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7 魔族かしら? 人族かしら?

 シーラのお屋敷の庭に描かれている半径三メートルほどの大きさの精霊契約陣。精霊界と人界を隔てるガラスのような透明の床の向こうで、突如現れた空色の精霊が両腕を刃物のような形に変えた。そして、私を冷え冷えする精霊顔で睨みつけ、次々と風の刃を投げつけ始めた。


 うーん、これは困ったね。人の形をして風を使っているということは風の精霊シルフさんだろうけどね。ようやく、精霊さんが近くにやってきたと思ったら、まさか攻撃されるとはね。そういえば、精霊界から見ると、私はどう見えているんだろう? ひょっとして魔族に見えるんだろうか? 私の姿を見た精霊がみんな逃げていったのを思い返しながら、私は深い溜め息をついた。


『ちっ! やはり、届かないか! おい、魔族! とっとと出ていけ! 貴様らと契約する精霊などいるはずがなかろう!』


 精霊界から人界への攻撃は、やはり無理と判断したのだろうか。シルフは精霊契約陣にピッタリと張り付いて、私の目をまっすぐ睨みつけた。


 うーん、精霊って人形顔っていうか、整い過ぎてて無表情っていうか恐いよねと思いながらも、私はできるだけ友好的に思いを念じた。普通に声を出して話せばいいとシーラは言っていたけど、三年間のハムスター生活のおかげで私は念話が大の得意なのだ。声に出すまでもない。


『あのー、私は人族でして――』


『嘘をつくな! 魔族が!』


 ほーら、私って念話が得意なのよ、と自信満々に送り出した私の思念は、シルフに即座に打ち消された。


『貴様のような能面顔の人族など見たことがないぞ! 人族にはな、もっと表情というものがあるのだ!』


 まさか、精霊に能面顔などという指摘をされようとは。おまえだけには言われたくないわ! この精霊顔が! そう言い返したかった。だが、今までは会話すらできなかったのだ。魔族扱いされているとはいえ、この精霊だけが頼みの綱だ。私はぐっと怒りを抑え、にへらっと無理やり営業スマイルを浮かべた。


『じゃあ、そこから出てきて確かめてみたら? たしかに私は表情が硬いけど、人族だし、まわりにはティトラン王国の精霊省の長官と召喚獣省の長官もいるしね』


『何を言ってるんだ、貴様は! 精霊は人族と契約しなければ人界に立ち入れないんだぞ! まさか、そんなことも知らんのか!?』


 えー!? せっかく浮かべたスマイルはスルーですか!? と私はひそかに心の中で突っ込んだ。


『あー、そうらしいね。じゃあ、私と契約すればいいんじゃない?』


『貴様と契約だと!? ほーおぅ……つまり、契約して私をおびき寄せようという考えか。さすがは、魔族だな。頭がよく回ることだ』


 シルフはピッカピカの空色陶器顔を刃物型の手ですりすりとなでながら、目をジトッと細めた。

 うーん、おかしいな。私の全力スマイルを見てもなお、魔族扱いとは。ということは、顔じゃないんだよね。いったいどこで判断してるのよ。魔族にまちがわれる人族ってどうなのよ、と私はひそかに優しいほうの大天使に突っ込みを入れた。

 とはいえ、この精霊を逃がすと、シーラに説教をくらうことになることは確実だ。私はハムスター脳よりは性能が上がっていると思われる頭脳をフル回転させた。


『私は魔族じゃないんだけどね……あー、だったら、私が魔族だったら私を倒していいって契約にすればいいんじゃない? 私が人族だったらそのまま契約続行で、魔族だったら倒したらいいよね。私が死ねば自動的に契約が解除されて、あなたは精霊界に戻されるんでしょう?』


『ほーおぅ、なるほどな。うーむ、そうだな。そもそも魔族と契約できるのかどうかもわからんしな。貴様が魔族の場合は、ひと暴れして倒してしまえばいいか。それに万が一、貴様が人族であった場合でも、それだけのちからを持っているのだから、契約そのものは問題ないな』


『ちから? ああ、絶対結界のこと?』

 

『はっ!? 絶対結界とはなんだ? まさか、貴様の体を覆っているのは絶対結界なのか? いや、たしかに何らかの……いや、まさか、それはありえないだろう?』


 シルフの能面精霊顔が精霊契約陣にさらに密着する。というか、見てわかるものなのだろうか? さらに言えば、精霊は目でものを見ているのだろうか?


『うーむ、よくはわからんが、明らかに何らかの防御膜が張られているな。おもしろい。試してみる価値はあるな。ずいぶん昔になるが、私は二度魔王と戦ったことがあるのだ。だが、二度とも魔王を倒す前に契約者が倒されてな。契約が解除されて精霊界へと戻らざるをえなかった。速さでは精霊界で私の右に出るものはいない。攻撃力も自分でいうのもなんだが、火の精霊にも引けはとらん。ただ、防御力はゼロに等しくてな。契約者を守ることができんのだ。だが、貴様の言うことが本当なら、貴様は自分の身は自分で守ることができるのであろう? それに、魂と魂を結ぶ力が強いのは一目でわかった。よかろう。では契約内容を決めようか』


 刃の形だったシルフの両腕が普通の腕になり、手のひらが精霊契約陣越しに私の手のひらと合わされる。ずっとジト目だった目も大きく見開かれ、イケメンぶりに拍車がかかる。ただ、表情はまったいらだ。


『我はそなたの敵を打ち払おう。だが、同族には手を出さん。そして、我はそなたを守ることはない。また、そなたが魔族であったならば、即座にその命をもらいうける。それでよければ、魂と魂を結び我を呼び出すがいい』


 シルフの厳かな声が頭の中で響き渡る。私はその声を頭の中でゆっくりとなぞっていく。うんうん、いいね。私は自分を守って、シルフは敵を倒してくれる。同族と戦わないという契約は精霊にとっては当然だ。召喚獣と違って、精霊同士が戦うことはない。どうしても戦わなくてはならない場合は、防御に自信があれば防御に徹するか、お互いの契約者の命を狙う。


『あれっ? 対価とか報酬の魔石の個数とか決めなくていいの? 精霊にとって魔石って、おやつみたいなものなんだよね? 大好物なんじゃないの?』


『うーむ、嫌いではないが、我はそなたを一切守らんからな。好き勝手に動くのだから、魔石は特にいらんな。ただ、雑用で呼び出す場合は、気持ち程度の魔石をもらえるとうれしいがな』


『えー、そんなのでいいの? それは助かるね。私ってば無一文だからね。よかったー』


『なにっ!? よくそれで精霊と契約しようと思ったな!』


『あー、まったくないってわけじゃないよ。必要なら精霊省の長官が貸してくれるからね。ものすごいケチだから、ちょっとだけどね』


 シルフがまたジト目になったのを見て、私は慌てて営業スマイルを全開にした。


『よーし、じゃあ、契約ね。私はハーモニー。あなたの名前は?』


『うむ? 名前なんぞ精霊には意味をなさんぞ。勝手につけたらどうだ』


『そう。じゃあ……あなたはシルフィーね。よーし、私はシルフィーがさっき言った条件で契約を結ぶわ』


 精霊契約陣越しに合わされていた手のひらに、私はぐっと力を込めた。精霊契約についてはシーラに習ったばかりで今ひとつ覚束ないが、たぶん言葉よりも念じる思いで発動するだろうと、ハムスターだった頃を思い浮かべながら、力いっぱい念じた。


『人界と精霊界を結ぶ精霊契約陣よ。異界の扉を開き、自由の象徴たる風の精霊であるシルフィーを迎え入れよ』


 一拍おいて、透明のガラスのようだった精霊契約陣が眩く光り、私は思わずぎゅっと目を閉じた。精霊界から一陣の風が巻き起こり、ふわっと風にあおられたように私の体が浮いた。奇妙な浮遊感とともに、誰かが私を抱えているようかのような錯覚にとらわれる。


 うん? この感触は……お姫様抱っこ?


 まさかね、と思いながら薄目を開いた私の視界に、シルフィーの空色の顔が映り込む。


 えーっと……ああ、そうだね。シルフィーは私の真下にいたから、出てきたらこうなるよね、と思いながら、私は目をパシパシと不思議そうに瞬かせているシルフィーの精霊顔を見つめた。


『うーむ……そなたにはおそらくわかっていないだろうがな、ハーモニー。人族と精霊は厳密には接触することができんのだ』


 シルフィーって大きいよね。私の三倍ぐらいあるかしら? などと呑気に考えていた私に、シルフィーは戸惑いを含んだ思念を送ってきた。


『えっ? それは……まさか、私が魔族ってことじゃないよね?』


 接触できないって何だ? と思いながらも、私が魔族ならばこのままあの世行き、という契約に思いあたり、私は全身をカチンコチンに硬直させた。そんな私の様子を観察するように、シルフィーは私の頭のてっぺんから足の先までゆっくりと視線を滑らせた。


『うーむ、魔族である可能性か……いや、魔族ではないな。それは、まちがいないだろう』


『ほんとー!? よかったー! じゃあ、問題ないよね! 契約成立っていうことでいいよね!』


 シルフィーにお姫様抱っこされたまま、私は拳を握り締めて、うんうん、よかったと大きく頷いた。


『うーむ、そうだな。人族かどうかはともかく魔族ではないからな。問題なかろう。ところで、人界に来たのは久しぶりでな。ちょっと遊覧というか、空から今の世を見てみてもいいか?』


『あー、そうかー、シルフィーって風の精霊だから飛べるんだよね。じゃあさー、私も連れて行ってよ。お姫様抱っこしたまま飛べるよね』


『うーむ……たしかに、そなたのごとき軽さであれば、普段どおり飛べるだろうが……いいのか? 飛んでも?』


『うんうん、飛んじゃって。私も空からこの世界を見たことがないしね。思いっきり飛んじゃって。あ、落とさないでね、私、飛べないから』


 うむ、と念じたシルフィーがゆっくりと空に向かって浮かび始める。ほー、これはすごいねーと、キョロキョロと辺りを見回した視界の片隅で、シーラの吊り上がった目がまん丸になるほど見開かれていた。あっ、言っておかなきゃね。私は大きな声でシーラに向かって叫んだ。


「契約した精霊が空から様子を見てみたいっていうから、ちょっと行ってきまーす! すぐ戻ってきますから、ご心配なくー!」


 無事、強そうな精霊と契約できたし、シーラもご機嫌なはずだよねと、ニンマリした私に向けて、はるか彼方から超音波のような高音の怒声が飛んできた。

 

「ちょっとー! あんたー! 精霊に乗れるなんてありえないわよー! あんたがおかしいのか、精霊がおかしいのかどっちなのよー!?」


 あれっ? そうなの? と首を捻りながら、私は豆粒ほどの大きさになったシーラに手を振った。


 王都はすっかり傾いた陽に照らされ、夕食のための煙があちらこちらから立ち昇っている。初めて見る広大な王都の全貌に目を輝かせながら、私はかるーくシルフィーに念じた。


『召喚獣に乗れるんだから、精霊にだって乗れるよね?』


『だから言ったであろう。飛んでいいのかと。言っておくが、我がおかしいのではないからな』


 シルフィーは溜め息をつくかのように、ぽふっと思念を吐き出した。そして、きょろきょろと物珍しそうに眼下を見回しながら、王都の上空を凄まじい速さで飛び始めた。

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