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DEVATECK.  作者: 脳内企画
Chapter1 サイバネティック・オーガニズム
8/79

Chapter1-3


「お早う、ポスター」


 依頼用紙を取り合うトレイズ達の喧騒を横目に、ポスターは一つ欠伸をした。彼が頬杖をついて料理を待っていると、そこへカウンターの奥から背の高い老人が声をかけて近づいてきた。執事服に身を包み、顔には重ねてきた年月の多さを感じさせる深い皺が刻まれている。けれどその背筋はぴんと真っすぐに伸び、服の下にはよく引き締まった肉体が収められていることを窺わせた。

 老人の名はアラハバキ、このタチカワギルドを取り仕切る長であった。彼の左手には銀のトレーが乗せられ、そこには一人分の朝食が用意されている。


 ポスターの目の前に朝食が並べられた。心なしかいつもより上等なものが出ているようなように見えた。だがそれよりも、彼はアラハバキ自らがトレイズに朝食の給仕をしに来たことの方に違和感を覚えていた。


「なに、どうしたのさ」

「おや? 朝食を注文なさったのではなかったかな」


 とぼけたような顔をするアラハバキに、質問の意図がわかっていながらそんなことを言っているな、とポスターは眉をしかめて目線をやった。

 失礼、とアラハバキは静かに笑った。


「いや、昨夜は助かった。お前がいなければ大変なことになっていただろう」

「そうさ、巨影が出るなんて聞いてなかった」

「あれの出現ばかりはどうも読めん…」


 お手上げだ、というようにアラハバキは空いた手を振る。


「奴らに関しては気象観測のデータも気圧のデータも当てにならん。本当に何もないところに現れるのだからな――何か飲むか?」

「コーヒーを適当に」

「少し待っていろ」

 アラハバキはカウンターの下からカップを取り出して、そこにコーヒーを注ぎ始めた。


「昨夜の任務の報酬だが、一応手当の方に少し色を付けておいた。振り込みは済ませてあるから、後で確認してみてくれ。――コーヒーはこんなものでいいか?」


「どうも」

ポスターはカウンターに置かれたカップを手に取り、注がれたコーヒーを一口味わった。


「…もしかして、巨影のこと気にして僕に給仕してる?」朝食の皿に乗ったベーコンに手を付けながらポスターはアラハバキに尋ねた。

「そうだが?」


 アラハバキはさらりと答える。

 彼はなにかと自分の中の筋を通そうとするところがあった。


「あの、背筋を伸ばしたがっしり系老人に見られてると、さすがに緊張する」

「そうか…」

「なんか、ごめん」


「…そのプリンはわしの手作りだ。趣味で作ってたものが残っていたからオマケしといたぞ」

「そうなんだ…。これ、美味しいな」


 卵で作られた、やけに美味いプリンであった。

 


 その後しばらくは巨影の出現による街道への影響や今日来ている依頼についての話題が続いた。


「ここのところ、イケブクロ近辺で強盗被害が相次いでおる。巨影が地図を書き換えたおかげで、やつらがはしゃぎだすやもしれん。お前、イケブクロ方面に行くことがあれば気をつけろよ」空になったグラスに飲み物を注ぎながらアラハバキが言った。


「強盗? このご時世に愉快な生き方をする連中もいたもんだ」

「二日ほど前も、低級のトレイズが街道で襲われて荷を奪われた。向こうではポーラが血眼になって探しておるよ」

「あの婆さんも元気なことで…」


 ポスターはイケブクロのギルド長、ポーラ・ラサルが憤怒の形相で捜索隊を指揮する様子を目に浮かべた。


「まあ、あの婆さんが本気になればすぐ静かになるんじゃないか。他に何か変わったことはあったかい」


 ポスターが尋ねると、アラハバキは軽く顎に手をやり、記憶をたどるようなしぐさを見せた。

「ああ、そういえば珍しい依頼が出ておった」しばらくしてひとつ思い出したように口を開いた。


「アオバの科学省の研究員が自腹を切って調査依頼を出しているようだ。タチカワには出ていないが、遺構に近い場所にある街には何件か電信で依頼書が届けられておる」

「遺構の調査?」ポスターは軽く眉をしかめた。


「調査なら、自腹を切らなくたって科学省から予算が出ているんじゃなかったか?」

「新しく見つかった遺構ならな…。その研究員が依頼しているのは調査済みの遺構の再調査だ」

「なるほどね…。予算が引っ張れなかったか」


 ポスターは納得したように頷いた。

 

 いつしか依頼受理対応のピークが過ぎ、トレイズでごった返していたギルド内もすっかり落ち着きを取り戻していた。

 ポスターは依頼用紙の貼られたボードの周りから人の波が引いたことを確認すると、軽く伸びをした。


「そろそろ行ってくるよ」

 カウンターに朝食の代金を置いてポスターは言った。

 アラハバキはそれに頷いて返事をし、皿をトレーに乗せて片づけを始めた。



 ポスターは巨大なボードの前に立っていた。今朝がたギルドに来た時はあちこちに依頼用紙が貼られていたが、今はその大部分が剝がされていた。

ボードに残った依頼内容に軽く目を通して、何枚かをそこから剥がした。彼はひとまずイケブクロ方面への物資や手紙の輸送依頼を受けることにした。


紙を重ねて受付に持っていく。


「すまない、この依頼を受けたいんだが」


ポスターが受付カウンターに紙とプラスチックのカードを置く。

トレイズのラッシュが終わり息をついていた受付嬢がそれに気づくと慌てたように返事をする。


「あっ、すみません! 依頼の受理申請ですね。ギルドカードのご提示ありがとうございます」


 受付にいたのは朝礼担当のリネット・グッドだった。

 彼女が面を上げてポスターの顔を確認すると、「あっ」と声を出した


「あなたがポスターさんですね!」


 リネットは食い気味にカウンターから身を乗り出した。予想外の反応に、思わずポスターは少し身を引いた。彼女はポスターのその様子を見て自身が少し我を忘れたリアクションをしてしまったことに気づいた。


「あ…、すみません。ポスターさんが昨夜シンジュクまで薬を届けてくれたって聞いたので…」

リネットは顔を赤らめて言った。


 「私、小さい頃にあの町から移住してきたんです。だから嬉しくって…。ありがとうございます、ポスターさん」


 そう言ってリネットは笑った。

 

「依頼の受理申請でしたね、カードの記録を照会するので少々お待ちください」話が脱線していたことに気づき、リネットは慌てて業務に戻る。

 リネットはカウンターに備え付けられた、依頼用紙の内容が記録された箱型の機械にカードの情報を打ち込んでいく。

 カードにはその持ち主であるトレイズの任務記録やトレイズとしての実績度から付与されるランクなどが記録されていた。任務を受ける際は受付嬢がこれを参照し、依頼を受けるに適しているかを判断するのである。


「ポスター・アクロイド様、イケブクロ方面への輸送任務を2件、実績度もクリアー…」


 一度キーボードを叩く彼女の手が止まる。ポスターのランクを見てリネットは少し驚いたような顔をしたが、すぐに何でもないようにふるまった。


「――はい、これで依頼契約が正式に成立しました。ポスターさん、よろしくお願いいたしますね」

「ああ、ありがとう」ポスターは満足げに頷いた。


「お気をつけて」とリネットに見送られながら彼はギルドを後にした。




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