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17 王子様がだまされそうかしら?

「さてと……あんたってホントに想定のはるか上を行くわね。しかも、なんにもわかってないんでしょうね。まあ、あんたって表情がないから、実際は何考えてんのかわかんないけどね」


 あきれたような表情を浮かべたシーラが、私とクレアの間にぐいっと割り込んできた。軽く手を振ってクレアを追い払おうとしたシーラだったが、クレアは軽く頭を下げただけで、その場から動こうとはしなかった。


「何なの、あんた? 母娘の会話に聞き耳を立てようっていうの?」


「任務中です」


「あんた、ニルス殿下の護衛でしょ。あと一時間は出てこないんだから、今のうちにゆっくり休んでおきなさいよ」


「私はニルス殿下とハーモニー様、おふたりの護衛です」


 精霊宮殿の深部には王族と宮殿の関係者しか立ち入れない。ニルス王子を見送った私とクレアは、宮殿の控えの間の壁際で、精霊祭の出席者に振る舞われる料理をパクついていた。

 王族が奥の間で精霊への感謝の捧げる儀式をおこなう間は、私たちにとっては休憩時間にあたる。午後からは精霊宮殿から王宮に向けてパレードが再開されるのだ。正直言って、クレアとふたりでゆったり過ごしたい。シーラと一緒にいては休憩にならない気がする。


 クレア相手では分が悪いとみたのか、さすがのシーラも軽く舌打ちをしただけで、矛先を私に向け直した。


「あんた、馬車に乗ってる間ずーっと、ニルス殿下にべったりくっつかれてたわよね。王宮から精霊宮殿までずーっとよ。沿道で見てた連中がどう思ったかわかる? うしろの馬車には、王太子様とアンジェリカ王女様が乗ってんのよ。その前がニルス殿下とあんたよ。しかも、あんたたちのほうがどう見ても仲がいいのよ。いや、仲がいいどころじゃないわよ。はっきり言って、暑苦しいわよ。十月なのよ、もう。ずいぶん涼しくなったっていうのに、見てるこっちが暑くなんのよ」


 シーラのこめかみがピクピクと動いている。話している間にも、だんだん口調がきつくなってきている。

 とはいえ、腕を組むのはニルス王子の癖みたいなものだし、味方判定しているニルス王子を引き剥がすのは、私の腕力では不可能だ。同じくらいの背丈とはいえ、ニルス王子のほうが私より力が強いのだ。それに、公式行事に初めて参加したニルス王子はかなり緊張していた。無理やり距離をとれば、ニルス王子の笑みが消えてしまっていただろう。ついでに言うと、シーラが暑かろうが寒かろうが、私の知ったことではない。


「――って言っても、暑いのをどうこう言ってんじゃないのよ。誰がどう見たって、あんたってニルス殿下の婚約者にしか見えないのよ。しかも、今年の精霊祭の主役は、まちがいなくあんたの契約してる風の精霊なのよ。それが、あんたたちの馬車の上で浮かんでんのよ。目立ち過ぎよ。初めて公式行事に姿を現した第二王子が、神の加護を持った婚約者連れてんのよ。しかも、魔族四天王を倒した精霊付きでね。あんたならこの意味がわかるわよね?」


 シーラは突然、クレアに同意を求めるかのように振り返った。しかし、クレアはすでに省エネモードに入っていた。おそらく、頭脳は高速で回転しているのだけど、表情にはそれを一切出さないのだ。シーラは無表情のクレアを見て、またしても小さく舌打ちをした。


「だんまりね。トールは良い部下を持ってるわね」


 褒めた、のだろうか? シーラはかるく首を傾けた後、再び私に向き直った。


「ふー、ニルス殿下ね。そんな目が出るときには、この国がどうなってるかわかんないわ。こうなったら、いっそのこと、ニルス殿下をこっちに貰おうか。ただ、王子様を入り婿にするっていうのは、ハードルが高いわね。前例がないわ。とはいえ、ニルス殿下を公爵にしてしまうと、あんたを使いにくくなるしね。やっかいなことしてくれるわね、あんた」


 シーラがジト目でわたしを見つめながら、訳のわからないことをぶつぶつとしゃべっている。私に言っているのか、独り言なのかもよくわからないのだけども、またしてもシーラはクレアを振り返った。


「あんた、どう思う?」


 ひょっとして、シーラはクレアのことを気に入っているのだろうか? そう思いながら、クレアにちらっと視線を送ると、まさかの事態が起こった。なんと、省エネクレアが口を開いたのだ。


「モランデル子爵様はハーモニー様を後継ぎになさるおつもりなのですか?」


「あたりまえじゃないの」


 クレアがシーラに話しかけたのにも驚いたが、シーラの返事にはもっと驚いた。あたりまえって何なの? 血の繋がってない私を後継ぎって、どういうつもりだろう?


「ハーモニー様はどうお考えなのですか? 王太子様のことはよろしいのですか?」


 クレアがシーラにではなく、私に声をかけてきた。切れ長の緑の目が、私にやさしく瞬きかけてくる。


「王太子様? あんた、王太子様とも幼馴染みなの? たしか、ウルネスの離宮と関わりがあるんだったわよね。オスカリウスだったっけ? その関係?」


 シーラが甲高い声をあげた。だけど、シーラは超高速で答えを導き出すことを信条としている。たんに気が短いだけのような気もするけど、そのおかげで返事をする必要がない。大助かりだ。

 ただ、クレア相手にはそうはいかない。それに、クレアは私と王太子様のことを気遣ってくれたのだろう。はっきり伝えておいたほうがいい。私はもう王太子様の婚約者じゃない。


「ありがとうね、クレア。王太子様とアンジェリカ王女様って本当にお似合いよね。それはそうと、シーラ様。王宮を出る前のことですが、君は本当に人なのか? と王太子様に聞かれたのです。どうも、シルフィーに乗れることを不思議に思われたようです。攻戦の時にも、勇者様に魔族とまちがわれて斬撃を放たれましたし、どうしたものでしょう?」


 察しの良いクレアはこれでわかってくれるだろう。ついでに魔族疑惑はシーラに対処してもらおう。本当に私を後継ぎにしようとしているのなら、私が魔族だと思われるのは困るだろう。大急ぎで大太子様を説得してくれるにちがいない。


「大太子様もなの!? いや、それはないわね。あんたが精霊に乗れたり、魔族の武器を使えたりするのは、おそらく神の加護のおかげよ。結界を身に纏ってるわけだからね。大天使の加護を持っている王太子様なら、そのへんはわかってるはずよ」


 シーラは眉をしかめた後、問題はないと判断したようで、軽く顎をしゃくって私に応えた。


「――で、ニルス殿下のほうはどうよ?」


「私の領分を越えます。ニルス殿下に直接お聞きになってはいかがですか?」


「ふーん……それも、そうね」


 シーラはクレアの応えに満足したのか、ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべた。そして、予想よりはるかに早く控えの間に戻ってきたニルス王子に、シーラはクレアの助言を実行に移したのだ。私とクレアの予想をはるかに上回る形でもって。




「ハーモニー、お待たせー!」


 控えの間の隅々にまで響き渡る声とともに、ニルス王子は私の元へと文字どおり飛びこんできた。味方判定を受けているニルス王子の突撃に、少なからぬダメージを受けながらも、私はなんとか転ばずに踏みとどまった。

 ニルス王子は宮殿関係者との昼食会を早々と抜け出し、王太子様たちより一足早く控えの間に現われたらしい。あまり食事をとっていないらしく、いつものように右手で私の手を握り込み、効き手である左手でひょいひょいと料理をつまみ始めた。

 そこに、善人面を浮かべたシーラがすすっと近寄り、小声で営業トークを開始した。


「娘がいつもお世話になっております、ニルス殿下。精霊宮殿の四精霊の彫像はいかがでしたか?」


「ハーモニーのお母様でしたね。初めて見ましたが、立派なものでしたね。ただ、ハーモニーの精霊であるシルフィーのほうがかっこいいですけどね。そうそう、ハーモニー。ハーモニーの言ってたとおり、プリムラの花がいっぱい敷き詰められてて、いい匂いだったよ」


「まあ、そうなんですの。たしかに、ニルス殿下からプリムラのよい香りがしてまいりますね。よく知ってるわね、ハーモニー。さすがは私の娘ね」


 少しはシーラへの警戒心が解けてきているのだろうか。人見知りするニルス王子にしては、よく話しているほうだ。視線はほとんど私のほうを向いているけど。


「ところで、ニルス殿下はハーモニーのことをずいぶんと気に入ってくださっているようですが、ひょっとして将来のことを約束されているのですか?」


「約束?」


 シーラの言っていることがさっぱりわからなかったのだろう。ニルス王子は小さく頭を傾けた。


「ご存知かもしれませんが、モランデル子爵家は精霊術師としての功績を認められ、私が興した家でございます。ゆえに、モランデル家の後継ぎは、ティトラン王国一の精霊術師であるべきだと、私は考えております。しかし、そうは申しましても、私にも肉親の情というものがございます。できうることならば、モランデル家の後継者であるハーモニーには、私の末弟であるユリウスを婚約者にと思っておりました」


 芝居がかったシーラの言葉に、私のみならずニルス王子の動きがとまった。


「しかしながら、殿下とハーモニーの様子を陰ながら見守っておりましたところ、まさに相思相愛、いや、これは将来を誓い合った仲であろうと確信いたしました。私としましても、愛し合うふたりの仲を裂くなどということはできません。モランデル家をハーモニーに継いでもらうということは譲れませんが、ニルス殿下がハーモニーの伴侶となるのに反対する気はございません。もし、ニルス殿下がその気であれば、このシーラ・モランデル、ふたりの愛を全力でもって応援させていただきます」


 およそ、シーラとは無縁なはずの、情とか愛とかという言葉がポンポン飛び出してきた。そもそも、シーラが善人面をしている時点で、この話はすべて計算ずくの罠なのだ。シーラの結婚相手だって、気が弱くて操縦しやすそうな精霊術師という理由で選ばれている。他でもないシーラ自身が、ハムスター時代の私にそう言ったのだ。ハムスター脳とはいえ、私は見た目よりはるかに記憶力が高いのだよ、シーラ。


 しらーっとした目でシーラを見つめる私のすぐ横で、なにやらニルス王子が期待に満ち溢れた雰囲気を纏い始めた。


「えーっと、それは僕をハーモニーの婚約者にしてくれるってことなのかな、ひょっとして?」


「ニルス殿下が望むのであれば、ハーモニーの婚約者にはニルス殿下がふさわしいと私は考えております」


 握られた手にギュッと力が込められる。私は両手を引き寄せられて、ニルス王子のまっすぐな瞳に捕らえられた。

 まずい。完全にシーラにだまされそうになってる目だ。小さい頃に母親を失くし、病弱だったニルス王子には、頼るべき存在が少なかったのかもしれない。神の使いである無敵のハムスターが婚約者となれば、心強いにちがいない。でもね、ニルス王子はまだ十五歳だからね。体も元気になったんだし、これから素敵な女性がいっぱい現われるよ。王子様だからね。よりどりみどりだよ。


 そう言いたかったけど、この場所では目立ちすぎる。私はじっとニルス王子の様子をうかがった。


「ハーモニー、僕じゃダメかな? 僕には兄上みたいな力はないけど、ハーモニーを悲しませたりなんてしないよ。約束するよ、ハーモニー。絶対に僕がハーモニーを笑顔にしてみせるって」

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