Chapter1-6
巨大な質量が横から叩きつけられる。
ポスターは受け身を取って着地した。
それを追い詰めるように真っ黒なパワードスーツ『雉隠』が姿を現す。
「深くは入らなかったか。なかなか良い勘をしてるじゃねえの」
ポスターに向かって雉隠の中からヴァルモが言った。
「お前の『反応』は記録した!逃げても無駄だぜ」
ヴァルモが雉隠を操り、ポスターに飛び掛かる。腕の先に取り付けられた長い爪がポスターを狙う。ポスターは銃を撃ってけん制しつつ、自身に振り下ろされる雉隠の腕や脚を躱していった。
――くそっ、よりにもよって岩鋳重工製のパワードスーツかよ!どこかの遺構で掘り出したのか?厄介なものを持ち出すなあ、まったく!
頭のすぐ上を雉隠の腕が勢いよく通過し、周囲の樹々をなぎ倒していくのを見ながらポスターは舌打ちをした。彼が撃ち込んだ銃弾は厚い装甲に弾かれ、ろくに効いていないようだった。
ポスターはタチカワのギルドで見た、遺構の発掘品カタログを思い出していた。
再起動以前に建てられた施設の残骸から見つかる様々な機械は個人主義の世界を生き抜く上で有用なものが多く、中でもパワードスーツといった個人戦力の増強に直接つながるものは特に人気が高い。
岩鋳重工は再起動以前に栄えた軍需企業であり、危険区域向け工事用ロボットの製造ノウハウを由来とする、頑強さを特徴とした機械装備を多く製造していた。複雑な機構を排したシンプルな構造と外部からの衝撃に対する高い耐性は、岩鋳重工亡き後も同社製品を最低限の劣化で世界に留めておくことを可能にしていた。汎用性も高く、トレイズにも特に人気のあるメーカーである。
「弾の無駄だな、これは」
ポスターは銃による攻略を諦め、林の中へ駆け出した。
「お前の『反応』は記録した!逃げても無駄だぜ」
背後から大きな音を立ててヴァルモがそれを追う。
ポスターはワイヤ―を使って木の上へ上がると、枝を伝ってさらに林の深い部分へと入っていく。彼は意図的にまっすぐに進んでいった。時折後方を振り返っては、また前へと進む。
ヴァルモは木を薙ぎ払いながら距離を縮めていた。
「いつまで逃げるんだ?俺としちゃあ、その荷を置いてってくれるだけでいいんだがな!」パワードスーツの中でヴァルモが笑う。
「やけに素直についてくるな…」ポスターが呟いた。
先ほどの連中もそうだが、訓練された動きではないな、とポスターは悟る。
今追いかけてくるパワードスーツは、乱暴に使い込まれた跡が刻まれていると一目でわかる。あまり賢い使い方はしていない、真正面から相手をねじ伏せるタイプだ、とポスターは判断した。
――スーツの耐性を信頼しきっていて、補給の当てもある。
比較的発掘数の多い岩鋳重工製とはいえ、パワードスーツに使える純正の資材はそういつも見つかるわけじゃない。大抵は金属板を自分で加工してツギハギにすることになるが、自分を追ってきているパワードスーツはカタログ写真そっくりな見た目をしている。さすがに型落ちの部品を使っている箇所もありそうだが…。
ヘンな輩に絡んでしまったかもしれないな、とポスターは思った。
あのような乱暴な使い方をしておきながら機体の部品は正規の物が使われている。それを補給しているのは誰だろうか。
「ああ嫌だ嫌だ、強盗団の裏に公務員がいるなんてこと考えたくはないな…!」
ポスターは枝の上から茂みに飛び降りる。
ヴァルモはそのポスターの姿を確認すると、前傾姿勢をとって駆け出した。
彼は目の前の獲物が何かをしてくるだろう、とは考えていた。
けれど彼の経験上、雉隠の装甲が破られることなど考えられなかった。万が一この雉隠が大破したのなら自分が出ていって消耗した相手を仕留めれば良い。考える暇があるなら接近して相手を殴り殺せばいい。
茂みから小型の手榴弾が投げられた。ヴァルモは足を止めずに、雉隠の右腕を前に出して防御態勢をとる。
視界は狭まったが、スーツ内のモニターにはポスターの反応が追跡表示されている。爆炎の中を前身すると、スーツが何か硬い物を踏んだ。足下で爆発が起こる。
――地雷を敷いてやがったのか!それで俺をおびきよせたってかい!
「悪いな、この程度じゃ雉隠は壊せねえよ!」
爆発を気にせず地面を蹴った雉隠は、歪な体勢で跳ねることになった。
スーツが音を立てて軋む。
「何だ!?」
ヴァルモは慌てて自身の足下を確認した。
スーツ下半身のいたるところに粘土のようなものが付着している。粘り気を持ったそれは次第にコンクリートのように固まっていった。
「粘土榴弾!?…野郎っ、こんなもの――!」
ヴァルモは足をついて体勢を立て直す。雉隠の出力を上げると粘土塊にヒビが入っていく。
「暴れるなよ。そら、おかわりだ」
ポスターはそう言うと、粘土の入った弾をヴァルモの死角から再び撃ち込んだ。
雉隠のボディが粘土に覆われていく。
「なっ…バランサーが!?」
粘土は雉隠の関節部分を固め、巨体の体制維持の役割を果たしている部分までも閉じ込めた。
重なった粘土は重さを増していき、ついに雉隠のバランスを崩した。
ポスターはワイヤーを使ってこれを押し倒す。
倒れた先は高い段差になっており、雉隠はあっけなく下へ落下した。
ヴァルモがうめき声をあげる。
雉隠は仰向けの状態で倒れていた。
ヴァルモは急いで起き上がろうとしたが、彼の体に付着した粘土は周辺の地面を巻き込んで固まり、身動きが取れなくなっていた。雉隠を暴れさせ、粘土を砕こうとヴァルモは焦る。
それを見下ろすポスターは、段差の上からさらに粘土を撃ち込んだ。
「なっ、おい!やめろ!」
ヴァルモが思わず声をあげる。
ポスターはそれに構うことなく銃を撃ち続け、雉隠の大部分は粘土で固定されてしまった。
◇
「ふーっ」
段差の下で粘土に埋まったままもがいている雉隠を眺めながら、ポスターは長く息を吐いた。
訓練を受けたりはしていない、ただのトレイズくずれ、というのが彼が抱いた印象だった。
補給元がそれなりの地位を持っているのではないかということが気になるが、確実に目的を遂行しようとしているとすれば仕事の依頼先にも疑問が残る。
――替えの効く駒として? …そもそも依頼の成否は重要ではない?
推測はいくらでもできたが、どれも確信できるものではなかった。
結局ポスターはパワードスーツにビーコンを撃ち込んでからその場を後にし、イケブクロへ続く山道へと戻っていった。
次回更新は少し間が空きそうです。
2月7日の午前0時頃に投稿できればと思います。




