準備2
サブタイトルイつけることが意外と面倒くさい。
狂信者――僕たちが勝手にそう呼んでいるのだが、彼らについて僕たちが知っていることは実は少ない。
この一連の事件の始まりは、第7地区の長である史華の誘拐事件であった。
これが事件であると分かったのは、犯人たちが自らの犯行を示す文を現場である史華の実家に残していたからだ。
そこにはこう書かれていた。
『霊獣は人に多くの富を与える反面、害をなす部分もあまりに大きい。良き者がこれを使えば利となるが、悪しき者がこれを従えると禍をもたらす。故に道を知り、理を知るものがこれを使うべきなのである。
若く幼いものだけで扱えるものではない。今は不幸に君たちを管理する者がいないため、我らが道理を以てその代役を務めるものである。彼女には我らの最初の同胞となってもらうべく、仲間として一緒に来てもらうことにした。
これは彼女にとって幸福への第一歩なのである。みなには善良な判断を期待する』
緊急の会合でこの文を読み終えた僕たちは戦慄した。
それは、この文を読む限り、相手が大人であろうことが察せられたからだ。
つまり、この国の人ではなく、他国の人――しかも悪意をもった者がやって来たということになる。盗人などに対しての防衛策や対処方法は考えてきたが、このような事態は初めてだった。
さらに悪いことは、『史華がさらわれた』という事実であった。
史華の霊獣である梟の≪チト≫は鋭い察知能力を持ち、史華に害なすものには決して容赦しないことで知られていた。それに関わらず史華は誘拐されてしまったのである。果たして狂信者たちは一体どのようにしてチトと戦ったのだろうか。
霊獣同士で戦うこともできるにはできるが、ここは山都の国であり、他国の者が自らの霊獣を出して戦うことは考えにくかった。その上、さらわれた現場だと思われる史華の実家も史華自身が抵抗した跡はあったものの、霊獣であるチトが暴れた痕跡がなかったのだ。
この謎がみなの不安を招いた。
その会合では史華の行方を捜すことで一致し、夜間一人での外出を禁止するとともに警備を強化すること。また、第七地区を一時的に第六区と合併させ、その長を第六区の長である銀にすることを決め、解散となった。
解散後、すぐに捜索の能力に優れた者が集められ探索が行われたが、史華の足取りは全く掴めなかった。室内に知らない霊獣の痕跡もないことが分かり、謎が一層深まる結果となった。
そしてそれから一週間後、今度は連続して第六地区と第八地区で同じような誘拐事件が起こった。
またも史華の時と同様の文章が残されており、その内容から僕たちはこの一連の犯人のことを「狂信者」と呼ぶことにして、対処することにしたのである。
だが、警戒していた中で起きた事件であり、さらにさらわれたのが史華を探すために行動していたものであったため、より一層慎重に動かざるを得なくなったのは確かである。
捜索は後手後手になり、その結果として今朝の痛ましい事件が起こってしまったのである。
「ここまで頑張ってきたのに、私たちだけじゃやっぱり駄目だったのかなあ」
莉々はこちらを真剣な眼差しで見つめている。ここ3週間ほど緊張状態が続いてきた。
そこに今朝の事件である。不安にならない者はいないだろう。
しかし、莉々は小班長という責任から弱音を吐くことができなかったのだ。
そんな莉々を見て、僕は自分自身を叱咤した。ここでの長は自分なのである。
「そんなことはない。僕も莉々も、そしてみんなだって、自分の出来ることを きちんとやってきたんだ。それが駄目なんて決めつけられるいわれはない。しかも、やつらはこちらの意志関係なしに、許されない手段を使ってきているんだ。そんなやつの言うことは、まるで聞く必要はないさ」
「でも・・・」
「大丈夫。これ以上の被害は出ない。いや、出さないよ」
莉々を優しく見つめる。莉々はゆっくりと頷き、そして頭を僕の胸に預けた。上部についた窓から明かりが漏れ、僕たちを優しく照らす。
しばらくそうしていたが、おもむろに頭を戻すと、莉々はすっと立ち上がった。
「さて、私も少し寝ないとね。キョウくんもちょっとは休んだ方がいいよ」
やんわりとした笑顔を僕に見せ、莉々は自分の寝床に戻っていった。
莉々を見送り、なんだか元気をもらった気がした僕は、早速残りの仕事に取り掛かった。
各地区への返信を通信班にわたすと、通信班がとどめていた各地区からの霊獣にもたせ、放つ様子が見えた。
夜も入りになり、各地区からの連絡も落ち着いてきた。莉々は僕に休むように言ったが、この間にこれからのことを考えると休んでばかりはいられない。今のうちに作成しなければならないものもある。
「久しぶりに徹夜になりそうだなあ」
独り言をつぶやく。机に戻ると、白狐が隣に顕現する。僕を気遣う様子を見て、そっとその背をなでてあげる。くすぐったそうにしたものの、嫌がることはなく机の上で丸くなった。白狐の体から出る微かな明るさも利用して、僕は自分のやるべきことに取り掛かった。




