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29 テディ王太子の想い その1

「ハムちゃんって……その……天界に戻ることはできないの?」


「てんかい、ね……てんかい、と……うーん? ふー……なに、それ?」


「ハムちゃんが人界に来る前にいたところだよ。神様がいらっしゃって、大天使様もいらっしゃるところだよ」


「……うん? ……○▼※△は、☆▲※◎だよ。……ふー、★●○▼※が、◎★●○じゃない?」


 考えに考えた最後の一手は、いつものように神のベールに邪魔をされた。


 ハムちゃんは大天使様によって人界へと送り出された。じゃあ、それまでは何をしてたの? と何度か聞いたことがある。でも、ハムちゃんの答えは、僕の頭には入ってこなかった。

 ハムちゃんはしゃべっているのだけど、その思いは僕に届かなくなるのだ。いつもそうだった。ハムちゃんが人界に来る前のことは謎のままだった。


 でも、このままじゃ、ダメだ。ハムちゃんの起きている時間はどんどん短くなり、一日中寝ていることだってある。起きている時だって、何にも食べようとせず、ボーッとしていることが多い。


「ハムちゃんは病気なんだと思うよ。大天使様のところに戻ってみたらどうかな? ハムちゃんのおかげで、王国もずいぶん復興したし、一度里帰りするのもいいよね?」


「……うーん? 里、なのかな? ……そのうち……ね、そのうち……ふー……」


 ハムちゃんはうっすらと開けてた目を閉じて、ゆっくりと小さな小さな息を吐き出した。


「ハムちゃん、ダメだよ。眠らないで聞いて。念じてみて。大天使様のところに帰りたいって。ねえ、お願いだから、ハムちゃん。もう、僕は大丈夫だから、天界に帰って。ねえってば」


「……あんな、とこ……ぜったい、に……いかない……ふー……」


 ほんの少しだけ、ハムちゃんは感情を逆立てた。そして、また眠りに落ちた。




 ハムちゃんの様子がおかしいなと思ったのは、三ヶ月ぐらい前だった。最初は毛がすこしパサついてるな、というぐらいだった。動きも以前に比べて遅くなっているような気がしたけど、ニコニコと話している様子は今までと変わりがなかった。


 でも、だんだん、気のせいではすませられないことが増えてきた。もともと、ハムちゃんはよくしゃべる。見たこと、聞いたこと、思ったことを、コロコロと転がすように話し続ける。

 息継ぎというものがないから、僕の話も聞いてよ、と強引に割り込まないかぎり、ずーっと思念が僕の頭に流れ続ける。

 特に楽しかったことを話すときは、もう止まらない。聞いて欲しくてたまらないっていう感情と一緒に、思念が僕の頭の中をピョンピョンと飛び跳ねる。


 でも、最近はそうじゃなくなった。息継ぎと言っていいかわからないけど、思念と思念の間に空白が増えた。毛並みも前みたいにフサフサじゃなくなった。最近、ヒマワリの種がちょっと硬いんだよね、とハムちゃんが溜め息をついた時になって、ようやく僕は焦燥というものを覚えた。


 神の使いって……いったいなにものなんだろう?


 大天使様は魔族に滅ぼされかけた人族を救い、四本の聖剣を貸し与えてくださった。創世神話にも王国史にも大天使様のことは詳しく書かれている。

 でも、神の使いという言葉は、口伝によって語り継がれているものだ。誰もが聞いたことはあるけど、じつはよくわかっていない。


 ハムちゃんが召喚獣じゃなくて、神の使いなのはまちがいない。身震いするほどの威圧感を振り撒いていた大天使様だって、ハムちゃんのことを気遣っていた。ハムちゃんと魂が繋がっている僕にだけは、プルッキア帝国との決戦の時の大天使様とハムちゃんの会話が聞こえた。

 お前の命は三つだからな。気前よく自爆していると、あっという間になくなるぞ、と大天使様はおっしゃった。ひとつは魔王を倒すときに使ってしまったはずだ。じゃあ、ハムちゃんはあと二つ命を持っている? そんなことを思い返して、僕は愕然とした。


 ――なくなる?


 命を持ってるということは、いつかは死ぬっていうことなんだろうか? ひょっとして、歳をとったりするんだろうか? まさか……寿命があったりするんだろうか? いや、そんなバカなことが、と僕は思った。だって、ハムちゃんは神の使いだ。寿命なんてあるはずが……。そう思ってハッとした。


 僕は神の使いについて何にも知らない。何ひとつ知らない。僕こそ、バカだった。時間はいっぱいあったのに、ハムちゃんについて何ひとつ調べてなかった。今からでも遅くはない。何とかしなくちゃ。そう思った。




 スースーと可愛らしい寝息をたてているハムちゃんを起こさないよう、夜更けにこっそりとベッドを抜け出した。僕より遅く寝て、僕より早く起きることを日課としているハムちゃん。ハムちゃんに内緒にするためには、この時間しかない。それでも、ハムちゃんが元気な頃なら、眠っていても気づかれただろう。できるだけ音をたてないよう、少しだけ扉を開けて、体を滑らせるように外に出た。


 夜も遅い時間だというのに、父上は怒ることもなく僕の話を聞いてくれた。そして、たくさんの資料を僕に見せてくれた。父上はずっと前から、各国に残る神の使いに関する伝承を集めていた。


 神の使いについて、今なお残っている伝承は七つだった。ハムちゃん以外の神の使いは、みんな一角獣だった。ペガサス、ユニコーン、獅子など姿は様々だけど、大きな角を持っていて、斬撃を放つことができたらしい。そして、その力で魔王を倒し、しばらく人界に留まって主を守った後、突如として姿を消した。


 ――姿を消した? 


 すべての伝承はそこで終わっていた。なぜ姿を消したのかまでは触れられていなかった。伝えられるべき真実は、新たな支配者によって書きかえられてしまったと、父上はおっしゃった。そして、ソファに深く沈みこんだまま、グラスにわずかに残っていたお酒をグイッとあおった。


 大陸最高峰であるケブネカイセ山の東西南北に隣接する四つの国は、何度も興亡を繰り返している。魔王率いる魔族の侵攻はそのルート上の国に、目を背けたくなるような爪痕を残す。

 そして、大きな傷を負った国を温かく見守るほど、人界は慈愛に満ちた世界ではない。そうでなくても、この四つの国は周辺の国にいつも狙われている。カルルシェン大陸で流通する金と魔石のほとんどが、ケブネカイセ山周辺で掘り出されるからだ。


 北のアルフダール王国は十五回、南の神聖王国ラーネルは十一回、西のソダンキュラ公国は十回。史上何度となく、周辺諸国に攻め込まれ、その度にたくさんの命が奪われた。


 そして、ティトラン王国は十二回、その主を変えた。


 神の使いが現われるのは、聖剣をもってしても魔王を倒せず、その国が存亡の危機に瀕している時だ。だけど、魔族の脅威を打ち払ったところで、失われた命は帰ってこない。神の使いがいなくなってしまえば、とたんにその国は立ち行かなくなる。神は人界に救いの手を差し伸べてはくれるが、国そのものを守ってくれるわけじゃない。


 そして、歴史は勝者の手によって書き換えられる。この国は神の使いに見捨てられたのだ、と。純然たる軍事力による場合もあるし、外交的な圧力による場合もある。今現在、四ヶ国が独立を取り戻しているのは、聖剣の力によるところが大きい。聖剣は大天使様から貸し与えられたものであるため、この四ヶ国から奪われることはない。国を取り戻すときには、聖剣がいつも旗印となった。


 神の使いに見捨てられたはずの国の民が、神の力を借りて国を取り戻す。おかしな話だろう、と父上は寂しそうに笑った。


「もし、神の使いが亡くなったとしても……」


 父上は僕の肩に大きな手をのせた。


「その死は、絶対に外に漏らしてはならん」

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