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話し声

103号室の山崎から、203号室の話し声についてクレームを言われた伊藤は、203号室の住民橋本に、電話をかけようとするが・・・

※この話に限らず、作品を読むにあたり、「夏のホラー2016」サイトの裏野ハイツ公式設定をご覧になることをおススメいたします。http://horror2016.hinaproject.com/teaser/

 6月

 灰色の雲間からほんのり差す日の光が、雨でぬれたねずみ色のアスファルト道路を照らしていた。


 ナロ建物管理株式会社賃貸マンション管理事業部のフロアは、外の天気に関係なく、一定の明るさと空調を保ち、インカムをつけた事務サポーター達の声がBGMのように流れていた。


 午前10時過ぎ。


 伊藤はパソコン画面に、裏野ハイツ203号室入居者情報ページを開いた。


「契約者:橋本はしもと もも


 生年月日:1998年3月2日生まれ 現在18歳


 契約開始日:2016年5月1日


 入居者:契約者と同じ


 入居人員:1人


 職業:専門学生 (〇〇美容専門学校)」


 入居申し込み時、契約時に入手した情報と共に、同時期に提出された顔写真も見る。


 金髪に近い明るい茶髪のショートボブの髪型。

 色白で丸顔。

 首が長く、肩幅との比率を考えると、とても顔が小さい。

 証明写真にも関わらず、一生懸命上目使いと微妙に開いた口で表情を作っている。

 鼻と口が元々小さく出来ているので、つけまつげたっぷりの目がやたらと大きく見える。

 わざわざここまで顔を盛らなくても、この子なら素顔も悪くは無いだろう、と伊藤は思った。


 103号室住民から深夜の話し声がうるさいというクレームを受け、昨日から橋本に電話をしている。

 だが、たった2コール程で、電話は「もう一度おかけください」のアナウンスが流れ、勝手に切れる。

 何度電話しても、結果は同じだった。

 自分が退社した後も、橋本から折り返しかかってくることはなかった。

 

 伊藤は、今日も何度か電話し、つながらないようであれば、高橋に訪問を依頼しようと思った。


     ◇◆◇


 橋本桃の携帯番号をプッシュし、受話器を耳に当てる。

 呼出音の代わりに、女子高生に人気がある女性アーティストの甘ったるい曲が聞こえる。


 いつもは、曲が始まってすぐに、「おかけ直しください」アナウンスに切り替わるのだが、今日はワンコーラス全て聞くことができた。


『は・・・はい?』


 たどたどしい女の子の声が聞こえた。

 伊藤は、コールセンターらしい語り口調を始めた。


「突然のお電話、失礼いたします。

 いつもお世話になっております。

 私、賃貸物件の管理をしております、ナロ建物管理、賃貸マンション管理事業部の伊藤と申します。

 橋本様のお電話でお間違いないでしょうか?」


『あ、はい・・・』


「今、少しお時間よろしいでしょうか?」


『はい・・・』


 電話の向こうの声は、まだ疑いの色を帯びていた。


「少し前に、テレビの音についてご連絡させていただきました。

 その後103号室の方より、『改善されました』とお話をいただきました。

 ご協力の程、ありがとうございます」


『いえ、別に・・・』


 向こうの機嫌が良くなったのを、わずかな声色の変化で伊藤は感じ取った。


「実は、その103号室の方から再度ご相談が弊社に入りまして。

 最近、橋本様のお友達が、夜に遊びに来られるなどございましたか?

 遅い時間まで話し声が聞こえるそうで、お心当たりございましたら、ご配慮いただけますでしょうか?

 夜はどうしても、音が目立ちやすいですので・・・」


『え? 何ですか、それ?


〈おい、どうしたんだよ〉』


 電話の向こうで、橋本とは違う、男の声が遠く聞こえてきた。

 橋本はそれに応じ、携帯電話を顔から離したらしい。

 先程よりも周囲の音が受話器を通して聞こえてくる。

 ジャズ調のメロディーと雑談している声が、橋本が現在カフェらしき場所にいることを想定させた。


『ハイツの管理会社の人が、夜うるさいって言ってるの。

 何か、キモクない? ストーカーみたいだよぉ。


〈誰がそんなこと言ってんだよ〉


 103号室の人みたい。うざいんだけど~』


 伊藤は、イライラをこらえながら、筒抜けの会話をジッと黙って聞いていた。


『〈とりあえず、分かりましたって言っとけよ〉


 うん、分かった。ねぇ、ぴぃは今日も家に来てくれるんでしょー?


〈行くよ。ついでにあのことも言っとけ〉


 あ、そうだね、分かった

 もしもし、すみません』


 急に橋本の声が近くなった。


『分かりました。気をつけます。


 でも、私も最近、気になることがあるんですけど~』


「ご協力、ありがとうございます。

 気になることとはなんでしょうか?」


『何かぁ、家に居る時、ドンドンって音がすることがあるんです。

 202号室の人に、壁を叩かれているみたいなんです』


「大体いつ頃そのような音が聞こえるのでしょうか?

 音はリビングからですか?」


『ベランダがある方で、夜寝ている時が多いです~。

 一昨日の夜も、それで一度起きちゃったんですよ』


「かしこまりました。

 弊社から202号室の方へ注意することも可能ですが、いかがいたしましょう?」


『え~、直接注意したら、ウチが言っているって、分かりますよね?

 それは困るんですけど・・・』


「では、ハイツ全世帯に、注意案内文を投函いたしますので、それで様子を見ていただくのはいかがでしょうか?」


『分かりましたぁ。じゃあそれで、お願いします』


 その後、挨拶を軽く交わし、伊藤は切電した。

 通話時間約7分。

 ぴぃと呼ばれる彼氏がいなかったら5分以内で終わらせていたはずだ。


 だが、あの電話の様子だと、彼氏に促されて今の電話を取ってくれたように思える。

 同じところから着信が何度もあったので、彼氏が番号を調べて着信設定を変えさせたのかもしれない。


 小さな達成感に、伊藤は軽く伸びをした。


     ◇◆◇


 14時過ぎ。

 伊藤など早番の事務担当は、業務片付けと、中番の事務担当との引き継ぎ作業に集中していた。


 その時、鈴木が外回りから帰ってきた。

 鈴木は、高橋のデスクの傍を通った時、伊藤が作成した入居者向け注意文書を見つけた。


「お、美紅ちゃん。

 また、裏野ハイツのクレーム対応かい?

 お疲れ様だね~」


 伊藤はうっとおしそうに、相槌した。


「全戸向けにしてるけど、実際は誰から誰宛なの?」


「203号室から202号室ですよ」


「202号室! あの無反応の部屋か!」


 鈴木の言葉に、伊藤はハッと気付かされた。

 パソコン画面に、裏野ハイツ202号室の入居者情報を出す。


「契約者:池田いけだ 透厘とうり


 生年月日:1997年7月1日生まれ もうすぐ19歳


 契約開始日:2011年7月1日


 入居者:契約者と同じ


 入居人員:1人


 職業:学生(契約当時)


 顔写真は無し」


(この部屋か・・・)


 202号室は、管理変更における諸連絡において、一切返答がなく、未確認のままの部屋だった。


 唯一の情報源は、当時取り交わした契約書だけなのだが、そこに記載している電話番号は既に使用されておらず、連帯保証人や緊急連絡先の記載も無いのだ。


 現地を訪れている高橋や鈴木の話によると、この部屋は常に不在らしく、空室の疑いもあった。


 しかし、4月分から開始した賃料回収において、この部屋は毎月期日までに振込みを完了させている。

 今回の水道代請求も、問題なく振込みがあった。

 精算管理事業部に問い合わせたところ、振込人名義は「イケダ トウリ」だったと言う。


 林に依頼し、前オーナーの松本にも確認したが、202号室は解約していないとのことだった。

 「クレームもなく、賃料をきちんと払ってくれているのだから様子を見よう」ということで、保留になっていた。


「やっぱり、202号室にも、ちゃんと人が住んでいたんだな。

 203号室の桃ちゃんは、何の音でクレーム入れてきたわけ?」

 

 鈴木は注意文を見ながら尋ねた。

 『壁を叩く音』と明記すると、202号室が本当にやっていれば、203号室の訴えだとすぐにばれるので、『ドンドンという音、足音や物を動かす音』と遠回しな表現を用いている。


※鈴木が入居時審査や契約手続きを対応したので、橋本のことを知っている。

 橋本が可愛い女の子なので、余計に記憶に残っているようだ。


「夜に洋室の壁を叩くんだそうです。

 どうせ、203号室がキャーキャーうるさいからでしょうけど」


「洋室の壁?」

 鈴木の声が少し暗くなった。

「それって、おかしくないか?」


「え?」


 鈴木は、オフィス用のグレーのスチール棚から、裏野ハイツ図面を取り出してきた。


 それをわざわざ伊藤の机に置き、無駄に身体を近づけながら説明した。


「見ろよ。

 裏野ハイツは1階2階でそれぞれ3部屋ずつ並んでいるんだ。

 全室東向きベランダで、北側から順番に1・2・3号室だ。

 そして間取りは全て同じ。反転タイプもなし。

 どの部屋も、南側にトイレ・浴室・洗面所・物入がかたまっている」


「それが、どうしたのよ?」


「202号室と203号室の間を見てみろ。

 203号室の洋室の向こうは、202号室の物入だぞ。

 普通、わざわざ物入の中に潜り込んで壁を叩くか?」


 伊藤はハッと息を呑んだ。


「202号室の池田って何気に5年位住んでるじゃん。

 5年も住んでたら、多少荷物も溜まるだろ。

 人が入れるスペースなんてあるか?


 それとも、池田は物入をベッド代わりにしているのかね?」


 エリア長の佐藤が事務所に戻ってきたので、鈴木は図面をそのままにして、佐藤のデスクに向かった。

 今日の外回りの報告をしているようだ。


 だが、伊藤はしばらくその図面を見続けていた。


 橋本桃が、ここに入居する前は、203号室しか空いていなかった。

 なので、恐らく橋本も他の部屋の間取りなど考えていないのだろう。


 橋本が言っていることが本当なら、本当に物入から叩く音がしているのなら・・・


 それは、一体誰が、どうやって叩いているんだ・・・?


 伊藤は、202号室と203号室の間取り図面を指でなぞりながら、午前中の会話を思い返していた。


公式設定の、裏野ハイツの方位が東、というのはベランダが東向きと捉えております。鈴木君の説明が分かりにくかった方は、夏のホラー2016のサイトをご確認くださいますようよろしくお願いいたします。

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