人が一番恐ろしい
ラビィの性格が変化してから二週間。体調を崩して寝たきり状態になってから四日が経った。
最初に倒れたのは四日前のクエスト終了後だったんだけど、あれから急速にラビィの元気は失われ、見た目にもやつれていっているのが分かる。これまでにも風邪をひく事くらいはあったけど、こんな風に動けなくなる程酷い状況になるのは初めてだ。
一応ラビィが体調を崩した時すぐにお医者さんに診察してもらったんだけど、その時は『疲労からくるものだろう』と言う診断だったのでこうして安静にさせているというのに、一向に快復する様子が見られない。
「この辺のどこかだと思うんだけどなあ……」
世界を照らす太陽がそろそろ真上に到達しようかと言う頃、俺は唯とラビエールさんが寝泊りしている場所を探して街中を歩いていた。唯には街の中心から南にある宿泊所に寝泊りしているとは聞いていたんだけど、こんな事ならちゃんと宿泊場所を聞いておけばよかったと後悔している。
しかし今更そんな事を後悔していても仕方がない。ラビィの状態が一向に快復する兆しを見せない以上、今の俺に思いつくのは、治癒を司る天使のラビエールさんに治療ができないかとお願いをする事くらいだ。
ラビィには異世界へ来てから本当に散々な目に遭わされてきたけど、とりあえず更生した今のラビィを見捨てるって考えは持ち合わせていない。
今のラビィは自身の身の丈に合った出来る事をちゃんと理解し、しっかりと頑張っているからだ。まあ、ラビィは唯がお世話になっているラビエールさんの姉だし、どちらにしても見捨てる訳にはいかなかったけどな。
春の暖かい陽気が心地良い街中を歩きながら、俺は唯から聞いた話だけを元に片っ端から宿屋を訪ね歩いていた。
「――あれっ? こんな所で何してるの? お兄ちゃん」
唯達の宿泊場所を探し始めてから二時間程が経った頃、土埃やら何やらの汚れが身体中に付いた唯と、唯とは対照的に身奇麗なラビエールさんに偶然にも出くわした。
「ちょうど良かった! 二人を捜してたんだよ」
「私達を? 何で?」
「実はさ、ラビィが原因不明の病気か何かで寝込んでるんだ。だからラビエールさんに治癒をお願いしに来たんだよ」
「そうだったの!? ラビエールちゃん、急いで行ってあげて」
「は、はい!」
「良かった。それじゃあ唯、ラビエールさんを借りるぞ」
「うん。私も色々と用事を済ませたらお見舞いに行くから」
「分かった。それじゃあ行きましょう」
俺は焦った表情を見せるラビエールさんを連れ、大急ぎで屋敷へと戻った。
こうして一緒に来てくれたラビエールさんのおかげでラビィの体調は一時的に持ち直したものの、結果としてラビィの不調を治すには至らず、どうしたものかと俺は困り果てた。
ラビィが弱っていく理由はまったく分からないけど、こうなっている原因はおそらく、ラビィの性格が突然変わった事に起因している事は想像に難くない。
だから寝込んだラビィに対し、『あの日どこに出かけてたんだ?』と尋ねた事があったんだけど、おかしな事にラビィはその時の事をまったく覚えていなかった。こうなるともう、原因の探しようがないからお手上げだ。
原因を探る為のヒントが乏しい中、俺はふとラビエールさんが握っているラビィの左手に視線がいった。
――あれっ? アイツあんな指輪してたっけか?
俺の目に映ったのは、ラビィの左手の小指にはめられた、奇妙な双頭の蛇の装飾が施された金色の指輪。
ラビィの手元なんて気にしていなかったから今まで気付かなかったけど、確か性格が変化する前はあんな指輪はしていなかったと思う。
「ラビエールさん、ちょっとラビィの事を看てて下さい」
「はい。分かりました」
何となくその指輪が気になった俺は、色々な事を知っていそうなミントにあの指輪の事を聞いてみようと部屋を出た。するとまるで御都合主義の漫画の様にタイミング良くミントがこちらへと向かって来るのが見え、俺はミントに声をかけてから例の指輪についての質問をしてみた。
「――双頭の蛇の装飾がされた黄金の指輪ですかぁ。それは古の時代に作られた錬金アイテムですねぇ」
「それってどんなアイテムなんだ?」
「それはですねぇ――」
ミントは俺が質問した指輪について事細かに説明をしてくれた。そしてその話を聞いた事で分かったのは、あの指輪が洒落にならないレベルでアカン物だと言う事だ。
何でもあの指輪は古の時代のとある善良な国王に贈られた物らしいんだけど、その贈られた指輪が原因で国が急速に傾き、結果として滅んでしまったと言ういわく付きの指輪らしい。
ミントの話しによれば、民衆にも家臣からも慕われる善良な国王の兄を嫉んだ弟が呪術師に依頼して作らせた物らしいんだけど、その効果は単純明快で、性格の逆転。それは今のラビィに起こっている現象とまったく同じだ。
しかもこの指輪、呪術による副作用とやらで身に付けた者にも回りの者にも激しい認識齟齬や記憶違いを起こさせるらしく、加えて身に付けた者の生命力を徐々に奪っていくと言うえげつないアイテムらしい。
「その弟はとんでもないアイテムを作らせたもんだな…………」
「そうですねぇ。私もその国が騒動を起こしていた場面を見ていましたけどぉ、それはもう酷いものでしたねぇ。後にあの騒動の原因が国王の弟にあると分かりはしましたけどぉ、人間の嫉妬というのはいつの時代でも恐いものなのですよぉ」
「だな……。でもさ、どうして誰もその指輪を外そうとしなかったんだ?」
「それは簡単な事なのですよぉ。呪術を用いた錬金術で生み出されたアイテムはぁ、必然的に呪いのアイテムになるのですよぉ。そして基本的に呪われたアイテムは身に付けると外せなくなってしまうのですぅ」
「マジか…………」
ゲームなどではよくある呪われたアイテムの外せない設定だけど、現実で遭遇するとこれほど厄介なものはない。まあ、まだラビィのはめている指輪が呪われた指輪だと確定したわけではないけど。
「それでさ、呪われたアイテムを外す方法って何かあるのか?」
「基本的には身に付けた人が死ねばぁ、だいたいのアイテムは自然と外れますねぇ」
「いや、死んだら意味が無いし。それ以外の方法は無いのか?」
「そうですねぇ……例えば強い解呪の能力を有した方にお願いして呪いを解いてもらうとかぁ、聖なる力が集まる場所に身を置いて呪いの力を弱めて外すとかぁ、それが妥当なところでしょうかねぇ。ちなみに注意ですがぁ、呪われたアイテムは無理やり外そうとするとぉ、外そうとする側にも呪いが降りかかる場合がありますので注意が必要ですぅ」
「なるほど……よく分かったよ。ありがとう」
「いえいえなのですよぉ。ではぁ、私は日課の邸内散歩を続けますねぇ」
「ああ、ありがとな」
ミントはそう言うと、短い尻尾をふりふりしながら廊下の奥へふわふわと飛びながら向かって行った。
とりあえずミントから聞いた話を元に、状況を打破する事が出来るかもしれないヒントを得る事はできた。
後はラビィの身に付けている指輪が本当に呪いの指輪なのかどうかを確認するだけだが、それを確かめるのは難しいだろう。何せ無理やり外そうとすれば、こちらに呪いが降りかかる可能性があると言うのだから。
とは言え、呪いの力が働いているのかどうかを確かめる事ができる能力を有している人は居るだろうから、まずはそういった人物をギルドを通して紹介してもらうとしよう。
「「あっ!」」
ミントを見送った後で部屋の扉を開けると、開いた扉が何かにぶつかって動きを止められた。
「すみません、ラビエールさん。大丈夫ですか?」
開く扉の動きを止めたのは、ラビィの側に居るはずのラビエールさん。どうしてこんな扉の近くに居るんだろうか。
「あ、いえ……私の方こそすみません…………」
ラビエールさんは扉の前に居た事について謝っているんだろうと思っていけど、何だかその様子はとてもおかしかった。血色の良い肌色の顔は青ざめ、思い詰めた様な表情をしていたからだ。
「どうかしたんですか? ラビエールさん。顔色が悪いですけど」
「……すみません、涼太さん。今、外でされていたお話を聞いてしまっていたんです……」
「ああ。別にそんな事は気にしなくていいですよ」
「違うんです……私のせいなんです。姉さんがああなったのは…………」
「はい? どういう事です?」
俺は青ざめた表情のままのラビエールさんを椅子のある場所まで移動させて座ってもらい、先程の発言の意味を尋ねた。
すると今回の騒動が起こってしまった原因が徐々に見え始め、俺はどうしたものかと頭を抱える事になった。




