Chapter1-12
ポスターは日記の主が残した最後のファイルを読み終えた。
恐らく彼はこれを書き上げたきり、この部屋に戻ることはなかったのだろう。この建物から脱出できたのか、それともどこかで果ててしまったのか、いずれにせよこの部屋にはもう他に探索の手がかりとなるようなものは無さそうだった。
第二管理室を出たポスターは、日記にあった第四管理室へと繋がるエレベーターを探すために再び三層へ戻り、第三管理室から見て対角の位置にあるエリアを探索していた。瓦礫をかき分け、半ば無理やりに道を作って進む。
「まさかエレベーターでしか行けない場所とはね…。」
ポスターはそう呟きながら瓦礫をどかしていった。
薄暗い従業員用通路の奥で見つけたのは、小さなエレベーターであった。やはり電気は通っておらず、機械による制御で左右に開くはずの金属の扉はびくともしない。扉を囲む枠には歪みが生じ、ジャッキなどを使っても扉を動かすことは出来なそうである。
本来であれば誰一人この扉の先へ進むことは出来なかっただろう。しかし扉は何か強い衝撃によるものか、中央の継ぎ目から左右に向かって大きく引き裂かれていた。
人一人が通れるほどの穴が開いている。
ポスターは金属片に注意しながら扉に開いた穴をくぐり、エレベーターの籠部分へと入った。中を見回すと、籠の天井に取り付けられた点検用の蓋が外されているのがわかった。
日記の男もこの場所を通ったのだろう。そんな思いがポスターの頭をもたげた。
籠の上へ登り、頭上に続く昇降路を見上げる。手持ちのライトで視線の先を照らすと、そう遠くないところに天井があった。
どうやら現在地より上にある出口は一つだけのようである。このエレベーターは三層と四層の二か所を往復していたものだとわかった。
ポスターは自前のワイヤ―を四層の出口に投げて取り付け、それを辿るように登っていった。
◇
「これは…」
四層へと到達したポスターは廊下の中で足を止める。表面の生地が剝がれ、地の部分が露出した壁には、大柄な男の死骸が打ち付けてられていた。
男は、体の正面あちこちを金属の杭で貫かれ、そのまま壁に押し付けられたようである。その頭部は無残にも潰れ、上の半分は失われていた。
自分より先に忍び込んだ人間、というわけではなさそうだった。そう判断できたのは、男が身に着けていた衣類が<再起動>以前の時代に広く使われていた作業服であったためである。ポスター自身、よく似たものを別の遺構探索の際に発掘したことがあった。遺物を目当てに侵入を試みる人間であれば、自身の身を守るために様々な装備を身に着けているはずで、それに比べるとこの死骸の男は作業着と簡素な下着程度しか身に着けておらず、実際にこの作業服が使われていた時代にこれを着用する仕事に従事していた人間である可能性が高い。
ポスターは男の姿に視線をやったまま、腕を組んで思案した。凄惨な景色の中で、ひと際奇妙なことが彼の目を引いた。
もしこの男が再起動当時の人間であるならば、何故今も肉が残っているのだろう?
男の体は黒く変色し、ある程度まで腐敗も進んでいるようであったが、頭部のように外傷のひどい箇所を除けば、どの部分もしっかりと肉が残ったままであった。
現在のナカノ旧市街は非常に低温の地域であり腐敗の進行もある程度は遅くなるだろうが、ここは屋内である。ましてや夏場には今よりもある程度は高い気温となるのだ。再起動から経った時間を考えると、当時の人間の死骸についた肉など、とうの昔に分解され尽くしているはずであった。
一方で、肉が残っている状態ということは、この男が比較的最近この場所を訪れた人間であると示すことになる。その場合、彼はろくな装備も持たず大昔の衣服を着用して遺構を探索していた人間となるが、はたしてそんな人物像に説得力があるかは疑問だった。
生前の年代と風化せず残った肉体の、どちらも条件を満たす存在。ポスターには心当たりがあった。
ポスターは壁に打ち付けられたままの死骸に近づいて、より細部まで観察する。彼の推測は、目の前の死骸に見られる歪に発達した筋肉の痕跡と皮下の繊維同士の不自然な癒着といった様子から裏付けられることとなった。
男の死骸はつまり、活動停止したグールであった。
打ち付けられた杭の具合から、この状態のまま長い時間が経過しているようだ。日記に出てきた「作業員」がこのグールだとすれば、これらの杭は日記の主の抗戦によるものだろうか。
◇
大きな音を立てて<第四管理室>と書かれた鉄製の扉が縁から外れる。ポスターは下の階層からあらかじめ調達していたバールを扉と縁の間の隙間に差し込み、力任せに入り口の扉を破壊した。
第四管理室の壁は機械類で埋め尽くされ、そのどれもが破壊されていた。ちぎれた配線があちこちから飛び出し、床には部品の残骸が散らばっている。経年劣化等々の以前に、何らかの衝撃で破壊されてしまったのか。だとすれば、日記の主は目的を果たせそうになかったのかもしれないな、とポスターは思った。この小さな部屋の中で台風が発生した、という表現が適切であろう。強い力をもった何かがこの部屋で暴れまわった…恐らく先ほどのグールの仕業ではないか。
この部屋についた日記の主は、どんな思いだっただろうか。
探索の手がかりを探して彼の足跡をたどってきたが、部屋にあったPCも他の機械類と同様に破壊されてしまっている。中のデータは回収できそうであったが、こんな有様ではそもそも日記を新たに打ち込むことすらできなかっただろう。念のためPCケースを発掘して端末と繋いでみたが、やはりこれまで見つけたような日記にあたるようなデータはなかった。
他に手掛かりになりそうなものはないかと部屋を見て回ると、部屋の隅にあったテーブルの上に、長方形の小型端末が放置されているのが目に入った。
手のひらから少し溢れる程度の大きさのそれは、折りたたまれたキーボードであった。二枚開きになっており、片方が入力用のキーボードで、もう片方がモニターとなっている。
ポスターはだいぶ前にタチカワギルドで見た遺構発掘品のカタログを頭の内で浚った。確かこれは、かなり古いタイプの電子メモ帳だったはずだ。テクノロジーの進歩した時代に生まれた電子製品でありながらメモ機能しか搭載していないそれは、安価で使いやすく、携帯性に優れるということから広く使われていたと記憶している。トレイズが使う電子端末もルーツを辿れば、一部分においてこの電子メモ帳の技術が使われていると聞いた覚えがあった。
電源は入らなかったが、特に目立った損傷もない。ポスターは電子メモ帳を裏返して外装を取り外すと、内部データの入った記録チップを抜き出した。
チップを自身の端末に移し替えて内部のデータを漁ると、そこにはいくつかのテキストファイルが存在していた。日付は第二管理室で読んだ日記の日付の少し後。再起動による被災の後、この部屋にたどり着いた者が遺したテキストファイルであろう。
ポスターはその場に立ったまま、端末に映したテキストファイルを読み始めた。
次回更新は4月14日の午前0時過ぎを予定しています。




