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22 無人島生活ってどうかしら?

 空高くからの王都観光を終え、精霊界へと帰っていったアウロラを見送った後、私とシルフィーはシーラの天使のような笑みに迎えられた。シーラの善人面と仏面は見たことがあるが、天使面は初めて見た。最大の警戒体制を敷いて、営業スマイルを返した私の機先を制するように、シーラが優しい声を投げかけてくる。


「あれが、あんたが言ってた最強の精霊ってやつなの? いったい何の精霊よ、あれ? 雪を降らす精霊なんて聞いたことないわね。風の精霊も火の精霊も知らないって言ってたし、四精霊じゃないのかしら?」


「精霊界唯一のオーロラの精霊です」


 シルフィーが一緒にいる間は、アウロラを氷の精霊だとは言えない。シルフィーのアウロラに対する態度は、愛しい我が子を見守る父親を思わせる。迂闊なことを言うと、モンスターペアレント化する恐れがある。


「オーロラって何? 聞いたことないけど?」


「えーっと、南極とか北極とかで見られる光のカーテンみたいなものですね」


「ふーん。で、どんな力を持ってるの?」


 いつもであれば短気な脳をフル回転させて、自分で答えを埋めていくのだけど、天使面のシーラは人の話を聞く能力を持ち合わせているようだ。最強の精霊と契約したことだし、機嫌がいい時の顔なのかもしれない。


「まわりのものをすべて凍らせる力を持っているそうです」


「ふーん、じゃあ、どっか遠くで調べてきて。凍らせる範囲や強さもね。しばらく王都に帰って来なくていいわ。っていうか、しばらく姿を消しといて。あれだけ天気が良かったのに、雪降らしたのがうちだってばれたら、苦情が殺到するわ。あとね、召喚したらみんな凍りましたって、シャレになんないわよ。氷の精霊だかなんだか知らないけど、使いもんになるまで王国内で召喚しないでよ」


 シーラは天使面のまま、シッシッと手を振って私を追い払う真似をした。天使顔恐るべし。どうやら、絶妙な損得勘定のバランスの上に成り立っている笑顔のようだ。最強の精霊がもたらす厄災と利益を、天秤の上で量りかねているのかもしれない。

 でもね、シーラ。氷の精霊って言うな。シルフィーを怒らせても知らないぞ。オーロラだよ、オーロラ。そう言いたかったけど、シーラは私に反論の機会を与えず、あっという間に姿を消した。


 その後、私は執事さん同伴で、普段は使わせてもらえないモランデル家の馬車に乗せられ、トールのお屋敷まで送り届けられた。レンホルム伯爵家でも今日の大雪は話題になっていたようで、シーラからの書簡を受け取ったオリーヴィア様も、私に天使のような笑みを向けた。

 どうやら、旅に出ることになった私は、お屋敷で食料と着替えをカバンに詰めさせられ、今度はレンホルム家の馬車で王都郊外まで送られた。辺りに誰もいない道はずれで私は馬車を下ろされ、道中ずっと泣き出しそうにうつむいていたターニャに別れを告げた。


「私はいつまでもお嬢様のお帰りをお待ちしております」


 再召喚したシルフィーにお姫様抱っこされた私に、ターニャは涙をぽろぽろとこぼしながら叫んだ。

 あれっ? そんな深刻なことになってるの? と首を傾げながら、私は大きく手を振った。

 シーラの屋敷を後にしてから、私はもうこれで精霊契約陣に乗らなくていいという解放感と、この機会にアウロラにもっと人界を見せてあげようという使命感に背中を押され、流れのままに旅に出ようとしていた。でも、シルフィーの腕の中で流れる景色を見ながら思い起こしたターニャの様子は、私が思い描いている状況と、どこか食い違っているような気がした。

 シーラめ、どんなことを書いたんだ? ちゃんと、アウロラの能力を調べに行くって書いたんだろうな? 今さらながら、私は書簡の内容を聞かなかったことを後悔した。


 


 その三時間後。大海原の真ん中で見つけた小さな南海の孤島の、岩礁に囲まれた小さな小さな砂浜に、私たちはいた。海がないティトラン王国から南へ、シルフィーの最速飛行でふたつの国の領空を無断で通過した私たちが見つけたこの島は、まさしく南国の楽園だった。ついさっきまでは。

 明日から四月だというのに、アウロラを召喚した瞬間から、季節は真冬へと逆戻りした。


『ほぇー! これが海かえー! おお、キラキラしておるぞ! オーロラの精霊であるわらわに挑戦するとはおもしろいぞな! でかしたぞー! どんとこいじゃあ!』


 無人島の砂浜に降り立ったアウロラは、短い手をパタパタと振り、短い脚を懸命に動かして、波打ち際へと駆けた。

 キーン、キーンという、よちよち歩きとは思えないアウロラの足音が辺りに響き渡る。おそらくは、足元の砂が凍って、霜柱がきしんでいる音なのだろう。もう少しで寄せる波に足を洗われそうになった時、ピキピキピキピキという音とともに、波がその動きをとめた。アウロラは不思議そうに全身を光らせながら、さっきまで海水だったものを可愛らしい指で突いた。

 パシャーンという音を響かせながら、氷が粉々になって飛び散り、その下に隠れていた海水が、また凍って色を変えた。


『うむ? これは氷じゃな。どういうことぞな?』


 しゃがみこんだアウロラが、じわじわと沖に向かって進んでいく。指で突く度に、氷が割れ、また凍っていく。短い脚を折りたたみ、一歩進んでは氷を割り、一歩進んではまた氷を割る。気が付くと波打ち際からすっかり離れていた。アウロラはキョロキョロと辺りを見渡し、ふと海の上に立ちあがった。


『わらわは寒いところに住んでおるから、まわりの物がすべて凍っておると思っておったのじゃが……ちがうのかの?』


『うーん……アウロラはオーロラの精霊だからね。凍らせる力もあるんだろうね』


『オーロラというのは、冷たいものなのかや?』


『そうだね。たしか、空の高いところにあるからものすごく冷たいんじゃなかったかな? ひょっとして、虹の精霊のほうがよかった?』


 アウロラはキシキシと氷を踏みながら戻ってきた。そして、大きく両手を広げて、私を見上げた。小さな子供が抱っこをせがむ時にするポーズだ。キラキラと輝く体に、海と同じ青の光が増えている。気分が沈んでいるようだ。私はアウロラの脇に手を添えて、大きく持ち上げて肩の上に顎を乗せた。


『オーロラのほうが虹よりも上にあるのかや?』


『うん、そうだよ。ずっとずっと上のほうにあるよ』


『では、オーロラでよいぞな。わらわは孤高の存在じゃからな』


『孤高などとえらぶってる場合ではないぞ。さっそく力を抑える練習をするぞ。触るものを凍らすのはどうにもならんだろうが、冷気を振り撒くのは抑えられるはずだ。この辺りは暖かいからわかりやすかろう』


 様子を窺っていたシルフィーが、やれやれといった様子で思念を送ってきた。


『ふむ? 抑えるとどうなるのじゃ?』


『そうだな。ハーモニーに抱いてもらえば、人界ならどこへでも行けるようになるな。周りが冷たくならないから、魚でも鳥でも何でも目の前で見えるようになるぞ』


『ほぇー! そうなのかえー! うむうむ、どんとこいじゃ! さっそくやってみるぞえ!』


 キラキラ度が増し、赤い色が増えた。ただ、振り撒かれる冷気も増し、吹雪のように雪が舞い踊っている。


『まずは、やる気を出さないようにしろ。今と逆のことをやればいいだろう』


『ほぇー! 逆とな!? ど、ど、ど、どうやるのじゃあー!?』


 混乱気味の思念とともに、吹雪がいっそう強まる。どうにも前途多難だね。あと一週間で王立学園の春学期が始まるというのに、それまでに何とかなるのかな、と思いながら、私はふーっと白い息を吐いた。


 私はシルフィーとアウロラを残し、寝るところを確保すべく、浜辺近くに見つけた洞穴に向かった。最強なうえに、天真爛漫で可愛らしいアウロラとこうして一緒に過ごせること自体は悪くはない。いや、悪くないどころか、ピクニック気分でテンションが上がっている自分がいる。


 でもね。子爵令嬢が無人島で洞穴生活って、どうなんだろうね。私は人ひとり寝転がるのが精一杯の空間に座りこんで、南国の楽園に降りしきる雪を眺めた。

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