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13 いたたまれなくないかしら?

 四天王キラー。史上初の精霊乗り。精霊省長官の懐刀。鉄壁の鞭使い。さらには、神の加護を持つ無敵の精霊術師。第二王子の想い人。第二王子の守護者、などなど。


 王立学園に入園して一カ月。妙な呼び名がどんどん増えていく。ただ、最後の三つの呼び名は私の両隣りに座っているふたりの同級生のせいだ。


 私の左側の席に座っているのは、ニルス王子。


 線の細いお姫様のような顔に人懐っこい笑みをたたえているにもかかわらず、私以外に自分から話しかけることはない。外の世界と交流のない離宮で暮らしていたせいか、かなりの人見知りなのかもしれない。


 いつも私の手を握り込んで、ぴったりと体を寄せている。歩くときは必ず腕を組んでくる。おかげで、私はニルス王子#幼馴染みどころか、想い人だと思われている。恋人と思われていないのは、私の無表情精霊顔のおかげだろう。


 そして、私の右側の席に座っているのは、ユリウス・ローセンダール。


 ローセンダール公爵家の三男であり、シーラの末弟。国家三級魔術師であり、召喚獣術師であるにもかかわらず、重度の精霊オタクという奇特な十五歳だ。

 持ち物すべてに精霊をかたどったストラップをぶら下げ、カバンの中には常にお気に入りの精霊フィギアを入れている。

 私の無表情精霊顔のせいだろう。ユリウスの私を見る目は、精霊愛好家などというレベルをはるかに超えている。正直、関わりたくない。シーラの弟であることも含めて。


 神の加護を持つ無敵の精霊術師――こう呼ばれるようになったのは、ユリウスのせいだ。


 絶対結界を魔法陣なしで発動できる私だけど、はた目からは私を守っているのが防御膜か結界かはわからなかった。結界かどうかの判定には最低でも十二人の国家一級魔術師が必要らしい。

 しかし、ティトラン王国全体でも、国家一級魔術師は二十二人しかいないのだ。わざわざ、加護のレベルを調べるために王都に呼び寄せるわけにもいかず、私の加護は大天使の加護ということになっていた。


 ところが――


 ――ある日、いつものようにニルス王子に密着されていた私を、ユリウスがパーンと叩いたのだ。肩に乗っていた小さなクモを追い払おうとしたらしいのだけど、ユリウスが触れたのは私の硬質の絶対結界だった。

 ニルス王子は私に味方判定を受けているけど、ユリウスは当然のことながら敵判定を受けている。シーラの弟で精霊オタク。味方のはずがない。


 ユリウスは首を捻った。よっぽど硬かったのだろう。普段はへらへらしているユリウスだけど、さすがはシーラの弟だった。

 次の瞬間、何の躊躇もなく、私の頬っぺたに全力でデコピンをくらわせたのだ。もちろん、コーンという音とともに、ユリウスは涙目になった。絶対結界に手加減なくデコピンを打ち込めばそうなるに決まっている。骨が折れなかっただけましだろう。


 その音に教室にいた誰もが、何事かとこちらを見た。涙目のまま、ユリウスの視線は私とニルス王子の間を高速で動いた。おかしい。ニルス王子が握っている私の手には明らかに弾力があるのに、頬っぺただけが硬いなんてありえるだろうか? ユリウスはそう思ったらしい。


 ユリウスはニルス王子に頼んで、私の頬っぺたを指で突かせた。もちろん、私の頬っぺたはぷにぷにとへこんだ。それと同時に、ユリウスは私の許可も取らず、反対側の頬っぺたを指で突いた。もちろん、絶対結界によって弾かれたユリウスの指先は、私の頬っぺたをへこますことはできなかった。


 ユリウスの今にも泣き出しそうな声が、教室中に響き渡った。


「僕だけ弾くってどういうことさぁ? ねぇ、ハーモニー? 防御膜ならすべてを弾くはずなのにさぁ。ニルス殿下の指は弾いてないんだ。僕の指だけを弾いている。つまり、結界なんだ。ハーモニーの加護は結界なんだ。大天使の加護なんてものじゃない。神の加護? いや、そんなことはどうでもいいさぁ、ハーモニー。僕だけ弾くってどういうことさぁ? 僕たち友達だよねぇ? それに、シーラ姉様の養女なんだから、僕はハーモニーの伯父だよねぇ? 身内だよねぇ? ねぇ、ハーモニー?」


 このように、迷惑な伯父によって、私は神の加護持ちという認定を受けた。


 精神的ショックを受けたかのように見えたユリウスだけど、次の日にはあっさり立ち直り、今なお私の右側の席を独占し続けている。


 全力で回避したいユリウスだけど、学園への送り迎えはローセンダール公爵家の馬車に同乗させてもらっているため、どうしても行き帰りは一緒になる。公爵家の厚意に甘えさせてもらっている手前、冷たくあしらう訳にもいかない。


 次は、ニルス王子――私と離れようとしないニルス王子も、いろいろなうわさや、問題を巻き起こす元になっている。


 王立学園の授業はほとんどが選択制なのだけど、ニルス王子は常に私の横にいる。なぜか、ユリウスもだけど。私が選んだ授業を、このふたりが真似をして選んだのだ。

 学園には貴族から平民まで幅広い生徒たちが通っていて、その目的も多岐にわたっている。精霊術師である私は、特に体を鍛える必要も社交の知識も必要ない。好みのままに歴史や地理、法体系や経済といった授業を広く浅く履修している。

 ニルス王子とユリウスにはまったく必要がなさそうな授業も含まれているのだけど、ふたりとも何も考えなかったのか、何か考えがあってのことなのかすべての授業で私と一緒だ。


 ニルス王子はともかく、ユリウスと一緒にいるのは気が重い。話題のほとんどが精霊の話だ。シルフィーにすら魔族と勘違いされた私は、精霊にまったく人気がないのだ。精霊の魅力を熱く語られても、何とも答えようがない。というか、召喚獣術師なんだから召喚獣に興味を持てよ、ユリウス。


 話はそれたが、ニルス王子が一緒で引き起こされたのが、昼食の部屋問題だ。王立学園では、警護の都合上、食堂は三つのランクに分かれている。一般室と貴族室と王族室だ。

 私は子爵家令嬢なので本来なら貴族室で食事をとるところなのだけど、ある日、王族室へとランクアップさせられた。私から離れようとしないニルス王子のせいで。


 最初の頃は貴族室でニルス王子とユリウスと三人で食事をとっていたのだけど、どこからかクレームがきたらしい。その結果、なぜか、私は王族室で食事をとってもよいことになった。ユリウスも一緒だった。ローセンダール公爵家は王族の血縁らしく、王族室にも入れるらしい。


 そんなわけで、私たちは三人一緒に王族室で昼食をとることになったわけだけど、それだけではすまなかった。同じテーブルに王太子様とアンジェリカ王女も座ることになったのだ。


 ちょっと考えればわかることだった。王太子様とニルス王子は兄弟なのだ。食堂で会えば優しい王太子様が気を使って、一緒に食べようかということになる。ただ、ふたりは仲はいいけど、会話が弾むという間柄ではない。王太子様の取り巻きとでも呼ぶべき王族系貴族は、アンジェリカ王女に気を使って同じテーブルには着かない。

 その結果、私たちが囲んだテーブルはおかしな空間となった。


 ひたすら私にニコニコと話しかけてくるニルス王子。私としても、王太子様とアンジェリカ王女が並んで座っているのを見ると胸が痛むので、ニルス王子に視線を向けて、そうですねと相槌を打つことになる。

 ユリウスは聞き上手の王太子様に精霊ネタをひたすら披露し続ける。ふむふむ、とにこやかに相槌を打つ王太子様。王太子様に話しかけるタイミングを奪われ続けるアンジェリカ王女。胃が痛くなるような、そんな関係がしばらく続いた。


 しかし、さすがは生まれながらの王女様だ。次第に順応してきた。最初の頃は遠慮して、たおやかな笑みを浮かべているだけのアンジェリカ王女だったけど、最近は精霊ネタに合わせて話に加わっている。

 しかも、うまく誘導して王太子様の趣味や好みを聞き出している。アンジェリカ王女がティトラン王国にやってきたのは、わずか一カ月半ほど前だ。まだまだ、王太子様について知らないことも多いのだろう。

 もし、私がアンジェリカ王女ならば、ユリウスを完全に無視して王太子様に聞きまくるところだけど、さすがは生粋の王女様。話術も優雅さも社交性も順応性も、私では足元にも及ばない。


 そんなてんでばらばらの私たちだけど、今日はめずらしく五人が共通の話題を話しあっている。来週に迫った精霊祭についてだ。もちろん、ユリウスはずっと前から精霊祭の話題を振ってきていたのだけど、今日初めて、その話題にニルス王子が乗ってきたのだ。


「そういえば、僕も精霊祭に参加するらしいんだよね。たしか、王宮から精霊宮殿までパレードして精霊に感謝を捧げるんだよね?」


 いつものように、ニルス王子は私にぴったりとくっついたまま、私だけに話しかけてきた。

 そして、当然のことながら、精霊という言葉を聞き逃すはずのないユリウスが、私の右側の席から身を乗り出してきた。


「そうなのですかぁ! ニルス殿下は精霊宮殿に行かれるのは初めてですよねぇ? ご存知かもしれませんが、精霊宮殿の奥の間には、四精霊の彫像が飾られているのです。空色の天然石を刻んだ風の精霊像に、水晶を張り合わせた水の精霊像。それに、赤水晶で作られた火の精霊像に黒曜石の土の精霊像。どれもが精霊の写し鏡のように精巧にできているそうです。私も一度でいいからぁ、それらの至宝をこの目で見てぇ、触ってぇ、抱きついてぇ、撫で回してぇ――」


 ユリウスの目がどこかにいっている。しばらくは帰ってこないでね、お願いだから。


「そういえば、前に話してくれたよね、ハーモニー? ずいぶん大きいんだよね? 僕より大きいんだっけ?」


「そうですね。ニルス殿下の倍くらいありますかね。それよりも、奥の間は一面に花びらが敷き詰められていて、ふっかふかですよ。プリムラだったと思うのですけど、とってもいい匂いですよ」


「ふーん。そうだ、ハーモニーも一緒に行こうよ。ハーモニーもパレードに参加するんだよね?」


「精霊祭ですから、シルフィーは参加しますけどね。私もそのおまけで一緒にいますけど、ニルス殿下とは別の馬車だと思いますよ」


「そうでしたぁ! 精霊祭にはシルフィー様がお見えになるのですよねぇ! 楽しみですねぇ! 最速最強の風の精霊様がぁ! 紹介してくださいねぇ、ハーモニー!」


 どこかのお花畑で遊んでいたはずのユリウスが帰ってきた。精霊マニアにとっては憧れの的であるシルフィー。

 私をガクガク揺さ振って注意を引こうとしたけど、絶対結界に弾かれてユリウスだけが無意味に揺さ振られている。


「兄上はアンジェリカ王女様と一緒の馬車に乗るのですよね? でしたら、僕がハーモニーと一緒の馬車に乗っても問題ないですよね?」


 ニルス王子は、当然のことのようにさらっと言ったが、大問題だろう。たかが、子爵家の養女が、第二位の王位継承権を持つ王子様と、パレードで同じ馬車に乗れるわけがない。どうにも、ニルス王子は、私のことをアンジェリカ王女と同等か、それ以上だと考えている節がある。


 うーん、遠回しに言っても、ニルス王子の態度は変わらないんだよね。


 どうにかならないかな、と思いながら、ふと、まわりの雰囲気が変わったような気がして、私はチラッと王太子様を視界の隅にとらえた。


 案の定、ニルス王子の発言を聞いた王太子様が、空色の瞳を曇らせている。


 まあ、そうだよね、と思った次の瞬間――


 ――王太子様は、テーブルに押しつけんばかりに頭を下げ、首を左右に大きく振った。


「ああ、そういうことなら問題ない。国王陛下には私から話をしておこう」


「ありがとうございます、兄上!」


 ニルス王子は踊り上がらんばかりに喜んだ。しかし、誰がどう見ても王太子様の態度は、問題ない、などというものではなかった。


 ふと、アンジェリカ王女と目があった。その宝石のようなバイオレットの瞳も、王太子様と同じように、どこか不安げに翳りを帯びていた。

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