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DEVATECK.  作者: 脳内企画
Chapter1 サイバネティック・オーガニズム
13/79

Chapter1-8

 ポスターは雪の積もった緩やかな坂道を上っていた。次第に傾斜がきつくなっていき、足にかかる負担が増えるにつれ、彼は自分が頂上が近づいていることを悟った。視線を少し遠く、前方にやれば、ここまで続いていた道が途切れているのがわかる。彼は冷たい空気を肺に取り入れ、もう一息とばかりに深く息を吐くと、足の親指に力を入れて自身の体を前へ前へと進めていく。

 

 イケブクロの街からだいぶ離れた山の上を歩いていた。


「着いた…」


 坂を上り切り、背負っていた荷物を地面に置いて、というよりも投げ出すように、彼はつぶやいた。長い坂道の先には広大な盆地が広がり、そこには雨風に晒され、雪と土砂に埋まった「ナカノ旧市街」があった。


 ナカノ旧市街は一際背の高い鉄の建物を中心に廃墟が広がる地域だった。ポスターは地面に置いたザックからカメラを取り出して、山の上からナカノを俯瞰した画を数枚撮った。その後彼はカメラを再びザックにしまうと、今度はボイスレコーダーを取り出した。レコーダーの側面についたボタンを押し、ボタンの上についていた赤いランプが点灯するのを確認してから、ポスターはレコーダーを口に近づけた。


「――えー…ナカノ遺構再調査依頼用に、いくつか写真撮影と状況説明用の音声録音を行う。イケブクロを出て一日が経ったかな…。現在時刻は午前十時二十分。僕が撮った写真を見ればわかると思うけど、よく晴れている。ここからナカノの街が一望できるが、地上部分は雪と土砂で埋め立てられてて確認不可能。遠めに見る限りでは特に変わった様子は…――いや、前に来た時よりも少し崩壊が進んでいるように見えるな…。ただ、土砂が移動したせいか、これまで埋まっていた建物が今までよりも大きく露出している」


 レコーダーに声を入れながらポスターはナカノ一帯を見渡した。ナカノ旧市街の大部分は土砂で埋まり、その上で厚い雪に覆われている。かつて人々が行き交った地上部分はそれらのずっと下にあり、外から確認することはできなくなっていた。


 雪の上から露出する、廃墟となったビル群の上層部に視線をやると、どれもある高さの部分を境に壁面の色が変わっていることがわかった。


 恐らく露出したのはごく最近だろう、とポスターは思った。


「もしかしたら、最近この近くで巨影でも出たのかもしれないな…。このまま旧市街を覆う土砂の上に降りてから内部調査を進める」


 ポスターはそう言って録音を中断させた。


 ナカノ旧市街内部へ入るには、まず雪の上に露出しているビルの屋上などに降り立ち、ビルの中を通って氷の下へ潜る必要がある。ポスターはボイスレコーダーをしまってザックを背負いなおすと、斜面を滑り降りて眼下に広がる廃墟へと向かった。



 ごつごつとした斜面を降り切り、ポスターは雪の積もった瓦礫の上に立った。彼の立っている場所は、本来の地上からだいぶ高い、ビルの十階に相当する高さにあった。


「さて…、まずはあのビルまで行ってみよう」


 彼は前方にあるビル群に視線をやった。そのうちの一つ、これまで雪の中に埋まっていたためか、壁の色が他と違うビルに狙いを定めて、彼は歩き始めた。


 足下が崩れぬように注意を払いながら進み、ある程度までビルに近づいたところで彼は立ち止まった。


 ビルの上階部分を見上げるポスターの視線の先には朽ちた壁があり、そこには大人でも楽に通り抜けられそうな大きな穴が開いている。トレイズたちが旧市街へと降りるべくビルに侵入する際に使っていた穴だった。ただ、今は足場が下がっているため、手が届きそうにない。

 

 ワイヤーを使えばたどり着けそうだが、ポスターは新たに別の、入り口になりそうな場所ができてないかを探すことにした。


 それからしばらくして、ポスターは最初のビルから数十メートルほど離れた場所で、朽ちた建物にかかっていた土砂と雪が崩れ、その建物の天井に開いた穴が露出しているのを発見した。


 穴の周りに足跡はなく、穴自体にも不自然に崩れた箇所は無かった。自分がこの入り口を見つけた最初の人間であることを確信したポスターは、この穴の下にナカノ旧市街の未探索部分があるかもしれないと期待した。


 膝をついて穴を覗いてみると、足下の天井はその下の床からとても高い場所にあることがわかる。いくらか光は差し込んでいるようだが、内部は薄暗く、大量に舞っている埃のせいもあって床、もしくは地面がどんな様子になっているのかはわからなかった。


 ポスターは穴を人が通れる大きさに広げ、ワイヤーを使って穴の中へと降下を始めた。


 薄暗い建物内部の広大な空間に一筋、大きな光が取り入れられ、光の中にポスターのシルエットが浮かび上がる。腰のベルトからワイヤーを徐々に伸ばし、彼の体は小刻みに高度を下げていった。


「寒い…」


 歯を鳴らし、白い息を吐きながらポスターが呟く。ほとんど日の当たらない建物内部は冷凍室のようになっており、彼の体温はみるみるうちに奪われていった。降下用のワイヤーを出す手を止めれば、装置ごと今にも凍り付いてしまいそうなほどだった。ポスターは慌てて装備と一緒に身に着けていた暖房機構を作動させる。


「こりゃあ、中のものはほとんど氷漬けになってるんじゃないか? ――いや、かえって保存状態がいいと考えるべきか。…それにしても深いな。ワイヤーが足りればいいけど」


 降下は三十メートルほど続いた。荒れた床を確認すると、ポスターはワイヤーを伸ばすのをやめ、腰の部分から出ていたワイヤーを自身の体から切り離した。自由になった彼の体はすぐに落下し、鈍い音を立てて着地した。辺りに埃が舞う。ポスターは少し咳払いをしてから体勢を立て直し、冷気でこわばった体をほぐしながら辺りを見回した。


 そこは建物のエントランスに該当する場所のようだった。瓦礫の散乱する床に足跡はなく、市街地部分へと続く入り口は土砂で完全に埋まってしまっており、何百年もの間、この場所を訪れる者はいなかったのだろうということがわかる。


 ポスターはエントランスの外壁の一部が崩れ、その先で重なった瓦礫と雪がトンネルのように通路を形成し、建物の外に繋がっていることに気づいた。彼は転がっている瓦礫をどかし、身をかがめてその中へと入っていく。

 

 暗い通路を進むと、三メートルほどの幅の道がどこまでも続いている、細長く開けた場所に出た。辺りを見れば、道を挟むように無数の商店の残骸が立ち並んでいる。どうやら、建物を出て商店街跡に出たようだった。

 

 廃墟となった商店街に音は無かった。ショーウィンドウとして使われていたであろうスペースには、もはや布の残骸としか呼べないほどボロボロになった服をまとったマネキンや、当時この場所で提供されていた飲食物のサンプル、無数の人形や書物の残骸が積み上げられている。


 ほとんど風化しかかっていたが、そこかしこに何か争った形跡があった。再起動時の混乱によるものだろうか。


 ポスターはそれらを一枚一枚写真に収めていった。


「調査のし甲斐がありそうな場所だな…」


 カメラを下げてつぶやいた。ポスターは何かを持ち漁るのは後回しにして、ひとまずこの商店街跡を探索してみることにした。


「あちこち崩れてややこしい…。もしここが一番下なら、この上に見える道は…。だいたい三階層くらいか?」


 道を進んでいくにつれ、この商店街は何層かに分けられていることがわかった。

 商店には再起動以前の文化の色が濃く残っており、持っていくところを選べばなかなかの高額で買い取りを頼めそうなものがそこかしこに落ちている。ただ、今回の依頼主である科学省の人間にはあまり需要はなさそうだった。


「? なんだ、こりゃ」


 ポスターが思わず口を開く。商店の間に取り付けられた扉を開こうとしたときだった。


 ノブはひねろうとしても少しも動かない。それには暗証番号による施錠がなされていた。


 扉には一から九までの数字が入ったボタンと確定ボタン、そして入力した数字が表示されるモニターが取り付けられている。適当に押してみるが、扉は開かない。モニターに表示された文章を見る限り、個の扉を開くため設定された四桁の番号を入力する必要があるようだ。


 ポスターは顔をしかめた。

 要求される番号がわからないから、ではなかった。


「…ここに、電気が通っているのか?」


 モニターを見ながらポスターが呟く。


 放棄された商店街の中。数百年ぶりの訪問者である彼の目の前で、電子ロック用のモニターが静かに光っていた。





次回は2月22日(水) 0時頃に更新します。



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