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DEVATECK.  作者: 脳内企画
プロローグ
4/79

プロローグ #4


 山裾にある小さな町シンジュクは、町全体で農業を営んでおり、その敷地の大部分が畑であったため、夜になると辺りはすっかり暗闇と化してしまうようなところだった。

 町はしんと静まり返り、灯りは数えられる程度しか見当たらない。


 町の入口に立つ見張りの目に、大きな荷物を背負って走る、雪にまみれたポスターの姿が映った。


「ポスターさん!」見張りの青年ソウジは白い息をはきながら大きく手を振る。

「すまない、最低限のものだけ持ってきた」ポスターは肩で息をしながらソウジに言った。


「山はひどい吹雪だったようですね…。ありがとうございます」

「他にも仲間がいたんだけどね、地割れで分断されてしまったものだから、二手に分かれてここを目指すことにしたよ。明日にでも後続としてやってくるはずだ」


 ポスターがすまなそうに言うと、ソウジは首を横に振った。


「いえ、皆さんが無事なら良かったです。雪崩の音がここまで聞こえたので心配していました」

 こちらへ、とソウジはポスターに肩を貸してやり、彼を病院の前まで案内するべく町の中へと入っていった。



 シンジュク中央病院は、この町の唯一の総合医療施設であった。そこの控室で、ポスターはソファに体を投げ出して眠っていた。


 扉が静かに開き、白衣をまとった男、ヒューバート・パーセルが部屋に入ってくる。

足音に気づいたポスターが起き上がろうとすると、そのままでいい、とばかりに男は手のひらを突き出した。


「サンキューね。きみの持ってきた薬のおかげでしばらくはなんとかなりそうだ」


 そう言いながらヒューバートは近くにあった空いている椅子に深く腰掛け、天井を仰いで深いため息をついた。彼はしばらく目を閉じたまま、ゆったりとした解放感を味わった。天井付近に取り付けられた空調機から降りてくる暖かい風が、彼の白髪交じりの髪を静かに揺らしている。

 一息ついたヒューバートはゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋に備え付けられた棚から陶器のコップを二つ取り出してそこに飲み物を注ぐと、そのうちの一つを、ソファの上で寝転ぶポスターに差し出した。

 ポスターは体を起こしてコップを受け取った。飲み物は温かく、吹雪にさらされた体が深いところから熱を取り戻していくようだった。


「ヒューバート、白髪がまた増えているように思うのは気のせいかな。それとも、僕がさっきまで雪山にいたもんだから、目の中に白色が残ってるだけか?」

「きみの目の機能がすべて正常かはわからないけど、少なくとも最近の僕の毛髪に関しては正しく認識していると診断せざるを得ないな。……うそだろ、そんなにかい?」


 ヒューバートが不安げな顔をポスターに向ける。ポスターは首を縦に振るでもなく、ただ目の前の男から目を逸らした。その様子を見たヒューバートは少し落ち込んだ様子を見せた。

 彼はコップに二杯目を注ぎ、改めて椅子に座りなおすと、髪の機嫌を窺うように自分の頭を指で撫でた。適当に抜いてみた髪の毛が白髪だとわかると、彼はさらに落ち込んだ様子を見せた。


「次に来る頃には肌色が増えていそうだな、え?」


 ポスターはテーブルにコップを置いて、その向こうで構えているヒューバートを眺めた。彼とは旧知の仲だったが、ここ数年で増えた白髪や皺は三十一歳になる彼の容姿を同年代の人間よりも十歳は老けて見せていた。グールの跋扈する過酷な世界で、シンジュクの住人たちを怪我や病魔から守るという仕事が、彼に相当なストレスをもたらしていることがわかる。


 しばらく談笑した後、毛髪に関する話題に飽きたのか、ヒューバートは手にもっていたコップをテーブルに置くと、ポスターの方を向き、膝に肘をついて前かがみの姿勢をとった。


「巨影のことを聞かせてくれよ、ポスター。雪山で、どんなことが起きたんだい?」


 ヒューバートが尋ねる。町に着いてからここへ来るまでにポスターはソウジに雪山で巨影と遭遇したことを話しておいた。それがさっそくヒューバートの耳にも入っているようだった。


 ポスターは腕を組み、顔を動かさずに目だけを左上に向けた。彼はシンジュクにたどり着くまでに起きた一連の出来事を順を追って振り返った。

 遠くの吹雪の中にぼんやりとした影を見たこと。山中をグールに追われて走り、巨影の前に誘い込まれたこと。グールが目の前で死んでいったこと。自分が体験したことを整理しながらポスターは語ってみせた。


「吹雪の中で巨影に出会うことがある、という話はまあ知っていたけど、話を聞く限りじゃ、まるでグールと巨影が協力してきみを狩ろうとしているようだね。これは初めて聞いたことだ」ヒューバートが話を整理するように言った。


「そうだね。けれど巨影とグールが協力しているかどうかはわからないな。やつらは地形を利用して狩りをすることだってあるから、巨影が出現する環境を利用していただけかもしれない」ポスターはヒューバートから視線を移し、飲み物を手に取ると、そのまま残っていた飲み物を口に流し込む。一呼吸置いてから、彼は再び口を開いた。

「それに僕が見ていた限り、巨影に殺されることは、グールどもにとっても予想外のことだったようだよ。だから奴らが意思をもって僕を罠にはめたというのは、ちょっと考えられないな」


 ポスターは空のコップをテーブルに置いて言った。向かいに座っているヒューバートは今しがた聞いた話を繋いで、何かの仮定に当てはめてみたいようだった。彼を手を口元に持っていき、ぶつぶつと唸っている。


「巨影が何か意思を持っていると考えたいのか?」ポスターは逆にヒューバートに尋ねてみた。

「だってその方が相手にしやすいじゃないか」その方が楽だ、とヒューバートは返した。


「まあなにも、別に人間のように思考しているとか、そういうのじゃなくてもいいんだよ。ただ、巨影が現れるきっかけや、行動ルーティーンがわかれば対策だって立てられるだろう? 理不尽な自然現象なんかより、よっぽど対処しやすいと僕は思うね」

 そう言ってヒューバートはにやりと笑った。辺境の地で、多くの命を背負いながら、容赦の無い環境と外敵に挑み続けているのがヒューバート・パーセルという男だった。

「たしかに、そのとおりかもしれないな」ポスターもつられて笑う。



「今、ふと思ったんだが」


 空になったコップに飲み物を注ぎながらポスターが口を開く。


「巨影というやつは、吹雪や霧の時に現れるという話だけど、もしかしたら吹雪なんかが起きるまでもなく、ずっと僕たちの近くにいるんじゃないか?」


 ポスターはヒューバートに視線をやった。


「ははあ、つまり、彼らは姿の見えない隣人であり、それが吹雪や霧の時には浮かび上がるというわけか」中身を飲み終えたばかりのコップにヒューバートも飲み物を注ぎなおしながら答える。

「でもあんなでかぶつがそこら中にいたら邪魔でしょうがないな。見えない壁のようなものだろう」思案顔でヒューバートは言った。

「奴らに物理的な実体があるかはわからないぞ。僕たち人間からしたら、巨大な影としか確認できていないんだからね。手の届かないところにいる本体の影がスクリーンに映されているだけかもしれない」


 到底根拠のない思い付きをポスターは語ってみた。しばらくヒューバートはその可能性を考えてみたようだが、すぐに首を横に振った。


「いやいや、でもグールはその影の中に取り込まれて細切れになったんだろう、目の前の影の中に、何か物理的に干渉する要素はあるんだよ、きっと」


 ああそうだった、と言わんばかりにポスターは肩を落とした。

 あの時、目の前の影は手を伸ばすようにグールを取り込んだ。そうした後、影はより大きな影へとなった。まるで生き物が成長している様を見ているようだった、と彼は思い返した。


「ふむ。きみとしても、巨影には何か期待することがあるのかい?」ヒューバートが面白そうに尋ねる。

「まあ、なんというか、あれと対峙した時にずっと感じていたんだがね」

そう言ってポスターは椅子に座り直して腕を組んだ。


「やつらは、じっと僕を見ているだけなんだ。いや、まあ目があるのかもわからないし、ただ僕がそう感じたってだけなんだがね。やつらが直接干渉したのはグールを殺した時だけ…。それ以外はまるで、高いところから僕を観察しているだけなんだ。だからもしかしたら、こちらが気付いていない間もどこかから観察されているんじゃないかと思ったわけだよ。」



 結局のところ、巨影についての確定した情報は無いようなものだった。人間たちには巨影の主の正体もわからないし、こちらを観察しているというポスターの感覚も、ただの主観に基づく感想でしかなかった。

 遠い東の空がわずかに色付くのが部屋の窓から見えた。吹雪はすでに収まっているようだった。


「この様子なら簡単に帰れそうだな」窓から外を眺めてポスターは言った。


「今から帰るのかい? ろくに休めてないだろう」驚きよりも、呆れたような顔でヒューバートが言う。

「来てもらった側としては恐縮だが、あの道を簡単って言うのはきみくらいのものだよ。…明け方には後続が来るんだろう? 待ってればいいのにさ」

「僕の受理を待ってる輸送依頼が溜まってるんだよ。このままここにいてもやることはないし、休憩はできたからもう帰るよ」


 そう言うポスターを見て、ヒューバートは部屋に立てかけてあったポスターの防寒具をとってやった。

 ヒューバートにとってシンジュクに住む人々の命を守ることが絶対に負けられない戦いであるように、ポスターにとっては、孤立したコロニー同士を繋ぎとめるこの任務こそが負けられない戦いであった。シンジュクに住むヒューバートは、同じような場所やもっと過酷な状態にある町が少なくないことを知っていたし、そこに住む人々の繋がりを辛うじて保っていたのがポスターのような人間であることも知っていた。


「非常用無線くらいしか他の町と連絡を取る手段はないし、他に生きている人間がいるかなんて普段はわからないけどさ、きみたちのおかげで僕たちは独りじゃないんだって思えるよ」


 ヒューバートはザックをポスターに手渡す。中には彼の計らいで重荷にならない程度の食糧が詰めてあった。


「あちこちに散った人間を繋ぐのが、「リンク」のお仕事だからね」


 僕はもうリンクに所属はしていないけど、と付け足してポスターは笑った。






次でプロローグは最後です。

ポスターの様子はいったんここまでで、次は別の場所へと移ります。


いつも読んでくださる方、ありがとうございます。

明日も更新するので、気が向いたときにでも足を運んでもらえたら嬉しいです。


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