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謎の事件と適材適所

「ううん……今何時だ……」


 昨晩から闇商人のニャンシーとしこたまお酒を飲み続けた俺は、お酒を飲んだあと独特の気だるい気分を感じながら道具袋に入れている懐中時計を取り出して時間を見た。


「お昼過ぎか……」

「ムニャムニャ……」


 狭い家の片隅で丸まって眠っているニャンシー。その様は日本で飼っていた猫のにゃんたんを思わせる。


「にゃんたん、元気にしてるかな……」


 ふと思い出した飼い猫の事を思い、ちょっとだけ寂しい気持ちになった。

 この異世界に転生した時には期待や希望で満ち溢れていたと言うのに、今では多額の借金と面倒くさい駄天使を抱え、その日暮らしの様な生活を送っている始末。まあ、苦労するのは仕方ないとしても、いったい誰がこんな異世界生活になるなんて想像するだろうか。

 はあっと大きく溜息を吐き、酔い覚ましも兼ねて外へと向かう。

 古びた扉を押し開けて外へ出ると、冷たくなってきた風が全身に隈無くまなく当たり、気だるい気分を少しだけ吹き飛ばしてくれた様な気がした。


「リョータアァァァー…………」


 冷たくも清々しく感じる風を身体いっぱいに浴びている最中、不意に背後から不気味に俺の名を呼ぶ声が聞こえ、その声がする方へと振り返る。


「ヒイッ!?」


 思わず高く上擦った短い悲鳴が出た。

 なぜなら振り返った先にはボロボロになった服にボサボサの黒髪、そして泣き腫らした様な赤い目をしてこちらを睨んでいる女性の姿があったからだ。

 俺はその女性を見て思わず数歩後ずさってしまったが、よく見るとその女性は見覚えのある人物だった。


「もしかして、ラビィか?」

「そうよ……よくも私を置き去りにして帰ってくれたわねっ!」


 声を震わせるラビィから漂う、凄まじく恐ろしい気配。それは言わずもがな、俺へと向けられた殺意の波動だろう。

 そんな物騒な雰囲気を感じさせるラビィは、敵意の視線を俺に向けたままでじりじりとにじり寄って来る。


「ま、待てラビ! 話せば分かる!」

「なーにが『話せば分かる』よっ! 私がここへ帰って来るまでにいったいどんな目に遭ったか分かる!?」


 ラビィは物凄い剣幕とスピードでこちらへと迫り、俺の両肩を掴んでグラグラと揺らす。


「お、落ち着けラビィ! 何があったかちゃんと聞くから!」

「当たり前でしょ!! いい? 耳の穴かっぽじってよく聞きなさいよ!?」


 肩を掴んでいた両手を勢い良くパッと放し、そこからこれまでの事を喋り始めるラビィ。その喋る勢いときたら、まるで休み無く弾を放つマシンガンの様だった。

 とりあえず話を聞くと言った手前、ラビィのマシンガントークを最後まで黙って聞いてはいたんだけど、その内容を簡単に言うとこうなる。

 中級冒険者の街リザルトにある酒場で酔い潰れていたラビィは、目覚めてからずっと俺を捜して街中をフラフラとしていたらしい。

 そんな中で奇跡的にリザルトの冒険者ギルドへとやって来たラビィは、俺がギルドに残していた伝言を聞いたらしく、急いで初心者の街へと戻る事にしたらしいのだが、酒に酔っている上にフラフラ状態のラビィが上手くモンスターから逃げられる訳も無く、モンスターに見つかる度にボコボコにされてこの様な姿になったとの事だった。


「まあ、話は分かったけど、そもそもお前が酒場で酔い潰れてたのがいけないんだろ?」

「うっ……そ、それはそうかもしれないけど……。で、でも! だからって仲間を置き去りにして帰るとか酷くない!? 鬼畜じゃない!? 人として最低じゃない!?」


 どうあっても自分の非を認めたくないのか、ラビィは必死で俺を批判してくる。

 そんなラビィを見ていると問答無用でぶっ飛ばしたくなるけど、そうすると更に面倒な事態になるのは目に見えているので止めておこう。


「言いたい事は分からんでもないが、それなら俺みたいにお金払ってキャラバン隊と帰って来れば良かったじゃないか」

「それが出来ればこんな事になってないのよっ!」

「出来ればって、それくらいの金は持ってたはずだろ?」

「冗談じゃないわよ! リョータから貰ったお金は酒場で全部使っちゃった上に足りなかったから、自分のお金を出したのよ! そしたらおかしな事に財布の中身は激減してるし、支払いギリギリだったんだからね!?」


 よもや財布の中身を取ったのが俺とは言えるはずもなく、華麗にその話をスルーする方向で話を進める。


「それならツケにしてキャラバン隊に同行すれば良かったじゃないか」

「もちろんそうしようとしたわよ! でもね、みんなして私を突っぱねるの! 『アンタにツケは出来ないよ』って! いったいどういう事よっ!」

「…………」


 そういえば、冒険者ギルドでこんな話を耳にした事がある。

 何でも冒険者カードには当事者の金銭情報が秘密裏に載っているらしく、その情報は時にギルドを介して外部へと伝わる事があるらしい。

 まあそれも、借金やツケを繰り返す悪質な冒険者に限りだとは聞いたが、もしかするとラビィはそんな悪質な冒険者としてブラックリスト入りしているのかもしれない。確証があるわけじゃないけど、コイツの普段の行いを考えるとそうなっていたとしても不思議じゃないと思える。


「まあ、とりあえずこれで風呂にでも入って来いよ」


 俺は懐に入れていた幾ばくかのお金を取り出し、それをラビィへ見せる。


「何よ、リョータにしては随分と優しいわね」

「何だよ。俺はいつだって優しいだろうが」

「いいや、リョータが優しい時は何かやましい事がある時よ……」


 ――ちっ、こういう時は随分と勘がいいな。


「いらないなら別にいいんだぜ? 俺はお前がボロボロのままでもダメージは無いからな」

「あーっ! ごめんなさい! 疑って悪かったからー!」


 取り出したお金を懐にしまおうとすると、ラビィは素早く俺へ詰め寄ってから手に持ったお金を奪い取った。


「それじゃあ、ちょっと行って来るわね!」


 そう言うとラビィはにこやかな笑顔を浮かべつつ、素早くこの場から走り去って行った。この程度で誤魔化されてくれるんだから、ホントにちょろいもんだ。

 それから部屋へ戻って酔いが醒めるのを待っていると、しばらくしてニャンシーが目を覚ました。


「ンニャー! 良く寝たニャー。ん? おはようニャ、お姉さん」

「おはようございます。今はお姉さんじゃないですけどね」

「そう言えばそうだったニャ。まあ、それはそれとして、さっそくだけど依頼をしたいのニャ」

「そうでしたね。とりあえず話は聞きますよ。出来るかどうかは別にして」

「素直でよろしいニャ。では、さっそく依頼内容を話すニャ」


 コホンと一回咳払いをすると、ニャンシーはあぐらをかいてから依頼内容を話し始めた。


「実は少し前から、商売に使っている街道で原因不明の行方不明事件が多数起こっているのニャ」

「行方不明事件……ですか」

「そうニャ。行方不明になるのはほとんどが冒険者なんだけど、時々冒険者と一緒に居る商人なんかも巻き込まれるのニャ。それに私もその街道を使う事が多いし、正直、商売がし辛いのニャ」

「なるほど。でもそれならギルドへ依頼をするか、王国兵団にでも報告すればいいんじゃないですか?」

「それは駄目なのニャ」

「どうしてです?」

「実はこの行方不明事件、実害のようなものは今のところ一件も出てないのニャ。それに行方不明になった人達も、翌日には安全な状態で発見されるから王国兵団に報告を入れても動いてくれないし、ギルドもこの件にはなぜか慎重論を通しているのニャ」

「実害が無いなら別にいいんじゃないですか?」

「そう言う訳にはいかないのニャ。あくまでも実害が出てないのは今だけで、これからも出ないとは限らないのニャ。それにおかしいと思わないかニャ? この行方不明事件を起こしている人物は、何の目的で街道を通る人をさらっているのニャ?」


 そう言われると確かに疑問に思う。人をさらうからには、何かの目的があってそうしているのは確かだろうから。


「その事件について何か他に情報は無いんですか?」

「私が独自に調査したところによると、問題の街道から少し離れた場所にあるダンジョンが怪しいのニャ」

「ダンジョンですか……それはまた何で?」

「行方不明になった人はみんな、翌日にはそのダンジョンの近くで発見されるからニャ。しかも、行方不明になっている時の事は何も覚えていない状態でニャ。そして更に怪しい事に、その人達にはアンチビジョンマジックがかけられていたのニャ」

「アンチビジョンマジック?」

「簡単に言うと、外敵から視認出来なくする魔法の一つニャ。熟練の術者になると、特定の相手にだけその姿を見えなくする事も可能らしいのニャ」


 わざわざそんな事を言うって事は、問題の事件を起こしている人物は相当の実力者かも知れないって事になる。そうなると、いよいよ俺達の出番ではない。


「そこまで分かってるなら、そのままダンジョン内を調査すればいいんじゃないですか?」

「問題はそこなのニャ。ダンジョンの外には妙な結界が張ってあって、どうもそれはある一定以上の力量を持つ者はダンジョン内に入る事もできない結界の様なのニャ」


 そこまで話を聞いて、何となくニャンシーが俺に依頼をして来た理由が分かった気がした。

 つまり冒険者として低レベルな俺達ならダンジョン内への侵入も可能だろうから、内部を調査して事件の首謀者の正体を暴くなり倒すなりしてほしいと言う事だろう。まあ、最後の選択肢はどう考えても無理だろうけど。


「要するにダンジョン内を調査して、事件の解決に繋がる様にしてほしいって事ですよね?」

「まあ、平たく言えばそう言う事ニャ」

「分かりました。けど、それだけの結界を張れる犯人は相当の実力者って事でしょうから、危なくなったら即撤退しますよ?」

「それについては仕方ないのニャ。何事も命あってのものだからニャ。でも、出来るだけ情報を集めてほしいのニャ」

「分かりました。それじゃあ、仲間と相談してからそのダンジョンに調査に向かいますね」

「OKなのニャ。私もその時には同行するからよろしくなのニャ」


 こうしてニャンシーからの依頼を受け、俺達は行方不明事件の解決を目指してダンジョンへ潜る事になった。

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