会議2
この連水地区には「五門」と呼ばれるものがある。
山都国には国教というものは存在しないが、地方にはそれぞれ土着の宗教を信仰をしているところがあった。ここ、連水地区もそうである。
連水地区では、「霊獣の源は光気と呼ばれる光の塊であり、その光気は天から霊路と呼ばれる道を通りこの地に降り注いでいる。そして降り注いだ光気がこの連水の地の動植物に宿り、それを我々が食べることで血肉の一部と化し、やがて霊獣として子と共に生まれ落ちるのだ」と信じられていた。
そして、天と地をつなぐ霊路の地点に門を構え、霊獣を授かったことに対する感謝とこの土地の安寧を願ったのである。
門の総数は五つあり、それぞれ役割が違っているのだが、そのことまで知っている人はほとんどいなかった。
「今から祈祷でもしようってのか。確かに神は我らに哀れみを感じられ、守ってくださるかもな。まあ信仰しなくなってずいぶん経つから、逆に禍を招くかもしれんがな」
馬鹿馬鹿しいという感じで、銀は立ち上がろうとした。
他のみんなも僕の発言に呆れ、失望しているように見えた。
「待て。話は最後まで聞くものだぞ」
静かで凛としており、それでいて部屋全体に鳴り響くような女性の声がした。みんなが一様にこちらに注目する。
こちらというがみんなが見ているのは僕ではなく、いつの間にか僕の座っている机の上に現れた、白い毛で覆われた狐であった。白い体であるため唯一目立つ金色の目が周囲を見渡している。
「人が死んでいるのに、鏡矢が加持祈祷などの非合理的な手段をとるとおもっているのかい。もうちょっと、我が主人を信じてあげてほしいものだがなあ」
クスっと笑うような声でみんなに話しかける。
「申し訳ありませんでした、白狐様」
公治が眼鏡を軽くもどしながら、僕に尋ねる。
「鏡矢、一体どんな考えがあるというんだ。説明してくれないと、俺でさえ一瞬お前の正気を疑ったぞ」
僕は説明を続ける。
「説明するがその前に、前提となる五門の話はみんな知ってるよな」
五門には『武芸上達・厄災祓除・人獣共栄・天地安寧・五穀豊穣』というそれぞれの願いが込められ作られている。空前絶後の大災害が起こるまで――つまり、10年以上前までは、毎年各節季毎に祭事が開かれ、年の初めには五門参りとして五門をぐるりと一周することが当たり前のように行われていた。今では子供たちだけという事態になり、生きることが何よりも優先されるようになったため、祭事は行われなくなり、年初めの五門参りすら行う人が少なくなっていた。
幸い、ここにいるのは年長者が多かったため、まだ幼いころに祭事に参加したことある者も多く、五門について知らないものは居なかった。
「一昨日の夜、見回りを兼ねて地区を巡回した後、二の門の方へ行ってみたんだ。これは警戒という意味合いよりは、正直神にもすがりたいという気持ちがあったからなんだけど・・・」
僕は自嘲気味に言うが、みんなは真剣に僕の話に聞き入っているようだった。
あの時の僕は、犯人を捕まえなければならないという焦りと、誰かに頼りたい、任せてしまいたいという不安、そしてなにより、三人がいなくなったことが許せないという気持ちでどうしようもなくなっていた。
神にすがる気持ちで参拝し、解決策を閃かないかと期待したもの、結局いい考えが浮かぶことはなかった。しかし不思議なもので、張りつめていたものが和らぎ、落ち着きを取り戻すと同時に、『なんとかしてやる』という闘志が沸々と湧き上がってきた。
新たな決意を胸に帰路につこうとしたところ、背後で白狐が顕現したことが分かった。平常時ではあれば気にしないところではあるが、今はこのような事態である。何かあったのかもしれないと、周囲を警戒すると共に、何かあったのか白狐に尋ねる。
「襲撃とかではないよ」
白狐は少しおかしそうに笑った。
「脅かすなよ・・・。一人だし、男であるとはいえ、危険であることには変わりないからなあ」
僕はほっと胸をなでおろした。と、同時に疑問も浮かんだ。
白狐は性格上、また特質上、外で無意味に顕現することが少ない。僕が呼んだときと、必要に駆られた場合くらいなのである。
「何かあったのか」
僕は再度尋ねる。
「ここは二の門だったな」白狐が懐かしそうに門の辺りを見渡す。
「久しぶりに来てみると、やけに霊気が強いと思ってね。無性に力が湧き上がってくるって感じかな。流石は天と地を結ぶ我らの通り道といったところか」
確かにかの大災厄から祭事も行われていないのであまり立ち寄らない場所であるし、なにより僕自身が出不精であるため、ここ最近とは言わず、かなり幼いころに父親に無理やり連れられて来た時以来な気もする。
そんな僕が神頼みってのもおかしいものだなあと思い、ハッと閃くものがあった。
『霊気が強い。力が湧き上がる』
これをなんと使えないだろうか。
僕は急いで書庫へ向かうと、関連のありそうな本を探し出し、また関連のなさそうな本であっても『霊獣』の記述があったものを思い出すと、そちらを読み返してみたりした。
白狐も途中まで付き合ってくれたが、夜半過ぎになると「ほどほどにしておくように」と言い残しフワッと霧のように消えていった。
そのまま書庫にこもって調べているうちに、本日の悲報を受けたわけである。




