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DEVATECK.  作者: 脳内企画
Chapter1 サイバネティック・オーガニズム
20/79

Chapter1-15


 「ウィリス…?」


 ポスターは容器に刻まれていた文字を読み上げ、目の前の容器を見上げた。

 中には一人の男が裸のまま入れられている。男の足は容器の底には着かず、体に繋げられた管によって宙に吊られた状態になっていた。容器に刻まれている文字は、この男の名前だろうか。


 最初、容器の中に人の形をしたシルエットを見つけた時、それが<再起動>以前に製造されていた自動人形(オートマタ)の一種だと彼は思った。それは主に警備の役目を持って施設に配備されることが多く、ポスター自身も遺構に潜る際に何度か遭遇したことがあった。この場所はそういった自動人形の製造場所か、保管場所か――。しかし実際に近づいてみれば、それはこれまで見てきた自動人形とは全く違い、生身の人間のように見えた。


 より近くで見てみようとポスターが容器に近づく。するとそれを待っていたかのように、容器に取り付けられていたランプが点灯した。

 ビープ音がけたたましく部屋に鳴り響く。音は部屋の冷え切った空気を数秒間に渡って揺るがし、それと同時に土台にぴったりとくっついていた容器の透明な側面部分がゆっくりとせり上がっていった。徐々に広がっていく隙間から、男の体を包むように充満していた白い煙が漏れ出す。


 ポスターは一連の様子をただ眺めていることしかできなかった。

 男の体は今や完全に容器から取り出された状態にあった。真っ白だった肌が、外気に触れた場所から赤く色づいていくのがわかる。筋肉質な体格の男が宙吊りになっているというのは、なんとも異様な光景であった。男の髪は白に近い金色で、身長はポスターよりもいくらか高そうに見えた。


 ぱちん、と部屋のどこかから音がする。音の出どころは室内の壁に沿うように取り付けられた制御盤らしき機械からで、少し間を置いてから、同じような音が今度は男の背中から鳴った。

 音と同時に男の体が揺れる。音の正体が男に繋がれた管が切り離された音だと気づくまでに少しの時間を要した。その一瞬の間に管は男の体から次々と切り離されていく。


 「うわっ!」


 ポスターが状況を理解したのは、ちょうど男を吊っている管がすべて切り離された瞬間であった。

 支えの無くなった男の体は衝撃で前に倒れ、それを見上げていたポスターに覆いかぶさるように直撃した。


 ポスターは大きく体勢を崩しながらも、なんとか男の体を受け止めてみせた。

 自動人形にしてはだいぶ軽い。が、体格以上の体重はありそうだ。しかし何よりも驚いたのは、その男に体温があったことである。自動人形に体温があるなどついぞ聞いたことはない。さらには、男は呼吸をするかのように小さく体を上下させている。


 ただ見ただけでは、ただ触れただけでは彼は普通の人間である。しかしそんな印象は、彼の首に手を伸ばしてみると簡単に揺らいでしまうものでもあった。彼の首の後ろには小さな長方形の継ぎ目があり、それなぞってみると、継ぎ目に沿ってその部分の肌を剥がすことができた。それは肌というよりも蓋といった方が正しいかもしれない。肌が剥がれ、露出した部分からは端子を繋げるための穴が姿を現した。恐らくは容器の中から伸びた管がここについていたのだろう。


 ――って、ここからどうするべきだ!?


 もし自動人形だったしても、いつまでも裸の男に抱きつかれているのも気味が悪い。

 ポスターは一度男を引きはがそうと、身をよじった。


 「う…」


 男が声を発したのはその時だった。うめくような声であったが、それは自動人形特有の機械的な反応とは違うものだった。


 ――意識があるのか?


 おい、とポスターが声をかける。その声に反応したのか、男はまたうめき声をあげた。その目がゆっくりと開かれる。男はぼんやりとした様子で体を起こし、その目は正面にいたポスターの顔をしかと捉えた。彼はおぼつかない足取りでポスターから離れ、二度、三度とふらつきながら、呆けた顔で辺りを見回した。


 しばらくすると意識が覚醒しきったのか、男の目ははっきりと開かれるようになった。


 「アンタは…ここの人間か?」


 先に口を開いたのはポスターではなく、男の方であった。男は戸惑った様子でポスターに問いかける。その質問は、完全にポスターの想定の外にあるものであった。男は声音こそを落ち着いているが、いくらか動揺しているのが見て取れる。

 この時すでに、ポスターの中では「目の前の男が自動人形である」という意識はほとんど無くなりかけていた。それほどに彼の反応は人間的である。


 「あー…っと、言葉は…通じてるか?」


 思案するポスターの様子を見て、男が再び口を開いた。

 その声はポスターに落ち着きを取り戻させた。慌てずに彼の求めている情報を与え、彼の現状についての認識を知るべきだろう、と彼は考えた。


 「いや、僕はこの場所の関係者じゃない。……君こそこの場所について何か知っているんじゃないか? 君は僕がここへ来る前からこの部屋にいたようだが」


 ポスターの返事に男は少し驚いたような様子を見せて、その後すぐに何か腑に落ちないといったそぶりで眉をひそめた。


 「俺が…? 俺の方が先にここにいたってのか?」

 「…何も覚えていないのか?」


 ――記憶が無い? いや、これまで活動していなかったからデータを所持していないだけか?


 「記憶領域のデータを引き出してみたら、何かわからないか?」


 ポスターが男に提案する。目の前の男は人間にしか見えなかったが、もし自動人形であるならば何かしらの個体データが登録されているはずだと彼は思った。


 「データを…? いったい何を言って……っ」


 男は突然頭を抱えて苦しみだした。


 「なんだ、これは…!?」


 ひどい頭痛に男はよろめき、壁に手を突いた。

 男が自身について思い出そうとした瞬間、彼の頭の中あちこちで様々なイメージが噴出した。数多の概念が風景のように浮かんでは消え、消えたと思えばまた別のかたちでフラッシュバックしていく。まるで洪水のように、膨大な情報(データ)が彼の頭の中に流れ込んでいった。

 咄嗟にポスターが男に声をかけるが、その声は大量の情報の中でノイズとして流され、彼には届かなかった。


 男は苦しみながら、頭の中で爆発する情報のより深いところを無意識に探ろうとした。

 彼は浮かび上がったひとつの情報を必死に掴み、そこから別の場所へ伸びる糸を手繰るように次の情報を掴む。耳鳴りがした。気を抜けば、思考と一緒に意識も途切れてしまいそうだった。



 「――ニューロゲイツ…?」



 男は自身の思考の深いところでひとつの言葉に行き着いた。途端、情報の爆発は収まり、思考がクリアになっていくのがわかった。


 「O.M.型サイボーグ……これは……」

 「おい、大丈夫か?」

 

 不明瞭な言葉をつぶやく男にポスターが声をかけ続けていた。男はようやくその声に気づき、ポスターの方を振り返る。


 「俺はいったい誰なんだ…?」


 男は困り果てたような顔でポスターに尋ねる。

 ポスターはその問いに答えられるはずもなく、お手上げだというように息をついた。


 「ようするに…君は自分が誰で、この場所がなんなのかもわからないんだな」


 ポスターの言葉に男は頷く。


 「それだけでもわかれば十分さ。まずは服を着て、それからお互いの情報交換といこう」


 いつまでも丸出しじゃ格好もつかないだろ、とポスターがそれに付け加えた。男は自分の体に目をやる。自分が裸のままだったと気づくと、彼は顔を少し赤めた。



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