぎじゃないか? ラビエールさんに失礼だろうが」

「いいんですよ、リョータさん」

「でも……」

「いいんです。それにしても、本当におかしいですね。ここまで何も無いと言う事は、重要な何かを隠す為にアンチマジックでも施された結界なんかがあるとしか思えないですね」

「結界?」


 その言葉を聞いた俺は、すぐさまラビィの方を見た。

 仮にラビエールさんの言っている様に結界で何かを隠しているとしたら、それを打ち砕くにはラビィの持つ特殊な力、結界破りの能力が最適と言う事になる。


「おい、ラビィ。ちょっとその辺の壁を十センチ間隔くらいで右手で触って行ってくれないか?」

「はっ? どうしてよ?」

「いいから早くやれっての!」

「たくっ……毎回毎回偉そうに」


 ブツブツと文句を口にしながらも、ラビィは俺の指示に従って横の壁に右手の平をつけて行く。


「わわっ!?」


 ラビィが不機嫌に手を壁につけて進んでいると、ある場所で触った壁とラビィの手の間でバチッと稲光が弾けた。そしてそれと同時に壁と思っていた部分がパリン――と音を立てて砕け、そこに別の通路が姿を現した。

 そんな新たに見つかった通路の奥から一気に流れて来た醜悪な気配と嫌な空気を感じた俺は、思わず悪寒を感じて身を震わせてしまった。


「姉さんにこんな力があったなんて……初めて知りました。凄いです!」

「ふ、ふんっ。この私にかかれば隠された道を見つけ出すぐらいチョロイのよ。さあ、行くわよ!」


 ジョセフィーヌとは違うランプを持って隠されていた通路を進んで行くラビィ。その表情はチラッと見えただけだが、ちょっと嬉しそうに見えた。

 そしてそんなラビィへ続く様にしてラビエールさんも中へと入って行く。


「よし、俺達も行こうか」

「うん。でも気を付けて、お兄ちゃん。この先にはもしかしたら、かなりヤバイ奴が居るかもしれないから」

「お、おう……」


 唯は真剣な表情でそう言うと、先に入って行ったラビィとラビエールさんに続いた。

 俺も漂って来る空気や気配からヤバイかもしれないとは感じていたけど、実力者である唯がその言葉を口にした事により、それが俺の中で核心めいたものへと変わってしまった。

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