謎の来訪者
ティアさん達の経営する雑貨店に並べる品物を仕入れる為にリザルトの街へと向かっていた俺達は、人口約百三十人くらいのチョポロン村へと立ち寄った。
「お忙しいところありがとうございました」
話を聞かせてくれた村人に丁寧にお礼を言い、俺はその場を後にした。
ここチョポロン村はリリティアとリザルトのちょうど真ん中辺りに位置する村だが、街道からはかなり離れた位置にあるので、休憩などの為に旅人や冒険者が立ち寄る事は少ないと聞く。事実、村の中を回っていても、俺達の他に冒険者らしき人の姿を見る事はなかった。
一通り村人から聞きたい事を聞いた俺は、集合場所である村の広場へと向かい始めた。それにしても、魔王軍についての話を聞けば聞く程におかしな点が増えていく。
今から約数日前、このチョポロン村に現れたと言う魔王軍幹部。本来ならそんな奴が現れれば、こんな小さな村など全滅させられているだろう。しかし村の中には何かを破壊された様な跡も無ければ、誰かがその犠牲になったと言う話も聞かない。つまり、実質的な被害が何も無いと言うわけだ。
それでもあえて被害の様なものを上げるとすれば、村から程近い場所にその魔王軍幹部が放った為にできたという大穴だろうか。
その大穴はラッティの魔法が放たれた後にできるクレーターに匹敵する程に大きく、それを見ただけでも相当の攻撃力をその幹部が有しているのが分かる。だからこそ俺は、今回の事態が色々とおかしいとしか思えない。圧倒的な力を持ちながら、村にも人にも危害は加えていないし、最終的にその幹部は何もせずに村から去っている。
それに村人に対して何かを要求したわけでもないから、その幹部が何の目的でこんな小さな村に来たのかまったく分からないし、想像すらつかない。しかもその魔王幹部は見た目は子供だったと聞いたから、ますますもってその意図が読めない。
色々な疑問を解消する為にこの村へと訪れたと言うのに、更に疑問を増やす結果となった俺は、村の広場で待っているラビィとティアさんに合流してから再びリザルトの街へと向かい始めた。
そして村を出てからしばらく、俺はティアさんと村人から聞いた魔王軍幹部についての話をしたりしてたんだけど、その話を聞いたティアさんもやはり俺が感じていた事と同じ疑問を持った様だった。
俺もこの異世界に来てから、魔王軍について色々と調べてみた事はあった。一応最終目的は魔王の討伐だから。
しかし俺が調べた限り、魔王軍の脅威と言うのはどこかおかしなものを感じさせていたのも事実。なぜなら魔王軍の脅威が世界中で囁かれているわりには、大きな被害を出された国や街や村は無いからだ。以前はある国が魔王に襲われて壊滅した――なんて話もあったけど、実際にそんな事はなかった。
俺が言うのも何だけど、この異世界の魔王軍はどこか大人しい。魔王と言う恐ろしい存在が人々の中にしっかりとありながら、その肝心の魔王の存在がどこかぼやけていてはっきりとしない。これが限り無く俺に疑問を抱かせる。
「そこの茶髪のお姉ちゃん、ティア・ミーティルだよね?」
チョポロン村を出てからリザルトとリリティアを繋ぐ街道へと引き返していた時、突然俺達の背後からそんな声が聞こえてきた。
その声に後ろを振り返ると、そこには漆黒のローブを纏ったラッティよりちょっと背の高い黒髪ショートの女の子が、可愛らしいと思われる顔に似つかわしくない険しい表情で一人立っていた。黒のローブ以外で見えているのは、首元から頭にかけてのみ。その姿はどう見てもかなり怪しい。
「そうだけど、あなたは誰? 私に何か用?」
ティアさんは至って普通に返答している様に見えるけど、振り返ってその女の子を見た瞬間、一歩後ろへと距離を取ったのは分かった。それはおそらく、警戒心からくるものだろうと思う。
なぜこんな子供に対してそんな事をと思うかもしれないけど、それは俺も同じだ。
だって村を出てから今まで、誰かが後ろをついて来る様な気配は無かったし、子供が隠れてついて来れる様な場所だって無かったからだ。つまりこの女の子は、一瞬にしてこの場に現れたと言う事になる。となれば、子供と言えど油断ができないのは当然。
「私はアマギリ。ラッセル様に仕える者。ティア・ミーティル、ラッセル様があなたを呼んでるから一緒に来てもらうわ」
「えっ!? ラッセルって……ティアさん…………」
「…………お嬢ちゃん、あなたが何者かは知らないけど、あなたが本当にラッセルに言われてここへ来たなら、帰ってラッセルに伝えなさい。用があるならそっちからいらっしゃい――ってね」
「そうはいかない! 私達の理想を叶える為には、ティア・ミーティル、あなたの力が必要だとラッセル様は言ってた。だからあなたには絶対について来てもらうんだからっ!」
険しかった表情を更に険しくし、女の子は力強くそんな事を言う。だが、どれだけ言おうとティアさんの意志は変わりはしないだろう。
「ちょっとちょっと! いきなり出て来て何なのアンタは? 連れて行きたいなら私は構わないけど、こっちの仕事が終わってからにしてよね!」
「な、何なのよアンタは!」
「私? 私は泣く子も黙る大天使でエンジェルメイカーのラビィ様よ!」
泣く子も黙る――なんてフレーズは、日本に居た時でもそうそう聞かなかったけど、自分の仲間が堂々とそれを子供に言っているのを聞くと、凄く恥ずかしくなってくる。
「エ、エンジェルメイカー……さすがはラッセル様が見込んだ人ね。まさかエンジェルメイカーの付き人を従えているなんて予想外だったわ」
「誰がこの色ボケの付き人よっ! まあいいわ。それよりもこっちは忙しいんだから、子供は早く帰って遊んで寝なさい」
「だ、誰が子供よっ! 私は永遠の十七歳の大人なのっ!」
――どこかで聞いた事があるようなフレーズだな……。
「なーにが永遠の十七歳よ! 身体つきは凹凸の無い子供体型だし、何より胸だってペッタンコじゃない! どう見たってただのちんちくりんのガキにしか見えないわよ! そんな事はね、胸がもっと大きくなってから言いなさい!」
「なっ、なんて失礼な奴なの! 胸なんてすぐにおっきくなるんだからっ!」
「へえー、それじゃあすぐに大きくしてみなさいよ。じーっと見ててあげるからー。ほらー、どうしたのよ?」
「うぐっ……なんて嫌な奴なの……」
俺とティアさんそっちのけで始まった女の子と駄天使の言い争い。その内容はとてつもなく低レベルで、子供の喧嘩そのものだ。
「――もう怒ったんだからあっ!」
二人が言い争いを続ける事しばらく、突然顔を真っ赤にして怒り始めた女の子が、まばゆい光を放つ光球をラビィに向けて投げ放った。するとその光球はラビィの横をかすめて遥か遠くにある枯れ木に当たり、その場で大爆発を起こした。
遥か遠くに見えるはずの爆発なのに、その爆風の強さはまるで近くでラッティの魔法でも放たれたかの様に強い。その威力は明らかに、一般冒険者のそれを越えている。
「ちょっとアンタ! 危ないじゃないのよっ!」
「ふんっ! これで分かったでしょ? アンタなんて私が本気になれば、すぐに消し飛ばせるんだからね!」
「フ、フフフ……アンタは何も分かっちゃいないわね」
「ど、どう言う意味よ?」
ラビィが意味深な感じでそんな事を口にすると、女の子は一歩下がって怯んだ様子を見せた。
はっきり言って、俺にはラビィがこれから何を言い始めるのか大体の想像がつく。きっとラビィの事だから、『アンタがそれくらいの力を持っているのは知ってた』とか、『私もいつだってアンタを消し飛ばせるだけの力を持っている』とか、そんな事を言い出すに違いないのだ。
「私はね、アンタがそれくらいの力を持ってるって事はとうの昔に見抜いていたのよ? それにね、アンタの為に忠告しておくけど、私もいつだってアンタを消し飛ばせるくらいの力は持ってるんだからね?」
――ほらな、思ったとおりだ。
相手が子供である手前、下手に出たくないというラビィのプライドが垣間見れる場面だが、それがラビィの強がりだと言うのは誰の目にも明らかだ。
だってラビィの両足は、生まれたての小鹿の様に震えているのだから。きっと俺とティアさんが居なければ、この場で泣き崩れていただろう。
「な、何ですって……」
「……フフフ。ほら、私の右手に気をつけなさい。この手の平がアンタに向かって開かれた時、アンタはまるでこの世に最初っから居なかったかの様に綺麗さっぱり消え去っちゃうんだから」
ラビィのそれは明らかな強がり発言だというのに、女の子はそんなラビィの強がりに気付いていない様で、更に二歩ほど足を後退させた。
するとそれを見たラビィは形勢有利と判断したのか、更に相手を精神的に追い詰めていく。戦いに心理戦はつきものとは言え、とても大天使を名乗る者がやる事とは思えない。
「……アマギリだったかしら? 私達は今は忙しいから、また夜にでもいらっしゃい。話くらいなら聞いてあげるから」
「そ、そんな事を言って私から逃げるつもりじゃないでしょうね?」
「ん? 逃げる? 私がどうしてあなたから逃げなきゃいけないの?」
「ひいぃっ!?」
にっこりと微笑んだティアさんが女の子の方へと振り向いた途端、女の子はまるで見てはいけないものでも見たかの様にして身体全体を大きく震わせ始めた。
女の子の方を見た後のティアさんの表情は後ろに居る俺には分からないけど、きっと見ない方がいいんだと思う。少なくとも、ここでそれを見てティアさんに恐怖心を抱きたくはない。
「わ、分かったわ……。こ、ここで三人を相手にするのは私も不利だし、その提案に乗ってあげるわよ……」
「うん、良い子ね。私達はここから街道に出て北に進んだ所にあるリザルトの街に一泊する予定だから、陽が落ちた頃に街の門のところへいらっしゃい」
「…………」
アマギリと名乗った女の子はティアさんの言葉に一度だけ大きく頷くと、何やら呪文の様なものを唱えて一瞬でその場からスッと姿を消した。
「ティアさん、良かったんですか?」
「まあ、ちょっと面倒だけど仕方ないわよ。ここで暴れられても面倒だし、私もあの子に聞いてみたい事があるから」
あの子がチョポロン村に現れたと言う魔王軍幹部なのかは分からないけど、今噂になっている魔王の関係者なのは間違い無いと思う。
何だかややこしい事になりそうな予感を感じつつ、俺達は当初の目的であったリザルトの街へと再び歩き始めた。




