Chapter1-5
タチカワとイケブクロを繋ぐ比較的ゆるやかな山道をポスターは走っていた。周囲には背の高い樹々がそこかしこに並び、枝と葉は山道を高いところで覆い、陽がそれらの隙間から射し込んでいる。風に枝が揺れ、葉がささめく音に辺りは包まれていた。
しばらく山道を走っていると、風の音を掻き消すように何かの排気音が聞こえてくる。ポスターは、そのけたたましい音がこちらへ近づいてきていることを察知した。
脇の林の中から一台のバイクが彼めがけて飛び出す。ポスターがとっさに身を引くと、彼の目の前をバイク猛スピードでかすめていった。
間を置かずにポスターの背後から新たなバイクが飛び出す。運転手は手に持っていた鉄パイプを振りかぶり、ポスターめがけて勢いよく振り抜く。
ポスターはすんでのところでこれを躱した。鉄パイプは空を切り、バイクはそのままポスターを通り過ぎていった。
アラハバキの言っていた強盗団か、とポスターは身を構えて辺りを窺う。しかし、彼を襲ったバイクはそのまま林の中へと消えたきり現れることはなく、排気音は遠ざかり、次第に聞こえなくなった。
「……なんだったんだ?」
ポスターは首を傾げてその場に立ち尽くした。バイクが再び姿を現すかどうか、少しの間待ってみたが、何も現れることはなかった。
ただの通り魔か、彼は少し納得がいかなかったが再び走り出すことにした。
◇
しばらく山道を進むとバイクに跨った男が二人道をふさいでいた。
「遅かったじゃないのォ」
男の片割れが右手を挙げてポスターに声をかける。頭は真っ赤なフルフェイスのヘルメットで覆われており、その表情を読み取ることはできなかった。
――ついさっき見たものと同じ型のバイク。僕を襲った連中か。
ポスターは目の前の二人を観察する。その視線を感じたのか、赤いヘルメットの男はポスターの判断を肯定するように頷いた。
「いや、さっきは悪いことしたよ…まさか避けるとは思わなかったからよ! 頭を丸ごとすり潰して荷をもらってやるつもりだったが、中途半端な怪我をさせちまったんじゃないかと思ってな? 謝りたくてここで待ってたんだよ」
男はヘルメットの下からポスターを眺めた。彼はポスターに怪我はなかったと判断すると、少し面倒だという風に首を横に振った。
「ああ、いやだね。本当に怪我ひとつしてねえの…。『ナカツ』、お前まで外すことはないだろ。え?」
男は横にいた別の男を振り返って小突いた。紺色のヘルメットをかぶった「ナカツ」と呼ばれる男は慌てて持っていた鉄パイプを担ぎなおす。
「悪かったってば『ソコツ』! 次はちゃんとやるよ」
「馬鹿野郎!こういうのはなァ、予定通りにやらなきゃ意味がねえんだ!わかるか? 一度失敗して対策なんざとられてみろ…。その頃にはお前が何で殴ろうがてんで効かなくなってるだろうぜ!俺らの――」
「俺らの仕事は不意打ちして殺すか失敗して死ぬか、だろ。そんなの言われなくってもわからぁ!だいたいそんなこと言うなら、ソコツだってあの野郎の頭を潰せてないじゃないかよ!」
赤ヘルメットの男――ソコツの言葉を遮ってナカツが反論する。ソコツは少しうろたえた様子で口を開く。
「ばっ、馬鹿野郎!俺の役割は陽動だろうが!一番危ないところを引き受けてやってるのがわからねえか!?」
「陽動~!? これはまたカッコつけて言うね!」ナカツが吠える。一呼吸分の間を開けてから、「いいか?」と置いて彼は口を開く。
「俺に言わせれば、あんなの陽動なんてものじゃない、ろくな作戦も立てずに突っ込んでいってるだけじゃないか!ソコツはいつだってそうさ…注意を引き付けてるんじゃなくって、ただ見つかってるだけ!まさか、俺が尻ぬぐいをしてるってわかってなかったのか!?」
ポスターを置いて、ソコツとナカツの口論が始まった。
「なんだこのやり取りは…」ポスターは呆れたようにため息をつく。
一方で彼は内心、目の前の二人に悟られぬよう周囲に気を張り巡らしていた。
まず、目の前の男達が何故こうして姿を現しているのか。
何かの理由があるはずだった。
――謝りに来ただけ? 本当にそうなら、荷物目当てのふざけたチンピラか…。だがそうでなかった場合はどうだ? 今、目の前でやつらがしていることが何か利に繋がっているはずだが…。
ポスターは改めて目の前の二人に視線を戻す。
ソコツとナカツは口論をしながらも依然道を塞いでおり、無視してそこを通ることはできなそうだった。
ポスターは、彼らのバイクに違和感を覚えた
――荷が少ないな。
ポスターは、アラハバキから聞いた強盗団の話を思い出していた。
ギルドが捜索を始めたということは、無視できない程度には被害が出ているということだろうが、見たところ、ソコツとナカツのバイクにそれほどの荷を乗せることはできそうにはない。強盗団と関係ない犯罪者であれば相手にするのは容易く、ほぼ無害であると言える。だがそうではなかった場合は。
――奴らが強盗団なら奪った荷を運ぶ足役が存在するはずだ。
ポスターは勢いよく地面を蹴り、その場から飛び退いた。
同時に今までポスターが立っていた地点に大量の銃弾が撃ち込まれる。地面が大きく抉られた。
銃声が鳴ると同時にバイクのエンジン音が辺りに響く。ポスターが山道の先に視線を戻すと、ソコツとナカツの二人がバイクを起動させていた。
「惜っしいー!もう少し気付くのが遅けりゃあラクに死ねたのによ!」
ソコツが楽しそうに吠える。二台のバイクはポスターめがけて突進した。
「なるほどね、最初に二台で襲った後、同じ二台で姿を現したのは自分たちの人数を悟られないための演出ってわけかい」ポスターが苦笑いする。
「何か言ったかー?とりあえず荷を置いて死んどけよ!」
ソコツはヘルメットの下で口の端を歪めて笑い、さらにアクセルを入れた。
ポスターはすぐさま腕の装備からワイヤーを真上に射出する。
バイクの衝突よりも早く、ワイヤーは木の枝に巻き付き、ポスターの体を木の上まで引き上げた。
ソコツは舌打ちをして木の上に向かって銃弾が撃ち込む。
ポスターは枝を伝って移動を始め、これをやり過ごした。
◇
強盗団の一人『ウワツ』が林の中を走る。彼は焦っていた。
トレイズの男に向けて撃ち込んだ銃弾が一発も当たらなかった時点で彼はすぐにその場を離ることにした。元々銃を撃った後はすぐ別の場所へ移動するつもりだったが、彼が焦っているのは、銃弾を躱したトレイズの男がまっすぐにこちらを見たからだった。
「なんだアイツ…。あの一瞬で俺を見つけやがったのか?」
弾の飛んできた方向から位置を割り出すことはできる。だが、射手と目を合わせるなんてことができるだろうか。そんなことを考えながらウワツは林をかき分けて進んでいく。
地面から長いコンクリートの柱が生えていた。柱の先には大昔に稼働していたであろう信号機の残骸が取り付けられている。
ウワツは信号機の根元の繁みに隠してあった自身のバイクまでたどり着くと、被せていた葉を取り払った。
彼は持っていた銃を背中に担ぎ、バイクのキーを入れた。
「――へえ、そんなとこに隠してたのか」
男の声。
ウワツの頭部に衝撃が走り、彼は意識を失った。
ポスターは無力化した強盗団の男――ウワツを茂みに隠すと、彼のものと思われるバイクを奪い、走らせた。
◇
「ソコツ。ウワツと連絡がとれなくなった」無線機を片手にナカツ言う
ソコツは舌打ちをすると「マヌケめ…」とつぶやいた。
その様子を離れたところからポスターは見ていた。
イケブクロに向かう山道は彼らによって塞がれていると確認したポスターはウワツから奪ったバイクを猛スピードで突っ込ませた。
それにいち早く気付いたのはナカツだった。
「ソコツ!ウワツのバイクだ!」
「なっ、あの野郎!おい避けろ!」
二人の視線がバイクに集中する。
その瞬間ポスターは彼らの目の前、バイクで死角になった場所に向けて銃弾を撃ち込む。バイクは大量の砂埃をあげながら大破した。
「煙でなにも見え――うわっ!」ナカツは突然のことに驚き、バイクの破片に吹き飛ばされてしまった。
「ナカツ!」
ソコツが叫ぶ。彼は視界を確保するために、ヘルメットを脱ごうとした。
ヘルメットにかけたその腕を別の腕が掴む。
ソコツは頭から地面に押し倒された。
「て、てめぇっ…!」
「殺しはしないでおくよ」
砂埃の中から飛び出してソコツを押し倒したポスターは、そのままソコツの頭から数センチ離した場所に向かって銃を連続で撃ち込んだ。
ソコツは言葉にならない悲鳴をあげた。彼の耳はしばらく使い物にならなくなった。
ソコツは止まない耳鳴りに襲われている。
その状態で彼は声をあげて笑った。
「裏を読み切ったつもりか?」
「…何?」
息も絶え絶えにソコツが一言だけ口を開くと、ポスターは眉をひそめる。
次の瞬間、砂埃の中から鉄で出来た巨体が現れ、ポスターを蹴り飛ばした。
推敲の時間が取れず間が空いてしまいました…。
明日も投稿します。
 




