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25 予算ってそんなに大事かしら?

 王宮広場で慌ただしく陞爵式と叙爵式が行われた後、シーラはめずらしく私を夕食に誘った。一緒にお屋敷に戻ろうとしていたトールとクレアもモランデル家に招かれた。ご馳走を前にようやくひと心地つこうとした私を気遣うことなく、シーラはまたしても訳のわからないことを言い出した。


「あんた、神の使いってことにしておこうか?」


 シーラは私に向かって顎をしゃくった後、手に持った骨付き肉にかぶりついた。思わず口に運んでいたスープをこぼしそうになった私は、大慌てでスプーンをお皿に戻した。ガチャンという音に、一緒にテーブルを囲んでいたトールとクレアも、シーラに向けていた視線をこちらに送った。


 聖剣を叩き折って大天使を呼び出してから、何もかもが勝手に決められていく。ここらで主導権を奪い返すべきかもしれない。私は疲れた体に鞭を打ち、背筋をピンと伸ばして、シーラにまっすぐ向き直った。


「どうしてまた、そんなことを言いだしたのですか?」


 あんたにはわかんないだろうけどね、と口いっぱいに詰め込んだ肉をモグモグと噛みながら、シーラは器用に普段どおりの声を出した。


「ニルス殿下とのことにしたって、子爵位のことにしたって、ぜんぶ王国のためなのよ。あんたの功績を讃えるだけなら、こんなに急ぎやしないのよ。国王陛下が今日決めたことを、あんなにおおっぴらに宣伝して、その日のうちに叙爵式やるなんてことは、本来ありえないのよ」


 うーん、たしかにバタバタとすべてが急ごしらえだったよね。私はシーラのしゃべり食いに圧倒されながら、王宮広場での出来事を思い返した。




 優しいほうの大天使のおかげで、勇者の公開処刑は中止となった。貴賓席の最上段まで呼び出された勇者は、王様直々に罪を赦され、失った地位も元のままとされた。感極まった勇者に抱擁の突撃をくらった私だったが、勇者が抱きしめたのはハムスター時代と同じく、私の硬質の絶対結界だった。直情型の天然バカである勇者は、シーラともども私に敵判定を受けている。


 王宮広場は地響きのような歓声に満たされ、群衆は拳を振り上げて熱気を振りまいた。王様は満足気に両手を高く掲げ、ぐるっと辺りを見回して、伝令役に軽く顎をしゃくった。

 静まれー! という伝令が四方八方に伝えられ、拡散されていく。声が遠くまで通る人は伝令役という仕事に付けるのだ。異世界って妙な仕事があるんだねと、ハムスター時代に目を丸くした覚えがある。


 広場が水を打ったように静まりかえった。何か他にも重大な発表があるのだろうかと、人々の注目が王族席に一斉に向けられた。熱気を帯びた視線にさらされながら、私は急遽設けられた壇上に立たされた。頬を上気させたニルス王子が、遅れて壇に上がり、私の横にぴったりと寄り添った。


 王様が一段高いところから、私たちに話しかける内容が、伝令役によって広場中に届けられていく。


「我が子ニルスの婚約者であるハーモニー・モランデル嬢よ。ティトラン王国に新たな聖剣をもたらした功績を讃え、子爵の身分と勇者の称号を与えることとする――」


 うーん、なるようになるしかないね。王様の声に遅れて発せられる伝令の声が、やまびこのように広場のあちこちで繰り返される。いたるところから同じ言葉が聞こえてくるせいか、どうにも他人事としか思えない。空にぷかぷかと浮かぶ雲を見ながら、ひょっとしたらどれかが本物で、ほかの雲は伝令なのだろうかと、訳のわからないことを思った。

 ついさっき、王様の口から直接聞かされたとはいえ、これほど目立つ場所で叙爵されるとは思っていなかった。厳密には叙爵ではなく、シーラが伯爵位を貰って、あまった子爵位を私が名乗ることになるらしい。何故だか、前から決まっていたかのように、ニルス王子の婚約者と呼ばれている。あまりにも展開が急過ぎて、理解が追いついていない。ニルス王子が一緒に壇上にいる理由もわからない。


 あれよあれよという間に、こんなことになったのは、おそらく恐いほうの大天使のせいだろう。王様の目の前に現れて、脳内にあの冷酷な声を響かせたのだ。初対面であの悪魔に、償いが必要だ、なんて凄まれたら、卒倒してもおかしくない。バカとはいえ忠実な臣下である勇者の首を差し出すという、つらい決断も下さなければならなかった。胃がキリキリと痛んだにちがいない。その悪魔と交渉して、マイナスからプラスの結果を引き出したのだ。王様にとっては、私こそが天使に見えたのかもしれない。




 王国のためというよりは――、大天使のせいじゃないのかと言いかけた私を、シーラの口から飛び出した、ゲフッという音が遮った。元公爵家令嬢であり、モランデル伯爵家当主であるにもかかわらず、シーラはテーブルマナーに無頓着だ。この世界において、精霊術師であるということは貴族である前に軍人なのだろう。この程度のことで咎める者はいない。


「あんたはしばらく王都にいなかったから知らないかもしれないけど、救国のハムスターがくたばったことがばれたのよ」


 シーラは口いっぱいに肉を頬張ったうえ、さらにグビグビとワインを流し込んだ。ヘビが獲物を丸呑みしたかのように、喉が大きく膨らんだ。


「くたばった?」


 私はシーラの言葉をそのまま、舌の上で転がした。視界がすーっと狭くなった。


「一年半ぐらい前になるかしらね。あんたにとって恋敵だった救国のハムスターは、あっけなく死んだのよ。ずーっと隠してたんだけど、あんたがいない間に、青い魔族四天王にばらされたのよ。今やそのことを知らない奴はいないわ。大ピンチってやつよ。まわりの国はここぞとばかり問い詰めてくるし、プルッキアなんて戦争の準備を始めてるわ。このまま放っておいたら、まちがいなく攻めてくるわ。前の戦いの時に賠償金をこれでもかっていうほどぶんどってやったからね。この機会に取り返そうって腹よ。ホント、ムカつくわね、あいつら。捕虜を生かして帰してやったのに、ハムスターがいなくなっただけで手のひらを返すなんてね。あの連中のせいで、こっちはどれだけ殺されたかわかりゃしないわよ。どれだけ金を積まれても、死んだ奴は帰ってこないのよ。こんなことなら、あいつら皆殺しに――」


「シーラ! ちょっと聞きたいんだが、おまえはハーミア様がいなくなった時、神の御許に帰られたと言っていなかったか? 誰ひとりとして、会議の場でハーミア様が亡くなられたなどと発言する者はいなかったと記憶しているのだが……」


 シーラの怒りが爆発する前に、トールが慌てて口をはさんだ。どうやら、私と同じところが引っかかっていたみたいだ。


「何言ってんのよ、トール。ハムスターが死んだと思ってなかったのは王太子様ぐらいよ。死ぬずいぶん前からへぼへぼだったわよ、あいつ。付き合いがなかった連中ならともかく、あんたにはわかってたでしょ?」


「いやいや、まったくわからなかったぞ。たしかに口数は減っていたし、元気もなかったが、そもそも神の使いが亡くなるなんてありえないだろう?」


「えっ? あんた、バカなの? 再召喚の魔石欲しさに言わなかったんじゃないの? 実際に精霊省にしたって、召喚獣省にしたって、神の御許とやらに帰ったことにした方が予算が増えたでしょ? 死んだなんてことにしたら、精霊省だって予算が増えないのよ。帰って来ないってわかっているハムスターを、誰が大金注ぎ込んで探すのよ? だいたい、一番予算が増えたのは召喚獣省でしょ? ハムスターを再召喚するためにって、前の年の倍の予算もらってたでしょ?」

 

 トールのみならず、クレアの口すら開きっぱなしになっている。要するに、シーラは私が死んだと確信してたけど、精霊省の予算獲得のために言わなかったということか。さすがは、シーラだ。私の葬式をあげようともせず、金目当てで私が出ていったことにしてたのか。


 私はジト目のせいで狭くなっている視界の中を、すーっと眼球だけトールのほうに向けた。私の冷たい視線を感じたのか、トールはぶるっと体を震わせて、顔はシーラに向けたまま視線だけをこちらに滑らせた。


「いやいや、私はハーミア様が亡くなったなどとは、断じて思いもよらなかったぞ。そんなことを考えていたのはシーラだけじゃないのか?」


 シーラに向かって力説しているように見せかけて、私に弁明しているのだろう。焦りを含んだ眼差しが、身の潔白を主張している。


「何言ってんの? 誰だって死んだと思ってたはずよ。口に出さないだけでね。それとも、王太子様と同じで認めたくなかっただけなんじゃないの? 死んだのよ、あいつは。二度と帰ってこないのよ。認めようと認めまいと結果は同じよ」 


「いやいやいやいや、そんなはずが――」


 シーラの言ってることは、今まで聞かされていた話とずいぶん食い違っている。泡を食って横槍を入れようとしたトールだったけど、シーラにあっさりと一蹴された。


「じゃあ、あんたも勇者と同じでバカなのよ。あれだけ王太子様のことを気に入ってたハムスターが、黙っていなくなるわけがないでしょうよ。揃いも揃ってバカなの? 現実をしっかり見つめて、先に、先に、手を打たなきゃ国が滅ぶわよ」


 シーラは私に向き直り、吐き出す言葉からトゲを抜いた。


「ウソでも何でもいいのよ。あんたを神の使いっていうことにして、戦争を避けるのよ。あんたは大天使から直々に聖剣を手渡されてんのよ。プルッキアだって迂闊に手を出せないわ。大天使を敵に回せばどんな目に会うか、連中は知ってる。たかだか四年半しか経ってないのよ。忘れるわけがないわ」


 視界の隅で、トールが弁解しようとした声を溜め息に変えた。


「今日集まってた大観衆の前で、国王陛下があんたを子爵にしたのも、ニルス殿下の婚約者だとおっしゃったのも、ぜんぶ王国を守るためなのよ。まわりの国がちょっかい出してくるのを、あんたという看板で弾き返すのよ。ハムスターのおかげでずいぶん時間を稼げたわ。できれば、あと十年。あんたの力で時間を稼ぎたいところね」


 まさか、シーラの口からハムスターを褒める言葉を聞けるとは思いもよらなかった。ただ、失ってしまった力を思い起こす度に、ごっそり気力が削がれる。私は伸ばしていた背すじを丸めながら、ゴニョゴニョと口ごもった。

 

「でも、私は救国のハムスター様のように王国を守る力を持っていませんし……」


「守れなんて言ってないわよ。殴り返す力があれば充分よ。せっかく、モランデル家が公爵まで上り詰める道を確保したのよ。王国に手を出してくる奴は、容赦しないわよ。地獄の底まで叩き落としてやるわ」


 金色の目に力を込めて、シーラは鼻からフンッと息を吐き出した。トールが驚いたように、シーラに向かって首を突き出す。


 公爵は無理なんじゃないか、と言いかけたトールに、ぐいっと顎を突き出したシーラは上から目線で、もう一度、フンッと鼻息を吐き出した。


「何言ってんのよ、トール。万年伯爵のレンホルム家なんてあっという間に追い抜くわよ。考えてもみなさいよ。第二王子を外に出すのよ。しかも、婿養子としてね。伯爵家ごときに第二位の王位継承権を持った直系の王族を出せると思ってんの? 婚姻までこぎつければ、モランデル家は公爵に叙されるわよ。それまでには侯爵位も貰ってるだろうから、私はそれを持って隠居するわ」


 シーラはトールを見下したまま、いいことを思いついたわ、と口を端を持ち上げた。


「せっかくだから、あんたがハーモニーを召喚したってことにしてあげようか? あんたって神の使いを召喚した実績があるからね。そういうことにすれば、あんたの点数稼ぎにもなるし、ハーモニーが神の使いだっていう裏付けにもなるし、一石二鳥ね。王国内はともかく、他の国にはそういう噂をばらまけばいいのよ」

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