Chapter2-19
セラフィーナの改まった問いかけに対し、ポスターとウィリスはそれぞれ異なった反応を見せた。心当たりのない言葉に眉を顰めるポスターに対して、ウィリスはわずかに、目を見開いた。
「インターネット?」
ポスターはウィリスの方を見る。
「……情報通信技術の一つさ。まあ、概念のようなものと言った方がいいかもしれないがな。ほら、俺が起きた時に、お前に少し話さなかったか?」
首を傾げるポスターにウィリスが補足をした。ポスターは、思い出した、というように頷いた。そのやりとりを見たセラフィーナは、期待を膨らますように身を乗り出した。
「やっぱり、知っているのね!」
「どうどうどう。まあ待てよ、お嬢さん。ああ、それなら知っているよ。…知っているともさ。――もっとも、俺が認識しているものと、あんたが言っているものが同じかは、わからないがね」
ウィリスが小さく手を上げて、詰め寄るセラフィーナを制止する。セラフィーナは首を横に振って、ウィリスの懸念をやんわりと否定した。
「いいえ、それなら大丈夫。わたしが求めているのは、『インターネット』という概念に対する<再起動>以前の内容――まさにあなたの認識している中身が、知りたいの」
「ふむ、なるほど。……記憶は無いのに知識だけはあるなんて、なんだか変な感じだよ。まったく」
セラフィーナと話しながら、ウィリスはなにやら手でこめかみのあたりを指でさすっている。横で様子を見ていたポスターは、それが、記憶の無い彼が何かを思い出そうとするときにする仕草であることを知っていた。
「その、インターネットとかいうやつ。僕にはよくわからないけれど、そいつがきみの研究に関わっているのかい?」
ポスターが尋ねる。セラフィーナは彼の方を振り返った。
「関わっているというより、そのものだわ。私はこの世界に、『インターネット』を再構築させたいと考えているの」
「再構築……。それをすると、どうなるんだい」
「……人間同士のコミュニケーションにおける、情報伝達を阻害する障害を取り払うことができるわ」
ポスターの問いかけに、セラフィーナは真っすぐ視線を返して答える。
「インターネットを利用する人間は、お互いに自分の部屋にいながら、情報をやり取りできるようになる。手紙を届けるために過酷な山脈を越える必要もないし、道中外敵に襲われることも無くなるわ」
自信たっぷりに言うセラフィーナに対し、ポスターは信じがたいという顔つきで彼女を見つめた。
「それは電信とは違うものなのかい? もっと発展したもの、と聞いたことはあったが、どう違う?」
「あら、気になる?」
セラフィーナが嬉しそうに反応する。彼女はさらに身を乗り出した。
「あの、似ているというか、ルーツとしては同じなんだけど、おっしゃる通り、もっと発展させたものを考えているわ。そもそも今私たちが電信として使っている回線交換の技術って……」
ポスターの様子もお構いなしに、セラフィーナが早口でまくしたてる。彼女はインターネットというものについての概要や、その構築による社会への影響を次々と語り始めた。
身振り手振りの説明は徐々に白熱し、挙句の果てにその場で図を用意し始めた頃、ポスターはついに音を上げた。彼は助けを求めるようにウィリスの方を向く。
ウィリスは腕を組み何かを考えていた様子だったが、しばらくして腕を解くと、またセラフィーナの方を向き直った。
「しかし、この世界に復活させるとは言っても、どうやるつもりだ? ……何か問題があるから、未だに復活できていないんだろう」
ウィリスが尋ねる。
「今の世界では失われているとしても、<再起動>以前はそれを前提とした社会が組まれていたはずだ。誰かしら復活に取り組んだ人間は、いただろう?」
「ええ、確かにその通り。私の前にも取り組んだ人たちはいたみたい」
セラフィーナは、弱ったような様子で頭を掻いて言う。
「私の生まれるよりずっと前……、どうも<再起動>直後の混乱期に、そういう人たちがいたらしいってことだけは記録を見つけたことがあるわ。でも、何らかの理由で断念したのかしらね。インターネットを復活させたような記述も痕跡も、今日に至るまでどこにも見つかっていないわ」
「ふむ……。それはそれで、妙な話のように思えるね」
ポスターが呟く。
「そんなに便利な技術であれば、もっと復活させようという動きが盛んになりそうなものだけどね」
「地形の変動や度重なる地震で、当時はそれどころじゃなかったのかもしれないわね。でも、実際にところはもうわからないわ。確かなのは、私たちのご先祖様はインターネットの復活に失敗して、それ以降まともに取り組んだ人間がいないこと。資料もほとんど失われて、今ではその概念を覚えている人間すらいなくなってしまったことってくらいね」
次回更新日が固まり次第追記します。




