あなたが合コンで失敗する理由
「じゃあ、一次会はこの辺で。え~……全部で24,200円だったから1人4,000円。足りない分は俺が払うから」
居酒屋での合コンが終わり、社内SEをしている幹事が割り勘で請求する。合コンの面子は、男性陣が社内SE、歯科医、不動産屋。女性陣は同じ会社の受付OL、営業OL、経理OLだった。
「それって、割り勘?」
「そうだよ」
女性陣の分は奢りだと思っていた受付OLは愕然とした。よもや、お金を払うことになろうとは、ゆめゆめ考えもしなかったので財布の中身は少ない。週末に予定外の4,000円はデカく、当然のように請求してきた社内SEの笑顔に腹が立った。
「はい、どうぞ」
怒る受付OLをよそに、営業OLは4,000円を幹事に手渡した。歯科医は5,000円を渡し、1,000円のお釣りをもらう。不動産屋は小銭と札の組み合わせで4,000円を用意していた。
「ちょ……」
“ちょっと、割り勘は無いんじゃないの”と言いかけた受付OLの脇を経理OLが小突く。彼女も不満そうな顔をしているが、用意した4,000円を幹事に差し出した。仕方ないので、受付OLも4,000円を取り出して渡す。
さっきまで楽しくトークしていたのに、4,000円も取られると不愉快になる。今日は割と当たりかもと、さっきまで思っていた自分さえも嫌になる受付OLだった。
「ここでいったん解散ね。二次会行く人は、店を出たところで待ってて。俺、会計を済ませてくるから」
集めたお金を持って、社内SEはレジへと向かった。それを見て、歯科医と不動産屋が席を立つ。
「外で待ってようか。もう時間過ぎてるし」
歯科医は時計を見て言う。時間制限のある店なので長居はできない。個室を出ていく歯科医と不動産屋の後に女性陣も続く。
レジ待ちの社内SEの横を抜け、玄関ドアを開けて店を出る。
「それじゃ、私はこれで」
それだけ言うと受付OLはツカツカと駅に向かって歩き出した。
「あの、私も……」
経理OLが受付OLの後を追うので、残った営業OLに男性陣の視線が集まる。
「私? 二次会、行きますよ」
そんな彼女の言葉を鼻で笑いながら、受付OLは大股で駅へと急いだ。
「待ってよぉ~」
と言って、経理OLが駆けてくる。彼女の声に受付OLは立ち止まり、すぅーっと息を吸うと、言いたいことをぶちまけた。
「私、合コンで割り勘されたの初めて! 何が“足りない分は俺が払うから”よ、たった200円じゃないの!」
「ねぇ~!」
経理OLも同調する。
「もうセコいったらありゃしない、あの男ども」
「ホント、ホント。割り勘はないよねぇ~」
「仮に私たちが好みじゃなかったとしても、奢ってくれたら“次”があったのに……。もう、完全に次はないわ」
「ないよねぇ~。でも、払わないと色々と……」
「まぁ、それはわかるんだけどさぁ……。私も、お金のことだけで言ってんじゃないのよ。奢ってくれれば、次は“ご飯代は相手が出してくれると思うから、行かない?”って誘いやすいのよ、こっちも」
「それはあるよねぇ~」
「なのに、あいつら……。マジ、使えない。あの子、よく二次会に行く気になったわね」
「ホント、ホント~」
二人は愚痴りながら駅へと向かった。
一年後、二次会に行った営業OLが歯科医と結婚したというメールを、受付OLだった彼女は経理OLから受け取った。
「あの歯科医と? もの好きよね、割り勘野郎となんて。歯科医も数が増えて、大変だって言うし……。ハズレ引いたんじゃないのぉ~?」
二人の結婚を鼻で笑う彼女は、元受付OLとなっていた。あの後、会社が受付は派遣で済ますという方針に転換し、別の部署へと追いやられたのが不満で退職。転職活動をするも満足できる会社が見つからず、派遣会社に登録してモデルルームの受付などをしていた。
その仕事も嫌になって辞め、今日からは“合コン塾のアシスタント”として働くことになっている。仕事内容に興味があるのではなく、そこに集まる独り身の男性に興味があるのだ。もしかしたら、自分が望むような男性が現れて……と期待し、彼女は合コン塾が借りているビルへとやって来ていた。
「お待たせしました」
スーツ姿の老紳士が応接室に入ってくるので、立ち上がって頭を下げる。
「あの、今日からアシスタントとして働かせて頂くことになりました……」
「はい、聴いてますよ。よろしくお願いしますね。今日はね、初日なので当塾の講義を見てもらいますから。あと書類関係ね」
「わかりました」
「まずは、人気No.1講師の教室に行きますか」
言われるがまま、応接室を出て教室へと向かう。コンコンとドアをノックして老紳士が入っていくので、元受付OLも“失礼します”と小声で言って入る。
前もって見学に来ることを伝えているからか、講師の男は熱弁を振るい続けた。
「いいですか? 合コンでの割り勘はマストです! 女性陣に奢るなんてとんでもない。男の方が多く払うのもナンセンス! 男女平等? フェミニズム? 男の甲斐性? そんなものは、どうでもいい。いいですか? 割り勘は、女をふるいに掛ける最高のシステムなんです!」
そう言い切る男は、合コンで幹事を務めた社内SEだった。思わぬ再会に元受付OLは呆然とする。
「俺もね、色んな合コンに出てきましたよ。その都度、職種を変えてね。ある時は医者、ある時は弁護士、ある時は公務員。まぁ、社内SEなんていう時もあったかな。職種によって相手の態度も変わったもんですよ。その度に思いました。女が強くなった? 男が弱くなった? それは違う。魅力的な女が少なくなっただけだと。男なんて生き物はね、こいつはと決めた女がいれば、どこまでも強くなれるんですよ。そう、それだけの価値のある女が少なくなった。違いますか?」
教室内では頷く男が多数いる。その中には、あの時の不動産屋もいた。
「皆さんは、そんな価値ある女性と巡り会わなくちゃいけない。つまらない女ばかりが目立つ現代社会で、目立たなくなってしまった運命の人を探さなくてはいけない。俺のように、職業を偽るやり方では本質を見抜いたとしても、それでは結ばれる時に問題になる。だから、割り勘なんです!」
元受付OLは、あの時の割り勘は彼らがケチだからではなく、ふるいに掛けられていたのだと気づいた。何だか騙された気分になり、反論してやりたくなったが、仕事の初日にそれはと思い留まる。
「割り勘、たったこれだけのことで、男をATMにしたいクソ女は消え失せる。割り勘、たったこれだけのことで、クソ女につぎ込む出費をおさえられ、次の合コンに使える資金を確保できる。割り勘、たったこれだけのことで、職業を偽らなくても奴らの本性が垣間見える!」
社内SEこと合コン塾の講師は、ホワイトボードに“割り勘”とデカデカと書いて、その文字をバンッと力強く叩いた。
「いいですか? 女性ライターが書く“女子に嫌われない為の合コンのセオリー”なんてものを真に受けてはいけません。あれは女が楽に生きれるよう、男を洗脳しようとしている駄文。“嫌われる”という不安を煽って利益を得ようとするのは、危険じゃないものを危ないと言って、無駄に高い健康食品を買わせるようなものです! そして……」
講師はホワイトボードに“次=幻想”と書いた。
「合コンの相手がタイプじゃなくても、奢れば“次”に繋がるかもしれない。だって、奢った相手が“ご飯代は相手が出してくれると思うから、行かない?”って、他の子を誘いやすくなるからって言ってた……というのは忘れましょう! いいですか? そんな理由で来るのは、タダ飯を食いたいだけの守銭奴だ! 次は自分で見つけるもの! 女が紹介する女は不良在庫だ!」
自分に向けられた言葉のような気がして、元受付OLは胸にグサリと来るものがあった。軽くショックを受けてよろめくと、老紳士が心配げに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
「あの、すみません。お手洗いに……」
「ああ、どうぞどうぞ」
元受付OLは心の整理をする為に、教室を出てトイレへと向かう。女子トイレに入ると、見覚えのある顔がそこにもあった。
「あら、お久しぶりですね」
笑顔を向けてきたのは、歯科医と結婚した営業OLだった。
「えっ? どうして、こんなところに……」
「このビルに、お得意様がいるんですよ。合コン塾と同じフロアに、ね」
ニコッと笑う彼女に、元受付OLはハッとした。
「それじゃ、もしかして……あの合コンの時……」
「知ってましたよ。幹事が合コン塾の講師だということも、今の旦那が通っているということも」
「知ってて二次会に?」
「当たり前じゃないですか。今の旦那、すごい資産家なんですよ。おいしい物件だったのに、あなた達ときたら……」
フフッと笑う営業OLには、今まで見たことが無い妖しさがあった。
「あなたも良い物件を見つけたら、割り勘でも許すことね。それじゃ」
肩を軽くポンッと叩いて、営業OLはトイレから出て行った。
一人残された元受付OLは、あの日の合コンで自分が置かれていた状況を知り、情報ヒエラルキーの底辺にいたのだと肩を落とす。
「私は一人で生きていくんだ……」
元受付OLは個室に入って便座に座ると、手で顔を覆い隠した。