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27 ニルス王子の想い その1

 ハーミア様は兄上の肩からフワフワと飛び立つと、僕の手のひらにちょこんと乗っかった。


 こんにちは、ニルス殿下、という可愛らしい声が頭の中に響く。


 神の使いである救国のハムスター様は、触れている相手と念話ができるとは聞いてたけど、まさかこんなにここちよい声だとは思わなかった。それに、手のひらからじんわりと伝わってくる温かさが、僕の体全体をも包み込んでいる。


 ずっと昔に、僕をふんわりと包みこんでくれたお母様のことを思い出した。その頃のお母様は、すでに、ひとりでは起き上がれないほど、体を悪くしていた。お母様には僕を抱きしめる力さえ残ってないんだ。そう思うと、悲しかった。


 ギュッと力いっぱい抱きしめて欲しかった。でも、ハーミア様に触れて、初めてわかった。お母様は僕のことを心の底から大事に思ってて、その気持ちで僕を包みこんでいたんだって。


 ハーミア様はとってもお優しい方だった。


 魔王を倒し、王国に攻め込んできた隣国の大軍も、あっという間に追い払ったほどの力を持っているのに、僕のことをニルス殿下と呼んでくれて、まったく偉ぶるところがなかった。まるで、昔からの友達みたいに、コロコロと転がるような声色で、色々なことを話してくれた。


 生まれつき体が弱かった僕は、ずっとウルネスの離宮で暮らしていた。体にいい温泉が湧いてて、緑にも恵まれた離宮だけど、外の世界とは隔絶された箱庭のようなところだった。


 魔王が王国に攻め込んできていたことも、王国が二度も存亡の危機に瀕していたことも、僕には知らされていなかった。僕を気遣ってのことだとは思うけど、離宮を取り囲む高い壁を乗り越えて、僕の耳に入ってくることは何もなかった。


 ううん。本当はそうじゃなかったのかもしれない。僕自身が、戻れるとも思えない外の世界に、ずっと興味を示さなかったせいかもしれない。そのせいで、離宮のみんなの口が、次第に重たくなっただけなのかもしれない。


 でも、ハーミア様はちがった。ハーミア様は外の世界のことをいっぱい教えてくれた。


 精霊祭や幻獣祭、神祈祭に建国祭に新年の行事など、神の使いとしてありとあらゆる行事に引っ張りだこのハーミア様は、僕の知らないいろんなことをおもしろおかしく話してくれた。


 僕もハーミア様にいっぱいしゃべった。


 普段は無理をすると、すぐぐったりしてしまう僕だけど、ハーミア様に触れているとちっとも疲れなかった。ハーミア様の持っている絶対結界の力が、僕のことも包みこんで守ってくれてたんだと思う。


 ハーミア様に出会うまで、僕はいろんなことを諦めていた。毎日毎日ベットの上で陽が沈むのを見つめて、溜め息をついた。毎日が退屈で退屈でたまらなくて、でも、何かしようとすると、すぐ熱が出て寝こんでしまう。その繰り返しで、だらだらと毎日を過ごしてしまっていた。


 だけど、ハーミア様に触れてから、ハーミア様と話してから、僕は少しずつ変わり始めた。ハーミア様がいる王都に行ってみたいと思った。ハーミア様とお祭りに行って、同じ景色を見て、同じ話題で盛り上がって、一緒に笑ってみたいと思った。


 もちろん、ハーミア様は兄上が大好きだから、僕とずっと一緒にいてくれるわけじゃない。でも、ハーミア様は優しいから、僕にも笑顔を向けてくれると思う。可愛らしい声で応えてくれると思う。


 ハーミア様はよく、シーラっていう人と勇者様の愚痴をこぼす。でも、話をよくよく聞くと、いつもシーラさんのお願いを聞いてあげて、勇者様に迷惑をかけられても、怒るでもなく許してあげている。僕だってきっと迷惑をかけるだろうけど、ハーミア様は笑って許してくれると思う。


 それに、ハーミア様の絶対結界に包まれてから、僕の体はすこしずつ元気になっていった。王都にある王立学園に行くための勉強も始めた。毎日散歩もして、ほんのちょっとだけど筋肉だって付いた。


 この調子なら、王立学園に入学できる十五歳になる頃には、王都で暮らせるようになりますねって、専属の魔術師も言ってくれた。


 僕は大喜びでハーミア様がお見舞いに来てくれるのを待っていた。でも、やって来たのは兄上だけだった。信じられなかった。


 ハーミア様はそれまで、一年に二度、必ずお見舞いに来てくれていた。だけど、ハーミア様が僕に会いに来てくれなかったことが、信じられなかったわけじゃない。兄上がひとりだけで来たのが、信じられなかった。


 ハーミア様はティトラン王国を守ってくださってるって、離宮のみんなは言ってたけど、僕はそうは思っていなかった。


 ハーミア様は兄上が大好きだ。ずっと兄上だけを見て、兄上だけを守っていた。兄上を守るために、そのために王国を守っていた。


 みんなに言うと叱られそうだったから黙ってたけど、ハーミア様とほんの少しでも話せば、誰だってわかることだ。


 ハーミア様にとって兄上はいちばんとかじゃなくて、唯一の存在だった。そのハーミア様が兄上をひとりで離宮に送り出すわけがなかった。


 僕は兄上を問い詰めた。でも、ハーミア様は王宮で楽しく暮らしているとしか、兄上は言わなかった。何度聞いても、返事は同じだった。兄上は何かを隠していた。


 いつも、そうだった。本当に大事なことは、僕には教えてもらえない。お母様が亡くなった時だって、僕には何にも知らされなかった。春が過ぎて、少し暑くなってきた頃だった。ある寒い冬の朝に、お母様が冷たくなっていたって知らされた。


 体が弱い僕のために、体調を崩さないようにって、ずっと隠されてた。僕のために? 本当に僕のために? じゃあ、今度も僕のために何か隠してるの? 僕のために、また、ウソをついてるの? 早く元気になって、王都に行かなくちゃって心の底から思った。


 次のお見舞いの時にも、ハーミア様は来なかった。でも、その頃には僕にはわかっていた。

 王立学園への入学を目前にして、僕がすっかり健康になったと伝え聞いた人たちが、挨拶にやって来た。そのうちのひとりが僕に教えてくれた。


 兄上が同盟国であるルステル王国の第一王女と婚約したって。


 信じられなかった。ハーミア様がいるのに、他の人と婚約するなんてありえないって、僕は言った。でも、その人は笑いながら言った。大丈夫ですよ。将来、第一王妃になられるのはハーミア様ですからって。


 大丈夫なんかじゃない。ハーミア様のことを何にもわかってないって、僕は思った。いちばんじゃダメなんだって、言いそうになった。ハーミア様はいちばんなんかじゃない。唯一なんだって。


 でも、ひとりでお見舞いに来てくれた兄上には、何にも言えなかった。兄上はいずれ国王になる。国王になれば、もちろん後継ぎが必要だ。いずれは、第二王妃を迎えなければならないって、僕だってわかる。たぶん、兄上も苦渋の決断を迫られたんだと思う。


 だけど、ハーミア様は悲しんだんじゃないのかな? ひょっとして、お見舞いに来ないのもそのせいなんじゃないのかなって思った。


 ハーミア様は悲しみにくれて、兄上と一緒にお出かけしなくなったのかもしれない。ハーミア様はちっちゃくて可愛らしくて、とっても心やさしい方だ。兄上のことを想いながら、寂しく泣いているのかもしれない。


 ハーミア様がぽつんとひとりうずくまってると思うと、いてもたってもいられなくなった。僕なんかじゃ、兄上の代わりにはならないけど、ハーミア様のためならなんだってできる。僕にとって、ハーミア様は世界で唯一の存在だ。


 もうすぐだ。もうすぐ、僕は王都に行く。ハーミア様に会って、話を聞いて、それで、ハーミア様がどうしても兄上と王女様の婚約が許せないって言うのなら、できるかぎりのことをしよう。ハーミア様が笑っていられるように。


 僕はそう決意して、王都に向かう馬車に乗り込んだ。

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