理想と現実
冒険者と言えば強大なモンスターを倒したり伝説の秘宝を探したりと、そんな派手な事を想像する人がほとんどかもしれない。斯く言う俺も、最初は冒険者と言う者に対して漠然とそんなイメージを持っていたんだけど、これは日本でやっていたゲームの影響がかなり大きいだろう。
しかし現実はどこまでも非情なもので、冒険者とは実に地味なものである。もちろん全ての冒険者がそうと言うわけではないけど、俺が想像していた様な派手な冒険者生活を送っているのはほんの一握りだ。
当然の事ながら、俺はその一握りに入っていない。俺はその他大勢の中でも、特に地味な方に分類されてしまうだろう。しかしそれでも、以前から抱いていた理想の冒険者生活を完全に諦めているわけではない。
「おーい! ラビィー! しっかり働けよー?」
「分かってるわよー! こっちの事を気にしてないでリョータも手を動かしなさいよねー!」
ラッティと共に小船に乗った俺は、水面に浮いた枯れ木などを丁寧に集めつつ、ラビィがサボっていないかを定期的に確認しながら今回のクエストに従事していた。
今回俺達が請け負ったクエストは、リリティアを含めた各地で農業用水として使われている水源地、アクア湖の清掃クエスト。はっきり言って地味な事この上ない内容だけど、この異世界は日本の様に上下水道が整備されているわけではないから、水源地をある程度綺麗に保つには必要な事である。
しかしながら、やっている事は俺が思い描いていた冒険者生活とは程遠いくらいに地味だ。でも、だからと言って手を抜くわけにはいかない。こういうところで手を抜けば、絶対に後へは繋がらないと分かっているから。
この異世界も日本と同じで、経験と実績、信用がものを言う世界だ。俺には派手な功績を上げる実力こそないけど、それを得る手段は強力なモンスターを退治する事や、珍しい秘宝を探し出す事だけではない。こういう人の生活に直結する事をこなす事こそ、今の弱小冒険者である俺には必要なんだ。
「にいやん。あそこにもおっきな木が沈んでるよ」
「おっ、ホントだ。あれも引き上げなきゃな。おーい! ミントー! こっちに来てくれー!」
「了解なのですよぉー!」
水面に浮かんだ小船の上でラッティと一緒に小枝などを集めていた俺の呼びかけに答え、ミントがパタパタと羽をはためかせながらこちらへとやって来る。正直、ミントの様に飛行能力がある仲間が居るのは非常に助かる。本来なら無理な事でも、飛行能力があるだけで可能になる事も多いからだ。
俺はやって来たミントに対し、また水底にある大きな木を拾い上げたいと伝えた。しかしミントは先程までとは違い、少々難色の表情を見せた。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「問題というかぁ、これだけ透き通った水源に沈んだ大きな木を取り過ぎるのは良くないんですよねぇ」
「えっ? どうして?」
「このアクア湖は特に澄んだ水ですからぁ、お魚さんなんかは外敵から身を隠すのが大変なのですよぉ。だから沈んでいる木を全て取り除くとぉ、そのお魚さん達が隠れる場所が無くなって困っちゃうのですよぉ」
――なるほど。つまりあの大きな木が、魚礁の役割も果たしているって事か。
「分かった。それじゃあ、あのサイズの木はそのままにしておこう。ラッティ、俺達は水面に浮いてる枝や葉っぱを沢山集めような」
「うん! 分かった! ウチ頑張る!」
「うんうん、偉い偉い。それじゃあミント、とりあえず集めたゴミをリアカーに運んでくれ」
「了解ですぅ!」
元気良く返事をしたミントは小船に積んでいたゴミ袋を持ち上げて飛び、ここまで引いて来ていたリアカーの方へと向かって行った。ホント、ミントが居るおかげで随分と作業効率が上がるから助かる。
リュシカはリアカーから少し離れた場所でのんびりと景色を見ているけど、彼女が俺達に手を貸してくれないのは相変わらずだ。しかし、ああしてのんびりしていても周囲の警戒だけは無償でしてくれているんだから、以前に比べたら状況は随分良くなったと言えるだろう。
こうしてたっぷりと時間を使ってアクア湖の清掃作業を行った俺達は、集めた大量の枯れ木や落ち葉などをリアカーに乗せて夕暮れ前にリリティアの街へと戻った。ちなみに集めたゴミは、全部乾燥させた後に街の外で綺麗に燃やす予定だ。本来は集めたゴミの処理こそが最大の問題と言えるのだけど、そこは日本と違って不燃物などが一切無いから助かる。
ゴミが詰まったリアカーを屋敷の庭まで運んでちょっと早目のお風呂に入り、その後でリュシカがギルドに受け取りに行ってくれた今回のクエストの報酬を受け取ってからみんなで報酬を分配し、俺とラビィはいつもどおりに報酬の六割をリュシカに取られた。
× × × ×
昨日は清掃作業の疲れでかなり早くに眠ってしまったせいか、朝の早い段階で俺は目を覚ました。
そろそろこの異世界へ来てから一年ちょっとが経とうとしているせいか身体も鍛えられ、日本に居た時の様な起き抜け特有の身体の気だるさみたいなものもあまり感じなくなってきている。まあ、この異世界ではじっとしてたら生活ができないから、自然と身体が鍛えられるのは当たり前だろうけど。
大きなベッドの上で天井を見つめながら自身の成長を感じた後、俺はゴロゴロとベッドの上を転がりながら移動し、両足を床へと着けた。
そしてトコトコと歩いて部屋に複数ある両開き窓の一つを開け、思いっきり両手を上げて伸びをする。
春になってからは本当に良い天気続きでありがたい。絶好のクエスト日和――と言うと変な感じだけど、冒険者にとってクエストを実行する際に天候はかなり重要度の高い要素になる。
例えば雨の日に力を増すモンスターが相手だったりすると晴れの日に退治をするのが良いし、逆に雨に弱いモンスターなら雨の日が良い。他にも雨の日に戦いをすれば身体が濡れて風邪をひく確率も高くなるから、体調管理も難しくなったりするし、武具の手入れもそれなりに大変になる。だから冒険者は色々な事に気を配らなければやっていけないのだ。
「うーん。本当に良い天気だ」
『冒険者の呼び出しをします! 近藤涼太さん! 十分以内に冒険者ギルドまで来て下さい! 繰り返します! 近藤涼太さん! 五分以内に冒険者ギルドまで来て下さい!』
――いやいや、繰り返しますなのに時間が半分に減ってますやん!
爽やかな朝の空気を身体いっぱいに取り込んでいる最中に突如として街中にそんな呼び出しの声が響き、俺はその内容に思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
冒険者ギルドは緊急の際に冒険者を素早く招集出来る様にと、街の至る所に共鳴石なる物が置かれた柱を立てている。実際に使われるのを聞いたのはこれが二回目だけど、まさかその二回目が自分の呼び出しになるとは思ってもいなかったからビックリだ。
とりあえずギルドからの緊急招集に従うのは冒険者としての義務なので、俺は急いで着替えをしてから冒険者ギルドへと向かう事にした。
そしていったい何事だろうと思いながらお屋敷を出てギルドへ着くと、中に居た顔見知りの冒険者達から『今度は何をしたんだい?』とか、『また問題を起こしたのか?』とか、かなり散々な事を言われたけど、どれもラビィがしでかした事への悪評が俺に付きまとっているだけだから納得いかない。
「冒険者の近藤涼太です。緊急招集の呼び出しを聞いて来ました」
「あっ! 近藤さん、お待ちしてました。ちょっとお聞きしたい事があるのでこちらへ来て下さい」
受付のお姉さんは慌てた様子でそう言うと、ギルド職員が使っている通用口の扉の方へと向かい扉を開いた。俺は言われた通りに扉を抜けて中へと入り、受付のお姉さんに案内されるがまま奥の部屋へと向かった。
そして通された部屋へ入ってからテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座るように言われて座った後、俺は受付のお姉さんからの言葉を待たずに口を開いた。
「あの、緊急招集をかけてまで俺に聞きたい事って何ですかね?」
「その事なんですが、単刀直入に伺います。昨日受けて下さったアクア湖の清掃クエストですが、清掃をしている最中に何かありませんでしたか? 例えばその……ラビィさんが何か怪しげな事をしてたとか……」
その言葉を聞いた瞬間、俺には何となく受付のお姉さんが言いたい事が分かった気がした。
おそらくだが、俺達が清掃を終えて帰った後、アクア湖かその周辺に何かしらの問題が発生し、その原因が俺達――いや、ラビィによって引き起こされたものではないかと疑われているのだろう。
「あの、いったい何があったんですか?」
「実は――」
受付のお姉さんから事情を聞くと、俺達がアクア湖の清掃を終えてから帰った後、アクア湖から農業用水を引いている一部の農家などから『水が汚くて使えない』と苦情が入ったんだそうだ。
そんな苦情を聞いたギルド側は早急に冒険者による調査団を現地へと派遣したそうなんだけど、その調査に向かった冒険者達からは、『アクア湖の水がドス黒く濁っている』との報告を受けたらしい。
清掃を終えるまでは何事も無かったアクア湖に異変が起これば、アクア湖で清掃作業をしていた俺達に疑いの目が向くのはまあ仕方ないだろう。
でも、少なくともラビィがあの場に居なければ、事情を聞かれる事はあっても疑われる事はなかっただろうと俺は思う。それほどに普段からラビィの素行はよろしくないわけだ。だからギルドがこちらへ疑いの目を向けても仕方はない。
「なるほど。お話は分かりましたけど、今回の件にラビィは関係していないと思いますよ? 一緒に清掃作業をしている時も、文句こそ言ってましたけど特に怪しい事はしていませんでしたし」
「そうですか……あの、例えばですけど、近藤さんが目を離した隙にラビィさんが何かをした――みたいな可能性はありませんか?」
「多分無いと思いますけどね……」
「それでは、悪気が無かったとしてもそんな事をやってしまった可能性は無いでしょうか?」
「可能性の問題だけで言えば絶対に無いとは言えないのが辛いところですが、それでもあの時に限っては無かったと思いますよ?」
「そうですか……」
もはや言い草だけを聞けばラビィは完全に騒動の犯人扱いだ。それもこれもラビィの悪因悪果だから仕方ない事だとは思うけど、さすがに確証も無いのにこれだけ疑われるのも理不尽だとは思う。
「あの、今回の件についてラビィが何かをやったって証拠は無いんですよね?」
「はい。確かにそうなんですが、上の方はラビィさんが何かをしたに違いないと思ってるみたいなんです。ですからこのままだと、最悪ラビィさんの冒険者資格の剥奪もありえます」
思ったよりも事態は悪い方向へと向かっている様で、俺は思わず『うーん』と唸ってしまった。
ラビィの冒険者資格が剥奪されてしまえば、もちろんラビィはクエストを受ける事もできなくなるし、モンスターを倒しても報酬が得られなくなる。そうなれば冒険者以外で生計を立てる事になるけど、アイツが他の仕事を真面目にやるとは思えない。リュシカを含めて俺にも借金があるんだから、アイツには嫌でも働いてもらう必要がある。その為にはラビィが騒動の原因では無いと証明する必要があるわけだ。
「分かりました。とりあえず自宅に戻ってラビィに事情を聞いてみます」
「そうして下さい。ラビィさんは確かに滅茶苦茶な事をする人ですけど、中にはラビィさんの楽天的な性格が好きだと言っている人達も少なからず居ますし、一緒に酒場で飲んでる飲み仲間からはとても好かれているので」
「そうなんですか? だったらその人達に、ラビィを差し上げますよって伝えておいて下さい」
「ふふっ、分かりました」
受付のお姉さんはクスクスと笑った後、更に詳細なアクア湖汚染事件の内容を話してくれた。いったい何が起こってこうなったのかは分からないけど、ラビィが今回の件に関わっていない事を願いつつ、俺は冒険者ギルドを後にした。




