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DEVATECK.  作者: 脳内企画
プロローグ
5/79

プロローグ #5


 行政地区アオバの科学省に籍を置く若い女流科学者セラフィーナ・ハッカーは、普段の彼女の、誰が見ても知性を感じさせる整った顔立ちを怒りで満たし、今にも省舎の床を蹴り抜かんばかりの歩き方で廊下を進んでいた。


「あの、わからずやどもめっ!」


 セラフィーナは電気工学部と書かれた扉をばんっ、と蹴り開けた。

 部屋にいた者たちの何名かが驚いたように体を震わせ、抗議の視線を向けたが、彼女は気にする様子もなくまっすぐ自分の席へと向かった。


 電気工学部の研究員が詰められた部屋の隅を、プラスチックのパーテーションで区切り、個室のように作られたスペースが彼女の席だった。


 パーテーションには「遺失理論研究」とだけ書かれていた。


 遺失理論研究部は独立した部署ではあるものの所属部員が一人しかいないため、電気工学部を間借りする形で存在していた。そこには研究員一人にあてられた机よりもよほど広いスペースがあったが、その中は様々な部品や資料が散乱するひどいありさまだった。

 部長にして唯一の部員であるセラフィーナはエレクトロニクス――今ではある意味で考古学に含まれる分野領域――を専門としていた。


「セラフ、電気工学部のドアは静かに開けるように」


 ブースの入り口に、電気工学部部長マイルズ・クィルターが立っていた。


「その様子だと、再調査の許可は下りなかったみたいだな」


 彼は百三十キロはある自らの巨体を窮屈そうにかがませ、床に落ちていた部品を拾い上げて、それを机の上に置きながら言った。

 セラフィーナは駄々をこねる子供のように口を突き出し、無意味に椅子を回転させている。


「調査済みの遺構に人とカネを割くよりも、自動車や電線設備の改良をやってくれと逆に依頼されました…」セラフィーナはふてくされた様子で言った。

「ま、そっちの方がすぐに役立つしな」表情を変えずにマイルズは答える。

「短期的な利益だけを見てどうするんですかっ!」セラフィーナが両手と両足をばたつかせ、全身で抗議の姿勢を示した。特に表情を変えずにマイルズはそれをしばらく眺めていた。いつものことだ。


「きみの研究が形になることで出る利益もあるだろうがね、今現在の困っている状況もどうにかしないといけないだろう」なだめるように彼は言った。

「そんなことわかってます。ただ、骨とう品の修理ばかりじゃダメだとも思うんですよ」


 セラフィーナ・ハッカーは科学省において特に若い人材だが、知識と機械(メカ)の修理能力に関しては、電気工学部部長たるマイルズの次に機械をうまく扱えると言っても過言ではないほど、随一の腕前だった。

 それだけに、科学省というくくりの中でセラフィーナ・ハッカーという女性の待遇は持て余されていた。


 若く柔軟な発想と深い科学知識が同居する彼女の頭脳から溢れるのは、今現在の科学と再起動以前の科学とを橋渡しするような画期的なアイデアだと認める者もいれば、反対に検証に莫大な時間と予算がかかる上にいつ役に立つかもわからないとまともに取り合わずに流す者もいた。

 彼女の頭脳は放っておくには惜しかったが、そこからあふれ出るアイデアを全て採用するには、彼女自身の経験も科学省の予算も不足していた。マイルズの下でもう数年経験を積んだ後に相応の役職に就き、その頭脳を存分に発揮してもらおう、というのが科学省上層部内での彼女に対する教育方針だった。

 セラフィーナ自身、そういった方針は自分のことを考えてのことだということはわかってはいたが、降りてくる仕事は彼女の持つ能力に対して取るに足らないような内容のものばかりであり、その状態が数年続くことには納得しかねる部分もあった。


 入省当時、意気消沈し、野に出るほかないと決心しかけていたセラフィーナを慌てて引き留めたのは、このマイルズという男だった。

 彼は急いで科学省上層部と掛け合い、何日かの交渉の末、何かあればマイルズが面倒を見ることを条件に電気工学部の中に新しく遺失理論研究部という独立した部署を作りセラフィーナが自由に研究に臨める環境を勝ち取った。

 以来セラフィーナはマイルズに頭が上がらなかったが、彼は気にせず好きなことをやれと笑うのみだった。そして結果的にマイルズのこの行動は正しかった。遺失理論研究部は個人部署でありながら、再起動後の世界の人々が扱う電子機器、携帯端末の改良に有用な知識を多くもたらしたのだから。


 もっとも、そこにはセラフィーナがマイルズの顔を潰さないように、部を定着化させるために、と設立初期段階では意識的に広く有用そうな研究を取り扱ったのにも因るところがあった。これによりいくらかの時間を彼女の本当に進めたい分野の研究とは違う場所に割くことになったが、それと並行して科学省の持つ様々な研究成果に触れられたのだから、彼女としても概ね納得のいく時間だったといえる。


 そうして遺失理論研究部は無事に科学省の中にひとつ地位を築くことができた。

 さあ、これからが躍進の時――の、はずだった。

 サラフィーナは本格的に再起動前の科学技術の研究に乗り出したものの、既存のアイテムの改良とは違ってなかなか予算を引っ張ることはできないでいた。


 セラフィーナはパイプ椅子から立ち上がり、部屋の窓に視線をやった。

 外はよく晴れており、周囲の建物よりも背の高いこの銀色の省舎からは、アオバの市街を一望することができた。

 見渡してみれば「再起動」以来の断層活動の影響で形成された歪な斜面がずっと続いている。街では多くの人間が行き交い、あちこちで発電施設から伸びた電線が張り巡らされている。


 セラフィーナ自身の遠い過去の思い出が瞼を横切った。

狭い居住区で両親と三人で暮らしていた幼少期。図書館で再起動以前の風俗を描いた古書を見つけたのが、彼女の科学との出会いだった。古書の中での人間は、電気を駆使した乗り物で自由に旅行を楽しみ、遠隔地にいる友人と顔を突き合わせて意見を交換し合い、機械による大量生産で多くの物質を享受した。

筆者にして機械に支配された文明と揶揄されていたが、セラフィーナはその時代が悪い時代のようには思えなかった。そこに出てくるあらゆるものは「欲」の具現化であり、夢をかなえるために前に進み続けた者たちの強い意志を感じずにはいられなかったからだ。幼かったセラフィーナは狂ったように知識を求めた。

 科学との出会いから二十年が経った。古書を読み漁ってみれば、当時の技術は十年もあれば何世代もの進歩を遂げていたことがわかる。あの時代、どれほどの意志が熱量をもってこの世界に渦巻いていたのだろうか? アオバの街は、二十年前と変わらない姿をしている。自分たちを拒絶する過酷な環境に抗い続け、毎日を生き抜いている。それは居場所を勝ち取っているのか。それともただ負けていないだけだろうか。


 セラフィーナは街を囲むようにそびえる険しい山脈に視線をやった。人々を繋がりを阻む邪魔な岩壁。あれを何でもないような顔で踏み越え、我が物顔で征服し、人の世を取り戻したい。彼女の内にはずっと昔からの欲が絶えず満たされずに渦巻いていた。


「マイルズ部長、電信室へ行ってきます!」


 何かを思いついた顔でセラフィーナがマイルズの方を振り返って言った。


「電信室へ?」

「ええ、ちょっとギルドに個人的な依頼を出そうかと」

マイルズは少し眉をしかめたが、すぐにセラフィーナのしようとしていることに気が付いた。

「まさかお前、自分で遺構の再調査依頼を出すつもりか?」

「ふふ、ずばり」セラフィーナは不敵な笑みを浮かべながらマイルズに向けて親指を立てた。


「予算も人手も割けないなら仕方ありませんもの。私がお金を出してトレイズに依頼します」科学省に配属される者にまったくの無能はいない。誰もが何かに秀でた人間であり、セラフィーナもそれなり以上の給料をもらっていた。

「まあ、依頼を出すのは止めないがね…。なぜそこまでするんだい」マイルズがセラフィーナに尋ねる。


「もう閉じ込められるのも飽きたんです!」彼女はそう言って駆け足でブースを飛び出していった。


 一人取り残されたマイルズはどこか愉快そうな顔で一度息をつくと、パーテーションを出て自分の席へと戻って言った。


 誰もいない遺失理論研究部の雑然としたデスクの上に、厚く束ねられた紙の資料が置かれていた。一番上の紙には都市同士が蜘蛛の巣のように線で繋げられたイラストが描かれている。


 その脇にはボールペンの走り書きでただ一言「DEVATECK」とだけ添えられていた。





プロローグはここでひと段落。次回からチャプター1に入ります。

明日も更新します。


2017.01.19

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