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21 オーロラの精霊でいいんじゃないかしら?

 絶好のハイキング日和だった。とはいえ、南極点近くの急峻な山脈を登ろうなんて思う登山家が、精霊界にいるとは思えない。シルフィーですら天候が悪いと近寄らずに引き返すという極寒の地だ。


 山裾ではところどころ黒い岩肌が姿を見せていたけど、高度を上げるにつれ氷一色の世界へと変わっていく。夏だというのに命の営みをまったく感じさせない精霊界きっての不毛の地。水の精霊は凍ってしまうのを恐れて逃げだすし、炎の精霊はもちろん近づこうともしない。土の精霊は厚い氷にはばまれて、姿を現わせない。風の精霊でさえ、シルフィーほどの力がなければ、身が切られるらしい。


『もうすぐだ。夏とはいえ、これほどの快晴はめずらしいな。いつもこんな天気だと、もっと遊んでやれるのだがな』


 わざわざ道案内に来てくれたシルフィーが、上機嫌で話しかけてくる。優しさの欠片も持ち合わせていないと思っていたシルフィーだけど、今から紹介してくれる精霊のことは、ずいぶんと気にかけている。

 私を紹介してくれるのだって、その精霊を思ってのことだ。たまたま、その子が最強の精霊であるというだけで、私のことを思ってではない。私にはまったく優しくないけど、精霊仲間には優しいのかもしれない。


 この場所から離れられないその子に、私と契約させて外の世界を見せてやりたい、とシルフィーは言った。そして、できうるならば、その子と友達になって欲しい、と。極寒の地で生まれたその子は、シルフィー以外に友達がおらず、ずっと寂しい思いをしてきたらしい。


『見えたぞ。あそこだ。ほら、手を振っているぞ』


 シルフィーが一気に速度をあげて、氷で覆われている山頂へと降り立った。目を凝らしてみると、たしかに小さな子供のような精霊が、キラキラと虹色に光を反射させている。私は二ヶ月近い旅の終着点を見つけて、ホッと安堵の息を吐きだした。


『初めまして。私はハーモニーっていうの。よろしくね』


 精霊契約陣の向こうに見える虹色の精霊はずいぶんと小さく、人であれば一歳児程度の背の高さだった。精霊の外見は年齢とはまったく関係がない。どう声をかけようかと迷ったのだけど、友達になるのならくだけた話し方のほうがいいだろう。


『おー、しゃべったぞ、こやつ! これが、人族という奴なのか! ほぇー! 初めて見たぞえ! でかしたぞ! うむうむ、苦しゅうないぞ! どんどんしゃべってみよ! ほれ! ほれ!』


 しゃべる度に全身が虹色にキラキラと輝く。キャラも濃そうだが、そういえば、何の精霊なんだろう? 四精霊の範疇に収まりそうにない輝きに、私は目を細めながら口の端をキュッと押し上げた。


『ものすごくキラキラしてるけど、あなたは何の精霊なの?』


『おー、またしゃべったぞ、こやつ! うむうむ、キラキラとな? うむうむ、褒めておるのじゃな。風よ。こやつ、なかなか気が利くではないか』


 どうやら、思考もお子様のようだ。見た目よりはしっかりしてるけど、本当に最強の精霊なのだろうか?


『うむうむ、わらわが何の精霊とな? ふむ? そういえば、考えたこともなかったぞな。おぬしが教えてやれ、風よ』


『うーむ、わからんな。ハーモニーが決めればよかろう? 人族は決め事が好きだからな。勝手に呼び名もつけられるぞ』


『ほぇー! そうなのかー!? うむうむ、どんとこいじゃ。決めてみよ、ハーモニーとやら』


 お子様精霊はキラキラと輝きながら、小さなこぶしで胸をドンと叩いた。さっきよりも緑の光が増えたような気がする。ひょっとして、気分が色に反映されるのだろうか?


『うーん、そうだね。ものすごく輝いているし、色もコロコロ変わるからね。虹の精霊かな。でも、ここって南極だからね。あー、オーロラの精霊ってどうかな?』


『ほぇー、オーロラとな。うむうむ、きれいじゃからな。ますます、いい奴ではないか。気に入ったぞえ。よしっ、わらわは今日からオーロラの精霊じゃ。うむうむ、なかなかによいものじゃな。では、次は名前とやらじゃな』


 思念で意思を通じあう精霊同士は、名前というものを必要としない。念話そのものに相手を特定する気持ちが含まれているからだ。ただ、私は元々人だったせいか、名前で相手を呼ぶ習慣が身についている。相手の名前がわからないと、落ちつかないのだ。


『うーん、そうだね。オーロラの精霊だから、アウロラはどうかな?』


『おー、アウロラとな。ふむふむ、よいぞよ。ハーモニーとアウロラじゃな。よしっ、覚えたぞよ。ふーむ、それで、ハーモニーはわらわの、その何だ……になりに来てくれたのじゃな?』


 今度はピンクの色が増えた。体をくにゅくにゅさせて、頭をあちこちに向けている。照れてる、のだろうか?

 あっ、そうか。この子はずっとひとりで生きてきたんだ。友達と呼べるのはシルフィーだけ。たぶん、ニルス王子よりも人見知りだ。私からグイグイいったほうがいいだろう。


『うん、そうだね。今日はアウロラと友達になるために来たんだ。私と友達になってくれるとうれしいな』


『ほぇー! そうなのかや!? うむうむ、よいぞよいぞ。わらわとそなたは友達じゃ。その……それでじゃな……、わらわはここから外に出たことがないのじゃ。歩くのも遅くてな。体を浮かすこともできんのじゃ。しかも、寝て起きると必ずこの場所に戻っておるのじゃ……』


 青い色が増え、気分が沈んできているのがわかる。この子、わかりやすくて助かるな。


『うん、大丈夫だよ。私と契約すると人界に行けるようになるからね。いろいろな景色を見せてあげられるよ。ねえ、シルフィー?』


『うむ、ハーモニーなら大丈夫だ。絶対結界に守られておるからな。そなたに触ることすらできる。安心していいぞ』


『ほぇー! 夢のようじゃな! 触ってもよいのじゃな。うむうむ、さっそく契約とやらをするぞよ、ハーモニー。ほれ! ほれ!』


 赤い色が増えた。ホントわかりやすいね。


『うん、じゃあ、アウロラが私に望むことと、私のためにできることを言ってみて』


『ほぇー! いいのじゃな、言っても!? そうじゃな、たまに会いにきて話をしてほしいのじゃ。それから、たまにでいいから、人界を旅してみたいぞな。それから、それから、たまーにでいいから、わらわを抱っこして欲しいのじゃ。うむうむ、それくらいかの。あとは、そなたのためにできることじゃな。うむうむ、友達じゃからな。わらわはそなたが困ったことがあれば、助けてやろう。なんなりとわらわを頼るがいい。どうじゃ?』


 赤とピンクがチカチカする。無表情の精霊顔だけど、頬っぺたや耳のあたりがピンクだし、目が真っ赤に光っている。精霊なのに、ずいぶん表情があるんだね、と感心しながら、私は大きく頷いた。


『じゃあ、契約ね。私は――』


『待て、ハーモニー!』


 焦ったようなシルフィーの声が頭に響き渡る。何かまずかったけ? と思いながら視線を送ると、グイッとシルフィーが精霊契約陣に近づいてきた。


『我を先に召喚しろ。まわりに上昇気流を作って、被害を最小限に抑えてやろう』


『えっ!? 被害って……何の?』


『この子は外に出たことがないからな。力を抑えるということを知らんのだ。放っておけば、どうなるかわからん。風を起こして上空に逃がす』


『うーんっと……よくわからないけど、シルフィーがいれば大丈夫なんだね』


『まずいと思ったら、すぐさま召喚を解除しろ。気を抜くな。一瞬でも遅れれば、大変なことになるぞ』


 今までに感じたことのないほどの緊迫感が、念話を通してシルフィーから流れ込んでくる。とはいえ、ここまで来たら、後には引けない。アウロラは期待で全身を輝かせている。私は一途な想いに弱いのだ。


『自由の象徴たる風の精霊シルフィーよ。精霊界より人界へとその姿を現せ』


 普段は名前を思い浮かべるだけなのだけど、精霊契約陣に影響を与えないように、慎重にシルフィーを呼び出す。シルフィーの緊迫感のせいで、私の心拍数がどんどん上がってくる。


『ちょうどいい。たしか、シーラだったな。あやつの風の精霊も呼びださせろ』


 えっ? と驚きながら、後ろを振り返るとシーラがいた。今日まで一度も姿を見せなかったシーラが、すぐ後ろにいた。恐ろしいな、シーラ。何故、今日だとわかったんだろう。昔から、自分の利害が絡むと必ず出て来る。予知能力でもあるのかもしれない。


「シーラ様、精霊と契約をしようと思うのですが、被害が出る可能性があるので、風の精霊を呼び出してもらっていいですか?」


 こういう時のシーラは頼りになる。自分の利益になると見れば、ためらうことはない。即座に風の精霊を呼び出し、不測の事態に備えさせた。

 私は今か今かと期待でピカピカ体を光らせながら手を伸ばしているアウロラに、精霊契約陣をぴったりとくっつけた。精霊契約陣越しに手を合わせ、ぐっと力を込める。


『私は友達であるアウロラの望みを叶えるって約束するね。アウロラは私が困ったら助けてね。じゃあ、契約よ。人界と精霊界を結ぶ精霊契約陣よ。異界の扉を開き、虹色に輝くオーロラの精霊であるアウロラを迎え入れよ』

 

 一拍おいて、透明のガラスのようだった精霊契約陣が眩く光り、精霊界から強烈な冷気が流れ込んできた。体が凍るかと思われるほどの冷たさに、私は全身を震わせた。だけど、そう感じたのは一瞬だけだった。身を切るほどの冷気を敵の攻撃と判断したのか、絶対結界が発動した。

 同時に、アウロラの手が私の手に触れ、精霊契約陣が精霊界に沈みこむように高度を下げた。慌てて、私はアウロラを引っ張り上げ、肩に顎を乗せるようにして抱っこした。アウロラは私のへそより少し高いくらいのちびっこだ。しかも、絶対結界が発動しているので、重さを感じない。


 アウロラは驚いたように、虹色の姿を絶え間なく光らせていた。ふと見ると、私の体もピカピカと光っている。攻撃を受けているかのような輝きだ。シルフィーが私たちのまわりを高速で旋回し、アウロラから溢れる冷気を上空へと逃している。シーラのシルフも風の壁のようなものを作り出し、慌ただしく動き回っている。シーラが火の精霊を呼び出した。かなりの冷気が外に漏れ出ているのだろう。


『逃がしきれん! 一気に上空へ飛ぶぞ!』


 シルフィーの思念が脳内に響き渡る。次の瞬間、私の体は宙に浮いていた。お姫様抱っこだ。アウロラを抱えた私を、さらにシルフィーが抱えて一気に空を翔け昇る。視界が凍ったように真っ白になった。シルフィーが作り出した上昇気流の真ん中を、吹き飛ばされたかのように体が跳ねた。


 ふと気が付いた時、視界いっぱいを白いものが覆い尽くしていた。雪だ。遠く眼下に広がる王都に雪が降っていた。おかしいな。さっきまで雲ひとつない天気だったのに。雪が降るような気配はこれっぽちもなかったのにな、と思いながら辺りを見渡した。


『おー、抱っこじゃな。ハーモニー、これが抱っこなのじゃな。しかも、人界が見えるぞな。おお、夢が一度にふたつも、いや、みっつも叶ったぞな。いや、よっつじゃな。空を飛んでおるぞな。おお、人の力とはすごいものじゃな』


『うん? そういえば、抱っこってそんなに大事なの? シルフィーにしてもらわなかったの? 空を飛んでるのもシルフィーの力だよ?』


 うん? と首を傾げながら、アウロラに目をやると、その体はキラキラとめまぐるしく色を変えながら、冷気を絶え間なく撒き散らしていた。この子ってオーロラの精霊なんかじゃなくって、雪の精霊か氷の精霊なんじゃないかな。そう思いついたところで、シルフィーがあっさりと答えを出した。


『アウロラに触れることができるのはそなたぐらいだ。最強の精霊だと言ったであろう? すべてを凍らせる力をこの子は持っているのだ。ただ、それゆえに、誰もこの子に触れることはできん。力なきものは近寄ることすらできん。そなただけがこの子の本当の友達になれるのだ。そなたには感謝してもしきれんな』


 快晴の王都にしんしんと雪を降り積もらせながら、アウロラは「あぅっ!」とか、「ひゃぁ!」とか、「はわぁっ!」などという歓喜の声を休む間もなく振り撒いていた。見ているものを幸せにさせるほどの、屈託のない真っすぐな喜びがそこにはあった。

 

 そうだね。この姿を見るだけで、腰の痛みが消えていくようだね。うんうん、苦労が報われたね。


『それはそうと、シルフィー。この子ってオーロラの精霊っていうよりは、こお――』


『さすがはオーロラの精霊だな。見ているだけで心が癒やされるな』


 シルフィーは慌てたように、ボリュームいっぱいの思念を送り込んできた。なるほど、最初からわかってたんだね。まあ、いいか。精霊界にこの子しかいないんだから、オーロラの精霊であろうが、氷の精霊であろうが、どちらでもいいか。

 私はアウロラの背中を撫でながら、シルフィーの言うとおりだね、と大きく頷いた。

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