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DEVATECK.  作者: 脳内企画
Chapter1 サイバネティック・オーガニズム
19/79

Chapter1-14


 「時計回りに、二度…。反時計回りに、七度…。」


 金ボタンを捻るたびに、カチリ、カチリと音がする。九度目の音の後、ロックが解除されたのをポスターに伝えるように、一層にあった扉は小さな排気音を立ててゆっくりと奥に向かって開いた。その先には地下へと繋がる階段が続いていた。

 

 扉に点いていた灯りはいつの間にか消えている。

 どこかから電気が通っていたはずだが、その痕跡は扉の周りのどこにも無かった。


 数百年間誰も足を踏み入れることのなかった階段を、ポスターは踏み外さぬように一段ずつ慎重に降りていく。この商店街の地下で日記の主が遺したものとは、いったいどんなものなのだろうか?

 

 階段は一枚の鉄扉へと繋がっていた。

 ポスターは扉のノブに手をかける。鍵はかかっていないようだった。そのままノブを捻り、静かに押し開く。


 扉の先で姿を現したのは、大きくくりぬかれた広大な空間のようであった。

 そこに光の差し込む隙間は無く、灯りとなるようなものも無い。ひとまずの照明としてポスターは手持ちのペンライトを部屋に設置しながら、中を歩いてみることにした。

 空間内は部屋として区切られているわけではなく、人の背丈を優に超えるほどの高さの棚が等間隔にどこまでも立てられている。アーチ状の天井の下に巨大な棚が立ち並ぶ様は、さながら図書館のようでもあった。


 棚は何個かの透明なケースが積み重ねられて構成されている。すっかり埃をかぶってしまっていたが、ケースの一つ一つに様々な物がしまい込まれているようであった。ポスターは足を止めて、中身をひとつひとつ覗いていく。

 それぞれのケースの中には、人形や書籍、鮮やかなイラストのパッケージに収められた映像媒体が保管されていた。関連している作品ごとにアイテムをまとめられているのだろうか? ケース一つでまとめられたものもあれば、棚をいくつも占有してまとめられているものもあった。


 この場所に集められた蒐集物の多さに、ポスターは感嘆の息を漏らした。

 どんなに多くの棚を使ってまとめられたアイテム群であろうと、それはこの部屋にあるアイテムの母数からすれば極一部でしかなかった。<再起動>以前の世に出ていた娯楽品の全てがこの場所に集められていると思わせるに足る量であり、ケースの中身をひとつひとつ見てまわるのは、まさに遠い祖先たちの空想の歴史を辿る旅のようでもあった。


 イラストひとつとっても、描き方のスタイルやフォーカスされる題材の変遷が見て取れる。当時の人々は何に思い焦がれたのか、何を求めていたのか。

 また、別のケースを見てみれば、その中では動物の耳を生やした女性の人形が笑みを浮かべていた。祖先の描く世界の振れ幅の大きさとは相当なものだったのだろうか。   


 <再起動>によって失われてしまった数えきれないほどの文化と創造性が、今ポスターの前に当時の状態そのままで姿を現していた。はたしてこれがいったいどれほどの価値がつくか、まるで計ることはできなかった。


 どれも丁寧に保管されている。これらをの持ち主がここをどれだけ大切にしていたかが目に浮かぶようであった。



 ポスターははっと我に返った。

 気が付けば地下に降りてからだいぶ長い時間が経ってしまっている。


 ライトを持ち直して周囲の探索を再開しようとしたところ、不意に床にあった亀裂が目に入った。


 彼が初めに違和感を覚えたのは、自分のライト以外から発せられる光を見つけたからであった。ライトを向けていないのに、一筋の光によって辺りを漂う塵が照らされている。天井のどこかから差し込む光ではなく、それは下から上に向かって伸びていた。


 数センチほどの僅かな裂け目から光が漏れている。

 弱く細い光であるそれは、現在ポスターが立っている場所よりもさらに下に、なんらかの光源が存在することを示していた。


 亀裂の入った床のタイルを取り外すと、さらに地下へ続く縦穴が姿を現した。

 穴の底から揺らぎの無い人工的な明かりが溢れている。ポスターはしばらく思案した後、ワイヤーを投げ入れ、何かに誘われるようにより深い場所へと降りていった。



 降りた先で、ポスターは思わず息をのんだ。しばらくの間、彼は眼前の光景になんら反応することができなかった。これまでの薄暗い室内とうって変わって辺りは眩い光に包まれ、白い壁と床が通路を形成してどこまでも続いている。そこは、商店街とはまったく違う、病院のようでもあり、研究施設のようでもある場所であった。

 

 上下左右を囲む白い壁には傷ひとつなかった。周囲に電灯のようなものは無く、壁の一つ一つが発光することによって辺り一面を照らしていた。


 目に映るものはことごとくポスターの想定を裏切った。この場所には何らかの動力が働いているようでもある。しかし、これまでの遺構の状態を見るに、再起動より後にこの場所に足を踏み入れたのは自分が初めてのはずだった。地下へ続く扉を開けるために必要な金ボタンは、内側から塞がれていたロッカーの中にある、男性の上着に縫い付けられていた。上着はもちろん、ロッカーにさえ外から人の手が加えられた様子はなかったのだ。とすればこの場所は再起動以前に作られ、何らかの要因で現在まで保存されていたのか。しかしそうだとすれば、ここより上の商店街部分との関連はなおのこと不明になってしまう。


 通路の続く方向を見つめて、ややあってからポスターは改めて状況を整理し始めた。

 この場所はなんのために、誰が作ったのだろう。上の商店街は全て、この空間を隠すためのダミーであったのか。それとも、この空間の上に無関係の商店街が作られ、日記の彼すらもまったくこの場所を知らなかったか。


 ――日記には「コレクション」とあったことだし、恐らくあのケースたちが彼の託したかったものだと思うが…。

 

 穴を降りた位置から少し離れたところには巨大な隔壁があった。ゆっくりと歩いて近づき、ポスターがその正面に立ち止まると、隔壁に取り付けられていた小さなランプが数回点滅して消えた。辺りが一度小さく揺れると、眼前の壁の中心に縦に線が入り、左右に開いていった。


 分厚い隔壁の先は無数の管で埋め尽くされた部屋であった。

 一目ではそれらの出所はわからなかったが、床や天井、あちこちから銀色の管が敷き詰められている。壁には、その形に沿うようにぴったりと四角い制御盤(コンソール)らしきものが取り付けられているのが見えた。部屋の中央に目をやると、そこには円柱型の巨大な容器が置かれている。部屋中の管はその容器に向けて接続されているようであった。


 再起動以前の研究施設だろうか?

 ポスターは隔壁があったラインの外側から部屋の様子を窺った。


 <遺構>と呼ばれるものには、居住区や商店街など民間施設のようなものから、当時の軍管理課に置かれていた拠点(ベース)研究所(ラボラトリー)など様々なものがあった。後者に関して、もはやそこで秘匿されていたモノやデータに関わっていた人間は消えてしまったものの、警備用のマシンや装置は変わらず動き続けていることがある。制御の効かなくなったマシンは人類の訪問を拒み、侵入を試みたトレイズは現代の技術水準を遥かに超えた防衛システムの洗礼を受けることとなる。深部まで潜ることができれば極めて有用な資源を手に入れることができるが、それまでの道のりには相応以上の危険が伴うことが常であった。

 もっとも、ギルドに対する歩合でその日の糧を得るトレイズにとって自身の武器を「発掘」することが一番手っ取り早い成り上がりの道であったため、危険度の高い遺構であろうと構わず侵入を試みる者が大多数であったが。

 

 今ポスターがいる場所は、分類するならば<ラボラトリー>に含まれるもののようである。目の前の部屋より先に続く道はなく、これまで通ってきた白壁の通路の構造から、現在地点が遺構の最深部であることが推測できた。

 防衛システムについてはそれほど身を構える必要もなさそうだ、とポスターは判断する。本当に侵入者を拒む必要があるのであれば、ここに至る過程で排除が行われているはずで、少なくとも部屋に入るだけであれば何も起こることはなさそうであった。


 ポスターは部屋の中へと足を踏み入れる。

 目を引くのは、やはり部屋の中央に置かれている巨大な容器だった。


 土台も含めれば、それは三メートルほどの高さがありそうで、容器の上部と天井は一本の太い管で繋がれており、その他にも無数の細い管が部屋のあちこちから容器に向かって伸びていた。

 ポスターは容器に近づいて、その中身を確認しようと目を凝らした。


 容器の内側は不気味な白い光で溢れている。


 その光の奥では、一人の男性が静かに佇んでいた。


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