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DEVATECK.  作者: 脳内企画
Chapter1 サイバネティック・オーガニズム
21/79

Chapter1-16


 ポスターが制御盤の脇に設置されていた保管ケースから衣類を見つけ、男はそれに着替えた。服のサイズは彼の体格にぴったりと合うもので、やはり目覚めた彼のために用意されたものなのだろう。他にも何か用意されているのではないかとポスターは考えて部屋のあちこちを調べてまわったが、見つけた衣類の他は特にこれといった物は出てこず、以降の部屋の探索は徒労に終わった。


 それから二人はお互いの認識の共有を始めた。ポスターは自己紹介をし、男についてはひとまず「ウィリス」と呼ぶことにした。彼が吊られていた容器に唯一刻まれていた単語で、彼自身もその呼ばれ方に違和感は特に無いようだった。

 

 ウィリスは自己に関する記憶というものを持ってはいなかったが、言葉をはじめとした一般的な知識は持ち合わせていた。しかしその反面、グールなどについての知識は無く、彼が知識として保有しているのはおおよそ<再起動>以前のものまでのようだった。部屋の状況とも照らし合わせて考えてみれば、これは恐らくウィリスのサイボーグ化が行われた時代が<再起動>よりも前であることを示す材料となるだろう。


 ウィリスの持つ知識の中で、彼自身について示す「記憶」に近そうなものはわずかであった。それは「ニューロゲイツ」と「M.O.型サイボーグ」という二つの言葉のみで、何故そう感じるのかポスターが尋ねてみると、ウィリス自身も「よくわからない感覚だが」と前置きした上で、これらは他の知識と保管されている場所が違うのだと答えた。前者はなんらかのプロジェクト名であり、後者は自身を説明する言葉であると彼は感じているようである。もっとも、ニューロゲイツがいったいどういったプロジェクトなのかも、M.O.が何を指しているのかもわからなかったが。


 サイボーグ――つまり彼は高機能の自動人形(オートマタ)ではなく、人間をベースにその一部機能を機械化した存在ということである。しかし体のどこからが人工物であるかはウィリス自身にも把握できておらず、元々の人間としての記憶も無いためになぜ自分がこのような体になってしまっているかもわからなかった。ウィリスの頭の中を浚ってみても、彼自身にどのような機能が組み込まれているのかについての情報は全く見つからなかった。


 「つまり君は…再起動以前になんらかの理由があってサイボーグ化を行い、そのまま眠りについて、今になってようやく記憶を失った状態で目を覚ましたわけだ」


 ポスターは壁のふちに腰を落ち着けて、これまでの会話で得た認識を確認するように言った。視線の先では、身に着けた服を体に馴染ませるようにウィリスが体をひねっていた。


 「…さっきから言っている、その<再起動>ってやつがよくわからないな。いったいなんのことなんだ?」ウィリスが尋ねる。


 「概略して言えば大規模な災害さ。大きな地震があって、あちこちの地面が一斉にせり上がって……この星に築かれていたほとんどコミュニティが壊滅してしまうほどのね。そんなことが君の眠っている間にあったんだ」


 今から数百年前に起きた<再起動>による被害、各種インフラの壊滅により孤立してしまった都市と人々、国家の夜警化に伴う個人主義の勃興、トレイダーズギルドをはじめとする新しい社会システムの登場…ポスターはウィリスが知らないであろう現代の様子を自身が把握している限り丁寧に語ってみせた。

 

 内容について自分は違和感を覚えることは無いが、これらの要素がまったく存在しなかった時代の相手からしてみればなんとも無茶苦茶な話である。まったくの異世界に転生してしまったも同義ではないか。ポスターは語りながらそんなことを思っていた。


 案の定というべきか、やはりウィリスはまだよくわからないといった顔をしている。しかし彼はポスターの語る内容を荒唐無稽な作り話と置かずに、ひとまずの判断材料として認識しておくつもりのようだった。


 「ネットに繋がらないのもそれが原因だったのか…?」

 「ネット?」


 考えを整理するようなウィリスの呟きの中に聞きなれない言葉があった。

 ポスターがそれを何となく尋ねてみると、ウィリスは意外そうな顔をした。


 「インターネットのことさ。まさか使われていないのか?」

 「僕は聞いたことが無いな…。その名前で呼ばれていないだけかもしれないが、どんなものなんだ?」ポスターがウィリスに尋ねる。


 「インターネットってのは…つまり…、異なる場所同士でデータのやりとりをする仕組みさ」


 少し考え込んでからウィリスは言った。


 「それを使うと文字や画像だったり音声なんかをデータ化して別の場所に転送できるわけだ。俺がそれを使ってた記憶はないが…この星に広く普及していた技術のはずだぜ」


 「電信みたいなものかい?」

 「いや、それをもっと発展させて高度にしたものだな」

 「……」


 なるほど、とポスターは<再起動>によって失われた過去の技術の大きさに息をついた。

 今その技術があればどれだけの問題が解決するだろう。分断された街同士の橋渡し役としての任務を請け負う彼からすれば、夢のような話であった。


 「ポスター。この時代に俺みたいな奴はいるのか?」


 ウィリスは腕を組んで何かを思案しながらポスターに質問を投げた。

 ポスターは最初その意図がよくわからず眉をひそめた。しかしすぐに、それが「自分のようなサイボーグが他の場所でも見つかっているのか」という意味の質問だと理解した。


 「正直言って、君のようなサイボーグは見たことが無いな…。<再起動>以前の施設から見つかる他のどの機械類と比べても、君はどこか違う世代に生まれたもののように見えるよ」

 「つまり…、<再起動>より前の人間が現れる、なんてことは無いわけだ」

 「僕の知る限りではね…。少なくともよくある話ってことはないはずさ」


 ポスターは部屋の中を見渡した。

 ウィリスが眠っていた容器、用途不明の制御盤…見れば見るほど、この研究所(ラボラトリー)はそれまでに見つかったどの遺構とも似つかないものだった。

 あたり一面にむき出しのままに取り付けられている雑多な管など、なんらかの最低限の機能を果たすためだけに造られたような歪な構成をしており、それはある種のフォーマットに従って作られたというよりも全て手作業で一から作られたような印象をポスターに与えた。



 二人はそれからもまたしばらく話を続けた。

 お互いに関わりがありそうな話題についてひとしきり共有し終えた頃、ポスターの懐の端末が小さく振動する。それは彼の暖房装置に使われている燃料の減少を報せるものだった。気が付けばだいぶ時間が経っていた。


 「なあ、いったん外に出てみないか?」


 ポスターは壁のふちから腰を上げて、ウィリスに言葉を投げかけた。

 この部屋に関してはもう調べるべきものも無さそうであった。ウィリスも同じ認識のようで、特に異論なくポスターの提案に同意した。


 「ああ、俺もそろそろ外の様子が気になっていたんだ。なんたって、ここがなんて場所なのかすらわからないんだからな」


 ウィリスが肩をすくめて言う。

 そういえば。と、この場所については何も説明していなかったということをポスターは思い出した。彼自身この施設については何もわからなかったとはいえ土地の名前くらいは答えられるはずだった。


 「ウィリス。『ナカノ』という地名はわかるか? 今僕たちがいる場所なんだが」

 「ナカノ…ああ、同じ読みで『中野』って地名が該当するな。…この近くに大きな商店街の入った建物があるかどうか、知ってるか? どうもそれが有名な土地だったらしいが」


 ウィリスが手を頭にやりながら言う。恐らく彼の記憶とは別に一般知識として搭載されている情報を読み取ったのだろう。


 「商店街か…。もしかしたらこの場所がそうかもしれないな」

 「…この場所が?」


 ウィリスが眉をひそめた。

 こんな場所で物を売っていたのか? と彼は怪訝そうにあたりを見回す。ポスターは腰を上げて、ウィリスの誤解を解くように手を振った。


 「ああ、違う違う。この部屋って大きな商店街の地下にあるのさ」


 ポスターのその言葉を聞いたウィリスは、なおのこと怪訝そうな顔をした。


 「商店街の下にこんな部屋が? …変な造りをしているな」


 ――僕からしてみればその構造を作った側に君がいるような気がするんだがね、とポスターは思ったが口には出さないでおいた。




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