犠牲の上に世界は成り立つ
緊急クエストが発動中のリリティアは俄かに騒がしくなっていた。
普段は魔王が脅かしている世界とは思えないくらいに穏やかな雰囲気の街だと言うのに、今日は街中を冒険者と思われる連中が忙しなく走り回っている。
その理由はもちろん、山神様の疲労回復アイテムであるキラキラした山菜を探しているからだ。
そしてそのキラキラした山菜の正体とは、まず間違い無く初回の野草採取クエストでラビィが見つけた金色キノコの事だと思う。もちろんそう思うのには理由もある。
一つは現時点でキラキラした山菜などあの金色キノコ以外に考えられないと言う事。
もう一つは千年も山篭りをしていたミントが一度も見た事が無いと言っていた事だ。流石に千年も山に居て一度も見た事が無い山菜なんて、相当特殊な物だというのは想像に難くない。
以上の理由から、俺とラビィは金色キノコを買い取った闇商人の居た場所へと急いで向かっていた。
「それでラビィ。その闇商人ってどんな奴なんだ? 何か特徴とか無いのか?」
「特徴ねえ……そういえば、猫みたいな耳と尻尾がある若い女だったなあ」
「猫耳猫尻尾か……とりあえずその闇商人が亜人種ってのは間違い無さそうだな」
この異世界に亜人種ってのがどれだけの割合で居るのかはよく知らないけど、冒険者の中には人間ではない亜人種の冒険者もそれなりに居る。
その種族全てを把握しているわけではないけど、ラビィが言った特徴に一番近い亜人種となれば、おそらくキャットピープルになるだろう。
ラビィの発言からヒントを得た俺は、とりあえず捜す種族をキャットピープルに絞って捜索をする事にした――。
「ラビィよお……本当にこの辺りに居たのか?」
「もちろんよ! こんな事で嘘を言ってもしょうがないでしょ!?」
ラビィが金色キノコを売ったと言う闇商人が居た場所へ来てその人物を捜しているんだけど、そんな人物はただの一人も見当たらない。
制限時間は明日の日没まで。太陽もそろそろ真上へ到達しようとしているし、このままでは捜索もジリ貧になる可能性が高い。ここは何とか有益な情報の一つでも得たいところだ。
「ちょっとアンタ! この辺に居た猫娘を知らない?」
俺が疑いの言葉をかけたのがよほど気に障っていたのか、ラビィは八つ当たりの様にして近くに居た店のおっちゃんにそう言い絡んだ。
「猫娘? ああ、もしかしてニャンシーの事か?」
「ニャンシー? その人って商人ですか?」
「ああ。いつも商売をしている時にはそこの路地裏に居るよ。ほとんどが金色の目をしたキャットピープルにしては珍しい、銀色の目をした若い商人だよ」
「そうよ! 私が取引した女も確か銀色の目をしてた!」
「マジか!? それでおじさん、その女性が今どこに居るか分かりませんか?」
ようやく目当ての人物に近付けそうな情報を得た俺は、少し急かすようにしておっちゃんにそう尋ねる。
するとおっちゃんは無言で右手の平を上へと向け、こちらへスッとその手を出した。
「何? その手?」
「あんたら冒険者だろ? それならこういった時にどうすればいいか分かるよな?」
ラビィの短い質問に対し、おっちゃんは不敵な笑みを浮かべながらそう答えた。
うちのラビィがこの発言の意味を理解しているかは分からないけど、要するにおっちゃんは情報料をよこせと言っているわけだ。
「……いくらですか?」
「そっちの兄ちゃんは物分りがいいようだな。まあ、5万グランてところかな」
「ぐっ……」
ここにきて5万グランの出費は正直キツイ。闇商人を見つけて買い戻す為の100万グランだってどう工面しようかと思っているくらいなのに。
おっちゃんに足下を見られている事は分かっている。
しかし他に有益な情報を得られる保障も無い今、この条件を飲む以外に選択肢は無い。
「分かりました……」
「へへっ、毎度!」
「えっ!? 何でお金渡してるの!?」
案の定、ラビィはおっちゃんの言っている事を理解していなかったようだ。
俺だって5万グランを払うのには納得いかない部分もあるけど、情報とはその時々で価値が変わるものだから仕方ない。
「いいからちょっと黙ってろ」
「何よ! 私を仲間外れにすると酷い事になるんだからねっ!」
――もう既に酷い事になってんじゃねえかよ……。
と言ってやりたい気持ちをぐっと抑える。今ここでラビィと言い争いをしている暇は無いからだ。
「後でちゃんと説明するから、今は大人しくしててくれ……」
「何よ何よ、一人で勝手に話を進めちゃってさ!」
まるで子供の様に拗ねるラビィ。
コイツの事をまるで知らない人が見ればそれなりに可愛く見えるのかもしれないけど、本性を知っている俺にとっては一切可愛らしさを感じない。
「兄ちゃん、話を進めていいかい?」
「あっ、すいません。お願いします」
いじけて街路に落ちている小石を蹴飛ばし始めたラビィに背を向け、俺は店のおっちゃんから闇商人であるキャットピープルのニャンシーについての情報を出来得る限り聞き出した。
× × × ×
「いやあぁぁぁぁぁぁ――――っ! 助けてえぇぇぇぇぇ――――っ!」
リリティアの街を出てから西へ進むこと約四十分。ラビィはまた囮になってモンスターの群れに追われていた。
「ラビィー! 俺はこの先にある森の手前で待ってるからー! また上手くモンスターを撒いて合流しろよー!」
俺はそれだけを追われてるラビィに向かって言うと、言ったとおりに目当ての方向にある森の方へと向かい始める。
「リョータの薄情者ぉぉぉぉーっ! 鬼ぃぃぃぃー! 鬼畜ぅぅぅぅー! 家畜ぅぅぅぅー! オ〇ニー好きぃぃぃぃ――――っ!」
状況から見て最初の三つは言われても仕方ないと思えるけど、最後の方に言われた二つにだけは全力で突っ込みを入れたい。てか、あの状況でよくあんな口汚い事を言えるもんだ。
まあ、ラビィには絶対防御もあれば有り余る程の体力もあるわけだし、特に問題は無いだろう。ここへ来るまでに襲われた時も特に問題は無かったからな。ラビィが快感に悶絶する以外には。
快感なのに悶絶と言うのは矛盾しているかもしれないけど、ラビィ的には感じたく無いのにそうなってしまうので、気持ちと感覚に大きな矛盾が生じてとてもヤバイらしい。
簡単に言えば、感じたく無いのに感じちゃう――みたいな事で気持ちの安定を保つのが難しいとの事だ。
何だか俺の持ってた薄い本によくある状況と似ている気がするけど、それでも強烈な快感に屈しないラビィは凄いと思える。
そんな事を思いつつも、ラビィの口汚い言葉などまるで聞こえていないかの様にして無視を決め込み、目的の場所へと進む――。
「はぁはぁ…………」
森の手前にある大木に背を預けて待つこと約十五分。息も絶え絶えな感じでラビィが戻って来た。
「今回は意外と早かったな」
「『意外と早かったな』じゃないわよっ! いったい何度私をこんな目に遭わせるつもりよ!」
「別に実害が出てるわけじゃないからいいだろ?」
「出てるのよっ! これでもかってくらいに実害が出てるのっ! 私の精神にバシバシ大ダメージとクリティカルヒットが出てるのっ!」
言ってる事は分からんでもないが、そもそもこうなっている理由が自分にあるって事をコイツは忘れているんじゃないだろうか。
「あのなあ、そもそもこういう事になってる原因を忘れてないか? お前が欲に目を眩ませて金色キノコを山から持ち出したからだろうが」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「それにこの辺のモンスターは俺達には対応出来ないくらいに強いんだから、ラビィが囮になって逃げるのが一番効率的なんだよ」
「だ、だとしても、こんなやり方は人道に反してると思うの!」
そう言われると多少なり悪いという気持ちを感じはするけど、今はそんな甘い事を言っていられる状況では無い。このアホがしでかした事はそれ程にヤバイ事なのだから。
「そんな批判は全てが終わってからにしろ。今は一秒でも時間が惜しいんだから。言っておくが、もしもこのまま金色キノコが取り戻せずに街が襲われる事になったら、俺は何の遠慮も躊躇も無しにお前を山神様に差し出すからな?」
「わ、分かったわよ! 行けばいいんでしょ! 行けばっ!」
ムスッとした表情で肩をいからせながら、森へと入り進んで行くラビィ。俺はそんな囮のラビィから少し距離を取りながら森の中を進む。
そんな俺とラビィが向かっている先は、中級冒険者の集まる街リザルト。
リザルトまではまだまだ先が長いけど、あと何回ラビィが囮になって逃げ回るのを見ればいいのやら。




