貴重な恵みをいただきます
ラビィに変化の実を無理やり食べさせられてから一週間が経った。
この一週間はまさに人体実験でもしているかの様な日々で、これほど自分自身について追求をした事は日本で生活をしていた時を含めて無かったくらいだ。
それくらい色々な事をした毎日だったわけだが、おかげでかなり自分に起きた変化について知る事が出来た。
そしてこの一週間で知り得た事を簡単に述べると、まずは変化の実を真っ先に食べたラビィに起こった変化だが、一つは最初に判明したステータスの大幅な変化。
後は痛覚の消失と、それに伴う異常なまでの快感度の上昇。これを簡単に説明すると、痛い事をされたら痛みではなく快感が生じると言う事だ。
ちなみにこの快感は触覚限定の変化らしく、内部的な痛み、つまり腹痛などは普通にあるらしい。
そして最後が絶対防御。
これはスキルと言うわけでは無いので俺が名付けたものだが、相当の攻撃でもダメージがまったく通らない。
ちなみに俺の言う相当の攻撃と言うのがどの程度なのかを簡単に説明すると、ラッティの杖攻撃でも傷一つつかないという強度だ。
この事に気付いたのは本当に偶然だったけど、それを確信へと変える為に行った実験で泣き叫んでいたラビィはちょっと見物だった。
そしてラビィの暴挙により変化の実を無理やり食べさせられた俺の変化だが、まずはスキルの一つであるスティールがラッキースティールに変化した事。
もう一つが、一日の間で性別が変わる事。これは日の出から日没までは性別が男で、日没から日の出までが女性に変わるという変化だ。
女性化にはまだ慣れていないけど、とりあえずこうなった以上は慣れるしかない。
そしてこの性別変化だが、性別が変わるだけならまだマシだったかもしれないけど、この変化の困ったところは他にある。それは、女性になった時限定で異常なまでに雄を惹き付けてしまう事だ。
なぜここで男性という言い方を避けて雄という表現をしたのかと言えば理由はある。それは、モンスターなどの雄も強く惹き付けてしまうからだ。これは俺にとってかなり辛い。
何せ身体は女性化しても精神は男のままなのだから、男にモテたところで全然嬉しくはないし、雄のモンスター集団にでも遭遇したらと思うとゾッとする。
こんな感じでかなり癖のある変化だが、この変化について一言述べる事があるとすれば、男性の時に異性にモテる様になってくれれば良かったのに――と言ったところだろうか。
「ええっと……これは毒草で、こっちが薬草か。おーいラビィー! こっちの薬草を取っといてくれー!」
「分かったー!」
日本で言うところの秋に近付いた頃の早朝。俺達は使える植物の採取クエストを受け、ギルドから借りた植物図鑑を片手に野草が豊富な山の中へと分け入っていた。
この異世界にもどうやら四季があるらしいが、越冬にはかなり苦労するらしく、毎年越冬出来ずに死んでしまう冒険者も多いらしい。俺達はそんな事になってはたまらないと、こうして越冬の資金稼ぎに取り掛かっていると言う訳だ。
ちなみにリュシカは虫が苦手らしく、今回は同行しないとの事でリリティアの街に残っている。
「にいやーん、このキノコって食べられるの?」
「えっーと、ちょっと待ってな」
ラッティが持って来たキノコのイラストが載っている場所を探し、図鑑のページを捲っていく。
山に入ってこんな事をするのは初めてだから、どれが使える野草なのかも分からないし、どれが食べられるのかも分からない。
だからそれを判別する為にギルドで借りた図鑑は必須なんだが、いちいち野草を見つけては図鑑を開くでは採取効率が悪すぎる。
――くそっ、どこのページに載ってるんだこのキノコは……。
名前も分からない植物を図鑑で探すのは難しい。特にキノコや野草は似た種類も多いので判別に時間がかかる。
「それはぁ、猛毒があるドッキリキノコですねぇ」
「そっか、それじゃあ食べられないんだね……」
ラッティの頭上でふわふわと飛んでいるミントが、いつものゆったり口調でキノコの名前を口にする。
「でもぉ、このキノコの毒は毒矢なんかにも使えるのでぇ、お金にはなると思いますよぉ?」
「……ホントだ。図鑑にもそう書いてある。それじゃあ、このキノコは俺が預かっておくな」
「うん! ウチ、他の食べ物探して来るー」
「あんまり離れた場所に行ったら駄目だぞー?」
「はーい!」
ラッティは元気に返事をして周辺の探索を再開する。ラッティには食べられる山菜の探索を任せているから、是非とも大量に食材を見つけてもらいたい。
「なあ、ミント。もしかして野草に詳しかったりする?」
「そうですねぇ。それなりに詳しいとは思いますよぉ? 一時期ですがぁ、山に千年くらい篭って暮らしていた事もありましたしぃ」
「千年……そりゃあ凄いな。それじゃあ、俺達が見つけた野草がどんな物か教えてくれないか? いちいち図鑑を見ながらじゃ、全然採取出来ないからさ」
「かまいませんよぉ」
「よしっ。それじゃあ頼むよ」
「了解ですぅ~」
意外にも野草に関する知識を持ち合わせていたミントのおかげで採取は順調に進み、陽が沈み始めた頃には持って来ていた大きなカゴは採取した植物で一杯になっていた。
今まで色々なクエストをやって来たけど、こうも順調にクエストが進んだ事はかつて無かっただけに、この採取クエストはとても楽しかった。
それに山にはモンスターも多いかと思ったけど、不思議なくらいにモンスターとは遭遇しなかったし、今日は本当についてると言える。まあ、モンスターの代わりに虫刺されは結構もらったけど。
「ラビィ! 陽が沈む前に山を下りるぞー」
「ねえ、リョータ。これってお金になるんじゃないかな?」
下山の準備をしていた俺に、ラビィがゴールデンメタリックの塗装がされた様なキノコを見せてきた。どこにあったのかは分からないけど、輝く物に目ざといなんてカラスみたいな奴だ。
「どこにあったんだ?」
「そこにあるふっとい木の根元よ。一本だけしか無かったけど」
「ふーん……ミントー、これって何てキノコだー?」
「どれですかぁ? ほぉ、綺麗なキノコですねぇ。ほぉほぉ……」
これまでは植物を見ただけで名前を即答してきたミントだが、初めて即答せずにラビィの持っているキノコを色々な角度から見回し始めた。
「んん~……このキノコは私も見た事がありませんねぇ」
「えっ? ミントでも見た事が無いキノコなんてあるんだな」
もはや世界にあるどんな野草でも知っていそうなミントに知らない物があるとは思わなかった。
「ラビィ。ミントが知らない物なんて危険かもしれないから捨てとけよ」
「えーっ!? こんなに綺麗なんだから高く売れそうなんだけど」
「見た目は確かに金みたいで高そうに見えるけど、それは金じゃなくてキノコなんだぜ? お前の期待通りにはならんだろうよ」
「でもさあ……」
「あのなあ、ラビィ。もしもそれが変化の実みたいに得体の知れない効果がある物だったらどうするよ? 俺はこれ以上変な事に巻き込まれるのはごめんだぞ」
「分かったわよ……捨てればいいんでしょ、捨てれば。勿体ないなあ……」
納得いかないと言った感じの不満そうな表情を浮かべつつも、ラビィは金色のキノコをポイッとその場に捨てた。
正直な事を言えば、俺も勿体ないという思いはあった。だってミントが知らないキノコなら新種の可能性もあるし、もしかしたら物凄いお金になるかもしれないと思ったからだ。
しかし未知は好奇心を煽ると同時に恐怖も生む。今回は好奇心より恐怖が勝ったからこの決断を下すに至ったけど、もしも変化の実の件が無ければ、持って帰る事に反対などしなかっただろう。
「さあ、急いで下りようぜ」
色々と不安のあった初の野草採取クエストはこうして終了し、俺達は無事に山を下った。
そして持ち帰った大量の薬草や毒草はかなり高く買い取ってもらえ、俺達は冒険者になって初の小金持ち状態になり、酒場で今日のクエスト成功を祝してちょっとした贅沢をした。




