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DEVATECK.  作者: 脳内企画
Chapter2 調査団
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Chapter2-5


 行政地区アオバの科学省内に居を構える遺失理論研究部の部室では、そこの主任であり唯一の人員である女流科学者セラフィーナ・ハッカーが塩ラーメンをすすっていた。近くの給湯室で麺ともやしを茹で、そこに塩を気の済むまでふりかけた料理のことをここでは塩ラーメンと呼称している。


 彼女は空になった丼を机の脇に置くと、しかめ面でPCにかぶりつくように作業を始めた。何日も家に帰っていないのか、セラフィーナの髪はすっかりぼさぼさになってしまっている。

 前のめりの姿勢のまま一時間ほど経った頃、彼女は凝り固まった体をほぐすように肩に手を当てて身を反り返らせた。言葉にならない声が彼女の口から漏れ、関節が音を立てた。まだ二十代でその折り返しの年齢にも達していない彼女であったが、その動きはさながらくたびれた中年男性のようでもある。


 科学省に対して依頼された電子工作機の改良作業の傍ら、彼女は自身の本命と言える研究を続けていた。無線通信による都市間電子通信ネットワークの構築――彼女の悲願であり、遺失理論研究部を立ち上げるに至った一番の理由である。実現すれば、この世界で生きる人々の誰もがその革命的な恩恵を享受できると彼女は確信しており、その意志の火は形になる日を待って小さな部室の中で絶えず燃え続けている。


 ただし今のところ、彼女の手元にある火種には限りがあり、火は大きな炎となれないまま時間だけが過ぎてしまっていた。


 若き天才との評判に決して違うことのない類まれなる頭脳の持ち主である彼女の頭の中では、日々様々な情報が部品として変容し、組み合わされている。一つの物体や現象に対してあらゆる可能性を見出し、他の誰もが気付かなかったような使い方を見せる。そういったひらめきであったり、既存のものを使った応用やそれらの組み合わせによって全く新しい別のものを作りだすといったことは彼女の一番の特技でもあった。


 電子通信ネットワーク構築のための設計図はほとんどできあがっていたが、それは未だ彼女の脳内にしか存在せず、周りの人間は誰も彼女の計画の全貌を正しく理解することはできていなかった。既にいくつもの輝かしい実績を持つ彼女のことであるから、その計画が人々の役に立つものであることは彼女自身の説明でなんとなくわかるのだったが、その実現性の不透明さやかかるコストについて考えたとき、予算の限られた科学省として大々的にこれをバックアップするという選択はまだ彼らの手札には現れることはなかった。


 一部門の主任であるとはいえ彼女はまだ若く、こと組織としての折衝という面では大いに未熟であった。彼女特有の思考が紡ぎだすアイデアを言葉だけで周囲にアウトプットするにはひらめきとは別のスキルが必要であり、それが自身に未だ備わっていないということに彼女は日々不甲斐なさを噛みしめていた。


 現在セラフィーナは一人で部室に籠って実験を進めている。プロジェクトとして予算を取り付けるために、まずは実際に目に見える形までアイデアを落とし込むところから始めようと彼女なりに考えたのである。最初の試作品は昼夜を問わず作業に打ち込んだ甲斐もあって、ある程度の段階まで進んできていた。それを使っての実験へはこれから入るというところであり、まだまだ道のりは険しく長い。


 またその一方で、彼女は研究のために自らの貯えを切り崩し、トレイダーズギルドに向けて各地の遺構の調査を依頼していた。彼女の構想の実現には未だピースの足らない部分も多くあり、その空白を埋めるための情報を<再起動>以前の遺構の中に求めていたのである。


 彼女は既に調査が済んだとされている遺構にもまだ眠っている情報があるはずだと考えていた。どこかで<再起動>以前の技術とそれを扱っていた人々を神格化しているふしがある彼女にとって、見つかった遺構の中に敬愛する祖先にしては幼稚に過ぎるものがあるのが気になっていた。本当にこの程度なのか、と。それはまったくもって彼女の勘でしかなかったが。

 未発見の遺構を探させるには貯金(よさん)が圧倒的に足りないということもあったが、彼女はこれまで見つかった遺構の中で自らが怪しいと思った場所の再調査依頼を投げた。

 

 しかしその結果は今のところ微妙であると言うほかない。まったく成果が無いというわけではなかったが、寄せられた報告は彼女の研究を大きく進めるものでもなかった。


 セラフィーナは思わず天井を仰いだ。研究自体にはまだ進める余地はあり、彼女の足が止まることはない。しかしその先を考えた時、彼女が進むための道はまったく見つからなかったのだ。研究をやめるつもりはない。これまでにも道自体を自分で引いてきたことはあるのだから、同じようにすればいい。そう考えてから、彼女は一つ息を吐いた。

 

 同じようにしたとして、その道を作り終えるまでにいったいどれだけの時間がかかるだろう。自分で勝手に抱いた野望である。これが工作機の改造とはわけが違うのことも彼女は知っていた。


 その時、部屋の壁をノックする音が彼女の思考の糸を断ち切った。音のする方――部屋の入り口を振り返ると、そこには一人の大柄な男、電気工学部主任のマイルズ・クィルターが立っていた。


 遺失理論研究部はセラフィーナしか在籍していない部門であり、その部室は彼女の古巣である電気工学部の一角を間借りする形で存在していた。部室は簡素なパーテーションで区切られているのみで、そこに扉などは無かった。


 「よう、セラフ。順調か?」


 マイルズは言った。彼はセラフィーナが己の来訪に気づいたことを確認してから部屋の中へと入った。ふくよかな男性と比べてもさらに肉付きの良い体を持つ彼は、部屋の入り口を窮屈そうに通り抜けた。

 

 「工作機ならもうほとんど作業も終わってます。後で持っていくんで待っててください」


 セラフィーナは伸びをしながら言った。


 「そうかい? そりゃけっこう。……遺失理論研究部としての作業はどうだ?」

 「――試作機の方はだいぶ完成に近づいてきました。あとはどうにか実験を重ねられれば……」

 「なんだ、予算が無いって言ってたわり順調そうじゃないか。なかなかやるな」

 「ふふふ……なんたって足りない分に貯金のほとんどをつぎ込んでますから……。ああ、マイルズさん。私お金が本当に尽きたらこの部屋に住所移しますので」


 セラフィーナが力なく笑った。


 「ので、じゃねえよ」


 マイルズがため息をつく。


 「電気工学部(うち)の仕事をまたいくつか回してやるから、それで少しカネを引っ張ってこいよ」

 「ありがとうございます……。ああっ、けどなんだか独立したのになんだか結局古巣にいるのと変わらない気分!」

 「予算を引っ張ってこれない主任サマが悪い。――とはいえ、上に吹っ掛ける方法とか、その辺りを教える前に独立させたのは俺の失敗だったかな……」


 悔しそうなセラフィーナをマイルズが笑い飛ばす。この男は度々こうやってセラフィーナの様子を見に来ていた。というのも、彼はセラフィーナをトップに据える遺失理論研究部を立ち上げさせた人物であった。

 科学省は外から見れば、この国の中でも特に優れた頭脳の持ち主が集まり、智の最先端を背負って日夜研究を行う組織に映る。しかし、内部の実態としては最先端技術の追求よりも、予算の少なさから生活家電の修理を迫られる事の方が多いというような状態であった。

 才能を持て余したセラフィーナが科学省に見切りをつけようとしていた時、彼女を引き留めたのがマイルズという男であり、そのひらめきを活用させるための場として用意したのが遺失理論研究部なのである。


 「ぐぐ……。貧困に喘ぐ元部下になにか御用ですか?」


 セラフィーナが尋ねる。

 こう見えてこのやりとりは、自分が一人で塞ぎ込んでいないかというマイルズなりの気遣いだろうが、どこか照れ症なこの男はそういったことを何かのついで、という体で行うことが多い。ただの冷やかしではなく、何かこの部屋へ来る名目があるはずだとセラフィーナは思った。


 「お前宛にナカノから電信が来てたから持ってきてやったんだよ」


 ほれ、と言ってマイルズは紙の束をセラフィーナによこした。


 「私に? ああ、遺構の調査報告ですか」


 彼女は受け取った紙を広げて早速目を通し始める。案の定それは先日発注した遺構調査依頼のうちの一つだった。


 「ナカノ旧市街の調査報告ね。そういえばまだここの報告だけ返ってきてなかったんだった」


 元々あちこちの街に依頼を飛ばしていたが、このナカノ遺構の再調査は依頼の受けてがなかなか現れないまま日が経ってしまっていた。ナカノは細々とした商店跡が多く、確保しやすい小物が多く出土する土地であり、トレイズたちがこぞって発掘のためにもぐっていた。しかし遺物の発掘ラッシュはもうだいぶ前に収束し、今ではあまり人気のないエリアとなっている。依頼が受領されたと連絡があった際には、発注に使った金が無駄にならなくてよかったと安堵したものだった。


 意外にも、タチカワギルドから届いた報告書には調査時のナカノ旧市街の画像や各部分の状態の説明、さらには調査者による所感が詳細に書かれていた。他の遺構の調査報告と比べてだいぶ読みやすく、依頼を引き受けたトレイズは良い仕事をしてくれたなと彼女は思った。


 先日発生した地震の影響でナカノ旧市街の廃墟群に新たな穴が出現。その中にはこれまで未発見であった大規模商店街へと繋がる道。さらにはその商店街地下には大量の文化品が保管されていた、とある。


 再調査は一定の成果を挙げたようである。とはいえ文化品の発掘内容などはそれほどセラフィーナに有益に働くものではなかった。彼女はさらに先へと視線を進めた。


 文化品発掘についての報告のその先を読んだ彼女を、呼吸が止まるほどの驚きが襲う。彼女は驚きのあまり体を硬直させた。それから次第に報告書を持つ手が震えだす。


「な、なにこれっ!?」


 報告書を握り締めたままセラフィーナは叫んだ。間違いなくここ数日の中で一番目を見開いた瞬間であり、一番の大声を出した瞬間であった。横で見ていたマイルズは突然のことに驚き、部屋の壁に体をぶつけた。


 「おい、どうした?」


 マイルズが尋ねる。報告書を食い入るように読んでいたセラフィーナはマイルズの方に振り返り、彼の目の前に報告書を広げて見せた。あまりに顔の近くでそれをやられたので、マイルズはセラフィーナから報告書をひったくり、自身の手元で改めて内容を確認した。


 曰く、商店街地下に明らかに<再起動>以前のテクノロジーで作られたと思わしき研究所(ラボラトリー)を発見。

 曰く、その内部でサイボーグと名乗る男性を発掘。

 曰く、個体としての記憶を持ち合わせてはいなかったが、<再起動>以前の世界における一般知識を身に着けている。


 この時、セラフィーナが「出張」を決意するのには十秒とかからなかっただろう。

 無風の中で消えてしまわぬようにと彼女が必死に保っていた火に、予想だにしなかったところから風が吹いたような気分であった。彼女は直感的にこれが自分の研究にとってのチャンスだと感じ取った。


 「私、出張に行ってきます」


マイルズがセラフィーナの方を振り返ると、彼女は既に荷物をまとめ始めていた。



次回は5/7(土)の午前0時ごろに更新予定です。

(GW中は毎日更新予定)

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