Chapter1-10
第一管理室を出たポスターは二層、三層と探索を進めていった。
商店街の二層は食料品や日用品を取り扱う店が多く、三層には機械類を取り扱う店が多く立ち並んでいたようである。
彼が生まれるよりずっと前、たくさんの人間が行き来したとはおよそ思えない、無残な景色が広がっている。
一層の管理室で見つけた日記によれば、再起動当時この商店街は一時的に閉鎖されており、日記の主を除いて誰もいなかったという。しかし、商店街のあちこちには争いが起きたような痕跡が残っている。二層と三層は一層よりもそれがはっきりと見て取れた。
付けられた傷の馴染み方から見ても、再起動とそう変わらない年代につけられたもののようで、閉鎖から何世紀も経つ間に誰かがこの場所へ侵入してつけた傷、とは考えにくかった。
ポスターは何か違和感を覚えながら奥へと進んでいく。
三層にある中古PCショップに入ったポスターは、商品の残骸を手に取った。
壊れていなければ、外出時に携帯しても全く邪魔にならないほど薄いノートパソコンだっただろう。アルミ製の外装はそこかしこに傷がつき、歪んでいる。
ポスターはその壊れ方の様子を見て、眉をひそめた。
彼の視線の先ではパソコンの右半分が綺麗に消失していた。
断面をなぞってみると、細かな破片が床へ落ちていく。しかし指の先がひっかかるような感触はまったくなく、非常になめらかであった。
瓦礫に潰されてこうなったとも思えない。
鋭利な刃物で切断された、とも違うように見える。まるで砂が流れるように崩れて、どこかに消えてしまったようだった。
ポスターはしばしの間その断面を眺めながら思案した。
この時、なぜか頭に浮かんだのは、雪山で巨影に取り込まれて消えたグールのことだった。
彼は残骸を写真に収めて、元の場所に戻した。
◇
しばらくして、三層の従業員用通路を発見した。
細い通路を通ると、その先にあったのは「第三管理室」と書かれた部屋だった。
「一足りない…」
残念そうにポスターがつぶやく。
とはいえ、この場所で起きたことがわかるようなものがあるかもしれない。ポスターを気を改めて部屋の中を覗いてみた。
第三管理室は、これまで見た部屋の中でも一番崩壊の進んだ部屋だった。暗く濁った空気が部屋に充満している。自然に崩れたのではなく、それより前にここで激しい戦闘があったのだとポスターは感じ取った。壁には横に長く大きく抉られたような跡。別の壁には拳痕がある。床には何かを引きずったような染みがうっすらと残っていた。
瓦礫の下に人の頭部と思われる骨がのぞいている。ひどく欠損し、上半分は失くなっていた。
部屋の中に入ってみたものの、この場所にはもう何も有用なものは残っていないようだとすぐにわかった。第一管理室に会ったようなPCも存在せず、ポスターは部屋の写真だけ撮影してその場を後にした。
◇
階段だけでなく、店舗の天井に開いた穴も使って三層と二層をポスターは往復した。
商店街の内部はあちこちで瓦礫が積み上がり、時には壊れた防火シャッターが道を分断するなどしており、全体を調べ尽くすまでにはかなりの時間を使うことになった。
第三管理室の発見からさらに一時間ほど経った頃、「第二管理室」と書かれた部屋をポスターは見つけた。
先ほどの第三管理室と比べるとそれほど崩壊は進んでおらず、また部屋の壁には大きなモニターが取り付けられている。他の部屋と違い、ここには人が生活していた痕跡があった。
明らかに、再起動による被災の後に誰かがこの場所を訪れ、片付けをして、ソファーやデスクを使いやすいように並べなおしているとわかる。
再起動より後、恐らくポスターがここを発掘するまで外部から侵入してきた者はいない。とすれば、ここを訪れたのは再起動時直後にこの商店街にいた人物。ポスターは自然と、第一管理室で読んだ日記を思い出した。あれを書いた人物は、第一管理室を去った後、恐らくこの部屋にやって来たのだ。
「日記には『第四管理室に向かう』と書いてあった気がするけどな…?」
ポスターはデスクの上で埃をかぶっているPCに近づいて、その周りに視線をやった。彼はデスクの下にあるPCケースを掘り出すと、中にある記録盤を取り出してデータのサルベージを始めた。
案の定、記録盤にはフォルダ分けされていないドキュメントファイルが複数存在した。ファイル数で言えば第一管理室で見つけたものよりも多い。
やはりこの日記の主は第一管理室を去ってからこの場所で暮らしていたのだ。
ポスターは朽ちたソファに腰かけ、ドキュメントファイルを日付の若いものから順に開いていった。
◇
『 五日目。あれから何度壁を叩いたかわからない…。
こんな状況で取り乱せばそれだけ早く“終わり”がやってきてしまうんだろう。…でも感情を爆発させなければ、結局どこか遠くないうちに潰れてしまったようにも思う。
…どちらにせよ、僕の手から滲む血と痛みでなんとか少しだけ冷静になれた。
僕が冷静でいられるうちに…いや、冷静でいられるように、この部屋でも日記をつけることにする。
まず現状を整理しよう。第四管理室への道は閉ざされてしまった。エレベーターが動かなくなっていたし、扉も開かなくなっていた…。非常階段も潰れてしまっていて通ることはできない。僕から外へ連絡を取る手段は失くなってしまったんだ。
エレベーターが使えないと分かった時の僕はひどいもんだった。
最初は目の前の状況が受け入れられなくっておろおろして、何度も何度もボタンを押して…そのうち狂ったみたいにエレベーターのドアを叩きまくっていた。
思い出したらどっと疲れてきた…。ひどい無力感と絶望感。自分が弱気になっているのがわかる。この先、どうすればいいんだろう。
救助は来るのか?
来るなら、いつ?
それ以外の可能性が頭から離れない。
冷静さを保つための日記とはいえ、その可能性だけは文字で書きたくないし、口に出したくもないな。
本当に書いてしまえば、きっと心が折れてしまう。
ああ、眠い。 』
一番日付の若いファイルの内容はそこで終わっており、翌日の日付の更新は無かった。
ポスターは二番目に若い日付のファイルを開く。
『 七日目。少しだけ落ち着いたよ。
(昨日は何もやる気になれなくて、一日中部屋でじっとしていることしかできなかった)
その日にやらなければいけないことを作って、それをここに書き記していくことにする。それをひとつひとつ乗り越えていこう。
今日は食糧を探しに行く。 』
『 七日目その2。
今日は輸入品を取り扱ってる店から、海外の缶詰を大量に持ち帰ってきた。缶の文字は全て英語で書かれている。(僕からしたら、アルファベットの言語は全て英語なのだ)
食べてみたら、これが案外美味しかった。
オシャレだ、オーガニックだとかそういうのがよくわからない、今までの僕だったら入らないような店だけど、ここを出たら足を運んでみるのもいいと思った。今日取ってきた分のお金くらいはいずれどこかで払いたいもんだね。
昨日と違って、今日の僕はちょっとだけ機嫌がいいみたいだ。
これも、パイロ(三階にある中古ビデオショップの名前さ)で大量のムービーディスクを発掘できたおかげだろう。
地震のせいで入り口が塞がって、そこから中には入れなかったんだけど、一緒に店舗の床が抜けてしまったんだと思う。二階にあるパイロの真下の店舗から入り込めたよ。(…ちなみに僕が缶詰を失敬したのがそのお店。)
この部屋の中には、商店街の中に取り付けたカメラの映像を流すためのモニターがある。そこそこ大きくて解像度もいいやつなんだけど、パイロからディスクと一緒に拾ってきたケーブルを使えばこのモニターを使って映画を流すことだって可能さ。
モニターがよく見えるように部屋の模様替えもしたし、ここは僕の拠点兼専用シアターと言って差し支えないだろう。もしそれに文句を言うやつがいたら…隣で一緒に映画を見てみたいね。ポップコーンでも食べながら。(ああ、でもキャラメル味を選ぶようなやつだとしたら友達にはなれないな)
さて、実はこれを書いている間も、何を観ようか考えている途中だったりする。コメディ、ヒューマンドラマ、SF(最近じゃ空想に現実の科学が追い付いてきて、『サイエンス・ファクト』なんて言葉もあるそうだ)、ヒーローアクションに、ラブストーリー(おえー)…パッケージも見ないで片っ端から集めてきたのは間違いだったかな。僕ってこういう時にすぐ決めるってことができないんだ。
最初に観るのはヒーローアクションにしよう。(この一文を書くのに四十分ほどかかっちゃったよ)ド派手なアクションに、ド派手な爆発。難しいことを考えずに見れるやつがいい。』
日記の主はこの後、モニターに映した映画を実況するように日記に文字を入れていったようだ。どうりで、この日記だけファイルサイズが大きいはずだとポスターは思った。
端末のモニターをスクロールし、「七日目その二」と書かれた日記をさらに進めていく。
『 「デイライト」
海外コミックが原作で、最新のCG技術にたっぷり予算を使って、再現不可能と呼ばれた原作を見事に再現…パッケージにはそう書いてあるよ。
今僕は手元でキーボードを弄びながらモニターに映る映画を見ている。
へえ、主人公の名前は「鳩」だって。
陽の当るところには出られない、真っ白な髪の少年の物語。
影の中に入って自由に移動ができる彼は、その能力を使って悪者を捕まえていく…。
マンホールの下で暮らすこの少年は、いつかホームレスの誰かから聞いた「お天道様の下を歩けない」という言葉を忘れられなくて…悪者を捕まえることで、いつか太陽の下に出られるようになると信じているんだ。
(どうしてこんな能力を持っているかについては特に語られない。ただそういう「存在」として描かれているみたいだな)
陽が沈んだ後の街に繰り出しては犯罪者に影の中から忍び寄り、縛り上げては交番に置いていく…そして太陽から逃げるように住処へ帰っていく…。
路地裏に迷い込んだ女の子を助けることもあったけど、闇の中で暮らす鳩は人慣れしてない上に照れ屋なもんだから、うまくしゃべることはできない。
(鳩役の子の演技はナイスだね。とても可愛いらしい。この照れちゃうシーンだけでも他の人に勧めたくなるよ)
すごい!影が無い場所だろうと、鳩はフラッシュやボムを使って光を作り、辺りのものを飛び散らして作った影を利用して犯罪者を懲らしめていくんだ。
能力を使えば使うほど、彼の能力はより強いものになっていくのか…。わお、ついに彼は触れている犯罪者をも影の中に取り込めるようになったぞ。
…ああ、でもそれと反比例するように陽の光が彼の体に与えるダメージも大きくなっていくのか。
ついに人工的な光でさえ彼の体は火傷を負ってしまうようになる。
路地裏で助けて以来、仲を深めていった女の子とも会えなくなっていく。鳩は光から身を守るために全身を布で包んでしまった。(もはや活躍するシーンでは彼の顔は目しか映らない。鳩役の子も大変だな…)
布の下の皮膚が焼けただれようと、彼は悪者退治をやめない。
ついに鳩は倒れてしまう…。
ああ、火傷の痛みに耐えきれなくなって気を失ってしまったんだ。
路地裏では子供の死体が転がるのも珍しいことじゃないもんな。
彼に群がるのはカラスと蠅…そして死体を漁る浮浪者たちだ。
一人の年老いたホームレスが身を挺して彼を庇った。
浮浪者たちはそれを気にせず、ホームレスごとみぐるみを剥がそうとする…。
「デイライトが来るぞ!!」
(どこにそんな気力があるんだってくらいの大声で)ホームレスが叫んだ。
それを聞いた浮浪者たちは強がりながらも焦るそぶりを隠せない。そこへホームレスがたたみかけるように手に持った杖を振り回す。浮浪者たちはすごすごと引き下がっていった…。
鳩が目を覚ましたのは、ホームレスのねぐらのようだ。
でも変だな、画面が真っ暗なまま話が進んでいる…。ああ、そうか。ホームレスは鳩を気遣って部屋を真っ暗にしてくれているのか。
路地裏で暮らす者たちの間では「デイライト」という存在の話が広まっているらしい。暗闇の中に潜む悪者をフラッシュで照らし、どこかへと連れ去ってしまうナニカがいるんだって。…でもこのホームレスだけは、悪者を懲らしめる者の正体が鳩だと知っていたんだ。
いつの間にか、路地裏の弱者にとっての太陽のような存在に鳩はなっていた…。
シーンが進んで、薄暗い路地を女の子が歩いている。鳩と仲良くしてくれていた子だ。
もう襲われる気しかしない……ああ、やっぱり!!
鳩は女の子を助けるために町を駆けずり回る。
敵の用意した大量の光の下に次々と身を晒すことになる中、夜中の戦闘自体が鳩を油断させる罠だということがわかる。
時間を稼ぐ敵に対しさらに身を削りながらフラッシュを使い、画面中に飛び散った瓦礫の、影になった面を鳩が次々移動していく。
クライマックス。女の子を助けた鳩は、その隙を突かれてまた別の場所へと連れ出される。
開けた場所に投げ出された鳩。辺りをライトが照らし、隠れられる場所は無い。それでも鳩は、肌が焼けただれて無残な姿になろうとも気にせず、ついに敵の親玉を追い詰めて、ライトを壊し、全てを影の中に封じ込めた。
糸が切れたように鳩が地面に倒れ込む。夜明けまであと一分もないのに、鳩はもう少しだって動けそうにない。
ここまでほとんど語られなかった鳩の過去や気持ちが、独白として描かれていく。…ああ、鳩はあの女の子とは路地裏で助けるよりもずっと前に会っていたんだ。彼は陽の光の下に出て、彼女を遊びに誘うことが夢で…。
地平線の向こうに太陽のふちがその姿をのぞかせる。空が白んでいく。
ああ、鳩は女の子を助けられたことに満足したように、静かに目を閉じた。
鳩が朝陽に包まれる…。
いや、ギリギリのタイミングで鳩を影で覆うように女の子が駆けつけた!
鳩が信じられないような顔をしている…。ああそんな!喉が焼けただれて、鳩はうまく声を出せなくなっている!息をするのがやっとの鳩は、自分の想いを伝えることができない…。
女の子は鳩がしゃべれないことを察すると一言だけ鳩に言葉を投げかける。
女の子の方も、ずうっと前に鳩と出会っていたことをおぼろげに覚えていたんだ!(後光が射す中、太陽を遮るように立つ女の子がやけに男前だ…。)
鳩は女の子の影に入り、安全な場所まで連れていかれる。
太陽の光を背に歩いていく女の子を写して、スタッフロール。
(女の子の影が鳩のかたちになっていた!) 』
『 八日目。
気が付くとソファの上で意識を失っていた。
(目を覚ますためにこれを書いている)
確か、あれから別の映画を何本か見た。色々みたけど…「UMA ATTACK」っていうSFモノが印象深かったな。
二十一世紀中盤頃に作られた作品で…なんて説明したらいいかな、とにかく難解だったんだけどね。A級の予算を使ってあえてレトロなC級映画を意識して撮影して、結局「駄ディスク」を量産した映画なんだけど…、二時間ほど我慢して観ていると、シナリオに隠されたメッセージが浮かんでくるような…。
(時間を無駄にしたことが許せなくて、無意識のうちにこの映画に意味を見出そうとしているのかもしれない)
パイロからムービーディスクを発掘してくれば、時間を潰すことに苦労はしなさそうだ。
これから昨日に引き続き食糧を(今日は飲み物が中心かな)集めようと思う。
映画を見るなら炭酸くらいは用意しておきたいもんな。 』
ファイルをポスターは閉じて、一息ついた。
その時何かを踏みつけたのか、足の下で小さな音がする。
足をどかしてみると、アルミで加工された薄いディスクがあった。
日記の男が置いていったムービーディスクだろうか。
端末に視線を戻す。記録盤から吸い出したデータの中にはまだ何日か分の日記が残されている。
ポスターは新しいドキュメントファイルを開いた。
淡々とした書き出し。
だが、ポスターは日記の主がきっと興奮していたのだろう、と思った。
『 八日目その二。
第三管理室に人がいた。 』
3月8日の午前0時頃にまた更新します。




