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10 もうすこし、やさしくしてくれるかしら?

 こんな魔導具を作るだなんて、魔族って本当にすごいよね。


 シルフィーの言ったとおり、四天王の鞭は私の意志を正確に汲み取り、狙った場所に飛んでいく。しかも、50メートルほどの長さがあるのだ。威力はさほど強くなさそうだけど、敵の動きさえとめれば、すかさずシルフィーが風の刃を連続で叩きこんでくれる。私と鞭とシルフィー。相性抜群かもしれない。

 

 魔導砲をくらったおかげで、味方も増えた。赤い四天王が魔導砲を撃つには準備が必要なようで、その間隙を縫って魔術師たちがいったん防御膜を消し、待機していた精霊や召喚獣たちを外に出したのだ。膝から下のローブとズボンと靴下と靴は犠牲になったけど、仲間が増えたことを考えると悪くない。うんうん、君たちの犠牲は無駄ではなかったよ。


 ビューン、ビューンと鞭がうなりを上げる。黄色四天王に攻撃された時には、鞭に魔力が纏われているように感じた。使い手の意思を汲み取って動くということは、おそらく魔族の身に纏われている魔力と一体化していたのだろう。ということは、私の場合は絶対結界を纏っているのかもしれない。いかなる攻撃からも身を守ることができる絶対結界が、けっこうな速さで飛んでくるのだ。当たれば痛いどころではすまないだろう。


 シルフィーとの連携攻撃で、私のまわりからはすっかり魔族がいなくなった。よかったよかったと思っていると、赤い四天王と目があった。まずいね。どうやら、魔導砲発射準備完了らしい。こちらに向かって突き出された両手に、光がじわじわと集約していく。あー、またか。これ以上、服を燃やされてはかなわんと思った私は、髪をかきあげて背中を覆い、体を反転させた。


 次の瞬間、背後からの眩い光が私を捉え、視界が熱でゆがんだ。吹き飛ばされた無数の石が遠くに飛んでいく。熱を持った地面からは、湯気が立ち上り焼け焦げた匂いが鼻をつく。大きくえぐれた荒れ地の真ん中で、私はふーっと息を吐き出した。そして、服が燃えてないか確認しようと視線を動かした。


 カンッ! キンッ! カコンッ! ガコーン! カキーン! ガコンッ!


 すぐ傍に大きなバッタがいた。いや、バッタなわけがない。緑の四天王だ。怒れるバッタが、いつの間にか急接近して私を大きな剣で切り刻もうとしていた。さすがは魔族の剣。魔力を纏って光って見える。閃光を撒き散らしながら私の頭や首のあたりを、ものすごい速さで右に左に振りおろしてくる。

 えっ? 頭とかはいいんだけど、服はやめてねと思っていると、案の定、今度は私の体をガンガンと左右に切りつけてきた。あっという間に、私の服が切り刻まれてボロボロになっていく。


 私は思わず、髪を背中に纏わすために上げていた両腕をぐっとしめた。体を攻撃されて服がボロボロになるのを防ぐためだ。腕ぐらいなら服が破れても問題はない。寒いけど。

 とたんに、怒れる緑のバッタの顔が驚きでゆがんだ。とはいえ、服装が緑だというだけで、顔はどす黒い悪鬼顔だ。ただ、頭の上に生えている二本の長い角がバッタの触覚に見えなくもない。ひどく吊り上がった目が、信じられないというように、大きく見開かれた。

 うん? とバッタの視線の先に目をやると、私の左わきの間に剣がはさみこまれていた。腕でガードするつもりが、たまたまタイミング良く剣を抱え込む形になったようだ。バッタが焦ったように剣を引き抜こうとする。だが、バッタはまったく剣を動かすことができず、今度は拳を大きく振り上げて殴りかかってきた。


『ハーモニー! 抱きつけ!』


 頭の中でシルフィーの声が響いた。


 またか、と思いながらも、私はバッタの腕にしがみついた。バッタはしがみつかれながらも、反対側の腕で私をボコボコ殴った。両脚も交互に蹴り上げられ、私の体をガンガン強打した。ただ、私には絶対結界がある。蚊に刺されたほどの痛みも感じないまま、悪鬼顔から目をそらして腕にしがみついていた。


『そなたの絶対結界は便利だな。そなたの体そのものを守っているから、掴んだものが離れんのだろうな。しかも、空間そのものに働きかけているのだろう。黄色の四天王を倒したときもそうだったが、本来なら、そなたの力で魔族を引き寄せられるはずがない。礼を言うぞ、ハーモニー。まさか、四天王を二匹も倒せるとはな』


 腕の中にいた緑の四天王がさらさらと砂となって零れ落ち、シルフィーのご機嫌な声が頭の中で響く。

 

 ふと視線を体に落とすと、服がボロボロになっていた。密着している下着は無傷だけど、服は穴だらけだ。もちろん、シルフィーはまたしても私ごとバッタを切ったのだろう。だけど、どの切り跡がシルフィーのもので、どれがバッタの仕業なのかがはっきりしない。疑わしきは罰せず。私はまた溜め息をついた。


 と、次の瞬間、金色の閃光とともに、今度は右腕に斬撃が当たった。ローブと服の袖が焼け焦げて、大きく穴が開いている。うん? と視線を向けると、勇者がクレアと王太子様に押さえつけられていた。さすがは勇者だ。おそらくは意識を取り戻してすぐ、考えなしに防御膜を消させて、私に斬撃を放ったのだろう。

 勇者は人族最強の天然バカだ。いや、天然バカ界最強の人族といったほうがいいだろう。ハムスター時代にもずいぶんと迷惑をかけられた。訳のわからない思い込みで、すぐ大騒ぎするのだ。シーラが生涯の宿敵なら、勇者は生涯のお荷物だ。まちがいなく、私を魔族だと思ったのだろう。シルフィーは精霊だから許すけど、勇者は人族だからな。根に持つぞ。


 とはいえ、腐っても勇者だ。戦力にはちがいない。魔導砲よりは威力が弱いけど、連撃だってできる。クレアだって動けるようになった。クレアは勇者の背中を踏みつけたまま、一気にフェニックスを二頭召喚した。さすがは、私の元専属護衛だね。国家一級魔術師にして召喚獣術師。トールの右腕だけのことはある。


 勇者もようやく解放されたようで、魔族に斬撃を放ち始めた。形勢逆転とまではいかなくとも、流れはこちらに傾いている。ここは一気に、とは思ったけど私のまわりには魔族がいなくなっていた。それは、そうか。長い鞭を振り回す危険な奴に近寄ってくるわけないか。服もボロボロだし、あとはシルフィーに任せようと、私は鞭を引きずりながらクレアのいるほうに歩き始めた。


『ハーモニー、魔族が砦に籠るぞ。あの赤い四天王を逃がしては厄介だ。捕まえるぞ』


 えっ!? と動きをとめた私に向かって突っ込んできたシルフィーが、風が渦巻くほどの速さでくるんっと回って急停止した。ふと後ろを見ると、魔族が続々と砦に向かっている。訳がわからずボーッと突っ立ていた私をお姫様抱っこしたシルフィーは、魔族を追って一気に加速した。


『砦に籠られて魔導砲なぞ撃たれては迷惑だ。奴が砦に入る前に捕まえる』


『どうやってー!?』


『赤い奴が射程に入ったら、鞭で狙え。できればぐるぐる巻きにしてそのへんに叩きつけろ』


『……はあ……やってみるけど……』


 シルフィーの飛ぶ速度は凄まじく、あっという間に赤い四天王に迫り、鞭の届く距離になった。私はじーっと目を凝らして赤い四天王を見つめたまま、鞭を飛ばした。鞭が届く前にシルフィーが赤い四天王を追い抜き、赤鬼の裂けんばかりに開かれた目が私たちを捉えた。その瞬間、鞭が赤い四天王の体にツタのようにくるくると巻き付いた。シルフィーはそのまま一気に下降し、赤い四天王は地面に叩きつけられた。さらに、そのまま地面すれすれを飛び、赤い四天王は角ばった石がごろごろ転がっている荒れ地を引きずられる形となった。


 ぐるぐる巻きにして叩きつけろと言われたけど、無理だよね。シルフィーの動きが速すぎて、何にもできないよね、と思っていると、何故か私の体はふっと宙に浮いていた。

 えっ? 飛んでる? そう気がついた時には、私はシルフィーに放り投げられて空を飛んでいた。いや、厳密には慣性の法則に従って弧を描いていた。あとは放物線に従って自由落下するだけだね、などと呑気なことは思えなかった。


『シルフィー! 投げたよね! 私、飛べないって言ったでしょー!』


『落ちるまでには拾ってやる』


 ぐるぐる回る視界の片隅で、赤い四天王に風の刃を連撃で叩きこむシルフィーがチラッとだけ見えた。


 こいつ、戦闘バカだ! シーラと勇者だけでも手に負えないのに、こいつもか! 私のまわりはこんな奴らばっかりか! 迫りくる地面を眼前に、私はギュッと目を閉じた。


 次に目を開けた時、私は頬をピクピクと引きつらせながら、シルフィーの腕の中にいた。能面精霊顔のシルフィーが見ようによっては笑みに見えるような表情を浮かべている。笑っている精霊の顔など、なかなか見られるものではない。強いし、速いし、笑顔まで見せてくれるとは。これで、ほんの少しでも優しさというものを持ち合わせていれば、惚れてしまうところだ。だけど、私がシルフィーに惚れることはない。こいつには優しさの欠片すらない。


『何とか間に合ったな。拾い損ねるかと思ったぞ』


『自信満々で、拾ってやるって言ってたよね? ギリギリってどういうことなの?』


『まあ、そう言うな。赤い四天王の命と引き換えだ。お安いものだろう? それに、見てみろ。魔族どもは砦を放棄して逃げ出したぞ。任務完了というわけだ。ますます、お安いものだろう?』


『うん? そうなの? まあ、それはよかったけど、シルフィーってシーラと似てるよね。お安い、お安いって。どうかと思うよ、その考え方は』


『シーラ? それは誰のことだ?』


 シルフィーが記憶を探るかのように、首を傾げた。空色の体が風に吹かれた草原のように波打った。そうだった。シルフィーは精霊だった。人族とは考え方からして違うんだろうね。そう思いながら、地上へ下ろしてくれたシルフィーを見上げた。


『でも、ありがとうね、シルフィー。みんなを守ってくれて。精霊界最強まちがいなしだね』


 口角をギュッと上げて精一杯の笑みを浮かべた私に、シルフィーは何か応えかけたが、その思念は超音波のような高い声によって遮られた。


「さすがは私の自慢の娘だわー! よくやったわー! あなたはモランデル家の誇りよー!」


 さすがはシーラだ。私は声のしたほうを振り返って、軽く頭を下げた。


「本当によくやったわー! 王太子様も勇者もあなたのおかげで助かったのよー! このことはモランデル家の歴史だけじゃなくて、ティトラン王国の歴史にも刻まれるわよー!」


 明らかに、モランデル家の宣伝だ。その証拠に、私の名前を一切呼んでいない。しかも、王太子様と勇者にも恩を売ろうとしている。わざわざ、あんな遠くから叫んでいるのは、みんなに聞こえるようにするためだろう。


『あれがシーラよ。思い出した、シルフィー?』


『なにっ? 我はあそこまでひどくはないであろう、ハーモニー?』


『まあ、そうだね。あそこまではひどくないね』


 シルフィーは胸を張って、うむうむと頷いた。私はもはや服とは呼べない、体に纏わりついた布地を見ながら、ふーっと息を吐き出した。服代ぐらいはシーラに請求してもいいよね、と思いながら。

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