真実を追い求め
ラビィを使った作戦でアクア湖の汚染をしていた――いや、正確にはそう見せかけていたアイテムを見事に回収した俺達は、無事にそれをギルドへと持ち帰る事に成功した。
そしてそれから一週間後のお昼頃、ギルドからの呼び出しで俺達は冒険者ギルドへと向かう事になった。こちらとしては持ち帰ったアイテムなどの詳細を聞けると期待していたんだけど、冒険者ギルドの一室に通された俺達が聞かされたのは、とても意外な返答だった。
「はあっ!? 教えられないってどういう事よっ!」
「お、落ち着いて下さいラビィさん。今回の件は関係者全員に緘口令が敷かれたんです」
「それはまたどうしてですか?」
「それは――」
ギルドの受付お姉さんが話してくれたのは、俺達が持ち帰った袋の刻印は間違い無く東のラグナ大陸にあるロマリアの物であると言う事。そしてその袋の中には、俺達が持ち帰ったアイテムが入っていたと言う事だけ。それ以上の情報は頑なに教えてもらえなかった。
受付のお姉さんが言うには、『小国と言えど国と国の戦争に発展するかもしれない問題だけに、扱いがデリケートなんです。だから今回の件はくれぐれも口外しない様にお願いします』との事だった。まあ、確かに今回のアクア湖汚染事件に一国が関与しているかもしれないとなると、おいそれと口外するわけにはいかないのは分かる。理屈としてはよく分かる話だけど、さすがに何も教えてもらえないのはモヤモヤしてしょうがない。
「あの、お話は分かりましたけど、もう少しくらい情報をくれてもいいんじゃないですか? せめて俺達が持ち帰ったアイテムがどんな物だったのかくらい教えてくれても」
「残念ですが、それについてもお答えできません」
「ちょっとアンタねー! 私がどれだけ苦労してあのアイテムを回収したか分かってるの!?」
「止めろラビィ。ここでお姉さんを責めたって仕方ないだろう?」
「それじゃあリョータはこの結果に納得してるって言うの!?」
「納得はしてないさ。それでも人にはそれぞれ立場ってもんがある。だからここでお姉さんを責め立ててもしょうがないだろ?」
「うぐっ……」
俺の言葉に対して勢いを失ったラビィはそれ以上の口を挟む事は無かったが、それでもその表情は納得している感じではなかった。
「あのアイテムは共鳴石を利用した幻視の魔法ではないですか?」
「えっ!?」
唐突にリュシカがそんな事を口にすると、ギルドのお姉さんはあからさまに慌てた様子を見せ始めた。
「違いますか?」
「お、お答えできません……」
「ええ、もちろん口にしていただかなくて結構です。これは私の独り言ですから。その代わり、私の独り言が正しければ目の前のテーブルを一回、違うなら二回叩いて下さると助かります」
「えっ!? で、でも……」
「大丈夫ですよ。だってあなたは秘密を口にするわけじゃなく、単にテーブルを叩くだけなんですから」
ニッコリと笑顔でお姉さんに微笑みかけるリュシカ。本人にそんなつもりは無いのかもしれないけど、その笑顔が発するプレッシャーでギルドのお姉さんは明らかに動揺しているのが分かる。
仮に俺がお姉さんの立場だったとしたら、そのプレッシャーで思わず口を割っていたところだろう。
「で? どうなんですか?」
「えっとあの……」
リュシカの言い知れぬ雰囲気に気圧された様子のギルドのお姉さんは、辺りをキョロキョロと見回した後で戸惑いながらもテーブルを小さく一回叩いた。
「なるほど。ありがとうございます。それでは次の独り言ですが」
「えっ!? ま、まだあるんですか!?」
「はい」
先程よりも更に良い笑顔を浮かべながら返答をするリュシカ。
その後ギルドのお姉さんは完全にリュシカのペースにはまり、次々と出される独り言にことごとく答えさせられていた。あの有無を言わせないリュシカのプレッシャーには毎度の事ながら恐れ入るが、今回は色々と情報を聞き出せたから良かったとしよう。ギルドのお姉さんにはちょっと同情するけど。
結果としてリュシカの独り言に対して答えてもらった事から分かったのは、アクア湖汚染事件にロマリアが関わっている事と、使われたアイテムがかなり特殊な製法で作られたマジックアイテムだった事、それと問題のロマリア国にちょっとした不穏な噂があった事だ。
とりあえずそれだけの情報を得た俺達は一旦ギルドを出て屋敷へと戻る事にしたんだけど、俺は一つ思い出した事があり、みんなとは行動を別にして一人で雑貨店ミーティルへと向かった――。
「あっ、ダーリンいらっしゃい」
「いらっしゃいませ、リョータさん」
「こんにちは。ティアさん、ティナさん。アマギリは居ますか?」
「アマギリ? あの子なら今買い物に出かけてるけど、どうかしたの?」
「はい。ちょっとアマギリと二人でお話がしたいので」
「アマギリと二人っきりで?」
「あ、はい。できればそうしたいんですが」
「ふーん……別にいいわよ? それじゃあダーリンは奥の部屋で待っててちょうだい。アマギリが帰って来たら向かわせるから」
「は、はい。ありがとうございます」
あからさまに不機嫌な様子でそう言うティアさんは、仏頂面を見せながら応接室へと通してくれた。もしかしてアマギリと二人でお話しをする事に嫉妬しているのかもしれないけど、無闇にティアさん達を巻き込みたくはないってのが俺の考えだ。
しかし今はギルドから口止めされているから全てを話す事はできないけど、アマギリとする会話の内容次第ではティアさんにも今回の事を話す必要が出てくるかもしれない。その時は素直に全てを話すとしよう。緘口令を敷いたギルドには悪いけど。
それからしばらくして、買い物から戻って来たアマギリが応接室へとやって来た。
「やあ、アマギリ。久しぶりだね」
「う、うん。久しぶり……」
アマギリは相変わらず俺に視線を合わせてはくれない。ちょっと寂しい事ではあるけど、この際それは仕方ないだろう。
それに今回の目的はアマギリと仲良くなる事ではなく、アマギリにとある事を聞いてみる為だ。
「それじゃあ、さっそくで悪いんだけど、アマギリに聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事?」
「ああ。このマークに見覚えはないかな?」
俺は予め用意していた手書きのロマリアの紋章をアマギリに見せた。
「これは……ラッセル様の偽者が持ってた道具袋にもあった印だけど……」
「やっぱりそうか……なあ、アマギリ。他にもこんなマークをどこかで見た覚えはないかな?」
「うーん…………あっ、そういえばいつ頃からだったかは覚えてないけど、私が居た孤児院にラッセル様が運んでくれていた食料袋なんかにもそのマークがあったような……」
「なるほど…………。なあ、アマギリ、ちょっとティアさんとティナさんを呼んで来てくれないか?」
「えっ? うん、いいけど」
戸惑った様子を見せつつも、アマギリは素直に部屋を出て二人を呼びに行った。そしてアマギリが呼んで来てくれた二人とアマギリを前に、俺は今回のアクア湖汚染事件を発端とした俺の考えを話して聞かせた。
そして俺の話す考えに最初こそ三人は驚いた様子を見せていたけど、その理由を説明する内に三人は何となくと言った感じではあったが俺の考えを受け入れ始めている様に見えた。
「――なるほどね……いくつか不明瞭な点もあるけど、確かにダーリンの言う通りかもしれない。それで、ダーリンはこれからどうするつもりなの?」
「俺はこれから仲間に同じ話をして、協力を得られればラグナ大陸に向かおうと思っています。この世界でやたらと不明瞭な魔王の存在を明らかにする為に」
「それなら私も一緒に行く!」
「駄目ですよ。ティアさんにはこのお店を大きくしていく夢があるでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
「あっ、とりあえず今話した事は他言無用でお願いしますね。それじゃあ俺はこれで帰りますので」
「あっ…………」
とても寂しそうな表情で俺を止めたそうにしていたティアさんだったが、最終的には何も言う事は無かった。その事が少し寂しく感じられたけど、これで良かったんだと思う。
俺はそれからお屋敷へと戻る前に唯とラビエールさんの住む場所を訪れ、二人に今夜お屋敷へと来て欲しい事を伝えてからお屋敷へと戻った。
× × × ×
みんなに話をした日から一週間後。俺はラビィ、ラッティ、ミント、リュシカ、唯にラビエールさんと一緒にリリティアの街を出ようとしていた。前に言っていた様にラグナ大陸へ向かい、魔王ラッセルの事やロマリアの事などを調べる為だ。
本来なら冒険者になって一年そこらの俺なんかがやる事ではないけど、一度気になったら確かめずにはいられない性分だから仕方ない。まあ、そんな俺の性分に仲間や家族を巻き込んだのは悪いとは思うけど、巻き込んだからにはしっかりとそれを確かめようと思う。
お昼前までに荷物の総点検をした俺達は、お屋敷の留守を預かってくれる人に鍵を預けてからお屋敷を出た。
今回はかなり長い間お屋敷を空ける事になる。なのでリュシカを通してアストリア帝国にはその事を伝えてもらっていた。そのおかげかお屋敷の留守を預かってくれる人をアストリア帝国が派遣してくれたので、お屋敷の留守を心配する必要は無くなった。これで安心してラグナ大陸へ向かう事が出来る。
「よっし、それじゃあ行くか!」
「ダーリーン! ちょっと待ってー!」
それなりのお金を支払って手に入れていた荷馬車に荷物を詰め込み、いよいよリリティアの街を出ようとした瞬間、遠くから聞き覚えのある声で呼び止められた。
「どうしたんですか? ティアさん。それにアマギリも」
「私、やっぱりダーリンと一緒に行くから!」
「えっ!? でもそれじゃあお店が――」
「大丈夫! お店はティナに任せてあるし、仕入れも私がダーリンと旅をする中で仕入れてティナに送る手はずだから問題無いわ。それに今回の件は私にもまったく無関係なわけじゃないしね」
「でも……」
「もうっ! とにかく私はそう決めたの! ダーリンが何と言おうと、私はついて行くからねっ!
「……アマギリはいいのか? 一緒について来て」
「……私達孤児に優しくしてくれていたラッセル様は確かに居た。だから私は真実を知りたいの。いったいラッセル様に何があったのか、私達を利用する事が目的だったのか、それとも全然別の意図があったのか。それを知りたいの。だから私もついて行く」
それぞれの思いは違えど、二人の意志を変える事は俺には無理だと思えた。だから俺は、小さく微笑みを浮かべながらコクンと頷いた。
「分かった。それじゃあ一緒に行こう。ティアさん、アマギリ」
「そうこなくっちゃ! さすがは私のダーリンだわ!」
「おっと!?」
「ちょっとティアさん! あんまりお兄ちゃんにくっ付かないで下さい!」
「嫌よっ! だってダーリンは私のダーリンなんだから!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃんも早く離れてよっ!」
嬉しそうにそう言いながら俺に抱き付くティアさん。気持ちとしてはとても嬉しいんだけど、時と場所と近くに居る人物には気をつけてほしいもんだ。
こうして騒がしくなりそうな面々を連れ、俺達は真実を知る為に東のラグナ大陸へと出発した。




